空白始点   作:サングレ

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四回目 とどけもの、きれいごと。

 

 

 

「あーーーー!!」

 

フォルクスワーゲンに寄りかかっていた綾辻を指差し素っ頓狂な叫び声を上げたのは辻村だった。

 

「どうした辻村君、妖怪でもいたか」

「妖怪よりレアな人を目撃して驚いてるんです!」

「失敬な、京極よりマシだろう」

「論点そこ!?」

 

騒動の後、現場を離れ市営の駐車場に移動し、休息をとっていただけだ。

予期せぬ辻村の登場は綾辻の策略などでは無く、全くの偶然である。仏頂面に見える綾辻も実は内面驚いている。

 

「それよりも綾辻先生、特務課より言伝てが」

 

歩み寄った辻村はそっと耳打ちをする内容を聴き終えた綾辻は顔を顰めたが、すぐに諦めたように溜息をついた。

 

「特務課め……まぁ、今回は大人しくしていなかった俺がいけなかったか。わかった、従おう」

「綾辻先生が素直だ……」

「騒動が終わったら覚えておくがいい」

「申し訳ございませんでした調教だけはやめてくださいごめんなさいほんと調教だけは」

 

やり取りをみていた敦が英介に囁く。

 

「あの人は?」

「異能特務課のエージェント、辻村深月。良い腕してるぜ? この状況じゃミサイルより貴重な戦力だ」

 

敦から身を離し、軽く両手を広げながら英介は辻村に声をかけた。

 

「よぉエージェント、ナイスタイミングで来てくれた!……八方塞がりの手詰まり状態になんだよ、何か良い情報あるか?」

「幾らかは。まぁそちらが情報源なんですがね」

「久遠寺か? 相変わらず手回しが速ぇ」

 

 

周りを伺ってから英介は綾辻と辻村を車内に招き入れ、敦と鏡花に見張りを頼むとドアを閉めた。運転席に英介、後部座席に二人は座った。

まず英介が今までの事を説明した。謎の襲撃の事、突如現れたロビンの事。

タッチパネル式の端末を起動させ、暗号化された文面に目を通し、なるべく小さめの声で読み上げ始めた。

 

「実は……最近、この辺りでミミックを名乗る一団がありまして」

「はぁ!? あのミミックだよな!?」

「あのミミックです。しかしやっている事は正反対で、誘拐なんです」

 

 

英介と綾辻は一瞬だけ目を見合わせた。

彼らの脳裏によぎった由比ヶ浜児童誘拐殺人事件。ロビンと誘拐が符合した綾辻は黙り込んだ。

 

「続けて?」

「もう既に4人、行方不明になっています。そして誘拐現場と推測される場所には必ず宣戦布告のような書状が置かれてまして。書いてあることは支離滅裂なのですが、一貫して"数多の死を君に捧げる"で締めくくられているんです。因みに現物はこれです」

 

ビニール袋を掲げてみせる辻村。何処にでも売っているような薄いレポート用紙に青いインクで執拗に行間を埋めるような角ばった字で文法も単語も支離滅裂に罵り文句がつらつらと書かれていた。

青いインクに、組合の騒動を思い出し鳥肌が立った英介。ビニール袋越しに突いて見て、安全を確かめた。

 

「よくぞここまで汚い言葉が思いつくな。俺でも真似できん」

「徹夜明けの久遠寺には勝てなかったか……残念だったな新生ミミック」

「あ、あの? 着目点そこなんですか?」

「醜悪な言葉しか目に入らんから余り着目したくないのが本音だ」

「俺も」

 

そう言いながらもビニール袋を受け取り、見聞を始めた。サングラスを外して仔細に眺め、ひとつ結論を出した。

 

「レポート用紙という面は……流通面から割り出される事の対策か? まぁ何も考えてない可能性も捨てきれん。この筆跡は万年筆だ、書いた人間の筆圧はかなり高めだな。書き損じが目立つ処、慣れてないか極度の興奮状態だったか」

 

言いたいことだけ言うとビニール袋を辻村に返し、腕を組んでシートに身を沈めた。

そのうちに英介は辻村に質問を投げかけた。

 

「辻村エージェント。新生ミミックの規模はどれ程だと思う?」

「そうですね……4年前のミミックよりは少数と推測しますが、統率が取れている所を見ると、少数だが全員その道のプロって可能性も捨てきれませんね」

「俺もそう思う。誘拐の目撃者はいない?」

「今の所は」

「素早いしマジでプロか。厄介だな、ロビンに関しちゃスキールニルの網も……其奴一体何者なんだか」

 

ロビン・グットフェロー。記録無き殺人鬼。

スキールニルも知らなかった、人物。

しかし疑問がある。日本全国どころか世界にも協力者がいるスキールニルの情報網に引っかからない人間はほぼいないと言える。

一部、京極や綾辻や太宰という次元の違う隠蔽術を隠し持っている人間を除けば。

 

「……辻村エージェント。ロビンは最近、横浜で目撃が相次いだんだよな? んでもって特務課は俺らとの合同監視に乗じて追ってた。だけど俺たちはさっき、ロビンを名乗る男と接触している。ロビンが横浜から出た形跡は?」

「知る限りは、無かったです。……嫌な予想が、まさか横浜の____」

「横浜のロビンの目撃情報は恐らくデマだろう。しかも特務課の情報網を熟知している奴の犯行だ」

 

傍観を決め込んでいる物と思われた綾辻が横から口を出した。静かに自分を見つめる2人に、これまた静かに語り始めた。

 

「ロビンは京極夏彦の狂的な信奉者、と特務課は評価している。間違いないだろう、表面上はな。しかし()()()()()()。あからさまに自分が京極の信奉者だ、と主張し過ぎている。……その行動が全て隠れ蓑だとすれば、どうだ?」

 

遮光眼鏡の向こうの茶色い瞳を細めた。

 

「これ以上にない最高の隠れ蓑だと思わんか?」

 

夏間際なのに底冷えする気配が車内に満ちた。

つまり、ロビンは全く別の事をしようとしているのか。

 

「さてさっきからずっと阿保面の坂口英介」

「阿保ヅラ言うな」

「まさか4年前の猟奇事件、被害者がただ殺されたわけじゃないだろうな」

 

その問いに英介はあからさまに顔を顰めた。

 

「……なーんで俺が知ってると思った?」

「スキールニルのナンバーツーだから」

「わーったよ……なるべく内密にな? 遺族にも言ってないから」

 

一層声を潜めて言った。

 

「全員、骨盤が抜き取られてたんだ」

 

次の瞬間静寂を突き破る着信音。辻村の携帯だった。

 

「はい、辻村です……安吾先輩? え! ……」

 

すぐ2人に向き直り、困惑の声音で矢継ぎ早に伝えた。

 

「新たに1人、行方不明者が確認されたようです。鎌倉市に住む小学4年生の少女で、塾からの帰宅途中と見られています。推定不明時刻は昨日の夕方5時です」

 

英介は辻村の携帯を奪い取り、スピーカーモードに切り替えた。

 

「もしもし安吾?」

『兄さんもいたんですか』

「4年前の情報網洗った? 改竄された後とか無い?」

『洗った結果、特務課の管理者によって改竄された跡が見つかりました。しかし……たった今、管理者が意識不明の重体で発見されたんです。自宅アパートで重度の栄養失調と脱水症状で。搬送先で現在治療中です』

「……異能操作?」

『その点がとても濃いです。特務課にいる感知系の異能者に気づかれないような、若しくは洗脳か』

「ん。わかった……動きがあったらまた伝えてくれ。今お兄ちゃんスキールニルとして動いてねぇから」

『わかりました。武運を祈ります』

 

英介は顔色を変えず綾辻に向き直った。

 

「さてだんまり決め込んでる綾辻行人。お前も答えてもらおう」

 

綾辻は何も言わず英介を見つめた。やる気の見れない瞳だが答える気はあるらしい。詰め寄り、まくし立てた。

 

「ロビンの情報源と、脱出の手引きをした奴は誰だ? 種明かし、してくれるよな?」

 

驚く辻村を制し、綾辻は答えた。

 

「スキールニル解析班、芥川 結風班長だ」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

底冷えする地下通路は四季を通して気温は全く変化しない。そこは密かに芥川の好みの場所であったりする。

その通路を行く彼の携帯に着信が入った。

確認すると妹の結風から。いつも通りタイトルは無い。

位置情報付きの写真が添付されており、暗い聖堂のように見え、住所は鎌倉を指していた。

本文はただ一言。

 

"おいで"

 

それだけだった。

確認した芥川は何も言わず、歩みを始めた。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

大きく息を吸ってゆっくり吐く。

意を決してポォは受話器を取り上げダイヤルを回す。

何事も無い行動も彼にとっては核兵器の発射ボタンを押すより重圧があり、何より電話をかける相手も相まって指先が震え始める。

コール音が鳴る。ひとつ、ふたつ、みっつ。

 

『はーいー?』

 

何とも間の抜けた受け取り。江戸川乱歩のペースは何人たりとも崩せない。加えてガリガリと菓子類を食べている音がする。

 

「ら、乱歩君、例の資料は読んでくれたであるか?」

『あーアレね。全部読んだよ、犯人の狙いもわかった』

「本当であるか!? ……我輩も推理が終わった、き、聞いてもらいたい」

『いーよー時間あるし』

 

ひとつ深呼吸し、ポォは落ち着いて自分の推理を話し始める。

 

「4年前の横浜での抗争の資料。それに本来居るはずのない京極夏彦の名があったのは工作であろう。……先ほど特務課より連絡が入り、改竄に関わった情報管理者が瀕死の重体で見つかった」

『……ああ、生きてたんだ』

「幸いにも。推測するにロビンはもう一つの事件から目を反らせたかった。由比ヶ浜の事件はロビンが犯人であると全ての辻褄が合う。更に用心深くもう一つ、保険として手を打っていたのである。犯人に仕立て上げられ、廃屋で首を吊って、否、吊らされていた……」

 

手元の資料を見て口籠もった。添付された写真は解剖台の上の遺体の顔を写したもの。 猟奇事件の犯人とされていたもの。

褐色の肌と長い銀髪を持つ容姿端麗というには粗野な印象を持つ男の死体だった。

 

「アンドレ・ジイド。()()()()()()()()()()()()。死後も利用されるとは……何とも不運な男であるな」

『ま、それだけの悪行はやってきたからね。因果応報自業自得。あの時は情報も随分混乱してたし誰かが死体を横流ししたんだろうね』

 

乱歩は興味なさそうに相槌を打つ。咀嚼音は聞こえなくなっている所、菓子を食べるのをやめて真面目に話しているのだろう。

 

「4年前は情報は事足りた。その辺りはスキールニルも裏情報の鎮火に忙しく、国内で起きた惨殺事件など目もくれている暇は無かった。しかし、ロビンの欲しかったものは揃わなかった……被害者である児童の遺体から奪った、……骨盤は」

『嫌な話だよね』

「ロビンの正体は掴めぬが、恐らく奴の異能は京極夏彦と同類の精神操作系の異能。記憶に干渉出来て、長期間他人に干渉し続けられるタイプ。だから痕跡を残さない」

 

班長代理の権限を使い、数多の異能力の資料を吟味したどり着いた答え。

そう言いながらポォは眉間を指で叩きながら続きの言葉を考える。

 

「組合の騒動時、夢野久作の異能に結風班長が耐えられたのは……ロビンに干渉されていたからである。そして先刻のロビンの襲撃時に彼が言っていた言葉を符合すると、理由は判らないであるが……」

 

複数の可能性の中で、一番高い可能性。

 

「ロビンの狙いは、芥川龍之介」

 

訂正するよう直ぐに言葉を紡ぐ。

 

「もちろん可能性、である。他にも集められた骨盤の意図、何故京極夏彦の名を選んだか、等の謎は残る」

 

乱歩は何の感情も伴わない息を吐いた。

 

『上出来。で、幾つか付け足し。京極夏彦の名前を使ったのは異能特務課が一番慌てる名前だから。骨盤の方は……理解したくもないね。ロビンの集めた骨盤の数は11個。()()()()()()()()()()()

「何か……象徴的なものであるか? いや待て乱歩君、骨盤の数は11? まだ行方不明者は___」

『最後の1は、向こうから現れてくれないと嫌なんだろ』

 

そう吐き捨て、じゃあね、と言って電話が切られた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

板張りの廊下は初夏だというのに底冷えしていた。

窓ガラスは曇り、光は満足に入らないので薄暗く、腐臭が生者を退けるように漂う。強く臭うそれと混ざり合うのは等間隔にある台座に置かれた花瓶に生けてある鉄砲百合の野性味のある甘い香りだ。

配分も見栄えも考えず、詰めれるだけ詰めたような鉄砲百合は窮屈そうにてんでバラバラの方向を向く。痛いくらいの白さがこの色を閉じ込める通路に馴染まず、不安な位明るく見えた。

廊下を行く芥川はいつかの母の葬儀を思い出した。白木の棺に納められ、百合の中で永遠に眠る母を包む噎せるような花と線香の香り。

廊下の突き当たり。装飾を施された木製の観音扉があった。

両手で左右のノブを掴み、中へ押した。

 

 

 

ギィィーー、と鬱屈に軋む音。途端に何十倍にも凝縮された腐臭と甘い香りが全身を掠めて廊下に流れた。

気味が悪いほど無音が支配する、円形の聖堂だった。

朽ちて、嘗て有していたであろう威厳は無く、土に還りかけた床に沢山の鉄砲百合を咲かせて終わりの時を待っているようだ。

対極に位置する朽ちかけた台座に、フードを被った男は幽霊のように腰掛けていた。

 

「待っていたよ。芥川龍之介」

 

芥川は部屋の中に踏み出す。

風もないのに1人でに観音扉が動き、聞き苦しい音を立てて閉まって空間を閉鎖した。

 

「私の庭にようこそ」

 

フードから覗く口元が三日月型に歪んで笑みを作る。男の、ロビンの声だけが透き通るように聖堂に響く。

 

「待っていたよ、今日この日を」

 

屋内庭園。そんな様相の部屋の天蓋には、天蚕糸で吊るされた6個の白い骨盤と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が何かの冗談のように存在していた。

芥川は何も見えていない様子でロビンへ歩みだす。

ロビンも静かに笑うと台座から飛び降り歩み始めた。

 

「10年もの間、ずっと」

 

歩み寄り始める2人を、持ち主から剥ぎ取られた11の骨盤が見下ろす。

 

「やっと、やっと______」

 

手に入れた。

その言葉は無骨な刃物が肉に割り込む音によって遮られた。肋骨に滑り込み肺に達した刃を握る芥川。その光景に愕然としながらロビンは血を吐いた。

 

「私も待ってた」

 

芥川がそう言った途端に光の帯が体から溢れる。異能を解いた芥川結風は上目遣いにロビンを睨みながらナイフを引き抜きバックステップで距離を離した。

「兄さんを守れる、今日この日を!」

 

そう叫んで敵を見据えナイフを構える。

幾ら常識人と語られようと彼女もスキールニルに、観測者に選ばれた者。

 

最後に縋るは己が力。

 

 

 

 




今年初の投稿です。あと一回で……終わるはず。
全くもってロビンは嫌な奴ですね。とっととそのフードの下を晒してみせろって感じですはい。
次回、最終決戦です。
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