空白始点   作:サングレ

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第十話 夢絶つ胎児のみる夢は

 

 

 

 

 

興味本位、もしくは野次馬精神全開でやって来たはともかく。

 

「これ……本当に……人間が戦った後なんですかね……」

 

結風が木の影から見る景色は「戦場跡」。地面が円形に抉れクレーターが物見事に誕生している。手付かずで放置すれば数十年後くらいに国の有形文化財あたりに指定されそうだ。

 

 

 

白鯨襲撃の少し後、なんと武装探偵社とポート・マフィアが手を組んだという驚きすぎて白骨化どころか土に還りそうな情報がスキールニルの門戸を叩いた。内容が内容の為、結風主導の元、隠密行動をしていた解析班を呼び戻し、警備班の護衛をつけるという万全なる状態で情報の真偽判定に乗り出した。本来なら結風にも警備班班長の男性の護衛がつく手筈であったがいつの間にか居なくなっていた。元より風来坊で知られている男性だったので誰も気にしないし結風も単独で行動した。

 

結果は紛れも無い真実であった。

 

予想通りであったのか久遠寺は腹を抱えて爆笑し、「面白いことになってそうだから見てきなよ」と結風の背中を押した。それほど驚愕した様子も無く、いつも通りに笑っていた。

そこで結風は兄妹共々お世話になった事のある太宰を尾行した結果、現場に至るのである。

見渡してみれば見覚えのある鳥打帽の青年が組合員に混じって倒れていた。そしてクレーターから離れた場所に満身創痍という表現がぴったりのマフィアの五代幹部……中原中也が倒れていた。

 

成る程、久遠寺の言う面白い事とはこれのことか。結風は確かに太宰治を尾行してきた。その果てに見つかる中原中也とこの惨状。つまりは探偵社とマフィアの共闘か。

 

「ねぇお姉さん」

 

後ろからのその声に素早く距離をとって振り返る。すぐ目の前にはおらず、ほんの少し視線を下に移動させると一人の少年がいた。黒髪の短い癖毛と統一感のあるゴシックな服装。……少しの擦過傷を負っていた。

 

「貴方は……夢野久作、でしたか。一応ですが貴方の身柄を保護させていただきます」

「うん、いいよ」

 

もう二度と組合に盗られてなるものか。久遠寺に報告し次第マフィアに届けるとしよう。あっさりと受け入れられて結風は人知れず安堵した。

 

「その変わりさ、ボクと一緒に遊んでよ!」

 

腰に装着したホルダーからナイフを抜き放とうと構えた結風。

 

「違う違うそうじゃ無くて」

 

それを制する夢野。

 

「普通の意味で遊んでって事ボクね、監禁生活が長くてあんまり外で遊べないんだ。遊んでくれたら、お姉さんが知りたがってる事も教えてあげられるよ」

「……え?」

「久遠寺さんの事だよ」

 

目を見開き、ジリリと砂利を踏みしめて一歩下がった。この少年は一体何を知っているのか。

 

「どうせ久遠寺さんの事だから仲間が一番知りたがっている事は教えないんでしょ?」

「……貴方とリーダーの関係は」

「引かれあっちゃうんだよね、強大な力は。……まぁちょっとした顔馴染みなんだよ」

 

強力な異能者同士は時として個人的なネットワークを持っている。恐らく久遠寺と夢野の関係もそれなのだろう。

とは言え、この目の前の少年の話に乗るか否かだ。結風は少し考えて……やはり此処は一つの案に決めた。

 

「とにかく貴方の提案は保留します。先ずはそこで伸びている幹部をポート・マフィアの領域内に放り込むという大仕事があるので」

「いいよ」

 

何とも素直な少年だ。結風はセーラージャケットの中から通信機を取り出した。勿論、相手は雪島だ。

 

「こちら結風、マフィアの構成員と接触出来ました。至急人員を」

『っだぁぁぁあ!!クリア出来なかったぁぁあ……あ、すみません』

「任務中に何ソーシャルゲームのクリアに精を出してるんですか。まぁご愁傷様です。……繰り返します、マフィアの構成員と接触出来ました。二人ほど収容したいので人員と担架一つ、あと拘束ベルトを一束持ってきてください」

『一つじゃなくて束なんスね単位が』

 

 

 

 

 

 

 

 

建設されてまだ新しい住宅街。その一角の十階建てセキュリティマンションに芥川兄妹は入居している。元々は太宰がまだ幼かった結風の身辺を案じて契約した部屋であり、長らく兄妹の安全な住処だった。しかしながら契約者が芥川に変更された後もスペアキーがひとつ行方知れずな為、太宰なら難なく侵入可能という安全なのかそうでないのか良く分からない状態に落ち着いている。兄である芥川龍之介も思うところがあり鍵を変えていないのか、ただ単に面倒な手続きの為放置しているのか、恐らく後者の方が確率が高い。

とは言えこのマンション、やはり太宰が知っていたという辺り『訳あり』だったのだ。別に事故物件とかでは無い。

 

住民そのものが『訳あり』だったのだ。

 

家賃安い割に子連れや学生は見かけず、変わりにエントランスや通路ですれ違うのは体格の良い顔に傷の負った男性やジャケットが不自然に膨らんだ女性。良く見れば武装をしていたり靴が血塗れだったりと。なので右からチェーンソー音、上から何か引きずる音、下からなんか叩き割る音等が日常なのだ。

家賃が安い理由は『全室事故物件』という現代社会では考えられない理由である。因みに当時、部屋に案内してくれた太宰が「この部屋二、三人死んでるから」とご丁寧に説明してくれた事が昨日の事のようだ。

ともあれ今夜、結風の自室では夢野が穏やかな寝息を立てている。結風自身はというと夜風が吹きすさぶ通路でタッチパネル式の端末で久遠寺と通話していた。

 

「……と、いう訳なのですが。断った場合は私が呪われます」

『うーんしょーガないねー。うん、楽しんデおいで。箱根あたりで』

「箱根ですか」

『土地勘あるでシょ?……わーこんなところに強羅公園の体験割引券がーーわーどうシてこんなところにー』

「……白々しい」

『なんか言った?』

「いえ、何でも」

 

恐らくこの前に警備班班長から貰った物だろう。受け渡し現場は抑えている。

 

『ともかク行ってらっしゃイよ息抜きがてらに。箱根辺りなら電車の乗り換えですぐだし今一番警官が多いカら。それに観光客がいる中で白昼堂々事は起こさナいでしょ?誰かしらに割引券を届けさセるよ』

「……経費をスキールニルから落としても?」

『イイよー。温泉饅頭よろしクね』

 

一言二言、他愛もない会話をして通話を切る。不気味な静けさが降ってきた。等間隔に設置された蛍光灯に羽虫が数匹集っている。途端に吹いた強風に身を縮ませ、いそいそと部屋に入った。リビングの隅のゲージの中、茶色い兎がこちらをじっと見た。自室に入れば、夢野がベッドで寝ている。

すやすやと穏やかな寝息にあどけない寝顔。普通の少年だ。

こんなに普通の少年も、自分の異能で悩んだ事があるのだろう。優しく頭を撫でてそっと部屋を出た。

そして今夜も帰らぬであろう兄の自室へ向かった。今夜くらい大目に見てもらおう。

 

何の変哲も無い朝が来た。質素の極みのベッドから抜け出して真っ先に熱いシャワーを浴びる。新しい着替えに身を包み台所に立ち冷蔵庫の中身と相談。飲料が悲しいくらいに緑茶しか無い。兄の趣味だ。小銭入れを片手にそっと部屋を抜け出してエレベーターに乗り込みエントランスホールへ。さりげなくポストを確認するとクラフト体験の割引券と白いICカードが封筒に入れられていた。ICカードには「ユキジマ チトセ」と刻印されている。

このICカードはスキールニルの構成員のみが使用できる物だ。神奈川県内の鉄道なら何処でもこれ一枚で乗れる。ちなみに県外になると乗り越し料金が発生するので要注意なのだ。

 

「なるほど……そういう訳か」

 

恐らく夢野の為にこの手紙を届けたであろう雪島が忍び込ませたのか。基本彼は愛車を乗り回している故に鉄道関係はあまり利用しなかったりする。一度乗らせてもらったのだがもう二度と乗りたく無い。レールを外れたジェットコースターのように首都高を暴れまくっていた。誰がこの男に免許証許可した奴は。

私は一人出来る後輩(年上だが)を持ったと感心して自販機でオレンジジュースを購入して部屋に戻った。先に夢野を起こすとしよう。

 

「夢野さん、起きて」

「う……んー……あさ?」

「朝です。朝食作って来ますから……あ、そうだ。アレルギーはありますか?」

「ない」

 

顔を洗ってくるように言ってダイニングテーブルに引っ掛けてあった薄緑色のエプロンを装着してキッチンに戻る。そして冷蔵庫の中身と相談。……卵が二つか、しかしその他はある。取り敢えずベーコンをカリカリに焼く。戸棚の中のクロワッサンの賞味期限を確かめてトースターに放り込みスイッチを入れて放置。

卵と牛乳と使ってオムレツを作る。我ながら手際が良い。今日も良い日になりそうだ。ちょうど夢野も戻って来た、久々に誰かと食べる朝食だ。

 

 

 

私の着替えをフル活用した結果、何処にでもいるただの少年となった。やはり服装とは重要なものだ。私の半袖のパーカーと半パンは夢野さんの七分袖のパーカーと長ズボンと化したが。これにサイズ調整可能な黒の野球帽を提供した。流石に顔出しで行かせるのはマズイ。横浜外に出ればこちらのものだが其れまでが大変なのだ。組合に取られてたまるか。

一方で私も変装とやらをしてみた。普段あまり着ない暖色のジャケットと短パンに花のコサージュがついているキャスケット。普段着ない色合いだからか弱冠浮いて見える……兄妹揃って黒髪黒目なのが恨めしい。もう少し薄い色素の方が良かった。

 

さて、兎に餌をあげて網戸だけ開けて部屋を出る。しっかりと施錠してエレベーターに乗り込んだ。

エントランスホールに降り立ち、自動ドアを通ったらもう一段階、手動のガラスドアがある。そっと辺りを伺い、押し開け外に出た。

 

「なんか、スパイみたい」

 

状況を察したのか小声で夢野さんはそういった。

 

「組合が諦めるとは思えないんでね。この先何しでかすか解ったもんじゃないんです。今、構成員の一人を尋問中何ですが吐くかどうか怪しいんでね」

「ふーん」

 

 

バスも利用して細心の注意を払い横浜駅に辿り着く。そして気付いた事だが軍警が嫌に多く、民間警備会社の武装者も何人も見た。其処で私が出した結論は「別に警戒しなくても良いか」である。気楽に行こう、白昼堂々事は起こさないだろうし。今の私達は一般人、背中に仕込んだナイフは見逃してくれ。

 

まず相鉄本線と小田急江ノ島線を使って相模大野まで移動。ここから小田急を使って乗り継ぎの旅でも良いのだが当日券を運良く手に入れられたのでここでロマンスカーに乗車。お菓子を食べたり一緒に私の端末で動画を見たりしていたらあっという間に箱根湯本に着いた。

ホームで販売していた温泉饅頭をもしゃもしゃと食べながら暫く待ち、平日の為、人も少ない箱根登山電車に乗り込む。シーズンでは無いので紫陽花は見られないが所々に咲く桜がとても美しい。

終点の強羅に着いて更にケーブルカーで上へ。

そして待ち受ける強羅公園……表現が悪いが別に伏魔殿では無い。季節の花々が咲き誇る綺麗な場所だ。そしてクラフト体験が出来る楽しい場所でもある。恐らく警備班班長の彼もここを訪れたのだろう。夢野さんに選択を任せ、トンボ玉のクラフト体験にした。

陽光を受けて輝く強めの色彩のトンボ玉が連なるブレスレットが二つ。中々楽しかった。

 

その後は芦ノ湖に向かい、遅めの昼食を食べて遊覧船に乗ったり、湖畔で波と戯れたりすればあっという間に楽しい時間が過ぎた。桜が舞い散る夕暮れの箱根は本当に美しかった。

 

「とっても楽しかったよ!」

 

行きと逆の手順で横浜に戻り、夕闇の中、潮風に吹かれて臨海公園を並んで歩いていた夢野さんの率直な感想。それに微笑みながら横掛け鞄の中から封筒を取り出し、渡した。

 

「なぁに?」

「差し上げます。今日の思い出に」

 

封筒の中身を見た夢野さんは目を丸くした。十数枚のそれは今日、私が撮影した箱根観光の写真。ロマンスカーの車窓から外の景色を見ている写真、ケースに入れられたトンボ玉の写真、芦ノ湖の遊覧船ではしゃぐ写真……先ほどコンビニに寄って印刷した物を横のATMの封筒に収めたものだ。本当は一枚だけ、印刷を渋った写真がある。

夢野さんに頼まれて二人で満開の桜の下で撮った写真だった。あまり、写真に写るのは好きでは無かったのだが、請われては仕方が無い。その写真を確認した夢野さんは満足そうに笑った。

 

「えへへ……ありがとう。大切にするね」

 

そう言って自分のポシェットにそれを入れて改めて私を見上げた。

 

「じゃ、お礼しなきゃね」

 

来た。

緊張が身体中に張り巡らされ強張る。観光中もこの瞬間を待ち望んでいたのだが、それと同時に恐怖を感じていた。

 

「久遠寺さんには秘密、ね?……先に言うけど、ボクも森さんに聞いただけだから本人から聞いたわけじゃ無いから。もしも久遠寺さんにバレたら森さんから聞いたって事にしてね」

 

そう前置きしてオブジェの台座によりかかって話し始めた。

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

衝撃が止まなかった。スラスラと何の躊躇いも情緒も無く夢野さんから語られたその話は、あまりにも現実離れしていた。暫くして夢野さんが口を閉じた時、ああ、終わったんだなと他人事のように感じるほどだった。

 

「なんて……現実味の無い……」

「そんなモンでしょ?ボクらって。意味がわからない物を意味がわからないまま持って生きてるんだ。……ね、そうでしょう?

芥川 結風さん」

 

無邪気に言う夢野さん。それを聞いて思わずニヤリと笑ってしまった。

 

「気づいていました?」

「仕草がね、芥川さんそっくりだよ。前に芥川さんにも聞いたし。妹の事とその人の名前。結風なんて中々いないしね」

 

成る程、伊達にマフィアの構成員ではないか。幼いのに中々の観察眼だ。

クルリと回って笑った彼は、ふと視線を別の箇所に向けポツリと。

 

「お別れの時間だね」

 

倉庫街にほど近い場所に停められた黒塗りの車。中にサングラスとスーツの男が二人ほど見える。笑みを絶やさず私を見て夢野さんはこう切り出した。

 

「これからもずっと久遠寺さんの近くに居るなら、ツライ事もコワイ事も、沢山あると思う」

「……覚悟はしてますよ。一度、捧げた命です」

 

うんうんと頷く夢野さん。

 

「久遠寺さんは幸せだね、こんなに信頼してくれる人が側にいるんだもの」

 

そう言い残して、じゃあね、と手を振って夢野さんは黒塗りの車に駆けて行った。その腕のトンボ玉が、ネオンを反射して小さく光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

血が滲むが関係無しに肘掛をギリギリと掴む。

 

「がぁ、ァ、あ"……!!」

 

暗い箱のような部屋。青年は座り心地が異様な程に良い椅子に関節を動かす隙もないほど固定され、両耳にはそれぞれ違う音楽が大音量で流され、ベルト式の目隠しをされ視界を遮断されている。脳の髄まで響く音楽とキツく固定された目隠しによって頭蓋骨が軋むような感覚を青年……ジョン・スタインベックは耐えていた。

時間の感覚は当に無く、目覚めた時よりこの爆音が流し込まれ口の端からは啜りきれない唾液が垂れた。

 

どれほどだったのだろうか。両耳のイヤホンが外された。ぐわんぐわんと目眩に吐き気がし、周りの音が何も聞こえない。程なくして金具を弄る音がし、目隠しも外された。長時間布で覆われた皮膚が空気に触れ寒い。視界は光が弾け容易に焦点が合わなかったが、それもゆっくりと収まり目の前に赤毛を二つに結わえた少女が立っている事がわかった。

 

「助けに来たわ、スタインベック」

 

ルーシー・モード・モンゴメリ。スキールニルによる白鯨襲撃より行方不明になっていたと言う。

 

「モン、ご、めリ……」

「痛いわよね、すぐに外すわ」

 

今までの疲労がどっと襲ってきて、緊張で強張っていた体の力が抜けた。モンゴメリはスタインベックの左手を拘束するベルトに手をかけ

 

 

思い切り締め上げた

 

 

 

 

「あっ、がぁぁぁあ!!!」

 

不意打ちの一撃。弛緩させていた腕が軋むほどに締め上げられ、口腔から息も絶え絶えな叫びが迸る。

 

「ストップ、もういいよ」

 

男の声にベルトを手放すことで答えるモンゴメリ。混凝土を踏みしめる音が近づき、後ろから覗き込まれた。

 

ご機嫌いかが(コマン タレ ヴー)?お兄さん。なぁに?仲間が居るのに驚いた?」

 

男は、雪島はにっこりと笑って言った。

 

「残念、この子はもうスキールニルの一員だよ」

 

細かい説明の一切を省き、部屋の隅に歩み寄ってパイプ椅子を引きずりながら戻って来てスタインベックの前に起き、どかりと座った。

 

「さーて……ジョン君?教えてもらいたい事がたっくさんあるんだなー。教えて?」

「断る……!」

 

長時間の痛苦で最早なりふり構っていられないらしい。威嚇するその瞳はまるで獣だ。

 

「あのねぇジョン君?俺にとっとと話した方がいいよ?姉貴に任せたら君、血反吐吐くほどツライ思いするよ?」

 

溜息を吐きつつそう言う雪島。

 

「ねーねー、組合のマジの奥の手教えて?」

「…………」

「はいペナルティ」

 

バチン!とスタインベックの体に電流が走る。痺れるなんて生ぬるいものでは無い。全神経に叩きつけられたような、身を裂くような痛みが全身を襲う。

 

「が、ぁ、」

 

雪島の手には端末が握られている。スタインベックは気づきもしないが椅子の足には銅線が内蔵されており、それを電圧機に繋いで電流を流している。

 

「モンちゃん」

「……なに」

「ごめん外に居てて。ちょっとこんなの見られたくない」

 

後ろに控えるモンゴメリを見ながらの一言。彼女は特になにも言わず、重厚な鉄の扉を開けて出て行った。

 

「……でさぁ、ジョン君達とファーストコンタクトだったあの公園で使った紙切れバケモノ。あれ、誰の異能?」

「……」

「ほいっとな」

「がっ……!」

 

軽い掛け声と共に流れる電流。

 

「回数が増える毎に電圧上げていくからねー?はいじゃー続けましょー」

 

 

 

 

 

 

 

雪島は手元の端末が示す電圧を見ながら無感動に抑揚無く言った。

 

「凄いねー耐えるねーとっとと吐いてねー?」

 

これ以上電圧を上げたら死ぬな、と目の前のスタインベックを見ながら思う。

脂汗を滲ませて目を見開き、荒い呼吸を繰り返す。

如何する?これ以上、通電は出来ない。大切な捕虜だ。殺したら何も聞き出せない上に結風に怒られるだろう。

別に他の組合員を捕まえて吐かせればいいのだが、ここ数日で横浜からぱったりと目にしなくなった。

 

そう、一人もだ。

 

このスタインベックのような重要構成員の他に最下級構成員、果ては傘下の更に傘下の喧嘩の集団まで。

怪しいの一言に尽きるのだ。

人がいなければ情報など生まれない。だからこの男を手放すわけにはいかないし多少の乱暴をしても聴きだす他無い。

通常、双方の精神衛生の為、無理な自白を強要しないスキールニルでは見られない特別処置なのだ。ちなみにどんなに人体が壊れていようと眉を顰める程度で終わる結風、雪島が担当する。

女々しいことを言ってモンゴメリを退室されたのはこれが理由だ。

ともかく、如何するか。何かしら答えを出さねばならないと考えていた時、鉄の扉が歪な音を立てながら開かれた。

 

「進捗いかがです?まぁ期待はしていません」

 

目が覚めるような海色のセーラーブレザーが薄暗い部屋に映える。結風が其処に立っていた。

 

 

 

 

「進捗ダメッス。すげーッスよ?こいつ。過去でこんなに耐えた奴なんていないッス」

 

電圧機の電源を落としながらの雪島の一言。結風は興味も無いとばかりに歩み寄り始めた。

 

「外で待機していなさい。あとは私がやります」

「殺さないよーにってリーダーが」

「承知しました」

 

部屋を出て行く直前、スタインベックに同情の眼差しを寄越してから雪島は立ち去った。

扉が閉じられれば、もうそこには二人しか居なくなる。結風にはスタインベックの後ろ姿しか見えないが、今にも途切れそうな荒い呼吸で苦しんでいるのは十分にわかる。後ろから抱きすくめるように手を回し拘束を解く。留め金を外し、取り払って部屋の隅に投げた。現状が理解できずこちらを見たスタインベックに静かに笑った。

 

「楽しいことを始めましょう」

 

次の瞬間閃くように繰り出された回し蹴りがスタインベックの首に直撃、吹き飛ばされ床に転がった。脳が揺さぶられ吐き気と目眩が強くなる。どのような体制をとっているのかすらわからないだろう。

 

「がはっ!」

「通常の手段では悉く駄目という事は暴力しか無いでしょう。私、これでも喧嘩とリンチには自信があるんですよ」

 

まるで不思議の国のアリスのような、夢から醒めさせるような海色の服を纏う彼女は、しかしアリスのように無垢では無く冷酷無比なる赤の女王。

スキールニルにおいて、彼女ほど尋問の上手い人間はいない。

 

 

 

 

 

モンゴメリと雪島は並んで鉄の扉に寄りかかっていた。ひんやりと冷気を帯びる扉は中で行われているであろう冷酷無比なる行為を閉じ込め、何も聞こえない。

尋問室のある地下五階はその異様さから普段誰も寄り付かなく、リノリウムで構成された通路は耳鳴りがするほど静かだ。

その不気味な静寂に耐えられなくなったのか、モンゴメリが話しかけた。

 

「ねぇ雪島さん。貴方はどうしてスキールニルに入ったの?」

 

問いかけられた雪島は明後日の方向をみて頬を指でかきながら答えた。

 

「あー……夜逃げの延長、かな?暇つぶしに聞く?」

 

モンゴメリは頷いた。それを了承と受け取って雪島は言葉を選ぶように話し始めた。

 

「まぁまぁ裕福な家の生まれで三人兄弟の末っ子。親父は家族付き合いは吃驚するほど下手だが優秀な企業人、母親は……優しかったかな?何せ影の薄い人だった。

上二人がすっごい優秀でさ、追いつきたくてめちゃくちゃ必死に勉強した。上の兄貴達よりいい大学行ってやるって思って。

で、念願叶ってバカロレア……ああ、俺の国の国家試験ね、それに合格した。

合格通知を持って家に帰ったおれを出迎えたのは喜色満面の両親じゃなくて、

 

灯油を頭からかぶって焼身自殺した親父だったモノと発狂したお袋だった。

 

倒産、経営破綻、まぁそんなところだと思う。仕事一筋だった親父はショックで死を選んだ。そんな親父を目の前で目撃しちまったお袋は……言わずもがな、かな?その後に借金やら何やらの問題が出てきてお袋を入院させた後に兄弟三人で夜逃げ。一番上はイギリス、二番目はロシア、おれは日本。元々興味あったし。

……お袋がどうなったかは分からない。最後はおれら兄弟の顔も判んなくなってたし。

 

それから日本で死体収集のバイトしてたらセンパイに会ってそっからスキールニル。で、現在」

「……すごい人生ね」

 

悩んだ末にそう言ったモンゴメリに軽く笑った。

 

「まーね。でもスキールニルに入れたからこそ理想の上司……年下だけど、に出会えたし、お袋の現在の状況も分かってるし他の兄弟の所在も分かったし。悪いことばっかじゃなかった。目標だった兄貴達より良い大学は入れなかったけど、ここまで堕ちても幸せだからまぁ良いやって感じ。オールオッケーノープロブレムってね」

 

にへら、と笑う雪島にモンゴメリの最後の質問が突き刺さる。

 

「人を殺したことは?」

「ある」

 

間髪入れず答える。

 

「正当防衛。武器を向けてきたその時点で射ち殺してた。迷った時が死ぬ瞬間だってセンパイに教わったしね……モンゴメリちゃんはどう?」

「私は……無いわ」

「そうかー。スキールニルは敵の多い組織だから覚悟は……いや、覚悟は要らないか。敵に銃口向けていいのは自分も殺される覚悟がある奴って有名な言葉もあるしね」

「……そうね、覚えとくわ」

 

うんうんと頷く雪島。そして思い出したようにぽつりと付け足した。

 

「間違ってもリーダーやチーフみたいなバーサーカーには成りたくないなぁ。人を殺すのは自分の生きる都合だけでいいや」

 

 

 

 

 

全身が火が付いたように熱く、痛い。もはや雑巾以外の表現方法など無かった。

自らの血で湿った衣服が重い枷となり身動きを制限する。いや、もはやそれすら必要無い。気力も体力も極限まで削られたスタインベックは一ミリたりとも動かず床に倒れ伏していた。漫然と痛む身体だけがスタインベックの全てとなっていた。噎び泣きたい気分だった。

 

「ふう……。やはり百も蹴ったり切ったりすると疲れますね」

 

結風はわざとらしく額の汗を拭うと手にしていたナイフを何処かへ放り投げた。

カラン、という床と刃が接する音にもスタインベックは反応できなかった。

反応するほどの体力すら残っていなかった。しかしながら気を失わせないのはこの少女の技だ。

意識が朦朧とする。脳内麻薬でも出ているのか痛みがやけに遠くなってきて、吐き気がし視界がボヤけた。耳鳴りまでしてきて頭痛がする。

結風が懐から何かを取り出し、スタインベックの方へ投げた。

 

「見えます?スタインベック、見なさい」

 

ゆっくりと焦点が定まっていき、目の前にあるものが二枚の写真だとわかった。

そして、目を見開いた。

 

「………ッ!?」

 

 

血まみれの弟、ウィンフィールドと、上の妹のローザシャーンの写真だった。

 

コンクリートの床に叩きつけられた身体。服の色すらわからないほどの出血していた。嫌にでもわかる、これは、もう、助からない。

 

「わかるでしょう?貴方の家族です。長女ローザシャーン・スタインベックは妊娠していましたね……」

 

結風は何かを放り投げた。ビニール袋に入られた何か。ベシャリと水っぽい音を立てて写真の上に落ちた。

スタインベックは一瞬それが何かわからなかった。赤い液体に包まれた血色の悪い肉の塊とそこから伸びる紐のようなもの。

一瞬で理解した。

 

胎児だ。

 

「あ、あ、あ"、」

 

写真と目の前の胎児。関連しない他は無い。

 

ローザシャーンの子供だ。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

無意識に身体が叫ぶ。喉の奥が裂けて口の端に血が伝った。爪がコンクリートを引っ掻きひび割れた。拒絶するように全身に力が入り後ずさった。だが数歩も離れられず、喚くだけだった。

 

「お兄ちゃん」

 

絶叫が切ったように途切れ、顔を上げた。

目の前に下の妹……ルーシーが立っていた。

その目は黒く澱んでいた。

 

「お兄ちゃんの所為だよ」

 

一語一句間違えず、はっきりと発音される糾弾の言葉。

 

「お兄ちゃんの所為で、ウィンもローザお姉ちゃんも死んじゃった」

 

その目がスタインベックを射るかの如く睨みつける。

 

「お兄ちゃんが殺した」

 

 

瞬間、全ての気力が途切れ、スタインベックの身体から力が抜けた。

 

「あ、はは……」

 

力無く空いた口から吐き出される、力の無い乾いた笑い。

狂うのが、これほど心地よいとは知らなかった。

 

 

 

 

 

鉄の扉が開けられた。急いで身を離した二人が見たのは色素の薄いショートヘアーの少女だった。

 

「……どちら様?」

 

思わず尋ねるモンゴメリ。

 

「……あ、忘れてた。解除」

 

そういえば蜃気楼のように少女の姿が歪み、結風となった。モンゴメリは思わず目を輝かせる。

 

「すごい!それが貴方の異能なの?」

「そうです。【地獄変】は変装専門、相手に異なる姿を見せます。デメリットは自分にしか適用できない事ですが」

「それでもすごいわ!魔法みたい!」

「照れますね」

 

はしゃぐモンゴメリと照れる結風。完全に置き去りにされた雪島。

 

「あの~。尋問の方は……?」

「ああ、聞き出せましたよ。発狂寸前になったので気を失わせました。治療お願いします」

「了解」

 

意気揚々と中に入って行って「うぼぁ」という謎の呻きが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

薬品の匂いで目が覚めた。スタインベックは微睡みの中見知らぬ天井を見つめ、此処は何処かと思案した。清潔なシーツの敷かれたベットの上、窓の外は夜明けの前の灰碧の空が広がっていた。身動きをすると全身に痛みが走った。

 

「いっつ……!」

 

全身に包帯が巻かれ、自分自身が薬品臭い。何とか起き上がる。ただひたすらに白い、医務室のようだった。

 

「起きましたか」

 

入ってきたのは最早見慣れた少女、結風。スタインベックに歩み寄り、エアメールの便箋を掲げた。

 

「組合の中継基地から拝借しました。貴方宛ですよ」

 

受け取り、封を破ると一枚の写真。

此方に笑顔を向けるウィンフィールドと、ルーシーの間には純白の布に包まれた赤子を抱く笑顔のローザシャーン。

そして、ローザシャーンの出産を知らせる手紙だった。

 

「これは」

 

続きの言葉を結風は遮った。

 

「逆に質問しますが、貴方本気で家族が殺害されたと思っていたんですか?」

 

目を丸くして結風を見るスタインベック。呆れた溜息を吐きながら結風は説明を始める為、二枚の写真……そう、尋問中にスタインベックに投げてよこした写真を見せた。

 

「ネタバラシしますと、この写真は作ったものです。白鯨に乗り込んだ時に貴方の部屋から家族写真を拝借しました。

私の異能はもう知っていますよね?あれで貴方の家族に化け、血糊を頭から被ってカメラのタイマー機能で撮影し明度を下げて完成。よく見ると目立った傷などありませんよ。

もうひとつ、貴方を拷問中に密かに投薬していた高濃度エーテル。これは意識を混濁させ、判断能力を下げます。

結論からいうと貴方の家族に指一本触れてません。というかこの短期間で貴方の家族を殺害なんて出来ないですよ。家族構成調べるだけでいっぱいいっぱいでしたし。

……え?胎児ですか?肉の塊をそれっぽく形成してトマトジュースに漬けたものです。スタッフが美味しく頂いています」

 

そう言い切り、何か質問でもあるかというようにスタインベックを見た。呆然と聞き届けた彼は力無く笑い、ベッドに身を沈めた。もう一度、写真を見つめて額を摺り寄せた。

 

「よかった……」

 

その一言だけ絞り出した。結風はそれに優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「組合に協力していたのは組織ではなく個人でした。それも年端の行かぬ少女だったそうで、彼女が例の『紙切れの怪物』の異能者だそうです」

「少女ッスか?外人?日本人?」

「外人……というより人形の様だったと言っていますが、モンゴメリさん貴女見た事あります?」

 

モニタールームにてモンゴメリ特製のサンドイッチ(勿論肉はあの肉)を頬張りながらの情報の真偽判定。突如話を振られたモンゴメリはしどろもどろしながらも応えた。

 

「見た事ないわ。多分、見ている人間もほんの一握りだと思う。私もオルコットから話を聞いただけだし、早々にメインから離れたし」

 

ふむ、と考え込む結風。首を傾げる雪島。じぃっと虚空を見つめていたが思い立ったように後ろに手を伸ばしスチールラックから一冊のファイルを取り出した。

 

「センパイこれ。裏町でマフィアの構成員を攻撃している破落戸が最近現れたんですけど、そいつと一緒に写ってる子が変なんです」

 

ファイルから抜き出すB5判の用紙。その上半分に印刷されていたのは上からのアングルで少々画質が低い写真だった。

目が醒めるほど白い髪と肌、そして血のように赤い目の男。それが地に倒れ伏した黒服の男を踏みつけていた。

 

「アルビノ……」

「と、その後ろに」

 

その背後を指差す雪島。そこにはまるで絵本から出てきたお姫様のような衣装に身を包んだ人形のように精巧な顔立ちをした少女が微笑んで立っていた。

 

「もしかしたら、この女の子が協力者の可能性があるかもって思ってるッス」

「可能性は高いですね……。どの様な異能でしょうか?紙に書いた物を具現化する……となると、探偵社の国木田さんの異能と似ていますね」

 

国木田の異能の亜種か、はたまた上位種か。国木田は手帳サイズのもので道具しか具現化出来ないが、その協力者は人の倍の丈ある生物を具現化している。

かなり凶悪な異能だ。特務課の尺度で測れば特一級危険異能に入り込むだろう。

 

「……センパイ、その件なんスけど。探偵社の子が敵の異能にやられて起きないって報告あったッスよね」

「ありましたね。泉鏡花さんでしたか」

 

横浜が狂乱に陥ったあの日の前後で敵と接触した後、港付近に倒れていた所を太宰が保護したという。

 

「あれ、少し気になって周辺の監視カメラ漁ってみたんス。そしたら、案の定」

 

さらにファイルから複数枚の写真を取り出し、並べた。裏路地を映すそれは皆一様にアルビノの男と少女を写していた。

 

「偶然、じゃないッスよね。具現化と昏睡に共通点は無いッス。でも、現状で二つの異能を持つ人間は確認されて無い。だったら、リーダーみたいに汎用性の高い異能かもって思ってるんスよ」

「……ゆきじー、今日冴えてますね。早急にリーダーに報告して……あれ、リーダーは」

 

思えば白鯨襲撃から見ていない気がする。そんな馬鹿なと思えど夢野と接触した時は電話越しで直接会ってない。

 

「白鯨襲撃から見て無いッスよ。モニタールームに来てる痕跡はあるッスけど。センパイにお届け物した時は書き置きがあったんで」

 

となるとほぼ数日いないのか。機密保管庫の方は……いや、いるはずが無い。リーダーには独自にアクセス出来る権限があるのだ。わざわざ出向く必要が無い。

 

「ならチーフは」

「昨日の夜からいないッス。出掛けて来るとだけ」

「昨日の夜……ですか、今は朝方の四時なので丸一日経ってますね。なんで夜明け前にこんなカロリーの高い物を食べてるんでしょうか私は」

 

残るパンを飲み込みながら呟く結風。

 

「探しますかね……急がねばならない案件です。白鯨が落ちたら横浜は本当に死に絶えますよ」

 

 

____

 

 

 

 

その青年は白かった。

白い髪、白い肌。映える赤い目。灰色の服に身を包んだその青年は当てもなく裏路地を歩いていた。この世全てから逸脱したようなその青年の呼吸、歩みに何の意味もく、青年も気にしてはいなかった。

そしてその歩みを遮る様に角から一人、立ちはだかった。フードを被り、素顔を隠した坂口英介。

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

まるで友人にでも会ったように明るく言う英介。しかし表情も目も一切の笑みは無かった。対する白い青年はやはり無表情のまま英介を見ていたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……本当に久しぶりですね。何も変わって無い」

「お前もな」

 

一転して和やかに笑う英介。不自然な程、和やかに。

気味が悪い程、穏やかに。いつもの英介のように。

 

「五年前から見た目が一切変わってねぇ」

 

そう言うと後ろに手を伸ばし、隠し持っていた拳銃を構えた。

 

「らしく無い、ですね。貴方が銃火器に頼るなど」

「なぁに答え合わせするだけだ……!」

 

撃鉄が上がる。引き金を力一杯引いた。

そう広く無い裏路地に銃声が響き渡る。青年の体が後ろに傾く。鳩尾から血が噴き出していた。

反動をいなしながら連射する。そしてプラスチックフレームの拳銃に装填されていた十九発全てを打ち終え、硝煙が辺りに漂い煙臭くなる頃、血だらけになった青年はベシャリと通路に倒れた。

不思議な事が起きた。血溜まりからふわりと紙片が舞ったのだ。血が真っ白い紙片に変わっていきまるで粉雪でも降っている様だった。次々に青年に纏わりつき、同化して傷が塞がっていく。青年はゆっくり身を起こした。

 

「やっぱ人間辞めてたか、見損なったぜ。……元スキールニル遊撃班班長、暮野 利人(くれの りひと)」

 

立ち上がって英介を見る暮野。血に染まった肌はもう透き通る様に白いアルビノ特有の肌へ直っていた。

 

「……何とでも。あの物語こそ、俺の存在証明。人間皆が戻る場所に戻っただけです」

「狂ってやがるな、やっぱ久遠寺の読みは当たってたか」

 

空になった拳銃を仕舞いながら吐き捨てる。軽蔑の眼差しを浮かべながら、だ。暮野は特に不快を表す様子もなく人形のような無表情で言った。

 

「貴方と戦うつもりはない」

「俺もだ。……ただ一つ聞かせろ、何故、組合に手を貸した?」

 

暮野は緩く首を横に振った。

 

「戯曲の行く通りに。俺はただ従うのみ」

 

そう言って踵を返し、闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

探偵社の医務室に久遠寺はいた。どうやって忍び込んだのか、夜明けの光の中で穏やかな寝息を立てる鏡花の頭を撫でながら何かしら言っている様だ。

何を言っているかさっぱり聞き取れないが、慰めるようでもあり、挑発するようでもあり、脅すようでもあり、悟すようでもあった。

最後の一言だけ、妙に鮮明に響いた。

 

「こんな場面で眠りこけてていいの?」

 

撫でていた手を離し、ベットから離れて踵を返して医務室を出て行く。

足音が遠ざかる。

世界の明度が上がって行く。

そして、夜が開ける。

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼので終わらんのが空白始点クオリティー。沈まぬ太陽などこの世に無い。
字数の関係でぶった切ります。
作者の名誉の為に明記しときますが、スタインベックが嫌いなわけじゃないんです。寧ろ大好きです。全て愛ゆえなんです。

この長編、当初の予定では八話くらいで終わる予定でした。

でした。過去形なんです。予定は未定で決定ならずとはよく言ったものです。


追記
大幅に改定しました。誤字脱字報告待っています。
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