組合編 最終章
全ては想像力に始まった事なのだ。
思い描く事をやめ他の解を捨て罪を重ねることを選んだフランシス・フィッツジェラルドは空に消え、罪を重ねてもそれを受け入れ留める事を選んだ泉鏡花は夢から醒めた。
想像と解釈の連鎖、そして呪縛と解放。
白雪姫に王子様は訪れなかったが、彼女は漸く待ち焦がれた愛する人と共に歩み始めた。
「それでは鏡花ちゃんの入社祝いとモンゴメリちゃんとポォ君の加入祝いと公的に口に出せない諸々を祝いまして……乾杯!」
英介の音頭で上へ歓声と共に突き上げられる色とりどりのジュースの満ちたコップ。探偵社のビルの一階にある喫茶店を貸し切ってスキールニルと探偵社の打ち上げが行われた。
……というのは嘘で、口に出せない諸々の事情の意見交換会を暇な人員が飲めや騒げやでカモフラージュしている。
因みについ最近、解析班にエドガー・アラン・ポォが加入したのでその祝いも兼ねている。
仕事斡旋人は江戸川乱歩。日本で職を探していたポォに勧め、久遠寺との橋渡しを買って出た。恐らく今回の事件において一番得をしたのは久遠寺だろう。強力な異能者を二人もスカウト出来たのだから。
それを一番端の席で見つめる太宰と国木田と久遠寺。英介は騒ぎに紛れている為、結風が参加していた。
「で、鏡花ちゃんノ方は?」
「安吾に治療と引き換えに手配書の処分を」
「こノ件で一番損シてるの安吾君じャね?治療ッて与謝野先生のアレっしょ?」
「久遠寺さん、後ろにいるから」
和やかな情報交換後、国木田は今回の核心に触れた。
「鏡花の昏睡の原因は?」
「鏡花ちゃん自身が抱エていた心ノ闇につけ入れラれちゃッた。そういう異能。アイツが好きそうな事だ」
憎々しげにそういってレモンイエローの炭酸ジュースに口をつける久遠寺。
「あと、鏡花ちゃんノ名前も起因してルと思う……古典文学にこンな言葉ガあるんだよ。『鏡には色・かたちなき故に、よろずの影来たりて映る』ってね」
諳んじた言葉に太宰は聞き覚えがあったのか顔を上げた。
「徒然草でしたっけ?」
「ソ、主ある家には。聞きかじった程度だケどもう一つ。鏡には魔力ガあると言い伝えらレてるし」
今まで黙って紅茶を啜っていた結風が付け加えた。
「鏡は古来より祭儀の道具ですからね。鏡が割れると良くないとか、天井に向けてると運気が下がるとか」
「ソーそれ」
「鏡は真実しか写しませんが、写ったそれは偽物でしかありません」
「イイ事言うねェ」
付け足しに大満足の久遠寺。結風はその様子を横目で見ながら話を先に進めた。
「……で、組合の協力者であった年端も行かぬ少女の異能で間違いないと」
「間違いようが無い。アレは私の因縁ノ相手でモある」
眠たい猫のように目を細め席についている三人を見渡し、自分に注意が向いたのを確かめて言った。
「自然公園での一戦、山道の事務員襲撃、客船の一戦、そして泉鏡花の昏睡。全テその異能が原因」
後ろ……騒ぎの中に紛れている敦をチラ見しながら言った。
「恐らくアレの狙いは敦君。今回のアレの動キは敦君の能力を見極めて私ラを表舞台に引き出すダケに注がれてる。なんデ敦君を狙ったかは……分からナい」
有象無象の街を絶えず写し続け色彩弾けるモニター室とは違い、サーバー室は無機質で静かだ。
大学の講堂くらいは悠にある部屋にサーバーが高層ビル街の再現のようにズラリと並び、機密保管庫には劣るが警備は最高峰。もしもの時のために室外機を独立させて空調を取り付けている。TNT爆弾にも耐えられると言われるほど頑丈で緊急時の会議室にもなる。
薄暗い照明の下、部屋の中央に作られたスペースで黙々と手書きの報告書を作成していたのは雪島千歳。
本来なら彼が意見交換会に参加し結風が報告書を作る流れだった。しかし事の重大性により出席者が結風に変更。一人寂しくサーバー室で過ごしている。
「打ち上げ……行きたかった……」
泣き言を言っても過去も現在も変わらない。涙を飲んでペンを進める。
事実上、組合は崩壊。主要人物の動向は以下の通り。
ルーシー・モード・モンゴメリ
白鯨襲撃後、久遠寺叶都の勧誘で我が組織に加入。警備班所属。
エドガー・アラン・ポォ
武装探偵社調査員 江戸川乱歩の仲介により我が組織に加入。解析班所属。
ジョン・スタインベック
尋問後に解放。その後行方不明。最後に目撃されたのは組合の下部組織のヘリポート。本国に帰還したとされる。
ルイーザ・メイ・オルコット
詳細、行方共に不明。最後に目撃されたのは横浜の私有港。まだ国内に潜伏している可能性アリ。危険は無し。
マーク・トウェイン
詳細、行方共に不明。最後に目撃されたのは組合の下部組織のヘリポート。本国に帰還したとされる。
ハワード・フィリップ・ラヴクラフト
詳細一切不明。
ハーマン・メルヴィル
白鯨の異能者。騒動後、異能特務課に身柄を拘束された。組合の先々代の団長。
フランシス・スコット・キーフィッツジェラルド
行方不明。
後半に行くにかけて内容の薄くなる総合報告書。最後にもう一枚、これより酷いものを製作する。
資料を手に取り目を細めた。班長に代表される上級構成員により剪定された今後、危険のある人物達のリスト。
「フョードル・ドストエフスキーに……組合の元協力者……」
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「さァ、回答を述べようか」
探偵社ビルの裏路地。久遠寺は三人より少し離れた場所で両手を広げてそう言った後、背中から合成皮の入れ物を取り出し結風に投げ渡した。
「それで私ヲ撃て。面白いモノが観れる」
重厚な重みの正体は無骨な拳銃。結風は一瞬全ての動作を止めた後、付属されていたサイレンサーをキュルキュルと取り付け始めた。
「ほ、本気なのか!?」
久遠寺の言動か結風の行動か、其の何方かわからないが狼狽する国木田。流石の太宰も緊張の目で二人を交互に見ている。
「何発ほど」
「何発でモ何十発でも」
抑制された発砲音。結風は久遠寺の頭部を撃ち抜いた。次いで腹の真ん中、次いで心臓、そして全身に。
弾倉が空になれば交換して打ち続けた。一本鎖の三つ編みのゴムが吹き飛び解ける。
路地裏の地面に、壁に、血飛沫が飛び散り、久遠寺が倒れても追撃を止めない。
四個目の弾倉が空になって銃身が危険なほど熱した頃、漸く発砲を止めた。
血の海に沈む久遠寺。灰碧の髪は血を吸い上げ、白いインナーは赤くなっていた。さしもの結風も流石にやり過ぎたか、と焦りだした頃。
その口が、ニヤリと笑った。
「酷いね、結風ちゃん。流石ノ私でも痛イよ」
血溜まりからふわりと紙片が舞う。血が、変化しているのだ。
「これは……あの時と同じ……!」
国木田の呻き。結風は無言で治りかけの傷に手をやる。太宰は表情を落としてただ見つめていた。
「コレが紙切れノ化け物達の正体」
紙片が久遠寺に集いその体に張り付き同化していく。血溜まりが消え、起き上がって髪を払って笑ってみせる。
「私は特別製デね。人間とこの異能のハーフ。ロクに死ねやしなイ。この事を知ッているのは英介と、もう一人だけ」
絶句している三人に淡々と伝えた。
「綴ッた物語を現実に呼び寄せル異能」
語られる、悪夢の奏者の名。
「能力名【グリム忌憚】。その少女の名はグリム……私の仇敵だ」
組合編 完