BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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久しぶりに筆がすすみました。

何せ、4月から忙しかったもので……
具体的には、信長の野望とか、信長の野望とか、信長の野望とかで。


PART 5 時は来た

 椚ヶ丘市、某所。小さな貸しビルのワンフロアにゴルゴはいた。巨大なスパコンやディスプレイ、書き込みのされた天気図が並ぶその部屋にはゴルゴのほかに、今は机に座った男しかいない。部屋は静かなもので、耳に届くのはパソコンの起動音と微かに聞こえてくるジェット機のエンジン音ぐらいだ。

「……天候はどうだ」

 ゴルゴは、出入り口近くの壁に僅かにもたれかかり、愛用の葉巻を燻らせながら部屋の中央の机に座る初老の男に尋ねた。

「19時から19時30分までの間だ。この間ならば、大丈夫だと思う。ただし、いくら俺の予想でも、不確定要素が0というわけにはいかん。19時から19時30分までの間で、実際にアンタのいう条件が満たされるのは長くて10分といったところだな」

 男はそう言うと、椅子から立ち上がってゴルゴのもとに歩み寄った。

「これが、俺の予想した19時半までのデータだ。もしも19時から19時半の間で予測データと大きく食い違うような事態になったら、すぐにあのアドレスにメールする……でよかったか?」

「ああ……」

 男が差し出したUSBメモリを左手で受け取ると、ゴルゴは踵を返した。

「世話になったな……」

 そう言うと、ゴルゴは入り口脇の机に札束をポンと置いてそのフロアを後にした。それを見送ると、男は立ち上がり、机に置かれた札束をパラパラと捲り、溜息をついた。

「わけがわからない客だった……藤堂、あの男はいったい何者なんだ?」

 男は、表向きは顧客の取れないフリーランスの気象予報士という肩書きだが、実際には穀物の先物市場をしている業者に天候の予測情報を提供している知る人ぞ知る有能気象予報士だった。

 今回、男はかつての盟友であり、顧客であった藤堂伍一からの紹介を受けてゴルゴからの依頼を引き受けた。勿論、男は先ほど札束を置いて帰った客がゴルゴ13と呼ばれている超A級のスナイパーであることなど知らない。

 男は普段は自身と長年の付き合いのあるお得意様からの依頼以外は冷たく突っぱねてきたが、今回ばかりはいつものごとく初見の依頼人の依頼を話も聞かずに突っぱねることはできなかった。

 何せ、紹介者が自身の提供する情報を元手に世界中の穀物市場を荒らしまわったかつての盟友、藤堂伍一だったからだ。穀物相場から足を洗い、商社も辞めて故郷の岩手で農業を営むと言ってきたものだから、失望して喧々諤々の喧嘩の末に縁を切った相手ではあったが。

 その藤堂が数年ぶりに突然尋ねてきて、一緒に連れてきた男の依頼を受けて欲しいと言ってきた時には驚いたし、藤堂に紹介を頼んだあの鷹のような鋭い目つきをした男からの依頼もまた奇天烈なものだった。これほどの設備を有したビルのワンフロアを依頼遂行のために与えられ、挙句の果てにはその依頼とやらに関連して自衛隊の隊員までもがスタッフとして加わってきたのだ。

 

『彼の依頼に対して、彼の望まない詮索はするもんじゃない。余り踏み込みすぎれば命はないぞ……俺も、君もだ!!』

 

 一体、自分の提供した情報を下に何をしたいのかなんて、男には検討もつかなかった。だが、男に頭を下げてまで依頼を受けてくれるように頼み込んできた藤堂の言葉が浮かび、詮索しようとする気はあまりおきなかった。

 

「まぁ、いいか。あの男が何者であろうと、藤堂の忠告もあるし、報酬もこんなにもらってるんだ。このことは早々に忘れるか」

 

 男は札束を懐に入れると、祝い酒でも飲みに馴染みの居酒屋へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……本日の授業はここまで」

 殺せんせーが生徒たちから汚物を見るような視線を向けられることおよそ8時間。殺せんせーにとっては針の筵に等しい時間となった授業は、ようやく終了した。トボトボと肩を落としながら教室を後にする殺せんせーを見送り、初見では女子に間違われそうなほどに華奢な少年、潮田渚は帰りの準備を始めつつあるクラスメイトの赤羽業に話しかけた。

「殺せんせーが本当に犯ったと思う?こんなシャレじゃすまされない犯罪を」

 

 椚ヶ丘市でここ数日多発している連続浴室覗き事件。ターゲットは全てFカップ以上の巨乳女性で、被害者によれば犯人は『ヌルフフフ』という怪奇な笑い声をする黄色い頭の大男だそうだ。また、現場には謎の粘液が残されていたという。

 そして、そんな事件が世間で騒がれている最中、犯人像との近しさから生徒たちから犯人と疑われた殺せんせーに、さらに超弩級変態容疑が振って沸いた。

 殺せんせーの机の中からは大量の女性モノの下着と、入浴中の女性を盗撮したと思われる写真が多数。クラスの出席簿には、全女子生徒のカップ数が記載されており、昼食用に容易していたバーベキューの食材を入れたクーラーボックスからは、さらに大量の盗撮写真と女性モノの下着が発見された。

 山に棄てられたエロ本を拾い読みしたり、水着生写真で買収されたり、休み時間中に狂ったように巨乳アイドルのグラビアに見入っていたり、「手ブラじゃ生ぬるい」「私に触手ブラをさせて下さい」と要望ハガキを出していたりと、普段の行動からも、疑われても仕方がない性癖を持っている殺せんせーを積極的に弁護するものは、一人としていなかった。

 また、椚ヶ丘からマンハッタンまで約27分いうふざけた速度で移動できる怪物にとっては、アリバイなどあってないようなものだ。大概の場所からは短時間で行ったり来たりできるのだから。

 

「都合が良すぎるよな」

 赤羽業は、右手で鉛筆をクルクル回しながら言った。

「あからさまにあのタコを疑ってくださいって感じの証拠が用意されてるようにしか思えない。そもそも、マッハ20で動き回れるのに姿をはっきり目撃されていたり、急にこんなボロを出したりしだすのは不自然だ」

 それを聞いていた茅野カエデも頷いた。

「そうだよね。確かに、エロ本をじっくり拾い読みしているところを私たちに見られたりすることはあったけど、殺せんせーは外で姿晒すときは基本変装しているし」

「変装のクオリティーはおいとくとして、茅野の言うとおり、正体バレバレにはならないようにしてるってのもある。それに……あの教師バカの怪物にしたら、E組(おれら)の信用を失うことなんて、暗殺されるのと同じくらい避けたいことだと思うけどね。だから、十中八九、真犯人はあのタコじゃない」

「うん……僕もそう思う」

 業の出した結論に渚も頷いた。

「……でも渚、そしたら一体誰が……」

「……偽よ」

 茅野の台詞をクラスで最も漫画に造詣が深い不破優月が遮った。

「にせ殺せんせーよ!!ラバーソールやザラブ星人に代表されるヒーロー物のお約束!!偽者悪役の仕業だわ!!」

 偽者という存在が彼女の琴線に触れたのだろう。不破は妙にハイテンションだ。

「そして体色とか笑い方とか真似してるってことは……真犯人は殺せんせーの情報を得ている何者か!!律、調査に手を貸してくれない?」

『分かりました』

「ありがとう。助かるわ」

 完全に探偵モノ漫画の主人公気分を味わっている不破に苦笑しつつ、業は言った。

「……多分、不破さんの言ってた線だろうね。何の目的でこんな事すんのかわからないけど。まぁ、いずれにせよこういう噂が広まる事で……賞金首がこの街に居れなくなっちゃったら元も子もない」

 業は帰ろうとしていた寺坂の首根っこを掴み、その首に腕を回す。

「俺等の手で真犯人ボコってタコに貸し作ろーじゃん?」

 業は、イタズラ小僧じみた不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

 

 

 

 一方、ゴルゴは椚ヶ丘市の外れにある建設中のマンションを訪れていた。

 表向きはこのマンションは建設中であるためにカバーがかけられてはいるが、実際のところほとんどは完成されている。カバーがかけられているのは、擬装のためである。

 さらに、このマンションは中身がない。部屋を隔てる床も天井も壁もなくがらんどうになっている内部には、大小のケーブル群が接続された巨大な装置が鎮座していた。

「こ、これは()()()()!!」

 現場責任者を務める三佐がゴルゴの姿を見て敬礼する。彼の敬礼に、ゴルゴも答礼する。

「……装置の調子はどうだ?」

「最終メンテナンスはつい先ほど終了しました。命令があれば、いつでも撃てます!!」

 三佐の報告を聞いたゴルゴは、懐から封筒を取り出して三佐に渡す。

「後は、この指示書の通りの時間に装置を展開、起動しろ。()()があればいつでも撃てる態勢を整えておいてくれ……」

「はっ!!」

 封筒を手渡すと、ゴルゴはちらりと自身の腕時計に視線を落とした。

 

 ――後、4時間か

 

 そして、ゴルゴは自身の用意しておいた車に乗り込み、市の中心部へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、業、渚、不破、寺坂、茅野の5人はFR(フリーランニング)で培った技術を駆使して椚ヶ丘市内のとある施設に侵入し、浴室の窓の前にある茂みの中に身を潜めていた。

 ここは某芸能プロダクションの合宿施設で、ここ2週間は巨乳を集めたアイドルグループが新曲のダンスを練習してるそうだ。その合宿は明日には終わる。真犯人なら極上の獲物を逃がすはずがないというのが、市内の情報を虱潰しに調べた律と、犯人の狙いを推理した不破が辿りついた結論であった。

 そして、不破らと同じ結論に達し、同じように真犯人の拘束を狙う者が彼女たちの他にもいた。

「ねぇ……アレ」

 最初にその存在に気づいた渚が指を向けた先には、サングラスにほっかむりをした、某忍術学園の教師のような忍び装束に身を包んだ黄色頭の生物――彼らの担任である殺せんせーがいた。

「なんだ……殺せんせーも同じこと考えてたか」

 ボソリと呟いた渚に、隣に潜む寺坂が首を振った。

「いや……どう見てもアレは盗む側のカッコなんだが」

 さらに、浴室の窓から聞こえてくる若い女性の声を聞いた殺せんせーは息を荒げていた。

「しかも、真犯人への怒りとか関係なく、単純に風呂から漏れ聞こえてくる声を聞いて興奮してるぞ」

「あの絵だけ見ていると、殺せんせーが真犯人にしか見えないね……」

 茅野は呆れ顔を浮かべながら呟き、渚たちも相槌をうつ。その時、一人だけ本性を発露させていた殺せんせーから早々に注意を外し、周囲に目を配っていた業が気がついた。

「ねぇ、あっちの壁」

「……?」

 最初に気がついた業が指差す方向に、渚たちもつられて視線を向ける。

「誰か来た」

 警戒な動きで2m近い壁を乗り越え、ほとんど音を立てずに地面に着地、即座に近くの物陰に身を潜め、様子を伺う人の影。そして、周囲を確認するとその人影は一直線に浴室に備え付けられた窓へと走り出した。

 空は雲に覆われており、月明かりも星明りもない。しかし、浴室から僅かに漏れる光は、闇に目が慣れた5人が識別できるぐらいには周囲を明るくしてくれていた。

「……やっぱり!!」

 不破が嬉しそうに呟く。

 その人影の正体は、黄色い(ヘルメット)にライダースーツを着込んだ大男の姿だった。

「真犯人はこいつか……どうする、業」

 寺坂は浴室に向けてダッシュする大男から、業に視線を移して指示を乞う。

「ほっとこうよ」

「は?」

 予想外の返答に呆ける寺坂。しかし、それに構わず業は続ける。

「どうせ、マッハ20のタコがいるんだ。俺たちが何かするよりもよっぽど早く真犯人を捕まえられる」

 

『捕まえたー!!』

 

 業の予想通り、瞬きをする間もなく、彼らの前で黄色い(ヘルメット)の大男が取り押さえられ、殺せんせーの勝利の叫びが聞こえてくる。突入しようと身構えていた寺坂たちはそれを聞き、力を抜いた。

 

 

 しかし、これで犯人が捕まったと気を抜いた次の瞬間。彼らの視界は凄まじい轟音と閃光によって塞がれた。




藤堂伍一 穀物戦争や潮流激る南沙に登場する元商社マン
     彼の登場するエピソードは何れもゴルゴ13のエピソードの中でも指折りの傑作ばかりです


因みに、何故下着ドロから覗きになったのか、その理由は次話で明らかになり予定です。

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