空白始点   作:サングレ

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注意・前話を大幅につけたしました。


最終話 白雪姫の生きる場所

 

 

 

 

終わりとは、つまり始まりへ戻る事。

あらゆる奸計をばら撒きまるで螺旋の様に渦を巻いた物語も最後は始まりの場所へと至るのだ。

いずれ皆、始点へ帰れる。

語られた命も語られなかった命も平等に。生きた命も死んだ命も残酷に。

誰も居ない港、あと一歩で海という場所に立って朝の風に吹かれながら久遠寺は空を見上げていた。白い鯨が泳いでいるであろうこの空を。

 

「この手この口、この胃の腑でお前の終点を歓迎してやろう」

 

哀れみ満ちた声で紡ぐ。

 

「お前の負けだ、フィッツ野郎」

 

 

 

 

 

 

白鯨の通路、少年は息を切らして走る。

その足取りに一切の迷いも邪念も無い。

 

そして、少年は始点へ至る。

 

 

 

 

 

 

「さァて、お話しようじゃないか」

 

顔だけ後ろに向けて振り返り、そこにいる人物を見た。

 

「ルイーザ・メイ・オルコット君?」

 

その少女は吹く風に飛ばされぬよう纏ったストールを押さえながらも、強い意志を持った目で久遠寺を見つめ、口を開いた。

 

「全て、貴女の計画だったのですか?」

 

緊張に震える声で、しかし聞き取れる大きさでの問いかけ。

 

「気づくのが、遅すぎました。

今思えば出来すぎていたんです。警備班と一戦、旅館での貴女の登場、前線基地である白鯨での一戦。存在そのものがこの国の暗部とも言えるスキールニルが表に出てきている。全て貴女の計画だったんですか?この事態に持ち込んだのも、貴女ですか?」

 

その問いに久遠寺は何時ものように静かに笑った。

無邪気なようで邪悪な笑み。この箱庭の絶対的な君主である『観測者』の余裕の笑み。

 

「どこで、気づイたのかな?」

「私の異能は、手持ちの情報から断定的な未来を予知する異能です。貴女の情報が加わった瞬間、予知した未来に靄がかかりました。……それは、貴女の異能に関係する事か、貴女自身が望む方向へ向かっているかです」

 

強い口調で問いただした。

 

「貴女は、何者なんですか……!?」

 

笑みは深く、享楽的に変わる。そして久遠寺は答えた。

 

「人の運命を狂わせ、人格を壊す化け物。昔、そんな事言われたよ」

 

自嘲的だが楽しむように紡ぐ言葉。

海を背に振り返る。一際強い風が吹いて細い鎖のような一本の三つ編みが虚空に舞った。

 

「そういう呪いをかけられた、異類の者だ」

 

聞く者はただ一人の演説。両手を広げ世界を指し示した。

 

「……答え合わせをすれば、大正解」

 

意地悪く笑ってみせる。

 

「確固たる目的を持ツ人間ホド操り易い物は無い。目的を成し遂げよウと何でもするからネ!……思わせ振りな態度で中身の無いそれっぽい台詞を吐けば、どんな奴ダッて転ぶよ。

この勝負、私らの勝ちだ」

 

ただ一つ、そう言って立てた人差し指を口元に当てた。

 

「嬉しい誤算は探偵社とマフィアが一時休戦しテ手を組んでクれた事。真逆、奴らがそんナ事すルなんて、思えなかったカらね」

 

ただただ楽しそうに笑う久遠寺。オルコットは緩く首を振った。

 

「それも……ここで終わりです!白鯨の落下は止まりません!貴女は、一体何を持って勝利を確信しているのですか!?幾ら貴女が強い異能者であっても、戦艦に匹敵する重量のある白鯨をどうにかするなど、出来ないのでしょう!?貴女も、私も、ここで死ぬんです!」

 

虚勢。付き従い尊敬する者の勝利を疑いたくない、心優しい彼女なりの虚勢。それに直後に凍った声。

 

「バカ、私だけじャないよ。私らだ」

 

久遠寺は再び海に向かい合った。

 

「決死の覚悟の所悪イけど、白鯨は街に落とさせないシ君も私も死にはしナい。大丈夫、この街には頼もしいヒーローがいるんだ」

 

見上げた空は、憎いほど晴れ渡り、久遠寺は眩しそうに目を細めた。 聞こえないほどの小声でぼやく。

 

「フィッツ野郎の敵が私らだけじャないノは知ってるしねー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世全ては有象無象。世界は虚構でしかないけれど、私ら人間は虚偽でも、空白でも無い。

記録に生かされ、記憶と共に生きていく。

君には……何があるかな?

父を殺めた記憶、母を殺めた記憶、人を殺めた記憶、人を傷つけた記憶。

辛いよね、世界全てを恨んだね。なんで自分だけなのか、なんで自分だったのか。

 

でも、それだけだと言ったら他の記憶が可哀想だ。

恩人の為に命を賭けたよね、役目を果たそうと下手くそなりに頑張ったよね。

 

ねぇ、鏡花?命を賭けるって中々出来ない事なんだよ。

誰もが自分を生かすのに必死だから。明日生きているか解らない迷い犬のように。泥塗れになってしまえば他の奴らの事なんて見えない。

 

見えなくとも、命を賭けられる君はその時点で人として上等だけど罪が君の邪魔をする。

罪は消えないし過去も否定できない。

生きるには、罪を留めて過去を肯定し続けなくちゃならない。どんなに後ろ指を指されて罵倒されても辛くても。

君には……それが出来る?

 

王子様は今、街を守る為に泥塗れで走って、戦っている。

君には何が出来るかな?乱入?助太刀?違うよね。

 

人に悩まれるより、人の為に悩みたいよね。誰かの為の役者なんかで終われないよね。

誰かの戯曲なんかじゃない、君の人生なんだから。

 

君に王子様はやって来ない。悲しいその事実を君はわかっている。

 

ねぇ、白雪姫

こんなで場面で眠りこけてていいの?」

 

 

気怠さの闇の中で温かい声を聞いた。

繰り返された過去の映像の一切が消え、驚くほど簡単に目が覚めた。

鏡花は暫く呆然と天井を見つめた後、寝具を取り払い体を起こした。

ベッドから降り下駄を履き、枕元に添えられた白い封筒を手に取り表、裏と検め何も書かれていない事を認める。長い時間の眠りは鏡花の体に重みを与え、少し動かすと関節が鳴る。しかし不思議と勇気が溢れ、今なら何でも出来そうだと思えた。

 

 

医務室を抜け出し、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

端末を取り出しある番号をコール。程なくして相手は応じた。

 

「太宰君、聞こえル?」

 

返事を待たず重ねる言葉。

 

「鏡花ちゃんの呪縛は解いタよ。発破をかけたからあの子なリの答エは出た筈、そレがどんな答えでも恨まないであげてね」

『助かりましたよ、久遠寺さん』

「これデ貸し一つな。忘れンなよ?……いや、貸しニつか。人使いが荒いのハ相変わらずそウで」

『あはは、でも好きでしょう?こういうの』

「悔しイけど大好き」

 

空を見上げたまま溜息を吐くように言った。

 

「真逆、白鯨ヲ直接攻撃して落下圏内から外せとはねェ?」

 

雑音の向こうで太宰が小さく笑った。

 

『現存最強の貴女にしか出来ませんから』

「最強ねェ……曖昧デ甘美な言葉だ。その後どうスるの?落下圏内から外しても余波が街を襲ウけど?」

『そこは探偵社員の腕の見せ所ですよ』

「はァ……?んな白鯨を膾切り出来る奴なンて探偵社には……」

 

そう言いかけて止め、太宰の目的やその他諸々を察し、思わず苦笑いした。

 

「……嗚呼、なるほどネー」

 

案外優しい所もあるじゃないか。そう思いながら通話を切り、直後に入ったコール音に答えた。

 

『結風です。協力者を得られましたので既に白鯨を捕捉済み、周辺にてスタンバイに入ってます。どうぞご指示を』

「その協力者と変わッて」

 

物を受け渡す音がした。

 

「お目覚めいかが?鏡花ちゃん」

 

 

 

 

つい先ほどまで白鯨の落下通告に慌てふためいていた探偵社会議室にて。太宰と敦を除く調査員が集まり、通信機から流れる会話に耳を澄ませていた。中には緊張からか、冷や汗をかいている者もいる。

対話しているのは久遠寺と鏡花だった。

 

『ねぇねェ鏡花ちゃん。落下地点を変えても余波が起こッて街に甚大ナ被害が出るんだッテ。君ならどうスる?』

『……なら、起動機関を空中で停止させればいい。そうすれば着水で爆発する事もない。積まれている爆薬が海水で湿ればもっと安全になる』

『ナイスアイデアだね。でもそンな事を出来ル人間はいないんじャないかな?』

 

間髪入れず答えられた。

 

『私の夜叉白雪なら、白鯨を膾斬りするくらいできる』

 

暫しの沈黙。久遠寺の問いかけ。

『……いいの?鏡花ちゃん。君はまだ探偵社員じャない。私らを見捨テる事も出来る立場だ。君はまだ入社試験に合格してないンでしょ?』

『なら、彼処で眠っていた私を保護する道理も無かった。あのまま放っておけば軍警が私の身柄を確保していた』

『……あノね、合格しテないって事は諭吉ちゃんの異能の範囲外なんだヨ?そんな状態で大事起こしテご覧?夜叉白雪の刃に巻き込まレる可能性もあルよ。私はそういう奴らを沢山見てきた』

 

今度は少し沈黙が長かった。

 

『それでも構わない』

 

揺れない言葉で紡いだ。通信機越しでも、決意の強さが受け取れた。

 

『私は、王子様が来るのをずっと待っていた』

 

『常世の闇から目覚めさせてくれる王子様を』

 

『でも私はお姫様なんかじゃない。もっと下劣で卑しい……殺人者』

 

谷崎とナオミが俯いた。鏡花の調書の内容が頭を過る。

 

『お姫様になれない女の子は、魔女になるしかないって誰かが言った。雪が美しいのは空で舞ってるその時だけ、地に落ちたら溶けて土と合わさり泥となるだけ。泥を、誰も雪だなんて思わないと』

 

与謝野が顔を顰めた。昏睡していた鏡花の全てに疲れた痛ましい顔が思い出される。

 

『私はお姫様でもないし雪の様に綺麗に空を舞う事も出来ない』

 

『それでもたった一人の側に居たいと願っている。守りたいものも沢山出来た』

 

『光を教えてくれたあの人と、存在する事を許してくれた探偵社と、嫌な事も多かったけどそれだけじゃなかった……この街』

 

福沢と国木田が目を細めた。

 

『どんなに怖くても辛くても良い。罪を留めて過去を肯定して生きていく。どんなに泥塗れになっても。守りたいものが出来たから』

 

『私って、わがまま?』

 

久遠寺の軽い笑い声が響く。

 

『それ位、ワがままな方が良い。人間皆わがままなンだし。今の君はよっぽど人間らシいよ?……さァ、始めようか』

 

一方の回線が切れたのだろう。接続が切れる音がした。

 

『こんなに嬉しい事はない』

 

鏡花のその一言が響き、接続が切れる。

会議室に沈黙が訪れる。福沢はゆっくりと立ち上がりそこに居る全員を見渡した。

 

「迎えに行くぞ、二人を」

 

 

 

 

 

白鯨の操縦室、敦と芥川はその通信を聞き届けた後、お互い頷きあいそこから飛び出した。

 

 

 

 

 

 

ヘリは白鯨から離れた場所でホバリングを開始した。操縦桿を握る雪島と対象を捕捉済みのモニターを凝視する助手席の結風。後部座席の鏡花は貰いうけた端末を握りしめ重いスライドドアを開け放った。強風が流れ込み黒檀のように黒い髪を巻き上げ、粉雪のように白い着物をはためかせた。ヘッドホン式のイヤープロテクターはヘリのプロペラ音も風の音も遮断し、心地よい程の静寂が流れる。

 

「……来る」

 

 

 

 

久遠寺は肺が空になるほどの息を吐いた。だらりと両脇に下げた手を握りしめる。

 

「お嬢さン、ちょッと離れテな」

 

一息小さく吸い、全神経を研ぎ澄ます。青い光の帯が生じた。憎しみの言葉が、喜びの言葉が、嫉妬の言葉が、救いの言葉が綴られた文字の帯が。

久遠寺を中心に渦巻く流水は次第に激しさを増した。

台風の様に吹き荒れる風と水。暴れる水流の制御が追いつかず体が軋む。痛みを堪えゆっくりと視線を上にあげ、両腕を振り上げ、忌むべき力に名付けられた希望と絶望の言葉を紡いだ。

 

「【Elpis】」

 

悍ましい数の水の礫が龍の様に上空にある白鯨に向かって飛ぶ、その音はまるで砲撃の如く、その光景はまるで災害の如く。

 

「いっけぇえエええええ!!!!」

 

久遠寺の気合の一言の後押し。白鯨の側面に礫が着弾。それに押されて白鯨が街から海の方へ押された。

 

「ちっ、貫ケなかッたか」

 

両腕に痛みが走る。見れば血塗れだ。奥の手も考えたが、もう良いだろう。

 

 

 

 

 

「鏡花さん!」

 

目下まで迫った白鯨。鏡花はそれを見つめ、次に手に握った端末を見つめた。これで自分の端末に電話をすれば夜叉白雪が発動するだろう。

しかし、何故だろう。こんなにも勇気が湧いてくるのは。この直感に従う他ない。深層意識が後押しする。

そっと微笑み鏡花は

 

 

端末を投げ捨てヘリから白鯨目掛けて飛び降りた。

 

 

「鏡花さん!?」

「ど、ど、どうしょ!?対空捕獲ネットバズーカ!?」

「衝撃で死にますよ馬鹿!」

 

助手席から飛び出し轟々と風の吹き込む入り口に立つ結風。床に転がる端末を拾い上げ、投げようとするがそもそも人体の落下速度に全力投球したとしても端末如きの落下速度は追いつけない。

祈る様に逆さまに落ちていく鏡花を見つめた。

しかし次の瞬間に二人は驚愕に目を見開くことになった。

 

 

 

 

 

落ちていく。街がグラスに注いだ水に映る様に逆さまに映った。イヤープロテクターは飛び出した反動で落ちた為耳元を轟々と風切り音が過ぎていく。

白鯨はすぐ目の前。久遠寺の攻撃でステルス機能が失われた様でその白い巨体を晒している。

ぐっと下半身に力を入れ半回転し体制を変えた。

口を開いて紡ぐ。

 

「______街を、守って」

 

忌まわしいその異能に名付けられた戦神と姫の名を。心の底から愛おしく。

 

 

「夜叉白雪!!」

 

 

 

叫びに呼応するよう風に紛れて空を泳ぐように現れたのは粉雪のように白い装束を身に纏い、血涙を流し、黒々とした刀をその手に持つ夜叉であった。

振り上げられる刀。一瞬であった。

聞き逃す程小さな風切り音が鳴った後

 

 

 

白鯨は六つの塊と化した。

 

 

崩れゆく巨体から内部の機関が覗く。

共に落ちながら鏡花は確かに笑った。

不意に途轍も無い力で引っ張られた。夜叉白雪が鏡花の襟首を掴んでこちらに刀を向けていた。

これで死のうが、悔いは無い。どうせ落ちても白鯨に巻き込まれて死ぬだろうから。

 

しかし夜叉白雪はそのまま自身の上半身を半回転させ、鏡花を思い切り投げた。

向けられていたと思われていた刀は振りかぶっていただけだったのだ

 

急速に遠ざかる、夜叉白雪は空に溶けた。その目だけはしっかりと鏡花を見据えて。

突如の衝撃で落下速度が舞うようにゆっくりになった。夜叉白雪はパラシュートで脱出した敦に鏡花を投げ、敦はそれを抱きとめたのだった。

目に涙を溜め、情けない顔で鏡花を見る敦、次の瞬間どちらからとも言わず抱きしめ合った。

 

 

 

 

________

 

 

 

 

 

全てから切り離された箱庭のような部屋。絵本の中のお姫様のような姿をした少女は心底がっかりした様子で手元のキャンパスノートから生み出される塵芥を見つめていた。泉鏡花の悪夢が綴られた黙示録ともいうべきそれはページの端から塵と変わり床に降り積もっていき、とうとうノートは表紙と裏表紙のみとなった。

 

「あーあ、つまんないの」

 

少女は心の底からため息を吐く。しかしそれは何処か楽しそうでもあった。その様子を部屋の隅で蹲る暮野は見ていた。少女は視線に気づいて微笑んだ。

 

「オトモダチに挨拶は済んだの?」

「……友人などではありません。ただ最後に、その愚かな所業を目に焼き付けて自らを戒めようと思っただけです」

「ふふ、素直じゃないんだから」

 

床に積もった塵芥を足で蹴散らし、スカートの裾を惜しげもなく広げて回った。それはそれは楽しそうに。

塵が雪のように舞い、その中心で少女は踊る。

幻想的で狂気的な光景だった。

 

「楽しくなるなぁ!私の物語から自力で目を醒ます子なんて初めてだもの!それに鏡花が愛するあの男の子……うん、こんな近くにいたなんて!」

 

軽やかにステップを刻み、腕を優雅に泳がせ舞う。

 

「叶都はどうするつもりなんだろ、私の事はもう気づいてる筈、野放しにはしてくれない」

 

唐突に踊りを止め、天井を見つめて破顔した。

 

「楽しませてよ、ねぇ、敦?」

 

 

 

 

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