空白始点   作:サングレ

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第三話 戦線にて、異状アリ

 

 

 

 

モニタールームで、結風は自分に割り振られた席に伏せって呻いていた。

 

「災難だッたねェ」

 

声を掛けてきた久遠寺を見やり、頭を下げる。

 

「申し訳ありません……組合を取り逃がしました」

「いーよいーよ、命あッてノ物種さ」

 

久遠寺は奥のソファーに座ると、腕を組んだ。そして長く息を吐き出した。

 

「さぁテ……面倒な事になッてしまった」

 

紙が獣人に変わった。種も仕掛けも無い、そういう異能だ。

しかし、能力者は一体誰だ?

現在、2つの異能を同時に持つという報告例は無い。彼処にいた組合の構成員の中の1人か等考えられたが、恐らく違う。

 

「フィッツ野郎もお怒リか。まァ、だろうな」

 

先週の罵倒を思い出してか、クスリと笑う久遠寺。未だ鈍痛を発する腕を庇いながら結風は俯いた。

今回は対処法が直ぐに解って良かった物だ。しかし、敵も対策を取るだろう。

次は解らない。今回ばかりは自分とその他構成員の擦り傷程度で済んだが、気を緩めれば次は……死者が出る。それが自分ならまだ百歩譲って良いだろう。

しかし、仲間が死ねば。

 

「あんまりネガティヴな事考えタらダメだよ。生きてりャ、それでいいだろう?結風ちゃんなら、解ルよね」

 

生徒に言い聞かす教師の様にゆっくりと言った言葉が結風の思考を遮った。結風は暫く床を見つめて静止した後、頷いた。

 

「さァて、こっからは私も動こウかなァ……結風ちゃんに任務を与えよう」

 

革張りのソファーを血の気の薄い指でなぞって、そして言った。

 

「この件から解析班全てノ人員を離脱さセる」

「そんな!まだやれます!せめて私だけでも……!」

「待って待ッて。全部聞いテよ」

 

弾かれたように反発する結風を犬でも宥めるように両手で制し、咳払いをして説明を始めた。

 

「まずはねェ、思い出シてほしい。あの自然公園を包囲してタのは解析班と遊撃班。だケド、襲われたのは解析班だけ。オカシクない?結風ちゃんさ、戦闘能力の無い捜査員と百戦錬磨の兵士いて、不意打ち出来る状況だッたら何方仕留める?」

「……兵士、ですね」

 

不意打ち出来る状況、つまり相手は此方に気づいていない状況。よしんば気づかれても対処出来る調査員は後回しだ。

 

「まさか……解析班が狙われてる?」

「そのまさかダよ。だからフィッツ野郎もお怒リダって言ったンだ」

 

愛用の煙草の箱を取り出して、虚空を見つめてポツリと。

 

「手足潰されちゃァな」

 

そうなのだ。解析班は何の誇張も無く、久遠寺の手足だ。情報の調達から真偽判定、潜入捜査。ありとあらゆる情報に関わる者たちである。

 

「スキールニル設立以来のピンチ……か。中々不便なモンだね、暫く遊撃班をメインにするカ。解析班は地下に潜っときな」

「了解しました……あの」

「なァに?」

 

先程から気になっていた。何時もは久遠寺の近くにいるあの男。

 

「チーフは……?」

「あァ、御礼参りだよ」

 

 

 

 

横浜臨海地区の私有港。普段ならば軍警すら入れない其処に坂口英介はいた。

着られてるようにも見える柄が目に痛いパーカーに棒の様な足が目立つ黒いズボン。脱色した不自然に白い髪を海風に遊ばせながらコンテナの陰を歩く。

そして桟橋にいる武装した民間企業の警備員に声をかけた。

 

「あのー」

「誰だ貴様!」

「ひぃぃい!ごめんなさい!」

 

当然の如く銃口を向けられ、素晴らしい土下座を決めた。あまりにも早く、途中の動作が見えなかった程だ。

 

「団長より遣わされました!サカタ ケイゴと申します!団長直々の御命令によりここにいます!」

「はぁ、フィッツジェラルド殿の……で、要件は?」

「操縦室内にある、作戦書の回収です……あの、これ内密にお願いします。どうも団長が、その、お忘れになってた物だそうで」

「成る程……ならば彼方の梯子からの方が速いぞ。其処から左に行けば突き当たりが操縦室だ」

「感謝します!」

 

元気良く一礼をして立ち上がると、桟橋を駆けて行く。梯子に手をかけ足をかけ、そして口を歪めた。

 

「バーカ。確認くらい取れよ」

 

そういう訳で難なく、英介は豪華客船……組合の前線基地に入り込めたのだった。彼は駆け引きや鎌かけというものが死ぬ程下手だ。所謂「頭の良い」の部類に入るか怪しい。その代わり、突発的な演技や出鱈目が上手く、死ぬ一歩手前な状況をこれで幾度と無く回避してきた。

常人では途中で力尽きる程の高さの梯子を登りきり、少し痺れた手を解しながら甲板を見回す。積み込み作業中らしい。

今現在、英介は武器の類を全く持っていない。拳銃も、刃物も。

 

「うーん。何するか」

 

先の解析班の重点襲撃に対する御礼参りだが、思いつくのは極めて柔らかいものばかり。何か相手に対して重大な損失を与え、かつ驚かせるような事をしたい。

例えばコンテナ全て爆砕等。恐らく中身は補給物資。食料の他、弾薬も積まれてる筈だ。一番弾薬の多いコンテナを一つでも爆破すれば、残りは誘爆で簡単に破壊出来る。

しかしそれでも何か足りない。そう思う向こう側で、何やら見た事あるような無いような人影が見えた。

 

「おら!とっとと歩け!」

「痛い痛い痛い!蹴らないで!」

 

そっと覗いて見れば、襟首を掴まれ引きずられて行く装飾過多の白衣にゴーグルという特徴の塊のような男。

 

「梶井基次郎……!?」

 

見間違えようがない。寧ろあの様相で見間違えるなど天文学的数字だろう。

と、すればマフィアはもう動いているか。なら、少々面白い事になりそうだ。

コンテナの陰に隠れながら、英介はその後を付いて行った。

梶井が引き出されたのはこの船の責任者であろう、牧師服の男と上品なドレスが良く似合う女性の前だった。

何を言ってるのかは聞き取れない。読唇術など身につけていないのでヘリポートを兼ねる倉庫に凭れて動きがあるのを待った。タッチパネル式の端末でメールを打つ。上空のヘリの音を聞きながら。

ふと、その音に重なるように爆発音が生まれ、風圧で頭を押された。鉄屑もついでとばかりに降ってくる。

 

「なん!?」

 

見上げた先に、大量の檸檬が降ってくる。非常にメルヘンチックな光景。だが、明らかに降ってくる速度が速い。

つまり、比重が違う。

遠くで梶井が大笑いしているのが聞こえた。あの男がやりそうな事、そしてあの男の異能。

 

つまり、これは爆弾だ。

 

そう認識した直後、目の前でそれは無慈悲に爆発した。

 

 

___________

 

 

満足そうに佇む梶井の背中に衝撃。吹き飛ばされて顔面から叩きつけられた。

 

「きぃぃいさぁぁぁあまぁぁぁあ!!此処で会ったが百年目ぇ!今日こそブタ箱に叩き込んでやらぁぁあ!!」

 

とてつもない怨嗟の声。地獄の底に蔓延る亡者の様なそれを撒き散らしながら英介は煙幕の中から現れた。

 

「な、な!?なんでスキールニルのサブリーダーが此処に!?」

「サブリーダーじゃねぇチーフと呼びなぁ!こちとら組合とドンパチしとんじゃぁぁあ!」

 

背中を全力で蹴られたのも驚いたが、梶井は英介のその様相に驚いた。

顔は半分吹き飛び、皮下脂肪を露出させテラテラと光っている。腕の肉も千切れて骨が飛び出ているし、何しろ内臓が見えてしまってる。

それさえも、肉が焼ける様な音と煙と共に「直って」いく。煙が晴れれば其の儘の状態。

 

「くくく……何惚けた顔してんだ梶井ィ、再生能力がテメーの取り柄じゃねーんだぜ?」

 

すっかり直った体の関節を鳴らしながら宣う。歯を見せ怪しく笑うと本人的にはかっこいいポージングを決めた。

 

「俺の異能、【白夜の飽食】は摂取した血液と引き換えに記憶した身体の状態を保つ能力!心臓ぶち抜かれようが頭飛ばされようがノープロブレム!記憶してる限り病気とは一切無縁!けど何故かインフルに毎年かかってます!……名乗ってみるとあんま対した事ねーな」

 

梶井の脳裏にある報告書が思い出される。マフィアのある新人構成員が一度だけスキールニルの領域を土足で乗り入れた。その後、簀巻きにされ「新人教育どうなってやがる」と達筆で書かれた紙を貼り付けられ送り返された。

その新人の血液は意識を保てるギリギリまで減らされ、首筋には2つの傷口が。

 

「吸血獣!?」

「お、それを知ってるとはお前も通だな」

 

かつて破落戸(ならずもの)たちの神とも呼ばれた、【吸血獣】。何時からかパッタリとその噂は聞かなくなったが、真逆スキールニルの要職に就いていたとは。

 

「んで、この船を防衛してた異能者さん彼処なんだが、いいのか?追わなくて」

 

英介の視線の先、船から脱出し通路へと入っていく二人の姿。

 

「ああ、彼処なら」

 

突如、扉からフラッシュを焚いたような閃光が放たれ直後、物凄い音と共に爆発した。それなりの強度の建物が瓦解していく様は凄まじい光景であった。

 

「ほら、罠を仕掛けてある」

「えげつなっ」

「取り逃がしても……」

 

通路の一部が切断され、黒い刃で貫かれる人体が見えた。

 

「もう一人いる」

「便利な異能だなホント。天は二物も三物も与えるのかよ」

「解るよその気持ち」

 

英介は其処で我に返る。何故此処まで意気投合しているのか。出る幕も無かったのか。何方にせよ組合にはいい塩梅だろう。もう帰ってしまおうか。

などと考えている中、空から紙片が巻かれているのを見た。物資の包装紙にしては大きく、それこそノートの頁のような。

 

「何、これ」

 

梶井の疑問の呟きで、結風の報告を思い出す。青色のインクで狂ったように何かが書き殴られている紙。それが、何に変わったか___

 

「伏せろ!!」

 

虚しく響く異能の発動音。光の帯へ変わったそれは世にも醜い獣人へと変わった。四肢の長さはバラバラで、何一つ均一なものは無く、体毛から覗く血走った目は狂ったように動き、鋭い牙が覗く口から涎を垂らす。

 

「なななな、な!?誰の異能!?」

「どう考えても組合だろうがよ。ところで提案、共闘なんてどうだ?」

「……甘んじて受け入れよう。君なら僕の爆弾を幾らでも使える」

「よっし交渉成立」

 

言うや否や梶井は懐から取り出した檸檬型爆弾をばら撒いた。既に安全ピンは抜かれ、直後二人の周りで炸裂した。

煙幕から飛び出した英介は鋭い蹴りを獣人に食らわせる。えげつなく頭を狙い吹き飛ばす。血が迸り、紙片へと変わった。

 

「面妖だな」

 

確かに血が滑る感触はした。然し、足には血痕は残らず、少々汚れた位だった。

かなり上位の異能。それも現在確認されてる中では凶悪な部類に入る。

大口を開けて襲い掛かって来た獣人の口に拳を突き入れ其の儘頭を貫いた。目の前まで迫っていた口は消え去り塵となる。牙で傷ついた腕は一瞬にして直った。左右から走って来た獣人を上に飛んで避け正面から激突させ、悶絶している内に素早い踵落としを二回繰り出す。

 

「ねぇ!君のそれ、再生能力だけじゃないでしょ?」

 

横目に見つつ爆弾をばら撒いた梶井の一言。

 

「お察しのとーり!付属として身体能力も強化されてる!」

「わぁ羨ましい!」

 

爆発音が連続する。最初は気にならなかったが、後半から明らかに地響きを伴う爆発音が鳴り始めた。

 

「…………」

 

獣人を纏めてなぎ払い、嫌な予感を感じて後ろを振り向いた。

 

「あちゃー」

 

何の誇張も無く、船が燃えている。エンジンがやられたのか、積荷に引火したのか、若しくは両方か。そう思う間にも操縦室の方面から爆風が吹いてくる。

放射熱で汗が滝のように噴き出てくる。梶井は破壊活動に熱心で気づいてないようだ。

 

「おい爆弾魔!退避するぞ!このままだと沈没する!」

 

桟橋の方を横目に見る。消防や警察が来ている様子は無かった。

おかしい。此処までの大騒ぎなら、誰かが通報している筈だ。更に黒煙を上げながら燃える船など、見つけられないのがおかしい。

 

「退避するって」

「飛び降りるに決まってんだろ」

「えっ」

「……ちっ」

 

梶井に駆け寄り、脇に抱えて走り出す。此方に向かって来る獣人にこっそり拝借した檸檬型爆弾のピンを口で引き抜き後ろに放り投げ、甲板から飛び降りた。パーカーの裾をはためかせ落下、慣れたように着地した。

同時に一際大きい爆発が起きた。それを眩しそうに見ながら梶井を解放する。

恐らく、今の爆発で獣人も紙屑へ還っただろう。口の中の安全ピンを吐き捨てた。

 

「にしても消防も何も来ねーとは……」

「当たり前だよ、此処は組合の私有港なんだから。それを理由に立ち入り禁止にも出来る」

「じゃあ今の内にトンズラすっかぁ。お前は?」

「もう一人と合流してから、かな。スキールニルのチーフと共闘なんて自慢できるよ」

「そりゃあ良かった。それじゃあな、お互い頑張れよ」

 

盛大に崩れている建物へ去りゆく梶井を手を振って見送る。そして我に返って何故こんなにもにこやかに見送っているのだろうか。思いもよらず馬が合うのか。いや、あの様な男と馬が合ってたまるか。

 

「とにかくまぁ、本部に戻るか」

 

衣服に付いた鉄粉を払い落としてその場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きなキャラは森さんと安吾さんです。
ところで、注意書きにオリキャラの原作キャラとの血縁関係を入れるか否か、迷っています。
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