Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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9冊目:綱渡

■Lの家■

 

窓の外には、曇った硝子越しに都市の灰色が広がっていた。

高層の建物が立ち並び、そこを流れる無数の人間たちは、遠目にはまるで砂粒のようである。

 

私は窓辺にしゃがみ込んでいた。

例の、膝を抱え込む奇妙な姿勢――世間の人間が見れば少しばかり気味悪がるだろう姿勢で。

 

膝の上に顎を乗せ、ぼんやりと外の景色を眺める。

しかし実際には、何も見ていない。

 

私の頭の中には、もっと面白いものがある。

――人間の思考という迷路だ。

 

背後で、骨の軋むような声がした。

 

「ずいぶん気の抜けた顔だな、L……」

 

振り向かなくても分かる。

死神リュークだ。

 

私は小さく答えた。

 

「小休止ってところですね」

 

声はいつものように眠たげだ。

 

「まあ、警察の働きぶりを見たいのが理由です」

 

私は机からポンデリングを一つ取ると、それを口にくわえた。

甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

人間の脳は糖分を欲しがる。

特に推理をする時には。

 

「それに、ちょっと疲れました」

 

ドーナツをもぐもぐ噛みながら言う。

 

「もし私がキラでなければ」

 

少しだけ口元が歪んだ。

 

「結構楽しいのかもしれませんが」

 

「はは」

 

リュークはくくっと笑った。

 

私はゆっくり立ち上がる。

そして残っていたポンデリングを――

 

ぺろり。

 

まるで蛇が獲物を飲み込むように丸呑みした。

 

机の上にあった週刊誌を一冊つまみ上げる。

指先で角をつまむと、雑誌はだらりと垂れ下がった。

 

表紙には派手な見出しが踊っている。

 

私はそれを眺めながら言った。

 

「ICPOも動かせる名探偵L」

 

ページをめくる。

 

「超能力で人を殺せるキラ」

 

さらにめくる。

 

「そうかと思えば」

 

「Lもキラも実在しない」

 

「犯罪者を抹殺している警察の作り物」

 

私は雑誌をひらひら揺らした。

 

「外でもテレビでもラジオでも」

 

「こんなのばかりです」

 

机に放り投げる。

 

「キラ本人がこんなのに振り回されていたら」

 

「気疲れするだけでしょう」

 

少し間を置く。

 

「大切なことは」

 

「たまにはのんびり精神を休めることです」

 

リュークが肩をすくめた。

 

「のんびりか……」

 

「俺から見ると、お前はいつも結構のんびりしてるけどな」

 

「そんなことで振り回される性格じゃないだろ」

 

私は答えなかった。

 

その時だった。

 

ピンポーン。

 

インターホンが鳴った。

 

「ワタリです」

 

モニターを見る。

 

ロングコートの老人。

白い髭、深い皺。

 

間違いなくワタリ本人だ。

 

「ワタリか……」

 

私はぼそりと言う。

 

「なんですか?」

 

その瞬間。

 

リュークが突然顔を近づけてきた。

骨ばった顔が、すぐ目の前に来る。

 

「気をつけろよL……」

 

私は一瞥する。

 

「今机の中にあるデスノート」

 

「触られたら」

 

「触った人間には俺の姿が見える」

 

私は目を細めた。

 

――そういう重要なことを。

 

――今頃言うのですか。

 

――この死神は。

 

その時。

 

ぴぴぴ。

 

ワタリのスマートフォンが鳴った。

 

「はい、ワタリです」

 

「……はい」

 

「分かりました」

 

「Lに繋げます」

 

ワタリの声が落ち着いている。

 

「L」

 

「なんだ、ワタリ?」

 

「捜査本部の報告が始まります」

 

私は小さく頷いた。

 

■凶悪犯連続殺人特別捜査本部■

 

モニター越しに捜査会議を眺める。

 

「では次」

 

椅子が鳴った。

 

七三分けの大柄な男が立ち上がる。

 

「はいっ」

 

「今までに明らかになった被害者と思われる心臓麻痺死者は」

 

「すべて日本で情報を得ることが可能だった者と裏付けが取れました」

 

その後も統計の報告が続く。

 

私は黙って聞いていた。

 

松田が嬉しそうに言う。

 

「また少し犯人に近づけましたね」

 

別の刑事が笑う。

 

「はは。Lの手も借りずとも解決できそうですね」

 

松田がガッツポーズを作る。

 

宇生田が続いた。

 

「僕、実はもうすぐ結婚するんです」

 

部屋の空気が少し和む。

 

私はモニターを見つめながら思った。

 

――なぜ。

 

――誰も気づかない。

 

答えは簡単だ。

 

私は静かに口を開く。

 

「また注文で申し訳ないのですが」

 

「犠牲になった犯罪者の写真や映像」

 

「もう一度調べていただきたい」

 

私は考える。

 

――私が殺されなかった理由。

 

――顔も本名も出していないから。

 

――そして心臓麻痺で死んだ者は。

 

――全員、顔と名前が分かっていた。

 

普通なら気づく。

 

だが警察は気づかない。

 

――仕方ありません。

 

――今回は誘導しておきましょう。

 

そして思う。

 

――さて。

 

――ここらで次のコマを進めましょう。

 

■三日後■

 

「何っ!?」

 

総一郎の声が響いた。

 

「また昨日も心臓麻痺の犠牲者が23人!?」

 

「は、はい」

 

刑事が答える。

 

「しかも刑務所内の犯罪者が」

 

「一時間おきに一人ずつ……」

 

総一郎の額から汗が流れる。

 

「平日に二日続くとなると……」

 

「犯人が学生という線も怪しいな」

 

誰かが言う。

 

「いや、学校を二日くらい休むのは……」

 

「じゃあ二日休んだ人がキラですね」

 

私はモニター越しにそれを聞きながら、

胸の奥がむずむずした。

 

そして言ってしまった。

 

「違います」

 

部屋が静まる。

 

「キラが伝えたいのは」

 

「死の時間を自由に操れること」

 

「そして」

 

「警察の情報を知る手段を持っていることです」

 

言った後、私は少しだけ苦笑した。

 

――ヒントのつもりが。

 

――答えを言ってしまいましたね。

 

■廃工場跡地■

 

鉄骨が風に鳴っている。

 

私は廃工場の中に立っていた。

 

リュークが羽をばたつかせる。

 

「へー」

 

「L、お前そんなことしてたのか」

 

私は言う。

 

「予定通りです」

 

「次の計画のために」

 

「わざと残してある50人の犯罪者を使います」

 

リュークが地面に降りた。

 

「しかし」

 

私は続ける。

 

「一つ問題があります」

 

「問題?」

 

リュークは木材の山に座り、体育座りをした。

 

私は言う。

 

「このノート」

 

「触ればリュークが見える」

 

「だからと言って」

 

「肌身離さず持つのは好ましくありません」

 

私はリュークをじっと見た。

 

 

「ですが」

 

少し間を置く。

 

私は静かに言った。

 

「私は今」

 

「かなり危うい綱渡りをしています」

 

 




綱渡=綱ワタリ
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