BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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導入部です。ゴルゴ本人はしばらく出てこない予定ですのでご了承下さい。


PART 0 その男の名は

 8月に入り、気温31℃、湿度70%。やや花詰まりぎみの、どちらかというとミンミンというよりビンビンとも聞こえるミンミンゼミの独特の鳴き声が響く山中に彼らはいた。

 額に汗を滲ませながらエアガンを手に数十メートル離れたターゲットを目掛けて数ミリの弾丸を発射する少年少女たち。彼らは皆、この椚ヶ丘中学校3年E組に在籍する中学生であり、同時に暗殺者(アサシン)でもある。

 彼らの標的は、自分たちのクラスの担任教師――最高速度マッハ20、月の直径の7割を消し飛ばし、来年3月には地球も月と同様に爆破すると予告している、百億円の賞金を懸けられた超生物、通称『殺せんせー』だ。

 地球の存亡をかけた計画の一つとして、この中学生たちはこの暗殺教室に通っているのである。

 

 

 

 彼らが殺せんせーの命を奪うために策をめぐらせた椚ヶ丘中学校特別夏期講習沖縄離島リゾート2泊3日までは残り1週間。

 暗殺教室の生徒に一人である潮田渚は、エアガンの弾を撃ちつくしたところで100m離れた的から視線を外した。そして、マガジンを外して弾を補充しようとしてふと、視線を周囲にむける。

 特に理由もなく周囲のクラスメイトの練習風景を見渡している途中、渚の視線は一人の男に向いた。

 ――ロヴロ・ブロフスキ。3年E組外国語講師にして、世界最高峰の“色仕掛け(ハニートラップ)”の達人でもあるイリーナ・イェラビッチを日本政府に斡旋した『殺し屋屋』。かつては腕利きの暗殺者として知られていたが、老いを理由に引退したという経歴を持つ。

 現在は後進の暗殺者を育成する傍らで、教え子や知り合いの暗殺者を斡旋することで財をなしており、殺し屋というものをよく知る人物である。この合宿での暗殺計画に万全を期すべく、夏休みの特別講師として日本政府が招聘したのが彼だった。

 渚が知る『殺し屋』は、外国語講師であるイリーナ・イェラビッチと彼だけだ。だからだろうか、彼の姿を見て渚はひとつ聞いてみたくなった。

 それは、紛いなりにも『暗殺者』としての教育を受けている生徒であるが故の単なる好奇心からなのか、それとも、己の中に眠る()()()()()()をおぼろげに自覚し始めているが故の興味なのか。それは、この時点では彼自身も分からないことだった。

 

 

「ロヴロさん」

 渚はロヴロに声をかける。声をかけられたロヴロはどこか驚いたような表情を浮かべた。普段は特に主張しない渚が自分から声をかけてきたことに驚いたのだろうか。

「僕らが知ってるプロの殺し屋って……今のところビッチ先生とロヴロさんしかいませんが」

 そう前置きして渚は続けた。

「ロヴロさんが知ってる中で……一番優れた殺し屋って一体どんな人なんですか?」

 これまでも殺せんせーの暗殺にロヴロが斡旋した何人かの暗殺者が挑戦して失敗していることは渚たちも知っている。ひょっとして、既に斡旋して敗北した暗殺者の中に最良の殺し屋がいたのか、はたまた、まだ隠し玉として残しているのか。

 正直、殺せんせーを殺せるだけの能力を持った殺し屋というのは、全く想像できないものでもある。だが、殺し屋のことを知り尽くしている彼ならば、ひょっとするとその指標となるような殺し屋を知っているかもしれない。渚が彼に問をかけたのは、そのような考えもあったからかもしれない。

 そして、ロヴロは渚の問に僅かに笑みを浮かべながら口を開いた。

「興味があるのか。殺し屋の世界に」

「あ……い、いや、そういう訳では」

 正直なところ、興味が無いと言えば嘘になる。ただ、その世界に足を踏み入れたいと思うほどの興味も今の渚にはなかった。

「そうだな……俺が斡旋する殺し屋の中に()()はいない」

 殺し屋屋とて、全ての殺し屋を斡旋できるわけではないということぐらいは予想がついていた。そのことに対して内心で少しだけ、渚は残念に思った。もしも、ロヴロが尤も優れた殺し屋を斡旋できたのならば、直接会って教えを乞いたいとか、その技を見てみたいという思いは少なからず渚の中にあった。

「最高の殺し屋――その候補者はこの地球上にたった二人だけだ。それは、人生の大半を暗殺に費やしたものとして断言しよう」

 ロヴロの何かを含むような眼差しが渚を見据える。

「この業界ではよくあることだが、彼らの本名は誰も知らない。生い立ちも、生年月日も、国籍も出身地も不明だ」

 そう前置きして、ロヴロは先ほどから密かに渚とロヴロの会話に聞き耳を立てていたイリーナに視線をやった。師匠の前で小さくなっていたイリーナは、突然鋭い視線を向けられ、隠し事がばれた子供のように身を震わせた。

「イリーナ、お前も聞いたことがあるだろう」

 イリーナは僅かに強張った表情を浮かべ、静かに頷いた。

「――死神。夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるに至った神出鬼没、冷酷無比の男ですか?」

「正解だ。殺し屋につけられる渾名にしては単純に思えるが、死を扱う我々の業界で死神といえばこの男のことを指す。超一流の変装技術、超一流の情報収集力、そして超一流の暗殺技術を併せ持った死角のない暗殺者。それが死神だ」

 『死』そのものと呼ばれるに足る暗殺者――その名を聞いても、渚はピンとこなかった。どれほどの屍を積み上げれば、どれほどの才を持っていれば、どれだけの鍛錬を積めば、どんな困難な任務を遂行すれば『死』と呼ばれるのか。そんなことは殺し屋の修行を始めて数ヶ月の彼には到底考え付かない。

「そして私の知るもう一人の候補者……彼もまた、『死神』の渾名で呼ばれるに相応しい殺し屋であることは間違いない。しかし、彼には『死神』よりももっと不吉で、もっと相応しいコードネームが存在する」

「コードネーム?」

「ああ……その男の名は、“ゴルゴ13”!!」

 ――ゴルゴ13。その名前のどこが不吉なのか、渚にはピンとこなかった。それを察したのか、イリーナが捕捉説明をする。

「ゴルゴ13っていうのはね、イエス・キリストを裏切って茨の冠をかぶせ、ゴルゴダの丘で磔刑にかけた十三番目の男を意味するの。――この国じゃあ馴染みが無いかもしれないけれど、この十三番という数字はキリスト教社会では最も不吉な数字で、忌み嫌われるものなのよ」

「キリスト教社会においては最も敬われる男を裏切り、磔刑にした、13番目――これ以上無い不吉な要素を含んだコードネームということだ。そして、この男は私が知るだけでも幾度となく人類の歴史を変えてきた。もしも君達がこのままヤツを殺しあぐねていれば、いつか死神かゴルゴ13が……ひょっとすると、両方がヤツの抹殺に動くということもあるかもしれないな」

 

 

 死神にゴルゴ13――ロヴロの口から語られた二人の殺し屋。どちらも想像することすらできない高みにいる殺し屋であることは渚でもおぼろげに理解することができた。

 そして、同時に危機感を抱く。ロヴロをして最も優れた殺し屋と言わしめる二人の殺し屋が動いたら、はたして僕達に殺せんせーの命を絶つチャンスは残っているのだろうかと思わずにはいられない。

 いよいよ――この夏休み合宿のチャンスを逃せなくなったと渚は感じた。この合宿で殺せんせーを仕留められなければ、次に大規模な計画を立案し、実行するにはしばらく間を空けなければならない。その間に他の殺し屋に殺せんせーの命を奪われるなんて御免だった。

 自分たちの手で、残された時間で殺れるだけのことを殺って、自分たちの手で殺せんせーを殺して答えを見つけたい。それが、イトナ君とその保護者のシロの介入を経て渚達が共有した一つの意識だ。

「焦りを覚えているのかね?」

「……はい」

 ロヴロに指摘され、渚は僅かに俯きながら答えた。しかし、俯く渚を見たロヴロは不敵に笑う。

「最も優れた殺し屋に先をこされることを恐れ、諦めるのではなく静かに対抗心を燃やす……いい心がけだぞ、少年。君の願いを叶える一助になるであろう、必殺技を伝授してやろう」

「ひっさつ……?」

 そんな、アニメや漫画のような都合のいい『必ず殺す技』が存在するのだろうか?渚は疑問に思わずにはいられなかった。それに対し、ロヴロは堂々と言い放った。

「そうだ――プロの殺し屋が直接教える……“必殺技”だ」

 

 

 ――それから一週間後、必殺技を携えた渚は、仲間と共に現時点で持ちうる全ての技術と情報を駆使した南の島の暗殺ツアーに挑む。




時間軸は、夏休み合宿直前です。ここから物語を展開させていく予定です。

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