空白始点   作:サングレ

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第八話 酔狂な役者たち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは狂乱が起こった次の日の事。

 

曇り空の下、時刻はもうすぐ日付が変わる頃。横浜の喧騒から離れた変電所が指定場所だった。立ち入り禁止と電力会社を示す黄色いプラカードは風雨で劣化し、久遠寺が人の倍はある柵を乗り越えようとした時に針金ごと落ちた。柵の天辺で「やっちまったな」と眉を寄せたが、特に気にもせず飛び降り変電所施設内に踏み込んだ。

タンッと白いスニーカーのゴム底が混凝土を叩く音が響く。春にしては薄ら寒い風が黒のロングベストをはためかせ、細い一本鎖のような三つ編みを舞い上がらせた。

暗闇に紛れる重厚な白い設備は巨大な剣山、或いは屏風絵の白象を思い起こされる。真っ直ぐ伸びた電線が送電塔に絡み何処へと広がりゆく。最近の送電施設はとても頑丈かつ安全になった。職員など定期検査に訪れるのみで全く居ない。

ある一定の公共設備の水準上昇革命が起こった後、危険な設備は郊外へ押しやられ、そこは破落戸達の集会場や表沙汰に出来ない死体の引き渡し場所……もしくは今回のような密会の場所になった。

 

 

施設の更に中へ。幾つかの変電器を横切り、中央へ進むとそこに一人の男が憂い顔で星の見えない空を仰いでいた。

ポート・マフィア首領、森鷗外だ。

彼は久遠寺に気づくと緩く笑った。

 

「久しぶりだね、久遠寺君」

「やァ鷗外君、元気そうでなにヨり……その姿とは珍しイね」

「こっちの方が君も好きだろう?」

「そりャァね。あの組織かラの付き合いだシさ」

 

何時もは上等な黒スーツを身に纏い、長めの髪を束ねているのだが、今宵は着古した白衣、そして黒檀の様に艶のある黒い髪は結ばずゆったりと流していた。

 

「あの時代はお互いヤンチャしてタねェ。最近になッて漸く大人しくなったかナ?」

「そうそう。一日に一人は必ず屠っていた気がするよ」

「最早殺シた数なんて覚えテないね。四十を数えてからヤメタ。それも十何年前だかサ」

 

お互いの姿もぼやけて見える中、二人揃って肩を震わせて笑いを堪える。まるで他愛も無い会話をするように。

そう、それは二人の共有する過去の話だ。

完全なる共犯者。一時の危ない遊び。

その様な間柄なのだ。

 

「先代首領をアボンさせて首領に成り上がッタって言ッた時の驚きは格別ダッたね。真逆と思ったヨ」

「君もね。其処まで大きい組織を立ち上げるとは……設立当初はご友人さんがいたっけ?元気してる?」

「いヤ、あれは悪友だから。軌道に乗ったラ待ち構えテタように幽霊構成員になりやガった…………ふふ、医者のやり口は衰えナイね。こんな話ヲする為にわざわざ、軍警管轄外の此処を指定したンじゃないでしょ?鷗外医師(せんせい)

 

一陣の強い風が吹き荒れた。変電器の間を強引に滑り抜け、獣の唸り声の様にも聞こえた。

 

「そうだね。君には単刀直入の方が良かったか。すまないね、何時もの癖だ」

 

全く反省していない声音で少し首を竦めて言った。一体この態度に騙され何人がこの男の餌食となった事だろう。久遠寺はそう思ったが心に留め口には出さなかった。

 

「此方としてはスキールニルと共同戦線を張りたいんだ」

「……共同戦線?」

 

予想外の提案に首を傾げた。マフィアの事だから自分達にだけ情報売れとか云う取引だとばかり思っていたが、探偵社と同じ方向で来た。

 

「具体的にハ?」

「組合とスキールニルが全面戦争をしているのは聞いてるよ。裏で随分と有名だからね」

「いや、アレは全面的な嫌がらセだけド」

「成る程……それは神懸かった嫌がらせだね。まぁ真偽は何方でも構わない。

それの手助けをマフィアが行う変わり、其方の情報を安く売ってほしい」

 

そう愉快そうに微笑みながら言った。久遠寺はうんうんと頷きながら聞き届ける。

 

「良い案だネ。しかシさァ、それだとマフィアは損すルよね。安く買うだけだし兵力は貸すしデさ。それにさァ、鷗外君。スキールニルは見ての通り小さイ組織だ。時として末端にまで命令が行き渡らなイ事もある。だから一度に動かせる班は二つまでッテ暗黙のルールがある」

 

再び強い風が吹き抜ける。電線はしなり木の葉を舞いあげ、天上では分厚い雲が流れた。

煌、

と下界が黄金色の満月に照らされる。

 

「イヤだよねー。末端まで説明が行かなクて、知らず識らずに探偵社壊滅の手助ケさせられてたトカさ」

 

さも名案のように歌う様に言う。対して森はより一層笑みを深めた。

 

「なるほどね。私の考えそうな事だ」

「何年一緒に居たと思ってやがる……諭吉ちゃんにはそりャア恨みも有るけど恩もあるんだよ。無闇に友情崩壊起こサせてくれなイかな?悪いことを一緒にしてキた鷗外君との関係と違っテ一から作って来たんダよ、諭吉ちゃんとの関係は」

 

クスリ、と笑った森。その動作につられて垂れた前髪が怪しく片目を隠した。

 

「そこに何の違いが?」

「共犯者と友人の違いだよ。一緒に怖イ事しちゃえばお互イがお互いの弱みを握っテるからある意味腹を割ッて話セる。けどね、友人は知らない事ばっカリだ。友人なンてほぼ他人だよ」

「真理だねぇ」

「受け売りだけドね」

 

自傷的に小さく笑って見せて、目を細めた。

 

「だからねェ、鷗外君?君の申し出に答えるとすれば、『却下』だ。それ以下もそレ以上の答えも期待しナいでくれよ」

 

しかし次の言葉で森は全てを否定した。

 

「嘘を吐くのは良くないよ?久遠寺君」

 

緩やかに首を傾げて目を細くして久遠寺を見つめる森。

 

「君が壊してほしくないのは、探偵社の社長との友情では無くこの街のパワーバランスだ」

 

その口が緩やかに声を紡ぐ。

 

「平凡安寧を絶対とし騒乱を許さない箱庭の監視者。ポート・マフィアも探偵社も箱庭における妥協点であり、必要悪……間違っているかい?……私は君の満足する役を演じられてるかな?」

 

ゾッとする程に冷たく、しかし聞き様によっては歌う様な声で締め括った。

 

 

 

 

 

「観測者」

 

無表情で聞き遂げていた久遠寺は、その口を三日月型に歪め猫の様な笑みを浮かべ……低く、低く笑った。

 

「鷗外君は頭が良いネぇ……マフィアの先代を鏖殺した時点で君ヲ消しテた方が良かったかモね。賢クて勘のいイ人間は嫌いだ。

……充分、だよ。充分すぎルくらい役を演ジてるよ」

 

その答えに森は似つかわしくない、にこやかな笑顔を浮かべた。

久遠寺も、笑みを深めて、言った。澱み無く流れる清流の様に。

 

「お互いもう何もかも失う事なんて怖くない筈だったのにね。この街の居心地が良すぎたんだ。……咲かない花も火薬の匂いも慣れた、だけど未だに夢を見て怖がるんだ。あの子の夢を。"カミサマごっこ"に夢中になっても忘れられないんだね。知らなかった」

 

目を閉じて暗闇。思い出すのはかつての夏の日。血塗れのあの子を抱きしめた幼き日の久遠寺を非情に見下ろす真夏の空。血液が蒸発を始め、酸化の渦に巻き込まれて、涙を流して叫んだ。

嗚呼、あの日の自分の何と幼い事。

演じる事に拘り始めたのは、ここからか?

そうだ、戯曲なら綴られた台本通りに進めるからと思い至ったのだ。自分の書いた台本通りに、自分の書いた思い通りに。

嗚呼なんて滑稽な事か。一生まともに生きていけないのかもしれない。

 

「ねぇ鷗外君、私の創った戯曲はどうだい?誰でも飛び入り参加歓迎のこの戯曲は見ていて楽しい?演じてて楽しい?」

 

森は笑みを浮かべたまま、しかしその目に明確な光を宿して言った。

 

「とてつも無く楽しいよ。見ていても演じていても。しかしね、久遠寺君。その戯曲はいつかは壊れるよ?戯曲は終わるけど、人は終われない。いつかはシナリオすら追いつかなくなって、その皺寄せは君にも降りかかる」

 

久遠寺はまた猫のように笑った。悦楽に満ちた喜んで溺れるような艶のある声。

普段の彼女からは想像もつかない、艶かしい声。

 

「アッハハハ!……いいさ、通用しなくなるまで使い古す予定のシナリオだ。それに尊い尊い人類様の命を奪っておいて今更、普通に死ねるなんて思ってない。怨嗟と狂気に巻かれて死ぬさ、それでオシマイ」

 

何時もの人間に不慣れな発音に戻りつつある久遠寺の言葉。

 

「さァて、演じてくれルよな?君の役を。世にも恐ろしいポート・マフィアの首魁の役ヲ。……さァ、次に何をスる?」

 

ふむ、と真面目な顔をして手を顎にやり、考える仕草をした森。しかしつぎの瞬間には冷徹なる恐ろしき殺気を目に宿した。

 

「力づくでも従わせようか」

 

変電器の影から飛び出した影が二つ、殺気を纏って久遠寺に飛び掛る。一直線上、喉を掻き切ろうとするその二つの影は同時に飛び出していた二人によって受け止められた。

マフィアの二人、中原のナイフを英介は素手で受け止め芥川の羅生門を結風はナイフで受け止めた。

芥川は結風を見つめ、静かに言った。

 

「やはり其方側だったか……よもやこんな日が来ようとは」

「ごめんね兄さん。でも立場上守らなきゃいけない人はこの人だから」

 

芥川と結風の発言に久遠寺、英介、森はは三者三様に首を傾げた。

 

「エ?お、お兄ちゃん?……ソレが!?」

「うっそだろぉ……?」

「兄妹感動の再会かい?よく見れば似てるね」

 

そして三者三様の意見。先程までの居るだけで一般人なら発狂しかねない空気が泡が割れるが如くに消えてしまっていた。唯一動じて無かった中原は。

 

「隙アリぃ!!」

「ぎゃっ!!」

 

思い切り英介の顔面を殴り飛ばした。ゴキリと嫌な音がする。ナイフを顔面に突き立てなかったのは良心か余程腕に自信があったのか。混凝土に叩きつけられた英介は顔を押さえた。「ひどい、まだお嫁さんも貰ってないのに」などブツブツと言っている。その間にもゴキュンゴキュンと音を立て、割れて変形した骨が直って行く。

森は中原に声をかけた。

 

「ストップだよ中原君。下がりなさい……所で君は一切動じていなかったけど、知っていたのかい?」

「……知ってました。何せ芥川をマフィアに引き入れたのは俺の元腐れ相棒のアレです。その繋がりでその娘の事も」

「なるほど、妹が居ると聞いたが君だったんだね」

 

森も久遠寺もそれぞれを下がらせる。森の興味深そうな視線から結風を守る様にさりげなく久遠寺は前に踏み出した。結風はこの男の守備範囲外の筈だが油断出来ない。

 

「あのネ鷗外君、興味持つのはいいケド勧誘とか止めてねせめて今は。コッチは火事場なンだよ」

「じゃあ火事場を過ぎ去ったらいいのかい?有能な人材はマフィアも確保したいんだよね。それに兄妹で同じ仕事に就いている方がいいだろう?」

「別にイイよ」

「本人の及び知らぬ所で話進めないでくださいますか御二方。あと個人的に身内と同じ職場に着くのは嫌なタイプですので例え勧誘があってもお断りさせていただきます」

 

さりげなく勧誘の話を持ち出す森も大概だがさりげなく了承する久遠寺もまた大概だ。今はその様な事を話すべきではないだろうに、結風は敢えて言わなかった。というより言うのが面倒だった。

 

「ふふ、将来の良い人材が見つかった事だし。此処でお暇するのも一興……観衆が増えてしまったしね」

「同感。じゃ、イッセーのせで走るか?巻ケる?」

「これでもまだ若い子には負けないよ」

 

その会話で全てを察する中原と芥川、英介と結風。

かなりの大多数の気配がこの変電施設を取り囲んでいた。……恐らく、組合か。最も中原と芥川は先程から気付いていたようだ。

 

「鷗外君鷗外君、今後のマフィアの動向によってはだケど、無償で協力してあげよウかなッて思ってる。良い情報も掴めタし」

「どこがどう良い情報だったのかわからないけど、期待しとくよ」

 

悪戯っ子の様に笑い、お互い背を向けあった。久遠寺と同じ方向を向いた英介は前方から発せられる生々しい気配に緊張感と……僅かな高揚感を覚える。

それは横に立つ久遠寺も同じだった様で口元には抑えきれない笑みを浮かべていた。久遠寺は不意に横におろした右手の人差し指を立てるとそっと振り上げた。

 

「いイか、次ノ言葉と共に走りな」

 

誰に言う風でも無くそう言い、全てを終わらす言葉が響く。

 

「【Elpis】」

 

ギリシア語で希望も絶望も表すその言葉。希望も絶望も孕む濁流が変電施設に満ち溢れ________

 

流し出された様に誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

モニタールームの扉を開いて各々定位置の椅子にドカリと腰を下ろす。

先頭を走り尚且つ二人を一馬身差離して走ったのにも関わらず結風は息すら乱して無く、何食わぬ顔で髪を整えていた。

 

「ぜぇ、はぁっ……相変わらず……走るの早いな……げほ」

 

瞬発力は十分だが持久力の無い英介の一言。久遠寺は息を整えながらじっとその光景を見て、切り出した。

 

「さァて……聞きたい事があるんダよ結風ちゃん。答えテくれる?」

「何なりと。もう隠しておく必要もありません」

 

満足したように頷く久遠寺。そして切り出した。

 

「フルネームを教えてくレる?」

「……芥川 結風です」

「あの芥川と兄妹なンダね」

「はい」

「フルネームを隠してイたのハ何で?」

「実兄が指名手配犯になりやがりましたので滅多に名乗れなくなりました。芥川なんて中々居ませんし」

「ナルほどねー」

 

うんうんと何度も頷く。そして首を傾げ、聞いた。

 

「それだけじャ、なイよね?」

 

いつの間にか結風の前に来て、覗き込みながら上目遣いでそう聞いた。

結風はその目を真っ直ぐ見ていたが、やがて耐えきれないと言うように目を逸らした。

 

「ねーネー結風ちゃん。一番最初に私が言ッた事、覚えてる?」

 

椅子に座った結風の太ももに肘をつき、手を顎に乗せ至近距離で見上げる体制をとって優しく、優しく言った。

 

「『来るもの拒まず去るもの追わず』、だよ。どンな理由であれど私は結風ちゃんを拒絶しなイよ、勿論英介も、ね?」

「あったりめーよ」

 

ぶっきらぼうに同意する英介。しかしその目には確固たる信念の光りがあった。

 

「ネー結風ちゃん。私らは社会からの爪弾き者なンだよ?もう失ウ物はナイと思うんだけどなぁ〜。……それとも、私を信用出来なイ?私は結風ちゃんが命を預けられる人間にはなれナイ?」

 

その問いには首を横に振られた。あまりにも必死なその動作に久遠寺はふわりと笑う。

 

「教えて?もう、ソロソロ疲れたでしょ?」

 

沈黙が、訪れる。排気ファンの動作音だけが暫く流れて……漸く結風は口を開いた。

 

「怖かったんです」

 

震える声音だった。普段の結風からは想像も出来ない弱々しい声だった。英介はあり得ないものを見るように結風を見たが久遠寺は泣く子をあやすように優しく頷いて先を促した。

 

「見捨てられたく、なかったんです。スキールニルにも、兄に、傷つけられた人だって、たくさんいます」

 

ポタリと、膝に涙が落ちた。

 

「……嫌われるのが、いやだったんです」

 

その言葉だけを絞り出して終わった。啜り泣く音だけが暗いモニタールームに響く。

 

「ツラかったね」

「……はい」

「怖かっタね」

「…………はい」

「でも嫌いにナれなイんでしょ?お兄ちゃんの事が」

 

その言葉には声を押し殺して泣きながら何度も何度も頷いた。嚙み殺しきれなかった嗚咽が弱々しく漏れる。そっと抱きしめて久遠寺は囁いた。

 

「家族だもんネ、見捨てられないよね。寧ろ周りからの評価がアんなだと余計見捨てらレないよね。……ごめんね、結風ちゃんの気持ちも知らなイで芥川の事ズタボロに評価して。アイツだって家族がいるンだったね」

 

恐らくこの少女は幼い時より家族への罵詈雑言を聞かされて育って来たのだろう。この光と闇の境界線では特に両方からの声が聞こえてしまう。

何方の世界からも忌み嫌われる、そんな兄の評価をずっと聞いて耐えてきたのだ。

壊れ物を扱うが如く優しく包んで頭を撫でた。子供のような体温を孕む結風を、微睡みながら彼女が泣き止むまで抱きしめた。

何を思っているのだろうか。怪我をした弟を思っているのだろうか、英介はただ虚空を見上げていただけだった。

 

 

 

 

 

 




結風の正体が明らかになりましたね!!(やけくそ)
GW中に更新出来ましたやったねたえちゃんだからといって何もないよ!
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