空白始点   作:サングレ

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第九話 モビーディック・デザヰア

 

 

 

 

 

深夜。静まり返っていた筈の白鯨内に、けたたましいサイレンが飽和した。

書物をしていたフィッツジェラルドは顔を上げる。異常事態を表す重低音。それと同時に何処からか銃声が聞こえてきた。夜の街に響く夜警の警笛のようなそれは本来ならこの場所で聞こえていいものでは無い。

それが、幾つも。

万年筆を書類に叩きつけ、部屋を飛び出した。

 

 

 

通路内は阿鼻叫喚、それ以外の表現などこの世にはなかった。

 

「おらおらふっ飛べーー!」

 

全身黒ずくめの男がそういながら武装している組合構成員に飛び蹴りを食らわす。その後ろを通り過ぎ、風の如く疾走する黒ずくめの少女は無情にもその手に持ったデザートイーグルを発砲する。薄暗い中で、発砲の瞬間の火花がカメラのフラッシュのように瞬いた。

そして通路内を疾走する黒いジャケットを着込み一応は変装した敦と変装の欠片もなく七分袖のシャツに細身の黒ズボンに痩躯をロングベストに包んだ久遠寺。

 

「虎の子、シゃがめ!」

 

勢いを殺さず思い切り体を丸める敦、その腕を思い切り引っ張り水で靴底の摩擦を極限に減らしてスライディングして前方より飛来した誰かの飛び蹴りを見事にかわし、通路の端へと渾身の力を持って投げ飛ばした。

 

「久遠寺さん!?」

「行ってこイ!」

 

振り向かず、両腕を真横に広げる。敦と久遠寺を氷の壁が隔てた。

 

「よぉ、ミスタ・フィッツジェラルド。元気だッたか?」

 

ただの飛び蹴りで床を陥没させたフィッツジェラルドが煙幕の中ゆらりと立ち上がった。

 

「やぁミス・久遠寺。……どうやって白鯨内に忍び込めたか聞きたいな」

「気合い……ト、言うのは嘘で。政府を脅しテ……ゲフンゲフン、借りタ高性能サーモグラフィックサーチライトで……まぁドウでもいいや」

 

フィッツジェラルドの背後にも氷壁が生まれる。久遠寺が腕を振るえばその空間一体に水の玉が浮かんだ。幻想的にも見えるその中で彼女は怪しい笑みを湛えた。

 

「今回の騒動で死んでいった十二人の無念を晴らすよ」

 

 

真っ先に動いたのフィッツジェラルドだった。目の前から居なくなったと認識した直後に久遠寺は身を屈めて前に飛ぶ。直後に爆発音にも似た物凄い音がした。前転して着地して直ぐに前を向くとさっきまでいた場所にフィッツジェラルドの踵落としが床にめり込んでいた。人差し指をくるりと回せば漂っていた水の礫がフィッツジェラルド目掛けて飛ぶ。直ぐに振り払われた。

 

「【Elpis】!!」

 

気合いを込めた一言を久遠寺が発すればジュッと嫌な音がする。フィッツジェラルドの右腕に付着した水を沸騰させたのだ。

 

「ぐっ……!やる事なす事……めちゃくちゃだな!」

「神経反射で生きてンだよコッチは。成功の秘訣、思うがまマに生きろ、以上!」

 

満面の笑みでそう言い切った後、色が落ちたように表情を落とすと、ゆっくり口を開いた。

 

「最後通牒。止メる気はないのか?……止めてくれるのナラ、まだ『修正』は出来る。世界が望んだ通りの結末へ、帰れるンだよ?……なァ、どうなんだ?」

 

右腕を庇いながらも豪速球の蹴りを繰り出して来るフィッツジェラルド。久遠寺は間一髪でそれを避ける。

 

「世界が望んだ通りの結末に!妻の……ゼルダの幸せは、無い!!」

「目ェ覚ませフランシス・フィッツジェラルド!元より私ら異能者に、安寧なんテ上等なモンねェんだぞ!!」

「わかってる!」

 

蹴りを全て避けながら、水の鞭を避けながら、両者一歩も引かぬ攻防戦。

 

「わかっテんなら!どうして幸せを願ッた!?」

「お前の……お前のその自論が気に食わん!何故、何故俺ら異能者が!幸せを願ってはいけない!?人と同じように!平和な日常を願ってはいけないんだ!!」

「気づいてんだろ!ソンなん簡単な理由だ!」

 

飛びかかるフィッツジェラルドを濁流が押し流し、氷壁に叩きつけた。隔てられた床に濁流だった水が制御を離れ静かに広がった。氷壁を背に水の中に崩れ落ちるフィッツジェラルドと、水の中に立つ久遠寺。

 

「巻き込んじまう。そレは強ければ強い程に。……考えてみロよ、『異能』は『異常な能力』の略、人間はそれに逆らえず、引き寄せられた運命に巻き込まれたが最後なんだ。私らは人間ジャないから生きてられる、人間なんて高尚なモンじゃない……私らは……化け物なんだよ」

 

フィッツジェラルドの瞳が揺れる。自分で言っておいて今更、心に来るものがあったのか久遠寺も顔を顰めて逸らした。床に満ちた水面に、情けない顔が写っていた。見るに堪えないそれを足で乱して掻き消す。

 

「心の闇ノ深さを操る、化け物なんダよ」

 

確かめるように、一字一字強く紡ぐ言葉。

 

「大きな力は、別の力を引き寄セちマう。安寧に生きる事は、もう無い」

 

差し出す手。

 

 

 

「だから……還ろう?私らの結末へ」

 

 

 

幽鬼のような空気を纏って立ち上がるフィッツジェラルド。氷壁に叩きつけたつけられた時に肩が外れたのか、だらりと片方だけ異様に腕が長い。その表情は前髪に隠され見えなかった。激痛に歪んでいるか、無表情かは分からない。その口が、小さく息を吸う。

 

「断る!!」

 

怒号が響く。

 

「俺は!ゼルダを……幸せにせねばならない!!それが!!俺の誓いなんだ!!!」

 

目に追えぬ速さで水飛沫を上げながら久遠寺に迫る。確固たる信念をその目に宿しながらも、途轍も無い恐れが見え隠れしていた。元の場所へ還る事を拒んだ異能者は、もう戻れない。戻るつもりも無いらしい。泥に汚れ傷つきながらもあても無く走る迷い犬のようだった。

そんな彼を、久遠寺は呆れながらも寂しい表情で見て……終わりの合図の片手を緩く上げるのだった。

哀れみ満ちた声音で紡がれる最後通牒。

 

「過ぎたことは嘆くなよ。もう(ページ)は捲られてしまったんだから」

 

直後、爆音。

 

 

 

 

 

________

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッキングによってこじ開かれた扉。もちろん当然だが家主の断りも何もなくその部屋に侵入したのは喧騒からこっそりと離脱した結風だった。

必要最低限の家具だけが置かれた、とても質素な男の部屋。本棚から抜き取ったアルバムに貼られていたのは満面の笑みをこちらへ向ける幼い少女や少年の……男の家族の写真だった。その中の三枚、妊娠しているのだろう、腹を優しく撫でさする女性の写真と活発そうに笑う少女の写真と、真剣な目で農具の手入れをする少年の写真を引き抜いた。

それらを具に観察し、満足そうに頷くと懐に大切そうに収めアルバムを元の場所に戻してから部屋を出て行く。真剣な表情で拳銃片手に外で見張りをしていた雪島が結風に気づいてお手本のような敬礼した。

 

「誰も来てないッス!」

「ご苦労様です。……さてと、そろそろですかね」

 

ジャケットの内ポケットに入れていた通信端末が耳を劈く警報音を発した。それがほんの数秒続き、叩き斬ったように沈黙した。二人同時に顔を見合わせる。

 

「撤収しますよ」

了解(ダ コール)、班長!……やっぱこの収集音変えましょうよ敵に見つかるッスよ」

「それはリーダーに言ってください」

 

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

「うーみーはー広いーなー大きーいーなー……」

 

白鯨物資搬入口。所在無さげに小学校低学年の音楽の教科書に載っている定番の曲を低音で口ずさみながらヘリ用ハッチに凭れかかる英介。目の前には重厚な黒塗りの軍用ヘリ。中では既に襲撃に参加した構成員の全てが入っており、結風が何時でも離陸出来るようにスタンバイしている。搬入口には武装したスキールニル構成員数人がこの場を死守している。

と、二人分の足音が聞こえてきた。

 

「チーフ、探偵社の方です!」

「オーケー後は……久遠寺だけか、何やってんだかな……」

 

搬入口からこちらへ走ってきたのは敦とそれに手を引かれた赤毛の少女だった。

 

「よぉ虎の。目的は果たせたか?」

「はい!」

「とっととヘリ乗ってな。久遠寺がまだだからもうちょい待つ」

 

敦は頷き赤毛の少女を促して後部の跳ね上げ式の扉から中へ滑り込んで行った。残すはただ一人、久遠寺のみ。

すれ違いになるだろうから探しにも行けない。

どうしたものかと思案した直後。

 

「えええぇぇすけぇえエえ!!!」

「……チーフ」

「来たね」

 

それなりに古参の構成員も呆れる久遠寺の大声。ここは敵陣真っ只中。もう少し静かに出来ないのかという問いが喉元まで来ていたが努力して口には出さなかった。そもそもその程度で悩むようではこのスキールニルではやってられない。ヘリのプロペラが回転数を上げていく。

今まで凭れかかっていたハッチの固定具を引き抜き、パネルを操作した。ぐぐもったモーター音と共に開かれていくハッチ。強風が吹き込んできて、床に傾斜がついてくる。後はヘリの固定具を外すだけだ。

 

「ハイてっしゅー撤収!乗った乗ッた!」

「お前もな!」

 

そう軽口を叩き合いながら防衛に当たっていた構成員がヘリに飛び込んだ後に二人同時に飛び込んだ。

狙っていたかのように大挙して雪崩れ込んでくる組合構成員達。そこに雪島の非情なる一言。

 

「からし爆弾、ヨーイてぇ!」

 

語尾に音符でも付きそうなくらい心の底から楽しそうな合図と共に、小型バズーカが構えられ引き金を引かれた。着弾と同時に形容不可能な凄まじくケバケバしい色合いのスモッグが広がり、その中から聞くに堪えない悲鳴と咳き込む音が聞こえてくる。

バズーカを手放した雪島は足元に固定してあったガトリングガンをヘリ自体を固定している器具に向け、引き金を引く。

当然器具は跡形も無く壊れ、スキールニル構成員と敦、そしてモンゴメリを乗せた軍用ヘリは夜空に滑り落ち、そしてやがて見えなくなった。

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

スキールニル御用達のヘリポート。正しくはスキールニルが(というか久遠寺が)揺すりまくって借りた民間警備会社のヘリポート。先程までに騒々しい程の回転を続けていたプロペラはエンジンが切られ嘘のように静かになった。後には空回りするだけの音と、高所特有の強風が吹き荒れる風切り音だけとなった。後部の跳ね上げ式の扉が開かれて皆それぞれ無事に降り立った。結風は未だ操縦室に突っ伏して「もう二度と空中で体制立て直すとかいう蛮行はしたくない。安全第一で生きたい」とボヤいている。

 

「ほいじャー解散。夜道に気を付けて帰ってネ」

 

久遠寺のその一言にお疲れ様でした、等の通常の企業と何ら変わらない挨拶をしてバラけていく構成員達。つい先程までの蛮行が嘘のようだった。そんな中、敦が傍にモンゴメリを連れて久遠寺の側にやってきた。

 

「久遠寺さん、あの……」

「おーっとストップ。君が言おうとしテいる言葉を発しタら怒るよ。元々そうイう約束でしょ?私はフィッツ野郎に用があッた、敦君は白鯨に用があっタ……これで充分」

 

礼を言おうとしていた敦は素早く口を噤んだ。久遠寺はそれを満足そうに見やった後、所在無さげに敦の後ろに居るモンゴメリに目をやった。

 

「ところでさー……えーと君、名前は」

「……モンゴメリ、よ」

「モンゴメリちゃん、スキールニルに来る気は無イ?」

 

その提案にモンゴメリだけでは無く敦までもが目を丸くした。

 

「悪い話じャないと思うケどね。うちには雪島みたいに異国人も居るしサ、ラクにやってケると思うよ。それにコッチも随分人数減っちゃって……どう?君さえ良けレばなんだけど」

 

淳は自分が口を出す案件では無いと本能的に察したのだろう。そっとモンゴメリを伺うように振り向いた。当人は少し目を伏せた後に久遠寺の目をしっかりと見て、言った。

 

「そこであたしは幸せになれるの?」

 

その問いに、久遠寺は。

 

 

 

 

 

 

 




「ああ!過ぎ去ったことを悔やむのはやめましょう」
と、彼女は小声で言った。
「もう頁はめくられてしまったのですもの」
アンドレ・ジイド 『狭き門』


モンゴメリちゃん救出作戦大成功。久遠寺はノリがいいタイプなんです。
近日中にもう一話投稿したいです。それを投稿したらこの組合編も終わりに近づいていきます。
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