空白始点   作:サングレ

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二回目 あやかしもの、まよいごと。

 

 

 

 

 

 

鳥の鳴き声に目が覚めた。夜明け時の蒼い光が障子を透かし、小さな雨音が天井から降ってきた。畳敷きの和室だ。大きめの座布団を三つ並べた上に寝かされていた。

自分がここに至る時系列を追って、状況を正しく理解して、結風は上半身を起こした。

手を握って開いて、指を順々に折っていって、腕を曲げてみて……異常が無いことと、体の固まり具合から数時間寝ていた事がわかった。睡眠薬の類いを胃に直接入れられた訳ではないからか、服用後特有の気怠さは無かったし頭もハッキリしていた。

腰と背中に手を当て、溜息を吐く。当たり前だがナイフと拳銃と端末は取り上げられていた。

でも、誰に?

武器を取り上げられてる事から少なくとも抵抗される事を前提にされている。スキールニルの敵対組織か、と思ったが先の一件で気が立った虎の子状態のスキールニルに近づくなんて火中の栗を拾うようなものだ。余程の自信家か命知らずでなければ出来ない。

だったら……妖術師を知る者か。

それこそ、何のために?

 

 不気味な、木の軋む音がした。等間隔に。

ちょうど縁側をゆっくり摺り足で歩いたらこんな音がするだろう。

全身に緊張が走る。背筋を痛いほど伸ばして障子を見据える。足音が近づいてくる。

障子に人型の影が差す。その人型は障子に手をかけ、横に引いた。

雨景色を背景にして其処に立っていたのは、書類とスコープ越しでしか見たことのなかった……

 

「京極、夏彦……」

 

顔の半分を包帯と鬼の面で隠し、意識を持ってかれそうな程強い香の匂いを身に纏い、己の生死すら隠して嗤うその男。

 

「お目覚め如何かな? お嬢さん」

 

泥のような瞳を怪しく輝かせ笑みを絶やさぬままそんな事を言った。

 

「最悪ですよ……妖術師!」

 

今だ! 結風は全身に力を入れてバネのように体を飛ばして京極に思い切り体当たりを食らわした。

 

ぞふり

 

と奇妙に半身が沈む。泥を詰めた袋に体当たりした様な感覚。噎せる香の匂いの底に、微かに腐敗臭を感じた気がした。

結風にとって嗅ぎ慣れた、人の腐った臭い。それが仮にも生きている人間から沸き立っている恐怖。

 

「…………!?」

 

悲鳴をあげる精神に鞭を打って走り出す。

京極の体が床に叩きつけられる音はもう背後。何処かにあるだろう出口を目指して。

結風の息遣いと足音だけが響く。雨音が景色も音も包み言いようの無い焦燥と病的な不安を煽る。廊下を走りきり突き当たりを曲がって周りを伺ってまた走る。

走り出そうとして、体から力が抜けた。

 

「ぐっ……!」

 

何かに取り憑かれたように動かなくなった体。そのまま重力に従い冷たい廊下に倒れ伏した。受身が取れず全身を強かに打っても痛みに身を竦める事すら出来なかった。

 

「あまり、手荒な事をさせないでくれぬかな?」

 

廊下の暗闇から京極が現れ言った。

なんとか動く首だけを動かし目の前に立つ男を見上げ、声帯を無理矢理震わせ問うた。

 

「何が……何が目的なんですか……何故、私を」

 

不可解な点が多すぎる。

廃駅舎という如何にもな場所に根城を作っていた事。

わざわざ用意周到に罠を仕掛けていた事。途中途中で感じた視線は恐らく"憑き物"。罠にかかるまで監視していたのか。

この世に存在するものを赤子に至るまで傀儡にする妖術師が表に出てきている事。

何より、妖術師が生きて、この場にいる事。

「君を利用したい」

「……?」

「なぁに難しい事ではない。この老いぼれの遺品整理に、少々付き合ってもらいたいのじゃ」

 

そう言って、嫌になる程似合う泥のような笑みを浮かべたのだった。

 

数刻後、端末を京極に返却してもらった結風は京極監視の下、一時スキールニルの規範に違反する旨を報告するメールを作製。送信の一瞬前、早業で関わる過去の事件の日付を入力する。変換は出来なかったが、全てが伝わることを強く願った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

怪文書とも呼ぶべきメールに記された日付と地名からある事件が割り出された。

 

「由比ヶ浜地区児童連続猟奇殺人事件。これがデータベースにあった六月二十五日、六人、鎌倉に該当する唯一の事件ッス」

「概要よロしく」

「由比ヶ浜地区にて六人の児童が下校中に行方不明に。翌日から六人それぞれが由比ヶ浜地区の別々の場所で無残な姿で発見された……てゆー事件ッス。殺害方法の異常性が高くて、報道規制されてたらしいッスよ」

 

モニター室にて雪島の説明を聞く久遠寺とポォ。

 

「犯人は特定されたのか?」

「いや、されたっちゃーされたんすけど、最後の事件から3日後、廃屋で首を吊った男が発見されて、遺書に『自分がやった』とだけ書いてあったらしいッス。断定は出来てねーッスよ」

「なるほど……被害者たちの年齢は」

「小学五年だから……十?」

 

考え込むポォ。人差し指で唇をなぞり、前髪に隠れた双眸は鋭くプリントされた由比ヶ浜地区の地図を見ていた。

 

「その京極とやらはこの事件に関係していたのであるか?」

「それなんスけど、同時期に別の事件があってそっちの方で京極の名が挙がったそうで」

「というよりその事件の年月日は」

「四年前ッス」

 

二人のやり取りをぼんやりと聞いていた久遠寺が肩を震わせた。

 

「四年前? おイ、それドコで起こった事件だ?」

「由比ヶ浜」

「もう一つの方」

「ああ、横浜ッスよ。マフィアと海外組織の小競り合いとか」

 

目を見開く久遠寺。雪島はその様子に首を傾げた。

 

「心当たり、あるんスか?」

「……心当たりも何も、そノ抗争で旧友が一人死んでンだよ。あの時ゃ何にも……京極の名前なんて聞かなかったんだガな。巻き込まれた奴の名前のリストは確か英介に預けて……」

 

そこで漸く気づいた。

 

「英介ドコ行った?」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「いっちょまえにスースー寝やがって……」

 

毛布代わりにと投げつけるタオルケット。強かに顔に当たったが起きない。図太い。

坂口兄弟が入居するアパート。英介の自室で綾辻は部屋の隅で蹲って寝ている。ベッドも勧めたが頑として聞き入れなかった。他人のベッドが嫌な潔癖症か。暖炉の上にありそうな西洋人形のような出で立ちで細い寝息を立てる綾辻。疲労でも溜まっていたのか、死人の様に白い肌はくすみ、目元に若干の隈を作っていた。

ガラス板のローテーブルに肘を付きながら、どうした物かと英介なりに思案してみた。

特務課からの要望は既に英介の耳に届いている。久遠寺からの要望も受けている。「綾辻を見つけたら私に寄越せ」。対して綾辻からの要望は「久遠寺には知らせるな」。

どちらを取るか、迷っている。

英介が根っからの忠臣だったら其処は迷わず久遠寺に突き出すだろう。しかし違うのだ。英介は忠臣などでは無い。

金で買った闘犬を趣味で飼ってる久遠寺と買われた闘犬の英介。

忠誠心など無いに等しいし、それを久遠寺も承知した上で手元に置いている。なので行動の選択は幅広い。自由に暴れていたあの頃と何ら変わらないほど。久遠寺、ひいてはスキールニルにとって痛手になる事だって出来る。

と、そこで英介の携帯から流行曲が鳴り響いた。

 

「はいよー」

『てメーどこほっつき歩いてンだコラァ』

 

いい塩梅にドスの聞いた声。今まで話題にしていた久遠寺だった。スピーカーモードに切り替える。

 

『いつの間にか居ネーし、仕事終わらせてネーし、真っ昼間から堂々と……全国のサラリーマンに謝レ』

「ざーんげ」

『首落チて死ね貴様。……例の日付の詳細が分かッた。火消し作業は一時中断、早急に私ラの常識人取り戻スぞ』

「結風も結構危ない人だと思うが」

『全て解決したらよォく聴かせトく』

「やめてお兄ちゃん泣いちゃう」

『……詳細のメールを送ル。そこに書かレた場所に向かッて情報収集してくれ。探偵社にも声かけといタから好きな人員連れテきな』

「おーせのとーりに」

 

一方的に通話が切れる。

 

「……久遠寺か」

「おうよ。おはよう殺人探偵」

 

気怠げに目を擦りながら鳥打帽をかぶり直す綾辻。固まった関節を不気味に鳴らしながら問う。

 

「例の日付とは」

「ウチの解析班班長が行方不明。京極の死体探ししていた最中にな。直後に送られてきたメールにひらがなだけで地名と日付が乗ってた。発信元はスキールニル特製コードで書き換えられていた上に海外のサーバを経由していて辿れねぇ……」

 

転送されていたメール本文を見た綾辻は顔を顰めた。

 

「捜索するのか、敵に下った人間を」

「ん?んー……そうだよな、敵だよな。普通に見れば」

 

脱色した髪を弄りながら反芻する様に繰り返した英介。

 

「久遠寺ってゲテモノを飼うのが趣味だろ? だからちゃんと手元に置いときたいんだよ。飼い主として」

 

言葉を選び、慎重に説明する。

 

「長年飼われて気づいたんだが……アレにとって敵味方なんぞ意味を成さない。そもそもアレが人間じゃないって事もあるが……まぁ今回の事を例えると飼い犬が違う人間に懐かされたのをあの手この手で取り返しに行くってのが合ってるか」

 

敵に下ったのでは無く、側にいないから迎えに行く。子供では無く、力で成り上りスキールニルという久遠寺叶都の箱庭に招かれた戦人を。狂人に見込まれた数奇なる者を。

説明を聞いていた綾辻はさほど興味も無さそうな目をして言う。

 

「狂ってる」

「知ってる」

 

無邪気そうに笑う。

 

「まぁあれだ、今回堂々と規範に違反しますってきてんし、問題は無ぇんだよ。俺なんてしょっちゅうだし」

「強大な組織な癖に変な所で甘いよな、スキールニルは」

「いうほど強大でもねーよ?」

 

この会話はこれで終わりと新着メールを開いた。

記載されていた由比ヶ浜地区児童連続猟奇殺人事件の概要は英介が首を傾げるに充分だった。

 

「なぁ殺人探偵、これに京極が関連すると思うか?」

「日付は四年前か……ちょうどこの時期なら違う闘争で京極の名を聞いたな。まぁ此方の事件が京極主導でも驚かん。やり様なら幾らでもある」

「……ん?四年前?」

 

浮かぶ一つの疑問。

 

「お前、その京極の名前聞いた闘争の概要知ってる?」

「海外組織ミミックとポートマフィアの小競り合いだろ。知らんのか」

「……は?」

 

矛盾。仮にも情報組織に携わるから気づけた矛盾。

 

「なぁよ、その情報源はどこだ?」

「異能特務課だが? 京極の情報は極力回してもらう様にしてある。漏れはないはずだが」

 

似つかわしくない深刻な表情。

 

「……あのな、その事件。久遠寺の旧友が根の深いところまで関わってて、巻き込まれた奴らは下っ端に至るまで洗い出して安吾にもくれてやったんだが……京極の名前なんて、影すら無かったぞ?」

「……本当か」

「本当だっつの。仮にも情報統制組織のトップに近い人間が嘘なんか言うか」

 

すれ違う情報。何故、このような事が起きたか。

思いもよらず、この事件は根が深いのではないか? 特務課が虎の子の綾辻を野放しにしても片付けたい追跡している殺人犯がいる事、結風によって伝えられた鎌倉の事件。

 

「殺人探偵、お前の依頼を受ける。……俺にも何が何だか良く分からなくなってきた、出来る限りの事はやってやんよ。報酬は……美味い店でも教えてくれ」

「恩にきるぞ、吸血獣」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「ミミック、ですか?」

 

清掃しても何処か寂れていて、照明も妙に暗く感じる内務省特別会議室。呼び出された辻村は安吾から告げられたその組織の名に首を捻った。

 

「四年前に壊滅したあのミミックですよね?」

「はい。そのミミックです」

 

丸眼鏡の位置を整えながら長机に広げていたファイルのひとつを手渡し説明する。

 

「司令官アンドレ・ジイドが死亡、残党もマフィアとスキールニルに狩られ組織は事実上崩壊しました。しかし最近、鎌倉でミミックを名乗る集団が現れました」

 

淡々と、しかし言葉の節々に自らも理解しきれない疑問の音を滲ませながら。

 

「……何を、してるんですかね」

「誘拐です。もう四人いなくなってます」

 

ファイルを広げる様に指示し、其処にある写真を示す。

 

「誘拐現場には必ずこれが。誰かに対する宣戦布告のような文章です。青いインクで書かれて、最後にはミミックと署名が。実物は鎌倉軍警に預けていますのでよかったら見てください」

「……何者なのでしょうか。その、新生ミミックと呼びましょうか? そいつらの目的は」

 

ファイルの中身を流し読みしながら唸る辻村。ふと、あり得なくない予想が頭をよぎる。

 

「……最重要追跡犯と、その新生ミミックの司令官。同一人物では……?」

「あり得なくない予想です。しかし最もあって欲しくない予想でもあります」

 

異能特務課が十数年に渡って追跡を続ける殺人犯。未だ証拠は掴めず、素顔も掴めず、本名も掴めていない。

性別も年齢も背丈も。

ただ掴めているのは、「居る」という認識と、殺人の記録だけ。

 

「坂口先輩、ひとつ、思ったことがあるんです。最重要追跡犯……『ロビン』は、京極に似てますよね」

「……続きをどうぞ」

「……模倣犯(コピーキャット)?」

「大体の見解が、それです。しかも悪質な迄に精巧な模倣です」

 

名前無き犯人に与えられた名前。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」に登場する風来坊ロビン・グットフェロー。何も知らぬ人間を惑わしその光景を面白おかしく見つめる反面、自分を崇め讃える者には幸運を授ける妖精。教養のある誰かが付けたであろうその名は自然と定着し、今やそれを形容する唯一つの名詞だ。

 

「辻村君、君に任務を授けます。早急に綾辻先生を探し出し、この情報を伝え、監視役としての任を続行してください」

 

紙切れを見せ、「直ぐに覚えてください」と言う安吾。其処に書かれた情報に辻村は目を丸くした。

 

『先日、鎌倉の由比ヶ浜にて少女と行動する京極夏彦らしき人影を目撃。提供人 久遠寺叶都』

 

「覚え……ました」

 

辻村のその言葉で、紙切れは安吾のライターによって灰に変わった。最後の一端が灰になる直前に手を離し、床に落ちたのを踏み詰った。

 

「いいですか、今回は綾辻先生の監視ではなく警護です。新生ミミックがどのような武装を装備しているかはまだ把握できていませんが、ミミックを名乗る以上は我々の通常装備と同程度でしょう」

 

特務課の通常装備は拳銃だ。しかし、もしも一般市民がこの事件に巻き込まれるようなら彼等にとってそれは核兵器と同等の恐怖と危険を与えてしまう。戦闘能力なら皆無に等しい綾辻も同様に。

 

「お願いします、辻村エージェント」

 

その言葉に、辻村はお手本のような敬礼で答えた。

 

 

 

 

 

 




前回の投稿からだいぶ開けてしまいました。別ジャンルへの浮気が楽しいです。
ところで皆さんは冷たいお茶漬けは好きですか?
私は存在そのものを認めたくありません。冷製スープとかも無理ですこの世から無くなればいい。
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