Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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56冊:どうこう

捜査本部の空気は、どこか湿ったように重かった。

理由は分かっている。だが、言葉にすれば単純なはずのそれが、どういうわけか胸の奥に小さな棘となって残っている。

 

――胸騒ぎ。

 

私は椅子の上でいつもの姿勢のまま、ぼんやりと弥 海砂の様子を観察していた。

殺すこと自体は、簡単だ。

 

トイレへ立つ。

ポケットに忍ばせてある紙片を取り出す。

そこに名前を書く。

 

それだけで終わる。

 

私のポケットには、デスノートの一部がある。

本体ではない。ただの小さな紙だ。だが、それでも効力が変わらないことは、すでに実験で確かめてある。

 

(あとは……書くだけです)

 

私はゆっくりと立ち上がった。

 

床を擦るような足取りで、静かに歩く。

ドアの前へ向かう。

 

ただそれだけの行動だった。

 

だが――

 

「L、どこへ行く?」

 

夜神さんの声が飛んできた。

 

私は少しだけ首を傾けた。

 

「トイレですが」

 

いつもなら、それで終わる会話だ。

今まで誰も、私の行動にそんな問いを投げたことはない。

 

だが、今日は違った。

 

「悪いが、私も同行しよう」

 

(……やはり)

 

私は一瞬だけ目を伏せた。

 

原因は分かっている。

あの手紙だ。

 

月君が残した、あの手紙。

 

「分かりました。しかし……大きい方ですがどうしましょう?」

 

私は平然と言う。

 

夜神さんの表情は変わらない。

 

「悪いが、私も同行しよう」

 

……なるほど。

 

「なら、いいです」

 

私はすぐに席へ戻った。

 

椅子に腰を下ろし、膝を抱えるようにして考える。

 

(月君……)

 

自分を監禁させる。

それだけでも大胆な手だ。

 

だがそれは同時に、私の行動も縛る。

 

月君が自由を放棄した以上、私だけが自由に動くことは許されない。

それを、この捜査本部の空気そのものに植え付けてしまった。

 

風呂。

トイレ。

休憩。

 

どれも今や、監視対象になっている。

 

(月君は……そこまで考えていたのでしょう)

 

夜神家を監視していた時、私達は風呂やトイレすら監視していた。

監視する側だった夜神さんにとって、それは当然のことだ。

 

だが――

 

やられる側は違う。

 

(……生きた心地がしませんね)

 

それは奇妙な圧迫感だった。

 

月君がそれを狙っているとは思えない。

だが結果として、私は完全に動けなくなった。

 

この事件が終わるまで、弥 海砂を殺すことは出来ない。

 

仮に夜神さんが眠ったとしても――

松田や相沢さんが私を監視する。

 

(月君なら……そこまで読んでいる)

 

私はそう確信していた。

 

しばらくして、夜神さんがじっと私を見つめていることに気付いた。

 

そして――

 

私の手首に手錠がかけられた。

 

私は抵抗しなかった。

 

理由を並べて拒否することも出来た。

だが、それが月君の策略の一部なら、受け入れる方が良い。

 

なぜなら、すでに私は別の結論に到達していたからだ。

 

デスノートを使わなくても、

月君と弥 海砂をキラとして確定させる筋書きは、ほぼ出来上がっている。

 

夜神さんの表情は、苦しげだった。

 

(……これでいいのか)

 

そう自問しているのが、手に取るように分かる。

 

彼は私を疑っている。

だがそれは、息子を疑いたくないという気持ちの裏返しだ。

 

月君も、私も、キラではない。

そうであってほしい。

 

だが現実は、残酷に論理的だ。

 

監禁から二週間が経った。

 

新しい犯罪者は、誰一人裁かれていない。

 

世界は、静まり返っている。

 

そして――

 

この状況を知っているのは、捜査本部の人間だけだ。

 

私は静かに口を開いた。

 

「裁きが起きません……つまり、この状況から見ても99%この中にキラがいる……そして第一のキラは月君……第二のキラは弥 海砂さん……そう結論付けてよいかと」

 

その時だった。

 

月君が、ゆっくりと話し始めた。

 

「聞いてくれ……確かに僕は監禁を望んだ。しかし、キラのやったことを自覚なしでやっていたとは思えない……」

 

私はその言葉を聞きながら、奇妙な違和感を覚えていた。

 

(月君……)

 

私はあなたを監視している。

 

そう思っていた。

 

だが――

 

違う。

 

監視されているのは、私の方ではないのか。

 

思考の先を、読まれているような感覚。

背後から、静かに覗き込まれているような感覚。

 

私は冷静であるはずだった。

 

だが胸の奥で、焦燥がじわじわと広がる。

 

(……月君の思考が読めない)

 

それは、初めてのことだった。

 

十五日目。

 

その静寂を破るように、ワタリが駆け込んできた。

 

「キラが動き始めました」

 

その瞬間――

 

私は胸の奥で、

何かが崩れ落ちる音を聞いた気がした。

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