BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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ようやくゴルゴさんのご登場……
ゴルゴが全編にくまなく出るのも違和感を感じますし、要所要所で出すのが一番いいということもわかるんですがね。どうしてもなるべく多く出したくなってしまうジレンマを抱えています。


PART 3 日本国内閣総理大臣の依頼

 20か国・地域首脳会合(サミット)を終えて東京に戻ってきた右妻は、今国会の目玉となる政策を成立させるために全国各地で精力的に動いていた。この日も大阪でのテレビ収録を終え、明日の朝に兵庫県で開かれるイベントのため、右妻は大阪市内のホテルに泊まっていた。

 

 用意された客室でシャワーを浴びた右妻は、シャワールームを出てからはずっとミネラルウォーターを片手に時計を見つめていた。部屋に飾られた時計が示す現在の時刻は、21時59分――。

「約束の時間は22時か……」

 その時、ドアが控えめにノックされた。ドアに設けられたカメラから外の様子を伺うと、ホテルのボーイを連れた補佐官が待っているのが見えた。

「ルームサービス?」

 補佐官が、彼との会談に気を利かせて飲み物でも用意してくれたのか。いや、ひょっとすると。

 右妻は意を決してドアを開錠し、補佐官とボーイを招き入れた。

 補佐官は軽く会釈し、部屋の中に足を踏み入れボーイもそれに続いて入室した。

「石井君、そのルームサービスはこれからの会談の席のためのものかね?それとも――」

 ドアが閉まったことを確認した右妻は、補佐官よりも先に口を開き、意味ありげな視線をボーイに送った。視線に気づいたボーイはボーイキャップを脱いで右妻に向き直った。その鋭い眼光に、一瞬右妻は息を呑んだ。しかし、政治家の十八番であるスマイルを即座に顔に張りつけ、にこやかに挨拶した。

「やはり……貴方でしたか。Mr.デューク東郷。噂通り、時間には非常に正確ですな」

 右妻が時計を見やると、ちょうど針は10時ちょうどを示していた。

「流石は超一流のプロフェッショナルですな。貴方の職業はサービス業に当たるのでしょうが、貴方ほど几帳面で顧客の信頼を裏切らず、責任感のある方はそういないでしょう」

「……俺を褒めるためだけにわざわざ呼んだのか?無駄話はいい……」

 一国の指導者から自身のことを褒められても、デューク東郷――ゴルゴ13は全く気にする様子は見せない。そして彼は、用意された椅子に座ることもなく壁に背を預けて懐から愛用のトルコ産の葉巻を取り出した。

「失礼した。少し疲れがたまっているのか、人の目がないところでは最近口数が多くなってしまう。それと、この石井君は私の補佐官の中でも一番付き合いが長いし、口も堅い男だ。貴方とのコンタクトも彼が担当していたし、場合によっては我々も貴方に協力することがあるかもしれない。一応、彼を立ち合わせてもらってもいいだろうか?」

「構わない……用件を聞こうか」

 右妻は石井にアイコンタクトを送り、石井は持参した鞄に手をかけた。しかし、そこでゴルゴ13が石井に鋭い眼光を向けた。

「待て。ゆっくりだ……物を取り出す時は、俺に声をかけてから中身が見えるようにゆっくりと出せ……」

 視線だけで圧された石井は、一瞬心臓が跳ね上がるような恐怖に襲われる。

「すまない、Mr.デューク東郷。石井君、Mr.デューク東郷は用心深いんだ。今後は気をつけてくれ」

「はい、失礼しました」

 石井は緊張気味な様子で鞄の中身が見えるようにゆっくりと二枚の写真を取り出して机の上に置いた。

「これが今回の暗殺対象(ターゲット)だ」

 右妻が指し示したのは二枚の写真。右側の写真には黒い服を纏った真っ赤な蛸のような異形の姿、左側の写真には若い日本人の姿が写しだされていた。

「右側は、マッハ20で移動する能力を持った超生物だ。貴方にはコイツと、コイツを生み出した研究責任者である左の人物を葬ってもらいたい」

「……反物質生成生物とその研究開発者を始末する理由を話してもらおう」

「まさか、知っていたのか。一体どこからその情報を?」

「俺がどこからこの情報を手に入れたのかは、依頼人には関係ない話だ。……話を続けろ」

 ゴルゴ13が既に、この超生物の正体を掴んでいたことに右妻は内心で驚いた。しかし、それを表面に出すことはなく淡々と右妻は話を続けた。

「この超生物の正体が分かっているのであれば、話は早い……こいつは国を超えた非公式の研究機関で作られた実験体だ。私は門外漢だから詳しいことは分からないが、何でも、生命の中で反物質を精製する実験の産物らしい。さて、この超生物を始末したい理由か。理由は一つではないから、少し長い話になるが、構わないか?」

「構わない……包み隠さずに全てを話してもらおう……」

 

 

 懐から取り出した葉巻にライターで火をつけ、ゴルゴ13は右妻に話をするように促した。それに従い、右妻が口を開く。

「まず、この地球を救うためだ」

 突拍子のない話にもノーリアクション、さらに無言でこちらに視線を向け続けるゴルゴ13に苦笑しつつ、右妻は続けた。

「いきなり何を言うかと思うかもしれないが、これはハリウッドの映画に出てくる英雄の話ではない。実際に、来年の3月13日までにあの生物を始末しなければこの星は滅びるのだ」

「…………」

「あの生物が有する反物質生成細胞にも、寿命がある。そして細胞分裂が規定の回数を超えれば、反物質生成サイクルは細胞を飛び出すそうだ。細胞分裂の限度を超えた反物質生成生物がどうなるか月面でマウスを使って実験したらしいが――その結果は君も知っての通りの三日月だ」

「……つまり、あの生物の反物質生成細胞は3月13日で寿命を向かえ、周囲の物質を連鎖的に反物質に変換することで凄まじい破壊を引き起こすということか?」

 右妻は頷いた。

「地球を守るためには、誰かがヤツを殺さなければならない。ヤツが今教鞭を取っている椚ヶ丘学園の中学生の生徒にもヤツを倒すための指導をしているが、私も正直なところ、一年の訓練を受けただけの少年少女に地球を救えるとは思えない。だが、君ならば可能だろう……というよりも、私は君以外にヤツを殺しうる能力を持った人間を知らない」

「…………」

「そして、ヤツがこの国に居座り続けることが、我が国にとって不利益に他ならないのだ。他国の対超生物をお題目にした干渉を受けるわ、やつのことを隠蔽するための諸費用が馬鹿みたいにかかるわ、迷惑なことだ」

「……ならば、何故ヤツが姿を現してから5ヶ月近くも放置していた?」

「それには、貴方への依頼のもう半分――反物質生成生物の研究の妨害が関わってくる。このタイミングで君に依頼すれば、ヤツが殺されたこととの因果関係から、我が国が把握している君との連絡ルートを知られる他国に知られる可能性がある。君という最強の鬼札(ジョーカー)を引く伝手をいくつ持っているかというのも、潜在的な各国間の力の差に繋がってくる以上、迂闊に頼めなかった。ヤツを殺すことによるメリットと、君とのコンタクトを取る伝手を把握されるデメリットを価値比較した場合、後者の方が優ると私は判断していたんだ……先日の20か国・地域首脳会合(サミット)までは」

 右妻は、先の20か国・地域首脳会合(サミット)でのアメリカの発言を手短に説明する。

「アメリカの魂胆は、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に託つけて衛星兵器のノウハウを蓄積し、対触手兵器を各国に先駆けて開発して自国の優位性を保つことだろう。もしも来年4月まで地球が残っていたならば、各国で超生物の触手を利用した兵器の開発が進む可能性は高いからな。それに、反物質生成生物に対するカウンターウェポンの整備は、今後反物質エネルギーを原子力に代わるエネルギーとして利用するのならば不可欠となるだろう。何せ、自分たちの文明社会を支えるエネルギーの供給者が、地球を破壊しうる力を秘めた超生物だとなれば、安全対策として確実に触手生物を抹殺できる兵器を用意することを怠るわけにはいかない」

 無言で話を聞き続けるゴルゴ13の表情には全く変化がない。右妻には、この男に表情をつくる筋肉がないように思えてならなかった。

「だが、全てがアメリカの思い通りになることを我が国としては歓迎できない。これがあの超生物の殺害を依頼する最も大きな理由だ」

「あの生物の命を狙う理由は分かった……その生物を生み出した研究主任を殺したい理由は、反物質エネルギーは研究中のバイオオイルの生産と普及の邪魔になるからだな?」

 ゴルゴ13の発言に、右妻は一瞬目を見開いた。こちらの依頼は、話す前から8割――いや、ひょっとするとほぼ全て見通されているのかもしれないと知り、戦慄した。

「あの超生物のことだけではなく、こちらの事情も全てお見通しのようだな。ならば話は早い。君の指摘した通り、我が国の国際的な力を高めるには、この反物質というエネルギーは邪魔なのだよ。そして、この反物質生成細胞研究の最前線に立ち、この研究に関わる主要な理論を考えた男こそが、この写真の男――あの生物を作った国際研究機関の主任研究員、柳沢誇太郎だ。実質、この男一人で反物質エネルギーの研究を進めてきたようなものだからな、ヤツさえ消えれば確実に研究は停滞する。それが、あの研究の主任研究員を始末してもらいたい理由だ」

 

 日本は数年前の震災をきっかけに、原子力の代替となるエネルギーを将来的な選択肢として用意する必要に迫られることとなった。そのための研究も世間の注目度が格段に向上したこともあって大きな後押しを受けた。

 そして、現在日本ではその内の一つ、藻から作り出すバイオオイルの分野で研究が世界よりも一歩先に進んでいた。現状では藻から生成されるバイオオイルは1リットル当たりの価格が石油の7倍から10倍近くなると試算されており、生産性の面で課題は残るのだが。

 

「もしも、この段階でこの反物質エネルギーがクリーンで安全な原子力に代わる人類の新しいエネルギーとして普及されたら、我が国が国費を投入してまで後押ししたバイオオイル研究が不要なものとなってしまう。間違いなく、中・長期的なコストでは反物質エネルギーがバイオオイルに優るという試算もされている。しかし、バイオオイルは、地球環境にも優しく、既存の石油依存社会の構造を大きく変えることもない有益なエネルギー源であり、エネルギー資源に乏しい我が国が中東や資源大国の圧力から解放されるために不可欠なものだ。ここで潰されるわけにはいかない」

 為替の変動、中東事情、横行する海賊に、それに対処するためのシーレーン防衛、仮想的のシーレーン破壊戦略への対抗戦略など、エネルギーの多くを他国からの輸入に頼るという弱みを抱える日本は、その弱みに付け込まれないようにするために多大なる労力と費用を支払ってきた。時には、その弱みから恫喝じみたことを受けたことも少なくない。

「……研究が暗礁に乗り上げたとしても、基礎理論が確立され、実際に成功例もある研究だ」

 ゴルゴ13は葉巻を燻らせながら口を開いた。

「研究の実用化は、いずれ、また別の誰かの手で成し遂げられる……」

「それは分かっている。だが、バイオオイルは後5年で商品として実用化できる段階にある。実用化さえされれば、既存の石油依存型社会でしばらくの間上手く立ち回れるから、我々の損にはならないと我々は試算している。それに、反物質エネルギーの実用化までの時間が稼げれば十分だ。その時間で人を育てることができるからな」

 そこで話を切った右妻は、視線を机の上に置かれた若い男を写した写真に落とした。

「この柳沢という男なのだが、モラルというものが欠如した科学者だ。己の頭脳を鼻にかけて他人を見下し、扱き下ろすタイプらしい。だが、倫理も良識もなく、プライドや己の功績に固執して他を省みない技術者など、どれほど頭がよく、どれほど科学に貢献できるとしても、私には脅威にしか思えない。あの春川英輔のように我々を脅かす存在になったらと考えてしまう」

 右妻は、重ねて言った。

「だからこそ、例え研究が遅れても構わない――良識を持った科学者が研究を進め、良識のある、優れた技術と誇りを持つ技術者と作業員を育成する時間こそが、重要だ。科学者と技術者と作業員の育成によって、100%は無理でも99.99%事故が発生しないようにできる。たとえ私の思惑が外れてバイオオイルがエネルギー市場から排され、我が国も反物質を主要エネルギー源とすることになったとしても、今回稼ぐ時間は必ずや将来の日本国民の安全に寄与すると私は確信している」

「…………」

 ゴルゴ13は紫煙を燻らせ、無言で右妻の話に耳を傾ける。

「私はそもそも、反物質生成細胞や触手なる危険な欠陥品が現在の時点で軍事分野で大々的に採用されることには反対だ。あの力は、今の人類が扱うにはまだ早すぎると私は考えているからだ。ここからは、国益だけではなく、一個人としての私の考えもある」

 右妻は力強い声音で自身の考えを口にする。

「反物質は、使い方を少し誤ればこの星を破滅させられるほどの強大な力だ。技術や設備が完璧なものであっても、それで事故が『絶対』起きないとは誰も断言できまい。大切なのは、その力を扱う人なのだ。……当のアメリカはそのことをHAL事件から全く学んでいないらしく、技術的、科学的な安全が保証されればそれ以上を考えはしないがな。だからこそ、私はアメリカにも人を育成することの重要性も教えてやりたい」

「……研究の危険さを世界に知らしめるということも、依頼の条件に入るのか?」

「そうだ。ただ、別にあの生物や柳沢の暗殺時における条件ではない。各国――特にアメリカに反物質の危険さと扱い辛さを知らしめてもらえるのであれば、他の形で研究の危険さを知らしめてもらっても構わないし、勿論方法は全て貴方に一任する」

 席を経った右妻は、ここで思い切って頭を下げた。

「報酬はあの生物の暗殺成功報酬の100億円だ!!――だから、頼む。この依頼を引き受けて欲しい」

 ゴルゴ13への依頼料金の相場は、日本円換算にして数千万円程度だ。稀に一億を超える依頼料金を提示されることはあるが、今回右妻が提示した100億円という依頼料金はそれでも破格の金額である。

 しかし、100億円は、元々どのような形であれ、あの生物が殺されて地球に来年があったならば誰かの手に渡っていたはずの金だ。その金で地球を救え、さらに反物質エネルギーの開発にダメージ、加えてバイオオイルの市場価値アップのチャンスがついてくる以上、右妻は100億円という破格の依頼料金も惜しくはないものと判断していた。

「反物質の危険さと扱い辛さを知らしめることも依頼であるのなら……俺はしかるべく努めよう」

 重苦しい沈黙の中、ゴルゴ13は口を開いた。

 その言葉を聞いて喜色を浮かべる右妻。

「あ、ありがとう、ゴルゴ13!!」

「ただし、この依頼を実行するには、そちらの協力も必要だ。今後、俺の指示に従ってもらおう……」

 ゴルゴ13はそう言い残すと、再び入室時のボーイの格好に戻り、部屋を静かに後にした。


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