惑星エルトリアに紫天の一同が住み始めてから幾らかが過ぎた。王様という愛称が臣下だけでなくフローリアン一家にも浸透した今日この日この頃。
その王様こと、ロード・ディアーチェは内より沸き上がるひとつの衝動に頭を悩ませていた。
それは闇の書、改め夜天の書より生まれでたときのような破壊衝動や
ならばディアーチェの内より沸き上がるこの衝動はなんだというのだろうか。いつ、どういったときにワキワキニョキニョキと内から這い上がってくるというのか。
「あのー、王様? 私の料理方法なにか変だったりしますか?」
「……な、なんでもない。気にせずさっさと済ませろ」
それは例えばアミタが食事を作っているとき。王らしくふんぞり返っていたはいいものの、どうにも厨房に目がいく。アミタや他のフローリアン一家(ピンク)も家事を分担し担ってきただけあり、手際も良いか悪いかで言えば良い部類に入るだろう。しかし、ふとディアーチェは内心どこかに引っ掛かりを覚えることがままある。実際に食べれば確かに美味しいものの、やはりなにか物足りなさを感じ、それに対する
「…………」
「キリエ、キリエ。こっそりお尋ねしますけど、今日のご飯どこか味付けが変だったりしませんか? 王様がとても複雑そうな目で料理を見ています……!」
「わぁお、とっても見てるわねぇ。ん~、でもいつも通りよ? もしかしてうちの味付けが合わないとか?」
「それは……どうしましょう!?」
「ええい、うるさいわ! 舌に合わんということはないから安心せい!」
まあ端的に言えば家事、なかでも特に料理が気になって気になって仕方なかった。決してアミタが不足しているわけではなく、ディアーチェの知識が豊富であり舌が何故か肥えてしまっているのだ。それこそ調理に関しては“理のマテリアル”たるシュテル以上に兼ね備えていた。
ここまでくれば理由には直ぐに思い至った。ディアーチェは夜天の書から生まれる際にベースとして、八神はやてという一人の少女の魔法や生活に関する知識等を引き継いでいる。もちろん、ディアーチェの全てが八神はやてをコピーした存在というわけではなく、類似点もあるが相違点も多く見られる。そして、今はその類似した知識に頭を痛めているというだけ。
なにしろ八神はやてという少女は自身の誕生日に、魔法陣から守護騎士たちがコンニチハするまでは一人暮らしだったわけだ。そりゃもう否応なしに小学生らしからぬ勢いで、調理を初めとした家事力はメキメキと伸びていった。いやむしろ新しい家族として守護騎士たちを迎えてからというもの、家族に振る舞う料理はより腕によりをかけていた。
そんなわけでディアーチェの基には夜天の書をベースとした多彩な魔法技術、及び八神セレクトの激選お料理メニューに八神家相伝調理技術がどっしりと構えているわけだ。いや、構えるどころか王様としての行動順位上位にヒョコヒョコ顔を出そうとしている。お陰でディアーチェはこうして悩んでいるわけで。
「おのれぇぇぇ、
結果として時空と世界を越えた向こうの“
まあ、当の八神はやて本人はそんなことを知っても笑って許すのだろうが。それどころか、もしも未来にまた会えたとすれば、きっと新しいメニューでも教えてくるかもしれない。
そうして食後、きちんとご馳走さまの挨拶を済ませ茶を飲み一息つく。
横で同じく一息ついてるユーリ、チラリチラリとディアーチェを伺っている。そんな様子に王様が気づかないわけもない。普段から王様を自称するだけあって存外目敏いのだ。臣下や盟友、身内の変化には特に。
「なんだユーリ、気になることがあるなら遠慮せず言ってみよ」
「えっと、ディアーチェは料理したいのですか? さっきから凄く気にしていたふうでしたけど……」
「なっ……違う、したいわけではないぞ。我に元々ある子鴉めの無駄な知識のせいでだな」
「はやてさんのですか。彼女が一人でいたときも、守護騎士の皆さんと暮らし始めてからも料理してたんですもんねぇ」
「そのせいで我にも余計なものがついてきたわけだがな。侵略、支配のためなんの役にもたたんわ」
「そうですか? 私はディアーチェの手料理食べてみたいですけど……それに役には立つと思いますよ?」
「なに?」
ディアーチェのトキメキワードベスト10に入るであろう“侵略”と“支配”の役に立つと聞き、彼女のピクリと耳が動く。ふふんっと可愛いげある自慢げな様子でユーリは説明をしていく──ユーリに勉学などを教えているのはアミタなのだが、エルトリアに来てから少し似てきたような感じがする。
「なんとフローリアン家の厨房をディアーチェの支配下におけます!」
まだまだ引っ込み思案なところもあるが感情の発露が豊かになってきたとディアーチェは思う。そんな盟友の変化は微笑ましくもあり、アミタの影響が大きいことに少しのジェラシーを感じながら相づちを打つ。
成長を見守ってるつもりのディアーチェだったが、軽くユーリに乗せられていることには気づかない。
「ほう……」
「そして皆さんの胃袋もがっちり、です」
「そうか侵略の一環として、ふむ」
「なにより──私がディアーチェの手料理、食べてみたいです。きっとシュテルやレヴィも」
自慢げな表情から、懇願するような上目遣いに。見方によってはあざといのだが、ユーリとしては意図したことではなく、上目遣いに至っては単に身長差のせいであった。
だが、ディアーチェには効果はバツグンのようだ。
「うぐっ……ッ! わかった! つくってやるからそんな目で我を見るでないわッ!」
「えへへ、ありがとうございますディアーチェ」
「わざとか、それはわざとなのか?」
「え?」
「ハァ……いい、ユーリはそのままでいるが良い」
「えぇ、よくわかりませんけど皆さんとずっといますよ」
「ああ」
若干意思疏通に齟齬があった気もするがこれはこれで良いかと思うディアーチェであった。
そして夕どき。
「アミタよ。我が夕餉のしたくをする、文句はないな!?」
「えっあっ、はい! ってえぇ!? ちょちょっと王様!?」
勢いに押され肯定するも不測の事態にテンパるアミタを放置しズカズカと台所へ向かったディアーチェ。
さて、知識はあるとはいえ実践は初めて、ならば難しいものをつくるより簡単なものからと作り始めた。彩る香辛料、しかして色は一色、漂う香りはスパイシー、キャンプや初めての料理でお馴染みカレーライスを作ったわけなのだが。エルトリアにカレーのルーがあるかと問われればあるわけもなかった。
しかしディアーチェの知識にはルーなしで作るカレーの香辛料や何からなにまで揃っていた。
「
コトコトと煮込む鍋の横でサラダを彩りつつ悩むも、子鴉のことで頭を捻るなどアホらしいわと考えることをやめた。
そんなことよりもと少しそのままでは寂しいサラダをどうにかしたいディアーチェ。レヴィが狩って持ち帰った
簡単なものとは、お手軽とは一体なんだったのか。
「わ、いい匂いだー。王様王様! なに作ってるの?」
「レヴィか、カレーを作っておる。そろそろ出来上がるゆえ座って待って……いや皿を出しておくがよい。もう良かろう」
「はーい!」
どたばたと喜色満面の笑みで食器棚へと駆けるその姿を見てディアーチェは小さく笑みをこぼす。元々自分たちが生まれたあのときからは想像もできない今の日々──頭を振って無意識に考えた思いを消し飛ばす。決してゆるゆるほんわかな平和な日々も悪くないとか思ったわけではない。
こうした現状は後のエルトリア侵略のための準備期間、いわば潜伏期間なだけであってけっっっっっして馴染んでるわけではない、ないのだ!
そんな思考と共に百面相をしているとレヴィが戻ってきた。盛りつけを手際よく済まし、皆が待つ食卓へと運べばあとは食すのみ。アミタが頂きますを言い、皆がそれに続く。
「それでは食材と、この料理を作ってくれた王様への感謝とともに……いただきます!」
「「「いただきます!」」」
「ふんっ、存分に食すがよい! 今晩限りの我特製のカレーだ!」
なんて言いつつ感謝へのむず痒さを誤魔化すディアーチェだった。のだがこの言葉は撤回されることとなる。
好評も好評、大絶賛であった今宵の王様カレー。満場一致でまた作ってほしいという声にディアーチェが押し負けた。初めはなぜ我がと渋ってもいたのだが、最後には開き直ったかのように高らかにこう宣言した。
「ええい! そこまで言うならばよかろう! 今宵からフローリアン家の食卓は我が支配下としてくれるわ!」
素直に喜び、また期待に応えて台所に立つとは言えないのが王様らしさか。まだまだ短い付き合いであるフローリアン一家だがなんとなくそれを察した。ニコニコと見守るグランツ博士とアミタに、ニマニマしながら眺めるキリエ。
「なんだその顔は」
「いや、よろしく頼むよ。アミタやキリエが作るご飯も美味しいんだが王様の作ったカレーも美味しかったからね……うん、今のエルトリアでまたカレーが食べられるとは思わなかった」
「む、材料はまだ死蝕の影響が出ていない地域から採れたが?」
グランツの発言にディアーチェは疑問を感じた。確かに死蝕は星の大半を侵し、調理のためとはいえ無作為に植物を採れば星の自然は直ぐになくなってしまうだろう。しかし、グランツなら何処までなら大丈夫か否かのライン、その見極めくらい出来たはずだ。なら材料が揃っている今ならまだ食べられたはず、なのだが。
「その、確かにそうなんだが……僕は料理がからっきしでね! ルーを使わないカレーの作り方とかさっぱりだったんだ!」
「自信満々に言うことかァ!」
「アハハ、私たちが小さい頃は四苦八苦しながらも作ってくれてたんですけどね」
「死蝕が進んで研究に集中してもらうためにってことで、私たちが成長してからは全然台所に立ってなかったものねぇ~」
「ゲホッゲホッ……いやはや全くだ。料理はどうにも上達しなくてね。娘にあっという間に追い抜かれたよ」
グランツは恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑する。死蝕の研究もしていれば料理上達のために割く時間もなかった、とは言い訳しない。グランツにとって家族へ食事を作る時間、星を救うために研究に当てる時間は天秤に乗せるものではなく、どちらも大切なものだ。
話を聞いていたシュテル、レヴィも会話に交ざるが。
「汚染した水を飲めるようにすることは出来ても、その水から美味しいスープを作ることが出来ないですか」
「お恥ずかしながらね。料理は科学とはいうものだけど、やっぱり違うね」
「……阿呆め。その美味なスープも綺麗な水がなければ作れん」
「オムライスか卵がどっちが先かみたいな話?」
「レヴィ、それでは間違いなく卵が先です。それにそういう話ではないですので……話の邪魔にならないよう、あちらに行っていましょうか」
「えぇー」
少しばかり頭が足りなかったレヴィがシュテルに連れられ即座にドロップアウトした。彼女にしては考えて話した方だがなにぶん“力のマテリアル”、難しい話は苦手だった。
ディアーチェは退場していくレヴィをジト目で眺めていたが気を取り直す。
「死蝕という星を滅ぼす病が
死蝕に侵されたものは体内に接種しただけで死に至る。そういう病が星を飲み込まんとしているこの環境下で、安心して食べられるものがあること。それが星に残っている人間にとってどれだけの希望か、どれだけの奇跡か。
「そしてその奇跡を起こしたのは誰でもない貴様だ。それだけのことをしておいて恥じるとは何事か」
「そう、かな……?」
「我に同じ言葉を二度も言わせるな」
「そうか、うん。ありがとう王様。お陰で自信が持てそうだよ」
「フンッ、我は当たり前のことを伝えただけだ。礼を言われる覚えなどないわ」
少し咳き込みながらお礼をいうグランツから顔を逸らし、いつものように素っ気ない態度のディアーチェ。ただ耳は赤くなっており、放っておけばいいのにつつくピンクがひとり。
「王様ったら耳が赤いわよん?」
「黙れ桃色ッ! アロンダイトで吹き飛ばすぞ!」
「わーッ!? 王様王様、エルシニアクロイツをしまってください!」
「ディアーチェ~、さすがに室内では大変なことになっちゃいますから堪えてくださいー」
「室内じゃなくても大変なことになっちゃいますから!」
デバイスをブンブン振り回すディアーチェからキリエがすたこらさっさと逃げ、それを諌めにアミタとユーリが追いかける。いつの間にかレヴィも逃げる側に交ざり、シュテルは諌める側へ。
いつもと変わらない風景にグランツは笑みをこぼす。こんな光景がいつまでも続くように、死蝕を直してみせると決意を新たに。
──これがグランツ・フローリアンが亡くなる前の思い出の一ページであった。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
ギリギリ一年空きませんでした。
【適当な解説】
・子鴉:小鴉だったり表記揺れのある子。
・美味しいご飯:それ相応の素材が必須。
・ネタバレ:グランツ博士についてはGODをやれば結末がわかります。