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次話が、エピローグとなる予定です。
椚ヶ丘市で豪雨が降り注いだ日から、二日が経過していた。この日、右妻は官邸に設けられた会議室で、秘書官や防衛省の担当者から報告を受けていた。
「では、あの生物が死んだというのは間違いないのだね?」
右妻総理大臣の問いかけに、石井補佐官は静かに頷いた。
「今日で、あの生物がE組にこなくなって二日目です。あの生物にとって一番優先されるはずの生徒を放っておいて二日も音信不通などということは、考えられません。死体は確認されていませんが、それもあの生物の生態上ありうることであるとの報告も受けていますから、あの生物は死んだと断言してもいいでしょう」
石井の返答を聞いた右妻は、安堵から深く息を吐いた。
「これで、最大の懸念事項は解決された……。彼は我々の要求に満点回答してくれたというわけだな」
右妻の手元には、もう一人の
なお、彼らの死体は警察が駆けつける前に自衛隊がすばやく回収していたため、彼らの死は公にはされていない。
「しかし……彼は一体どうやって、マッハ20で移動する
右妻が疑念を呈する。マッハ20といえば、軌道上を移動する人工衛星のスピードだ。しかも、殺せんせーは衛星のように決まった軌道を通るわけでもないし、マッハ20の飛翔体の動きを見切る動体視力をも兼ね備えている。一般的なライフル弾の速度の七倍近い速度で動く的を撃ち抜くことなど、まず不可能である。
「それについては、私から説明させていただきます」
そう言って立ち上がったのは、防衛省情報部、尾長剛毅情報本部長だ。
「ゴルゴ13が
尾長が手元のコンソールを操作し、会議室正面のモニターに椚ヶ丘市の立体図が表示される。
「まず、一つ目がこの大出力レーザー照射装置です」
右妻は訝しげな表情を浮かべた。確かに、レーザーならば光の速さで目標へと進む。マッハ20で移動していても、光はその4万倍近い速さで迫り来るのだ。まず撃たれてから対処することはあの怪物にも不可能だろう。
しかし、直接あの怪物を焼き殺すためにレーザーを施設を地上に作ったとて、レーザーの射線を確保すれば絶対にあの怪物に見つかってしまう。何せ、射線上には障害物がないのだから、数十キロ先を見通せる視力さえあれば、レーザー発射装置の存在を看破できたとしても不思議ではない。
「レーザー?それであの
「いいえ。そうではないのです」
尾長は画面を簡易的な図に差し替えた。そこには、レーザー装置と高い建造物、そして雲が描かれている。
「レーザー誘雷というものをご存知でしょうか?」
「いや、聞いたこともない」
「大気中でレーザーを放つと、空気はプラズマ電気を持ったイオンとマイナス電気を持った電子に分離します。これによって、空気は電気を通しやすくなります。端的に言ってしまえば、雷雲に向かってレーザーを放つと、雷の誘導路ができてしまい、レーザーの光線がそのまま避雷針となるということです」
「しかし、それでは雷はレーザーの発射装置に落ちるだけでは?」
尾長は手元の資料にしばしば視線を落としながら説明を続ける。いつもは「あれ」だの「これ」だのと代名詞ばかり使う尾長であったが、今回は
「え~、今回の場合、ゴルゴ13はレーザーを雷雲に放ちましたが、その際、レーザーの射線上に一本の木の頂点が来るようにしたのです。これにより、レーザーを伝ってきた雷は途中でレーザー光線上の木へと逸れました。さらに、その木に落ちた雷は、木の近くにいた
――人体が、落雷を受けた物体に接触あるいは接近していると、受雷物体から人体に二次放電がおきて、傷害を受けることがある。受雷物体との距離や相対位置により傷害の程度はまちまちではあるが、一般的には受雷物体に接触或いはその半径2m以内の近距離にいると、落雷電流の主流が人体に流入し、直撃同様に死亡・重傷の被害を受ける。
受雷物体から半径2m以上離れていても、落雷放電路の分裂が人体に達し、傷害を受けることもある。このような受雷物体からの二次放電による人体の傷害を側撃傷害と呼ぶ。
今回、ゴルゴ13は敢えて自分をレーザーが照射される予定となっている木の近くで殺せんせーに取り押さえさせた。そして、殺せんせーに捕縛されたタイミングであらかじめ口内に仕込んでおいたスイッチを噛んで押し、口内に仕込んだ装置から発信された電波を受けてレーザー照射装置がレーザーを雷雲に向けて発射された。
直後に雷が木に落ち、側撃雷が殺せんせーを襲ったというわけだ。
因みに、この日に雷雲が発生していたのは決して偶然ではない。あの日に雷雲が発生していたのは、航空自衛隊がドライアイスやヨウ化銀を散布し、人工的に雲を作り出していたからだ。8月から幾度か人工降雨実験が椚ヶ丘市周辺で繰り返されており、雷雲を発生させるタイミングを図るデータを計測していたのだ。律の予報が時々外れていたのも、この人工降雨実験によるものだった。
そして、何時、どこに人工降雨を行えば、暗殺現場となったあの合宿上近くに雷雲を発生させられるかは、全てゴルゴ13が手配した裏の気象予報士が導き出していた。全ては、計算されていたのである。
殺せんせーは初代死神であったころに比べ、突発事態への対処能力は著しく低下している。自身に濡れ衣を着せようとしていた犯人が最も恐れていた暗殺者――ゴルゴ13であることを知れば、少なからず動揺するとゴルゴ13は踏んでいた。そして、動揺から僅かな時間でも硬直してくれれば、ゴルゴ13には気づかれずに口内のスイッチを押すだけの余裕はある。
さらに、ゴルゴ13の登場による動揺を沈められないうちに殺せんせーを襲う雷撃という第二撃。正体不明の攻撃を畳み掛けられれば、動揺による思考の硬直時間はさらに長くなる。
そして、雷の速度はマッハ441.17。マッハ20で動ける殺せんせーでも、避けることは絶対に不可能である。
また、電流によって触手細胞の動きを一時的に硬直させられることも、初代死神に対する生体実験から判明している。初代死神は能力の進化の過程で、電流に対する耐性を得ていたが、柳沢の計算では、雷クラスの電流ともなれば流石に耐性があっても身体の一時硬直は避けられないという結果が出ていた。
ゴルゴ13の登場と畳み掛けられた正体不明の攻撃による動揺と思考能力、処理能力の低下。それに加えて電流による細胞の硬直。これらは、マッハ20で動ける殺せんせーに、僅か0.7秒とはいえ完全硬直を余儀なくさせた。
そして、0.17秒で拳銃を抜き、0.04秒で標的に照準を合わせて仕留めることができるゴルゴ13が、0.7秒の間動けない
「……ちょっと、待ってくれ」
そこで、右妻は疑問を投げかけた。
「その、側撃傷害だったか。それの理屈は分かった。しかし、そいつはあの
「医官に聞いてみましたが、雷の規模次第では二次放電を受けて生きていても不思議ではないそうです。ただ、生きていたとしても、雷によるダメージは少なからずあったはず。火傷による激痛をものともせずに、動きを止めた
右妻はゴルゴ13の超人的な精神力に驚きを顕にした。
――実は、雷による死者は毎年10人にも満たない。
落雷による死亡は、体内に発生する電気エネルギー(電圧×電流×継続時間)が体重に対して一定値を超えるときにおこり、大多数の死因は呼吸、心拍の同時停止である。少数例では、脳機能の傷害で死亡することもある。また、体内電流は、意識喪失、シビレ、疼痛、麻痺、運動障害、その他の傷害をおこす原因となる。
そして、人体表面では、物体の表面で発生する放電――沿面火花放電――が非常に起こりやすい。落雷電流値が低い場合、全電流が体内を流れる。電流値が増加すると、沿面火花放電が発生する。実際には体表の色々な部分に多数の沿面火花放電が発生する。
落雷を受けた人体の皮膚面の所々には、電紋と呼ばれる樹枝状に分岐した赤色或いは赤紫色の発色が生じる。これは、体表の沿面火花放電によっておこる一種の熱傷である。
大多数の落雷はこの沿面火花放電のステージで終わり、被害者が高い確率で死亡する。(直撃被害者の死亡率は約80%)
場合によっては、頭から地表まで連続する沿面放電電流が発生する。この場合は、落雷電流の一部は沿面放電電流となって体外を流れ、体内電流の割合が減少し、被害者は死亡を免れることがある。沿面火花放電は火傷、電紋、ビランを生ずるが、これらは体表の浅い(2度あるいはそれ以下の)熱傷で容易に治癒する。
しかし、身体に着け、あるいは携帯する金属製品があると、その金属製品の周辺に沿面火花放電が発生し、火傷、電紋、ビランを生ずるが、致命的な体内電流は減少する傾向となる。
ゴルゴ13の纏っていたライダースーツは金属が仕込まれており、落雷を受けた時には頭から地表まで連続する沿面放電電流が発生するように造られていた。もちろん、体表の沿面火花放電は生じるため、熱傷は避けられないが、ゴルゴ13にはこの問題を解決できる能力があったのだ。
かつて、ゴルゴ13はテレパスで自身の殺気を察知する超能力者を相手取ったことがある。
意識があれば必ず自分の居場所、狙いを一方的に遠距離から看破されるという状況に対し、ゴルゴ13がとった策は、自身の意識を最低の水準にまで落とし、後催眠でいっきに意識水準を最高の状態に持っていくことだった。
ゴルゴ13は仮死状態、精神活動0の状態からいきなり高水準の意識を取り戻し、目標を射程に入れた状況ですぐに運動状態に入ることで、超能力者に対処する暇を与えずに攻撃に移ったのである。
しかし、これは冷え切ったエンジンをいきなり
そして、この強靭な精神が、落雷による体表面の熱傷による激痛の中でも彼の意識を
「……本当にあの男は人類なのかね?」
右妻は驚愕を通り越して半分呆れを覚えていた。彼にとってゴルゴ13は、ハリウッド映画に出てくる特殊部隊出身の主人公ですら足元にも及ばない別次元の化け物にしか見えなかった。
「まぁ、いい。これで我々の目的は成ったのだ」
右妻は会議室の窓から、外を見やった。外の世界は、つい先日地球滅亡の危機が過ぎ去ったばかりとは思えないぐらいに平常である。
「……後は、彼が敵に回る日が来ないことを祈るだけだな」
右妻がポツリと呟いた言葉に、会議の出席者達は沈黙を持って同意を示した。
自分は物理はにわかですので、間違いなどがあるかもしれませんがご容赦を。
触手生物の細胞の動きを電流で止められるというのはオリジナル設定です。
コミックス16巻で、触手が未発達の状態の死神を電流で止められましたし、脱走直前にも電流で動きを封じ込めようとした描写があったので、電流の程度次第では動きを止められてもおかしくないかなーっと考えた次第です。