BEST ASSASSIN   作:後藤陸将

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今回が最終話となります。


PART 8 20年越しの卒業

「…………」

 

 東京、赤坂にある料亭。客の秘密を絶対に漏らさないことで知られる歴史ある店の一室に、一人の大柄な男がいた。

 

 男の名前は、寺坂竜馬。

 大学在学時のインターンシップで与党の大物政治家の下で働いたことが転機となり、大学卒業後もその政治家の下で私設秘書として経験を積んだ。そして、その政治家が4年ほど前に講演会の最中に改造銃を持ち込んだ暴漢による銃撃で死亡したことを受けて、後継者として衆議院議員選挙に出馬。

 暴漢の襲撃の際、自身も重傷を負いながらも実行犯を取り押さえたことで世間からも脚光を浴びており、かつ彼には人を引っ張っていく素質と男気があった。さらにかつての仲間たちの影日向からのサポートを受けた彼は、対抗馬として立候補した野党の新人に対して倍近い票差をつけて大勝。初当選を果たす。

 その後は与党の若手議員のまとめ役として能力を発揮する。また、昨年からは経済産業大臣政務官にも任ぜられて活躍している。

 

 そんな活躍盛りの新人政治家の目の前に並ぶのは、豪勢な料理の数々。普通の一般庶民ではまず味わうことのできない、国内随一の腕を持つ一流料理人が腕によりをかけて作った最高の品々だった。しかし、寺坂はそれに箸をつけることもなく、ただ腕を組みながら目を閉じて座している。

 座して微動だにしない彼の脳裏に浮かんでいたのは、決して忘れることのできない20年前の記憶だった。

 

 

 思い出すのは、人生で一番の激動期だった中学生のころのこと。

 

 エンドのE組。学校の最底辺にいた自分たちの前に現れたのは、月の直径の七割を粉砕したという超生物。マッハ20で移動するタコのようなその生物は、その日から自分たちの担任となった。そして、日本政府からの依頼で、この担任の授業を受けながら、担任の命を狙う日々が始まった。

 超生物と共に学び、共に挑む日々は、男の生き方にも大きな変化を与えた。最初は不満しかなかったが、いつからか、そんな日々を楽しんでいる男の姿があった。

 しかし、そんな日々は突然終焉を迎える。超生物は、自分たちの目の前で殺されたのだ。

 

 自分たちではその正体を知ることもできない、自分たちの及ばぬ力の前に、挫折をした。

 自分たちが全力で取り組んできた試みが、最後は自分たちが関わることすらできずに終わり、己の無力さを知った。

 自分たちが今の自分たちで居られる柱を――暗殺を、そして恩師を失った喪失感を味わった。

 

 そして、これまで全員で一つの目標に向かって団結していたはずのクラスも、その目標が他人の手で奪われたことで、大きく乱れた。

 発端は、茅野カエデ――本名雪村あかりだった。彼女は殺せんせーの前任のE組担任、雪村あぐりの妹で、姉の仇を討つために触手を自身に埋め込んでいた。しかも、茅野の触手は堀部イトナのようなメンテナンス処置を一切施されていなかった。

 触手はメンテナンスを怠ると、その宿主に脳内で棘だらけの虫が暴れまわっているかのような激痛をもたらす。発狂しても不思議でないその激痛にこれまで彼女が汗一つかかずに耐え抜いたのも、姉の仇を討つという強靭な決意(殺意)あってこそだ。

 しかし、その決意(殺意)の対象は自分の知らないところで自分の知らない誰かによって殺された。決意(殺意)は行き場を無くし、拠り所を失った精神は触手に侵食された。その結果、彼女の精神は殺せんせーの死から1週間後に決壊する。

 授業後、一人教室に残った茅野は、そこで触手を解放した。そして、殺せんせーの残した全てを否定するかのように、燃え上がる触手でE組の校舎を粉砕し、殺せんせーの思い出の残るプールも、暗殺を幾度も試みた山も、全てを破壊せんと暴れまわった。

 他の生徒たちも、触手を振り回して暴走する茅野を止めることはできず、結局その日の深夜、生命力を触手に吸い尽くされた彼女は土砂と瓦礫に覆われた山の中腹で静かに息を引き取った。

 殺せんせー(暗殺対象)の死に続き、今度はクラスメイトの死。混乱し、憔悴した生徒たちに追い討ちをかけるには十分な出来事だった。本校舎の生徒に負けないように張り合ってきたのも、殺せんせーが後押しをしてくれていたからこそだ。

 目標を失い、熱意を失い、刃の磨き方を教えてくれた師を失い、同じ志を掲げる仲間を失い、この半年ほどの間過ごしてきた学び舎を失った。クラスの中では不協和音が響き、クラスは割れ、一時は完全に崩壊した。

 

 しかし、三年E組(暗殺教室)は、殺せんせーの死から1ヵ月後に届いたある郵便物によって再び大きく変わった。

 その郵便物の差出人は、死んだはずの殺せんせー。どうやら、殺せんせーは自分が死んだ後のことも考えて、自分の死後にこれが届くように手配していたらしい。

 郵便物の中身は夏休みや修学旅行のしおりのような一人ひとりにアコーディオンのようなアドバイスブックで、その中には殺せんせーの真実も記されていた。そして、それと時を同じくして、教科担任のイリーナ・イェラビッチから秘密裏に殺せんせーを殺した下手人の情報を教えてもらった。

 自分たちの担任の正体。そして、それを殺した実行犯の名を知った彼らの衝撃は、言葉では語りつくせないほどのものだった。

 それぞれに、思うところがあった。そして、皆が共に抱いた想いがあった。

 

 そして、その日。彼らは新たに決意をした。その日の決意が、誓いが、絆が20年もの間彼らを繋ぎ続けている。

 

 

 

 

『寺坂さん、カルマさんが到着されました』

 物思いに耽っていた彼を現実に引き戻したのは、彼の持つ情報端末に写る20年前と変わらない姿の少女――律の声だった。

「おう、分かった」

 寺坂は思う。初めて出会った時の彼女は、常識も知らず、協調性も皆無なポンコツAIだった。しかし、今ではどうだろう。本体をあの箱からインターネット上に移し、メガクラウド生命体となった彼女は、あの頃と比べても一層表情豊かになった。初対面で抱いた印象など、今では跡形もない。

 あの頃からもう20年近く経つ。律だけではなく、誰もが成長しているのだ。成長した今の自分たちなら、かつての無力さを味わった自分たちではできなかったことも、できるかもしれない。

 脳裏を掠めた希望に思わず寺坂は僅かに頬を緩める。だがそれも一瞬。襖の向こうに足音を立てずに忍び寄る気配を感じ、寺坂はすぐに表情を引き締めた。

 そして、襖が開かれる。開かれた襖の奥から顔を出した赤髪の男は、あの頃と全く変わらない悪戯小僧の笑みを浮かべていた。

 

 イタリアの名門ブランドのスーツを着こなし、長身でイケメン、それでいて剃刀のような切れる印象を持つその男の名は、赤羽業。

 寺坂のかつてのクラスメイトであり、現在は経済産業省で活躍する出世コース驀進中の高級官僚である。

 入省からおよそ10年。省内の熾烈な派閥争いの中で、表も裏問わずに様々な手段を駆使して台頭し、現在では高い志を持つ若手官僚を束ねる新鋭派閥を牽引する存在となっていた。

 

「よう、()()()()。元気ですか?」

 政治家になってからは支援者からは先生と呼ばれるようになったが、この男ほど誠意や敬意の篭っていない「先生」の呼称を自身に対して使うヤツはいないと寺坂は思う。

「よくいうぜカルマ!!政治家を出汁にして暗躍する腹黒官僚様が!」

 カルマは開口一番で棒読みの先生呼びだ。ソレに対し、寺坂もまたあの頃と同じ憎まれ口で返す。

「相変わらず、操りがいのありそうな元気で単純な声の大きなヤツで安心したよ」

 そう言うと、彼は寺坂の対面に腰を降ろした。しかし、腰を降ろした瞬間に彼の表情から人をからかうときの飄々とした態度が消えた。

「……さっき、木村から連絡があった。昨日、Gの入国が確認されたそうだ」

 

 『G』

 その名を初めて聞いたのは、バラバラになっていたE組が再度一つの目標を前に団結した日だった。

 依頼の成功率99.8%を誇る、百戦錬磨の暗殺者。かつては、殺せんせー――初代死神と共に、世界最高峰の暗殺者として恐れられていた存在。そして、20年ほど前からは実質的な暗殺者の頂点として君臨する出身、国籍、経歴の何もかもが不明の男。

 何より、彼らのかつての担任の命を奪った男こそ、この『G』――通称、ゴルゴ13だった。

 

「はっ。これで、90%が、99%になったな」

 寺坂は、ことあるごとに声を荒げていた中学生のころとは違うどこか達観したような表情を浮かべている。

「寧ろ、安心したぜ。これで、来ないんじゃないかって考えをしなくてすむ」

「寺坂は相変わらず、囮や餌として使い棄てるにはもってこいの人材だよ」

「言ってろ。いつもは裏から操って満足しているようだが、おめーも()()()()()Gを釣るエサ役だ。昔みたいに、俺だけを鉄砲玉にできると思うなよ?今回は二人で矢面に立つんだ」

 寺坂は徳利を持ち、カルマの手に持ったお猪口に酒を注ぐ。

「……あのタコには最後まで負け越したが、今回は絶対に負けられねぇ。俺たちには地球の存亡なんかよりも、優先して決着(ケリ)をつけなければならねぇものがあるんだ」

「同感だね。負けっぱなしは性に合わない」

 二人の男はお猪口を掲げる。

「勝とうぜ。今度こそ、みんなで一緒に」

「勝つよ。そのための20年だったんだ」

 

 20年もの歳月は、かつての戦友(クラスメイト)との間に生まれた絆を途絶えさせてはいなかった。寧ろ、その歳月は彼らの絆を一層深めていたと言っても過言ではないだろう。

 男達は、一生懸命に超生物に挑み続けたあのころのような自信と活力に満ちた笑みを浮かべながら杯を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――航空、東京行き1192便のお客様はただ今から10番ゲートよりご搭乗いただきます』

 

 フランス、パリ=シャルル・ド・ゴール空港。第二次世界大戦の英雄であり、この空港建設開始時の大統領だった男の名を冠した空港に、一人の東洋人がいた。見た目は、実年齢よりも遥かに若々しく、どこか中性的な雰囲気を感じる青年だ。その背の低さと童顔もあって、空港スタッフや空港を利用する観光客からは、中学生ぐらいに思われていることもあった。

 アナウンスを聞いた男は、かつての集合写真を映す情報端末を鞄にしまい、待合スペースに設けられた椅子から腰を上げる。

 

 ――日本か、久しぶりだな。

 日本は、男の故郷である。だが、男には特定の活動拠点はない。必要であれば世界中を飛び回る仕事についているからだ。中学卒業後、実家を飛び出す形で日本を出てからもう20年ほどが経つ。

 かつてのクラスメイトたちとは連絡を取り合う中ではあるが、もう実の両親とはずっと会っていない。

 

 郷愁からか、男の顔が僅かに緩んだその時だった。突如隣を歩いていたガラの悪い白人男性が態勢を崩して腕をぶつけてきた。咄嗟に上手く身体を傾けて攻撃を逸らし、地面に倒れながらも上手く受身を取ることで、男はほぼ無傷で男の攻撃をやりすごした。

「おいこらぁ!!お前どこに目をつけてるんだ!?」

 見た目は人畜無害そうな、小柄で中学生ぐらいにしか見えない東洋人が一人で歩いていたからだろうか。ガラの悪い男は鴨を見つけたと思って絡んできたのだろう。

「お前、人にぶつかってきてどういうつもりだ!?」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんなさいですむと思ってんのかぁ!?」

 ガラの悪い男は、小柄の男の胸倉を掴み挙げてそのまま軽々と持ち上げた。

「ごめんなさいですまなかった時は、どうすべきか分かってないとは言わせねぇぞ」

「は、はいぃ……」

 小柄な男は、ポケットから500ユーロ紙幣を2枚取り出し、自身の胸倉を掴む男の手にそっと握らせた。

「分かってるじゃあねぇか、東洋人。礼儀を知ってるやつは長生きできるぜ」

 男は頬を緩め、胸倉から手を放して小柄な男を解放した。

「今度からは気をつけろよ、ハハハハハ!!」

 

 このガラの悪い男は知らない。小柄の男がその気になれば、胸倉を掴まれる前に5回、掴まれている最中に10回は殺されていたということを。

 ガラの悪い男が助かったのは、小柄な男にはここで面倒ごとをおこすつもりが全く無かったということと、そもそも男が眼中になかったからである。ガラの悪い男は、この小柄な男にとって『危険ではない』から生かされたに過ぎないのである。

 

「ふ~、怖かったぁ」

 口ではこんなことを言っておきながら、男の心拍、呼吸には全く乱れはない。

 そして男は、何事もなかったかのように倒れたキャリーバッグを起し、搭乗ゲートへと足を向けた。

 

 

 

 ――殺せんせー。貴方が今の僕たちを見て何て言うかは分からない。でもね、僕たちにも譲れないものがあるんだ。

 

 

 かつての友人が、あの日自分たちの担任の命を奪った男に狙われている。絶対に見過ごすことはできないし、そして何より、自分たちはあの男との決着を望んでいるのだ。今度こそ、全員で力を合わせて、そして勝ちたい。否、勝たなければならない。

 

「僕達は、決着をつけないと三年E組(暗殺教室)を卒業できないんだよ。殺せんせー」

 

 死神と恐れられる暗殺者の下で修行を積み、いつしか死神の鎌(デスサイズ)の二つ名で呼ばれるようになった男――かつて、潮田渚と名乗っていた男は、そう呟きながら搭乗ゲートを潜った。




あれ?E組の進路どうなったの?
って思った方々のために、あとがきでそのあたりも触れる予定です。

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