BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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ゴルゴ、まだ出てきません。
後二話ぐらいしたら登場させる予定です。


PART 1 集まる人々

 G20――20か国・地域首脳会合(サミット)はこの年、日本で行われていた。

 

 一年ほど前からアフリカで驚異的な感染拡大を見せている重篤感染症対策や、中東情勢の悪化による難民の大量発生問題、東アジアにおける核とミサイルの問題についてがこの会議で話し合われる予定となっている。

 

 さらに、今年はG20参加国の代表者に加え、10の招待国の代表者と6の国際機関の代表者が参加するという過去に例を見ないほどに大規模な会議となっていた。安全保障や疫病対策を世界中の国々が如何に重視し、そしてそれに対する国際的な連携が必須だと考えているかが分かると各国のマスコミは報じている。

 

 いくら世界の様々なところに火種が燻っており、国際的な対策が必須だったとしても、それを理由にいきなりこれほど多くの国々の代表者が集まるというのも非常に珍しいこともあり、インターネットでは東アジア情勢を掻き回している某国の生物兵器開発疑惑が持ち上がったが故の緊急会議だとか、はたまたアフリカのジャングルで新種のウイルスが見つかっただとか――そんな憶測がまことしやかに囁かれていた。

 

 実際のところ、この20か国・地域首脳会合(サミット)は隠れ蓑に過ぎなかった。本来の議題は感染症対策でもなければ、某国の核やミサイル問題でもない。感染症や某国の脅威を敢えて煽り、世間の注目度と問題の重要性を上げてまで地球上の30ヶ国の首脳が集まった理由は、たった一人の超生物抹殺のために他ならなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「――以上が、7月までの暗殺訓練の中間報告になります」

 

 防衛省情報部、尾長剛毅情報本部長は、眼前に揃った30ヶ国の首脳の前で礼をした。

 

 彼が壇上で報告した4月から7月にかけて実施された数々の暗殺計画とその結果、そして観察の結果判明した超生物の生態や弱点、暗殺教室に通う3年E組の生徒たちの技量についての報告を聞いた各国首脳の顔は、お世辞にも明るいものとはいえない。

 

「日本政府は手を拱いているだけではないのですか?」

 

 ドイツの首相が棘のある口調で言った。

 

「暗殺計画がスタートしてから早4ヶ月です。地球滅亡までのタイムリミットは後8ヶ月しかない。それまでに本当にあのバケモノを殺せるのですか?」

 

「……我々とて、地球滅亡の危機に指をくわえてただ見ているだけのつもりはありません。我々は、まだいくつかの暗殺計画を準備しております」

 

 日本国内閣総理大臣、右妻鷹之丞は淡々とドイツ首相の問いかけに答えた。

 

「作戦の機密保持のために詳細はお教えできませんが……一週間後には周到に準備された暗殺計画の一つが実効されます。この暗殺計画は、既に関係者からも勝算は十分にあるとの評価を得ております」

 

「暗殺者としての教育を受けているとはいえ、所詮はジュニア・ハイスクールの生徒でしょう。本当に彼らで大丈夫なのでしょうか?」

 

 今度はイギリスの首相が懸念を口にした。

 

「何でも、彼らはあの生物に育てられているそうではないですか。標的に育てられたアサシンが、標的を殺せるとは私には信じがたい話です」

 

 イギリス首相の主張に同調する声が欧州やアジアを中心に次々と巻き起こる。

「常識的に考えて、自分を殺しうる脅威を自ら育てるなどという遠回りな自殺なんてものをやりますかね?」

 

「逆に、自分の意のままに動く私兵を育てているとは考えられませんか?」

 

「そもそも、ジュニア・ハイスクールの生徒でも殺せるのであれば、どこかの国の特殊部隊がとっくにヤツの命を奪っていると思いますよ」

 

 議場の空気は次第に悪くなり、有効な手立てを講じられない日本政府に対する詰問じみた発言が相次いだ。

 

「日本政府が用意した暗殺者も悉く失敗しているそうではないですか。もっと手練れを手配するべきではないでしょうかね?」

 

「私もそう思います。この際ですから、金に糸目をつけずに探してみてはいかがでしょうか?殺し屋斡旋業者に仲介を依頼しているそうですが、業者を介さないプロにも腕利きの者がいると聞きます」

 

 

 

 

 ――どいつもこいつも、口だけはよく回る。やつらの腹の内を考えるだけでも胸糞悪いが、上っ面も同じぐらい不愉快だ。

 

 右妻には彼らの本心は分かりきっていることだった。先程から日本政府を詰問している各国指導者の本音は一つの意見にほぼ纏まっているのだから。

 

 端的に彼らの言いたいことを纏めると、

『ゴルゴ13に依頼せよ』の一言である。

 

 ――ゴルゴ13。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尋常では無い能力を有する国際的な職業テロリスト。ゴルゴ13という名はコードネームで、本名は不明。東洋系の人種ではあることは分かっているが、国籍、言語、宗教、経歴その他は一切不明のプロフェッショナルである。

 一件の依頼を数十万ドルから数百万ドルで請負い、一度請け負った仕事は必ず完遂させるといわれている。実際、内閣調査室が得たアメリカCIAの極秘資料によれば、依頼成功率は過去1000件でトータル九十九.八十九%だった。

 契約を律儀に守り、如何なる困難な任務も99%以上の確率で完遂するプロフェッショナルが10年以上の間仕事を受け続け、かつ逮捕や殺害されることなく生き続けているという事実が、この男の異常さを物語っている。

 確かに、この男であればマッハ20で高速移動し、月の直径の7割を吹き飛ばす超生物を殺すことができるかもしれない。いや、むしろあの超生物を殺しうる人間はこの男をおいて他にない。

 だが、地球滅亡の危機に瀕してもなお未だに誰もゴルゴ13にあの超生物の抹殺以来を出してはいない。確かにゴルゴ13とのコンタクトは簡単ではないが、今この会議の場に出席している国々であれば、その殆どがゴルゴ13への連絡ルートの一つや二つ確保しているのが当たり前である。

 連絡ルートも確保しているし、各国にしても数十万ドルから数百万ドルならば出せない額ではない。それなのに、何故彼らは自分でゴルゴ13とコンタクトを取らないのか。勿論それには理由があった。

 ある程度の国力を有する国で、ゴルゴ13に依頼をしたことがないという国はない。ゴルゴ13という存在は国際社会における切り札(ジョーカー)だ。国や企業が表立ってアクションを取れない時にも、独力で状況を確実にひっくり返しうる最期の手段である。

 ある国は自国のクーデター勢力の無力化のために、またある国は流出した自国の最新鋭兵器の破壊のためにと、表社会に決して関与を疑われない形で様々な事件をゴルゴ13の手で収束させてきた。

 ゴルゴ13へのコンタクトを取る手段を複数有しているということは、それだけで非常時における伝手が多いということを意味する。つまり、ゴルゴ13への連絡ルートの数は、そのまま各国の持つ力に直結するのである。

 ここで、ゴルゴ13に依頼をすることはそう難しいことではない。しかし、依頼によって自分たちが握っている連絡ルートと同じルートを有する国には、自分たちの持つルートの存在が露呈するリスクもある。

 以前、ゴルゴ13とコンタクトを取る方法として、イギリス・大ブリテン島の南西部・ペンザンスに住むガンで死期が近いとされているウィリアム・パートリッジ少年に、「ウィリアム君が、自分の生きていた証として絵葉書を集めてギネスブック入りを目指していると聞いたので葉書を送る」という理由で絵葉書を出し、報酬額を意味する6桁の数字を文面に紛れ込ませるというものがあった。

 しかし、この依頼ルートは自国へのこれ以上のゴルゴ13の介入を嫌ったモグツ・ポポ・セコ元コンゴ民主共和国大統領の補佐官、へセロの妨害工作によって使い物にならなくなってしまった。そして、この依頼ルートが閉鎖された結果、このルートしか有していなかった中国政府は一時ゴルゴ13とコンタクトを取れなくなってしまった。

 ゴルゴ13との依頼ルートを失った中国政府は、通常の国家権力では対処しようのない事態においてゴルゴ13という切り札を切ることができず、大きく国益を損ねることとなったばかりか、ゴルゴ13への依頼ルートを失ったことがアメリカに露見し、水面下の争いで不利になることもあった。

 一応、このような正規のルート以外にもゴルゴ13へと依頼をするルートはないわけではない。「アメリカの教会で讃美歌13番を合唱中に壁が崩れた」と言う13という数字を絡めたニュースを流す方法や、金と権力を背景にゴルゴ13の所在地を突き止めて直接交渉するなどといった方法もある。

 しかし、このような非正規のルートによる依頼をゴルゴ13は好まず、非正規ルートで彼を呼び出した場合には忠告を受けることも少なくない。正規ルートを介する暇のない緊急時ならばともかく、それ以外の場合に非正規ルートでの依頼をすることは避けるというのが暗黙のルールなのだ。

 このような前例もあったため、自分たちが有するゴルゴ13への連絡ルートを把握されることは各国にとって国益上絶対に避けなければならないことだった。

 右妻も一国の指導者であり、上記の事情は百も承知である。当然、おいそれとゴルゴ13というカードを切ることは容認できなかった。

 

 

 

 日本の対応を詰問する流れにある会場内。しかし、そこに流れに一石を投じるものが現れる。

 

「皆様、そう逸る必要もありますまい。日本には急いてはことを仕損じるという格言もあります。確かに時間は有限ですが、我々は最終的に一度の勝利を得ればいい。少年たちが暴いてくれたヤツのデータも少なからず有益なものを含んでいると思いますよ」

 

 世界に君臨する唯一の超大国の指導者、アメリカ大統領だ。

 

「我々には、まだ 手札(カード)が残されています。それに、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)もある。ジュニア・ハイスクールの生徒たちは、3月まであの怪物をあの場所に留めておいてくれるだけでも我々の勝利に十分貢献してくれていますよ」

 

 地球上最大の超大国のリーダーの発言によって、各国からの不満の声は小さくなり、日本を糾弾しようとする勢いは削がれた。

 一見、日本は遠回しに吊し上げられていた状況からアメリカに助け船をだされた形に見える。しかし、当然アメリカにはアメリカの魂胆があった。

 アメリカの魂胆は、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に託つけて衛星兵器のノウハウを蓄積し、対触手兵器を各国に先駆けて開発、作戦成功の暁には作戦に用いられた兵器を回収して自軍に配備することだ。

 

 戦後、各国で超生物の触手を利用した兵器の開発が進むことを見越し、カウンターウェポンを先んじて配備することで、自国の優位性を保つ腹積もりだろう。

 また、奇しくも数年前に日本で発生した震災によって、世界では原子力というエネルギーに対する安全性への信頼に疑念を持つ人々が増えていた。触手を移植された生物に対するカウンターウェポンの整備は、今後近代的文明を維持するために生物が生み出す反物質エネルギーを利用するのならば不可欠となる。

 何せ、自分たちの文明社会を支えるエネルギーの供給者が、超常的な能力を有し、人間の意思に逆らう可能性もある生物だ。安全対策として確実に触手生物を抹殺できる兵器を用意することを怠るわけにはいかなかった。

 LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)によって完璧な対触手生物兵器が早期に完成すれば、反物質を利用したクリーンで安全な新しいエネルギーを早期に運用できるようにもなる。

 元々、かの超生物をつくりだした国の枠組みを超えた研究機関は、アメリカの石油(オイル)メジャーを中心とした各国のエネルギー産業関連企業の共同出資機関でもある。各国のエネルギー産業関連企業では、反物質生成細胞によるエネルギー供給の実用化を早めることにも繋がるLAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)をプッシュしていた。

 軍事的な側面での利益や石油(オイル)メジャーの圧力が、アメリカの姿勢を決めているのである。

「これは、世界が国境を越えて協力し、人類の未来を守るための試練でもあるのです。我々の力で必ずやあの生物を滅ぼし、繁栄を手にいれようではありませんか!!」

 ――お前の『ハリウッド映画に出てくる世界を救う偉大でカッコいい大統領』ゴッコに付き合ってられるか。

 各国の首脳はここに至って初めて意志の一致を得たかもしれない。しかし、彼の主張はまだ終わってはいなかった。

「まぁ……()()()()()でも、あの超生物を殺せるかと問われればそもそも怪しいものですがね」

 ここに誰の目もなければ、右妻は苦虫を百匹ほど噛み潰した顔をしていただろう。今のアメリカ大統領はこれまで誰もが直接明言することを避けていた『ゴルゴ13』の名を敢えて口にした。

 これは、『ゴルゴ13でも殺せるか分からない生物を殺す力が――つまりはゴルゴ13を超える力を我々は手に入れる。もはやゴルゴ13は脅威足りえない』というメッセージを暗に各国に示している。

 ――触手兵器の実用化で、軍事力とエネルギー分野の影響力を高め、さらにゴルゴ13の干渉をも撥ね退ける神に選ばれた国にでもなったつもりか。まるで神代の王のような傲慢さだな。相変わらずの大国的な利己心と強欲さだ。

 右妻は内心で毒づいた。

 これまで、アメリカは各国で思案されている超生物対策についてとやかくと言ってくることは殆どなかった。だが、今回に限って積極的に自国のプランを推奨してきたところから、各国の首脳は理解した。

 ――LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)の肝となる対超生物透過レーザーバリア(地の盾)対超生物透過レーザー衛星(天の矛)の開発の目処がつき、実用化に問題がなく、これをもって確実にアメリカはゴルゴ13を超える力を手に入れたことを証明できる。少なくともアメリカはそう確信している、と。

「……ま、まぁ。そうですな。この試練を乗り越えれば、きっと人類はより強く連帯することができるやもしれません」

「あの生物がハリウッドのモンスターの如く暴れ回るならともかく、目に見える破壊活動はしていないようですし、始末するには時間をかけて入念に準備した方がいいでしょうね」

「最終的に殺せればいいとは思いますが、なるべく確実な手段を取るべきでしょうな」

 右妻と同じことを察した各国の首脳は、ここでアメリカとの間で意見を衝突させてもメリットは殆ど無いことを瞬時に理解し、主張を弱めた。アメリカに対して対抗するプロジェクトを密かに進めていたロシアも、反物質エネルギーが世界のエネルギー事情と自国のエネルギー産業に大きな影響を与えうることを察し、多少不満げではあるが矛を収めた。

「今後も、それぞれの国で研究が進み、人類を救う一助となることを期待していますが……万が一、3月までにあの生物を殺れなかった時のためにLAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に出来る限りの支援をしていただきたいと我が国では考えています」

 アメリカ大統領は自信満々の笑みを浮かべながら、そう締めくくり、会議はその後淡々と進んでからお開きとなった。

 

 

 

「…………」

 だが、自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら会議場を後にしたアメリカ大統領は知らない。右妻が帰りの車の中で思いつめたような表情を浮かべていたことを。


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