■Lの家■
「くくっ……良くやるな」
背後から、死神リュークの笑い声が聞こえた。
乾いた、骨が軋むような声だった。
だがLは振り向かなかった。
部屋の明かりはほとんど落とされている。
闇の中で、幾台ものモニターだけが青白く光り、まるで水槽の中の魚のようにゆらゆらと光を揺らしていた。
その中央で、Lは例の奇妙な座り方――
膝を抱えた姿勢のまま、椅子の上にうずくまっている。
長い指先にはマイク。
そして視線は、モニターの向こう――
自分の言葉を聞いているであろう見えない敵へ向けられていた。
Lは静かに口を開く。
「どうやら……」
ほんのわずか、口元が歪む。
「私は殺せないようだな」
リンド・L・テイラーは死んだ。
だがLは生きている。
――仮に他の誰かがあのノートを拾い。
――凶悪犯を次々に殺していたとしても。
――私は同じことをしたでしょう。
なぜなら。
それが一番早く真実へ辿り着く方法だからだ。
そして、もう一つ。
Lは自分でもうすうす気づいていた。
この事件には――
Lは再びマイクへ顔を近づける。
「殺せない人間もいる」
淡々とした声だった。
「いいヒントをもらった」
リュークがまた笑う。
Lは続けた。
「お返しといっては何だが」
「もう一つ教えてやろう」
部屋の空気が、わずかに張りつめた。
モニターの向こうで、
無数の人間がこの言葉を聞いている。
「この中継は全世界同時中継と銘打った」
「だが」
Lはほんの一瞬、言葉を止める。
「実際には日本の関東地区にしか放送していない」
テレビの前で誰もが息を呑んだ。
「時間差で各地区に流す予定だった」
「しかし」
「もう必要ない」
Lは静かに言う。
「お前は今」
「日本の関東にいる」
リュークが面白そうに笑った。
「くくっ」
「そんなベラベラ喋る必要あるのか?」
Lはモニターを見つめたまま、小さく答える。
――そのうち狙いが分かります。
そしてマイクへ向かって話す。
「警察は小さな事件として見逃していた」
「だが」
「この一連の事件の最初の犠牲者は」
「新宿の通り魔だ」
Lの頭の中には、すでに事件の地図ができていた。
新聞記事。
報道の順番。
死亡時刻。
犯人の顔写真。
それらはバラバラの断片だったが、
Lの頭の中ではすでに一つの図形へ変わっている。
「他の犯罪者は皆、極悪犯だった」
「だが」
「この通り魔だけは違う」
「罪が軽い」
「そして」
「この事件は日本でしか報道されていない」
Lは結論を告げる。
「これだけで十分だ」
「推理には」
そして言った。
「キラ」
「お前は日本にいる」
モニターの光がLの瞳に映る。
「そして」
「最初の犠牲者は」
「お前の殺しの実験台だった」
リュークが肩を揺らして笑った。
Lは続ける。
「人口の集中する関東に最初に中継した」
「そこにお前がいた」
「これは幸運だった」
「ここまで思惑通りにいくとは……」
珍しく、Lは少しだけ正直だった。
「正直思っていなかった」
そして静かに言う。
「キラ」
「お前を死刑台に送る日」
「そう遠くないかもしれない」
Lはマイクから口を離した。
部屋に沈黙が戻る。
モニターの光だけが、ゆらゆらと揺れている。
――日本の警視庁には、いくつもヒントを与えていた。
Lは思う。
――しかし誰一人。
――キラが日本にいるという所まで辿り着かなかった。
Lは指先で唇を押さえた。
――私の想定より、日本は無能なのかもしれない。
だがすぐに考え直す。
――いや。
――そうでないと困る。
このゲームは、まだ始まったばかりなのだから。
■警視庁■
捜査本部では、誰もがテレビに見入っていた。
書類をめくる音も、電話の音も止まっている。
松田刑事が呟いた。
「やっぱり……」
「すごいですね」
「Lって……」
隣の刑事が頷く。
「うむ」
「キラの存在を証明した」
「殺人を証明した」
「そして日本にいることまで……」
テレビの中でLの声が響く。
「キラ」
「お前がどんな手段で殺人を行っているのか」
「非常に興味がある」
一拍。
「しかし」
「そんなことは」
「お前を捕まえれば分かる」
その声は静かだった。
だが、どこか冷たい確信があった。
■夜神家■
夜神月は机の前に立っていた。
両手を机につき、
じっとテレビを見つめている。
その瞳は、燃えるように鋭かった。
「キラを死刑台に送る……だと」
月は低く呟く。
「キラ……」
その顔には、怒りとも、興奮ともつかぬ表情が浮かんでいた。
「必ず見つけ出して」
「始末する」
そしてゆっくり言う。
「僕が」
「正義だ」
その瞬間。
世界のどこかで。
二人の天才が、
互いの存在をはっきりと認識した。
そして今。
誰にも見えない場所で、
恐ろしく静かな戦いが始まったのである。