BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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およそ3ヶ月ぶりの更新です。お待たせして申し訳ない。


PART 4 動き出す“G”

 右妻の依頼を受けたその翌日。アメリカ、ニューヨークの片隅にゴルゴ13の姿はあった。

 路地でサッカーをしている少年たちの脇を通り過ぎて彼が向かったのは、看板も何もない寂れたビルだ。その一階、僅かに光が漏れるドアを開けてゴルゴ13が中に足を踏み入れる。

「やぁ……あんたか」

 ゴルゴ13の姿を見て、奥の椅子に座っていた男はバスケットボールの試合を中継するテレビの電源を切り、億劫そうに立ち上がった。

 この髪に白いものが混じり始めた富士額で出っ歯の中年男の名は、デイブ・マッカートニー。ゴルゴ13をして、世界広しと言えども、自身の要求を満たす銃を作れるのはデイブ以外には存在しないと言わしめる程の腕を持った世界最高峰の銃職人(ガンスミス)である。

「今回は一体、どんな依頼だ?」

 彼にとってゴルゴ13は上客であり、誰よりも自身の腕を認めてくれる人物ではあるが、それと同時に、いつも厄介ごとを持ち込んでくる面倒な依頼人でもある。しかも、自身の説得の仕方を心得ているから性質が悪い。世界で最も銃を上手く使いこなす男に「銃職人(ガンスミス)として認めている」と言われれば、彼の期待に応えないわけにはいかないのだ。

 ――前は確か、150mmの圧延均質装甲版を撃ち抜く銃弾に、焼夷弾だったか。まったく、今回は一体どんな無茶苦茶な依頼が飛び出すことやら。

 ゴルゴ13にこれまで頼まれた依頼(無茶振り)の数々を思い出して身構えるデイブ。だが、ゴルゴ13の口から出た依頼は、別の意味で彼の予想しえないものだった。

 

 

「――――――」

 

 

「何?それだけか?」

「ああ……」

 素っ頓狂な声を挙げるデイブ。それもそのはず。前歴のないM-16に10倍スコープにピッチ8分の3インチ螺子穴を切るような1時間あれば十分な仕事ではないが、これまでに彼に依頼された中ではおそらくそれに次いで簡単な依頼だったからだ。彼以外にこんなことを自分に依頼する人物はまずいないだろうが、別段難しい依頼ではない。

 だが、ここでデイブは思い出した。この人物は、銃に要求するクオリティーも異常だが、仕事に求める期限もまた殺人的なのだ。

 1000km先のフットボールを狙撃する銃を僅か3時間で作らせたり、500m先の弾丸散布域が直径5cmの円内に収まる5.56×45フルメタルジャケット弾を一日以内に20発用意したりなどという殺す気かと言わんばかりの無茶苦茶なタイムリミットを設定されたことも少なくない。

「あんたからの依頼にしては楽な方だな。一週間あれば……ま、まさか。3日でやれとは言わんだろうな!?」

「2日だ。それまでに試し撃ち用も含めて3丁用意してくれ」

「ふ、2日後だと!?……頼むからもう少しワシを労わってくれ。これでも立派な老人だぞ!!」

 デイブの悲鳴じみた主張も馬の耳に念仏のようだ。ゴルゴは眉ひとつ動かすことなく、テーブルの上にドル札の札束がつまったアタッシュケースを置いた。

「……時間はない。だが、礼ははずむ」

 ジッとデイブを見つめるゴルゴ13。鷹のように鋭い視線を向けられたデイブは折れた。

「分かった。2日後だな」

「二日後、同じ時間に取りにくる……」

 ゴルゴ13は、デイブから了承の言葉を聞くと、受け取りの日時だけを口にして踵を返した。入ってきたときと同様に静かに店のドアを開けて出て行ったゴルゴ13の後姿を見ながら、デイブは溜息をついた。

「また徹夜か……この年ではかなり堪えるぞ」

 愚痴りながら店の奥の作業場へと消えていくデイブ。その顔には厄介ごとを引き受けたことによる困ったような表情が浮かんでいたが、その中には僅かにゴルゴ13という世界最高のプロの要求に自分だけが応えられることへの喜びも滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所。関東中越電力株式会社――社長室。

 

 首相補佐官の一人、石坂は、この部屋で関東中越電力の社長と面談していた。石坂の提案を聞いた社長は声を荒げる。

「そんな!!確かにこれは世界でも最高クラスのものですが、あくまで実験段階の装置です!!それを持っていくだなんて……」

「理由があるのですよ、ですから」

「その理由が国家機密とやらで明かせないからといって、はいそうですかと渡すわけにはいかないでしょう!!いくらなんでも横暴すぎます。話にならない!!」

 首相補佐官の話を一蹴する社長。交渉相手が首相補佐官でなければ、彼は既に席を立っていただろう。

「我々とて無理を言っていることは承知です。しかし、社長。あなたの会社にはこの無理をどうしても呑んでもらわなければなりません。この国と一億三千万人の国民のために」

「無理と承知しているのならば結構。無理なものは無理ですからな」

 

 平行線を辿る話し合い。しかし、社長が無理に応えるつもりがないことを理解した石坂は、持参したアタッシュケースを開いた。

「……?」

 突然の石坂の行動に訝しげな表情を浮かべる社長。しかし、彼の表情は、石坂が机の上に置いた資料を見て凍りついた。

 それは、つい先日都内の高級ホテルの一室で逢引した愛人の写真と、夫以外の男と夜の車中でキスをする娘の写真だった。

「最近は社長も心労がたたっているそうですな。それでもこうして元気にいられるのは、その疲れを癒してくれる方がいらっしゃるからでしょうか?いやはや、羨ましいことです」

 いけしゃあしゃあと軽口を叩く石坂。

「例の事件以降はマスコミの追及も激しく、ネット界隈では住所も特定され、ゴミを投げ込まれたりと、4ヶ月も家に帰れない生活なんて……私には到底耐えられないでしょうね」

 社長は、苦虫を噛み潰した顔を浮かべるしかない。この写真の意味するところは単純だ。こちらの要求を呑まなければ、この写真が流出する。

 これが流出すれば、自分は破滅だ。あの事件の責任をとって来月末をもって辞任することは決定しているが、あの事件の責任者が愛人を囲って高級ホテルで逢引してることが世間に露呈すれば、バッシングはこれまでの比ではなくなるだろう。

 加えて、娘の不倫も拙い。娘は大手新聞社の御曹司と結婚している。不倫の事実が夫に知れれば、離婚もありうる。そうなると、会社の建て直しの希望の光である新聞社を使ったイメージ戦略事業もご破算ということになりかねない。それは、例の事件以降は業績も信頼も地に墜ちた我が社にとって致命的な打撃だ。

 

「お孫さんも、最近は学校に行き辛くなっているそうですね。血縁というだけで辛い思いをされていると思うと、心が痛みます」

 社長の脳裏に、最愛の孫娘の姿が浮かぶ。祖父が歴史的な不祥事を起こした戦犯ということがインターネットを通じて知れ渡り、学校では陰湿なイジメを受けて不登校となっていると聞く。これまでは、ほとぼりが冷めたころに引っ越せばどうにかなると考えていたが、このことが露見すれば、再び世間の熱は過熱する。その時、孫娘がどうなるかなど、彼は考えたくもなかった。

 孫娘の未来を自分の愚挙のせいで閉ざすなどということは、祖父として絶対に許せないことだった。

「要求は、それだけですな?」

 ――何が国家だ。関係のない孫をつかって脅迫するなど、やっていることはヤクザと何も変わらないではないか。寧ろ、国家権力を使ってこちらの弱みを全力で探しに来ている分、ヤクザよりも性質が悪い!!

 社長は、喉までこみ上げてきていた罵声を飲み込み、怒りで震える声で尋ねた。

「ええ。日本政府からの要求は、これだけです。関東中越電力さんに、これ以上の無茶を要求することはないでしょう」

 先ほどまでの困った表情から一転、営業マン顔負けのスマイルを浮かべる石坂。白々しいその笑顔に、社長は殺意すら覚えていた。

 

 ――これで彼が我々に要求したものは揃った。我々は、勝つのだ。

 一方、射殺しそうなほどの眼光を浴びせられていた石坂は、自身に課せられた任務の完遂に密かに胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 椚ヶ丘学園の特別校舎のある山、授業後のある日。そこで、少年少女が汗だくになって座り込んでいた。その身体には泥や砂が撥ねており、かなりの時間彼らが屋外で動き回っていたことが伺える。

「最近暑いね~。ほんと、身体がダルイ」

 スポーツドリンクを飲み干した岡野ひなたが、木陰で額の汗をタオルで拭いながら言った。

「こういうの得意なひなたちゃんでも、やっぱり辛いんだ」

 矢田桃花が木の幹にへたり込みながら声をかける。

「一学期のアスレチックの倍はキツイよ。周りを見て判断しなくちゃいけないし、危なくなってるから、余計に緊張するってのもあるかな?」

 二学期から、三年E組(暗殺教室)では、一学期で鍛えたアスレチックや崖登り(クライミング)の応用として、フリーランニングを学んでいた。自身の身体能力と周囲の状況を把握する能力を最大限に発揮し、道なき道を最短距離で移動する技術だ。

 体力的にも、技術的にも、一学期よりも要求されるものは多い。その分、生徒たちの疲労もたまりやすいものだった。九月とはいえ、まだ初旬。温度計の示す値は真夏日のそれである。例年よりも高めの気温も、彼らの体力の消耗の原因の一つであった。

「ん……?」

 その時、同じく木陰で休んでいた倉橋陽菜乃が空を見上げる。それに釣られるようにして、矢田たちも空を見上げた。

「どうしたの?陽菜ちゃん」

「ほら、アレ」

 倉橋が指差したのは、西の山に見える入道雲の姿。あの位置に雲があるとすれば、しばらくするとこちらの上空に来る可能性が高い。それを察した矢田は、荷物の中からスマートフォンを取り出した。

「あ~、ちょっとヤバイかもね。律、どう?」

 スマートフォンの中には、彼女たちのクラスメート、自律思考固定砲台――通称『律』――の端末がインストールされている。

『はい。そうですね。このままですと、約30分後にこの山一体に1時間に10mm前後の雨が降ると考えられます』

「やっぱりそうか。でも、珍しいね。律が予報外すなんて」

 律は、元々イージス艦に搭載される予定の高性能AIである。最先端のスーパーコンピューターにも匹敵するキャパシティーを持ってすれば、椚ヶ丘学園一帯のピンポイント天気予報もお手の物。これまで、律のピンポイント天気予報は99%的中しており、彼女らの担任である烏間も、律の予報を参考にして訓練計画を柔軟に変更しているのである。

『申し訳ありません』

 謝る律。しかし、倉橋はいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべる。

「全然気にしてないって。たまにはこんな日もあるよ」

「それに、暑さで結構あたしも疲れてたから。涼しくなるならそれもいいかなって思うし」

 矢田も全く気にする素振りを見せず、寧ろ助かったと言った。

『そう言っていただけると、助かります。今後も精進しますね』

「うん、お互いに頑張ろう」

 

 これで休める。そう思って楽しそうに談笑する4人。しかし、彼女たちの談笑を遮るように突如裏山に烏間の声が響き渡った。

 

『全員集合!これから降雨時を想定した訓練を行う!!』

 

「ま、まじかぁ……」

 肩を落す岡野。

「がんばろっか」

 苦笑しながら矢田は岡野の肩を軽く叩いて腰をあげた。そして、彼女に続いて倉橋、岡野も腰をあげ、運動場で待つ烏間の下へいっしょに駆け出していった。

 

 

 彼女たちはまだ知る由もない。あの暗雲は、これから彼女たちの三年E組(暗殺教室)に襲来する災悪の予兆であることを。


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