「はァ、マフィアも動いタか」
報告を聞いた久遠寺は何とも言えぬ顔で首を傾げた。
「恐らくですが組合がマフィアの領分に踏み入れたと。それから客船にてチーフが確認されています」
「良かった生きテるか」
「チーフはあの異能がある限り死なないと思いますが……それから結風班長より伝言です。『諦めていいですか?』との事です」
「諦めたらソこで減俸だッ伝えといて。しっかりト」
「了解しました。失礼します」
解析班の青年は深く頭を下げると踵を返してモニタールームを出て行った。
ギシリと快くない音を立てる椅子。そろそろ買い換え時かと考えながら配管剥き出しの天井を視線でなぞる。
次に何をしよう。先ずは組合の拠点の捜索か。しかし盛り上がりに欠ける。
「目的知らなイで潰すッてのも可哀想だナ」
廊下を駆けてくる音が聞こえる。それも豪快に。字にすればドタドタドタ!っというように。そしてこれまた豪快に重めのドアが開かれ、濃淡の強い金髪の青年が飛び込んできた。ドアの生み出した風圧が淀んだモニター室をかき乱す。
「リーダー!」
「どうシたモブ君」
「雪島ッス……」
「ゆきじー君、どうしタ?」
「大スクープッス!」
歯を見せて笑ってサムズアップをして見せた。
「組合の次の動向掴めたッス!しかも探偵社に恩売れる方向の!」
「でかしたァ!!」
久遠寺は勢いよく立ち上がり、雪島とハイタッチを交わす。心地よい音が響いた。雪島が嬉々として読み上げる詳細をまるでこの世の物とは思えない最上級のオペラを聴く様にうっとりと耳を傾けながら、ありとあらゆる妨害活動を脳内に浮かべて取捨選択していく。
さぁ何をしてやろう?配置した人員を皆殺し、上空から一斉掃射で蜂の巣、水銀で首を絞める、手っ取り早く溺死、原型を留めない程の意味の無い拷問、煮え滾るコールタールに突き落とすのも良さそうだ……いや駄目だ。どれも品がない。
もっと、もっとシンプルで、かつ損害の大きい事を。
「ゆきじー、今この組織で一番フラストレーション溜まッテるの、だぁれ?」
其処は一見、地下神殿にも見えた。
しかし其処はただただ広く、ただただ高いだけの空間だった。
部屋の中央にある閲覧スペース以外すべての面積を占める天井まである白いスチールラックが整然と立ち並び立ち入る者を見下ろす。
空調には世界最高峰の設備を使い、入り口は分厚い防火扉を採用。スプリンクラーと火災報知器の数も膨大で更に一定の間隔を空けて消火器が置かれる。
ここまで火に恐るのは、ここがスキールニルの「最後の砦」だからだ。それ故に衛星追跡も無効化する為、この世には無いようにも感じられる。まるで抜け落ちたような、空白のような。
いずれ記す事になるが、此処は通常の管理室とは異なるのだ。
其処に響く音らしい音と云えば、先程からゆっくりと捲られる紙の音。
閲覧スペースで椅子に腰掛け、並べたファイルに埋もれて作業するのは結風ただ一人。その目線は文字列を逃さず追い、読み飛ばしは許さない。
「…………チッ、こっちも駄目か」
普段の彼女なら絶対に言わない様な口調。兇嘆至極、無念極まる心地で読んでいた資料を脇に寄せて新たにファイルをを引き寄せ開く。
京極夏彦の遺体探しは何の誇張も無く、難航していた。
これならばラクダが針の穴を通る方が簡単だろう、何せ推定死亡期間から三ヶ月も経っている。遺体を隠したであろう捜査官はこの世にいない。
情報が、足らない。
何より京極の情報は拡散と模写される事によりウイルスのように犯罪を誘発させる。それは本人が生きてようが死んでようが全く関係無い。情報は死なないのだから。
しかし何より結風には全ての優先順位を破棄してでも行いたい事があった。数日前の組合の精鋭との再戦。決着が付かない上に相手側が訳のわからない異能兵器を持ち出した。つまりは彼、調べてみたらジョン・スタインベックという人物との決着は付いてないのだ。
煮え切らない。此方のが研鑽を積んでる分勝てるはずの戦いなのだ。何としてでも再戦をしたい。あの裏に似つかわしい綺麗な顔と喉にナイフを突き刺し、血潮を浴びて、最期の瞬間を焼き付けたい。
あの時は邪魔が入ったが、今度こそ……。
と、不意に頭がハッキリとしてそれまで考えていた事がとても異常な事に思えた。
まるで恋焦がれる乙女のような心情じゃないか。一人苦笑いして、真顔に戻る。そんな事より仕事だ。減俸だけは御免だ。
「…………はぁ」
手元のファイルを片付けず、立ち上がって其処を離れた。照明を消し、出口の横にあるパネルを操作すればモーター音を伴って重い防火扉は一人でに開いた。
青い照明が照らす床を歩き、幾つか階段を登って指紋認証機器と静脈認証機器を通り過ぎ、似つかわしく無い錆びた梯子を登り切る。真上に位置する冷たい扉を押し開けると、薄暗い部屋に出た。
第二武器保管庫。それがこの部屋の名前だ。床によじ登って扉を閉めて、段ボール箱を乗せれば完璧だ。
……と、パーカーのポケットの中でタッチパネル式の端末が震える。何件か着信があったようだ。
その内容を開き、目を通して、笑った。
にやり、という表現が良く似合う笑い方。結風は勢い良く立ち上がると、抑えきれないというように踊るように軽やかな足取りで駆け出した。
ジョン・スタインベックとハワード・ラヴクラフトは山中にいた。なだらかな道を一歩一歩進み行く。
スタインベックは数日前に対決したスキールニルの少女の事を思い出す。あの戦いは良かった。本音としては、あまり人は殺したくないものだが。家族の為にこの仕事に就いたようなものだから。
そう、家族の為に。彼女も同じ理由で同じような仕事に就いていると言うではないか。
次に邂逅出来るなら、再戦か。いやそれは望まない、出来るならばじっくりと話がしたい。家族の話題という物は尽きる事が無いのだから。平和的に、ゆっくりと話したい。
「今日は、機嫌がいいな」
横を歩くラヴクラフトがそうポツリと言った。
「そうかい?」
「楽しそうだ」
「ふふ、まぁね。この前の事を思い出してたんだ。また会いたいなぁ、あのスキールニルの女の子。名前聞いておけば良かった」
鼻歌混じりに答えたスタインベックを何の感動も起こさず見るラヴクラフト。
スタインベックはいつも機嫌が良いが、今日は特に機嫌が良い。また家族から嬉しい報告があったりしたのだろうと考えていた。
立ち塞がった裏口で、首の傷口に葡萄の種を埋め込んで急激に成長させる。
走る音が聞こえてくる。
開かれた扉、笑みを濃くしたスタインベックと、悲愴に顔を歪める制服の少女。
呆然と、立ち尽くした。
「悪く思わないでね、お嬢さん」
スタインベックが一歩躙り寄る。
しかし時が動くのも許さないような次の瞬間彼女は獲物を見つけた肉食獣の様に獰猛に笑うと素早い動作でスタインベックに飛び掛かり、回し蹴りで吹き飛ばした。
「見つけましたよ」
彼女の周りに光の帯が広がり、姿が変わっていく。谷崎ナオミは……否、結風はその手に握ったナイフを煌めかせた。
腹を摩りながら起き上がったスタインベックは力なく笑った。
自分が一番望まぬ再会を、彼女は熱望していたようだ。どうやら世界は何処まで行っても残酷なようだ。
「全く、この国の女の子はアグレッシブで仕方ないね」
「もう組織どうこう関係ありません、貴方との再戦を所望します」
「ワァとても情熱的。でも違う言葉が聞きたかったなぁ。例えば愛の告白とか」
「ご所望するなら言いますよ。『殺し合いましょ、
「……望むところさ
ニィ、と笑うとナイフを横に薙ぎる。
まるで何かの合図。次の瞬間発砲音と肉を抉る音が同時に聞こえて、相方の長身黒服の男、ラヴクラフトが倒れた。
「何を驚いているのです。その程度では死ねないでしょう?その男、ラヴクラフトは」
追撃がラヴクラフトを襲う。人を殺す為だけに造られた音速の弾丸は肉を抉り、吹き飛ばし、撒き散らす。
「貴方と一対一を望みますのでね。
ねぇ、ジョン・スタインベック。お相手お願い出来ます?」
「熱烈な歓迎だね……なら答えないと」
懐からナイフを抜き放ち、煌めく切っ先を結風に向けた。そして銃撃音がほんの一瞬途絶えた時、二つの意志の刃が交わった。
音が、景色が二人の動きに追いつかない。刃を躱し、突き出し、回転を入れた斬撃を避け、足払いを跳ねて避ける。結風の肩が切り裂かれる。スタインベックの腕が袈裟斬りにされる。お互い苦痛の呻き声すら上げない。
その世界に音も無く、痛覚も無く。疾い。一瞬の呼吸が命取りになるように疾い。最早素人の域を超え百戦錬磨の兵士でさえ舌を捲くその速さ、急所を的確に狙う刃の振り。
刃が打ち合い、音を立てる。啀み合いの後、お互いの刃を弾いて距離をとった。
そこで、世界に音と痛覚が戻りお互いまともに息をした。
犬のように短い間隔の呼吸を繰り返す。
結風は目に入って視界を塞がないように額の汗をぬぐい、久方振りの実戦と好敵手に心躍らせた。
気分がどうしようも無く高揚し、体内を循環する血液が火傷しそうな程熱い。吐き出される息は喉をチリチリと焼き焦がし、唇を湿らせる。焼け焦げるような肩の痛みすら我が子のように愛おしい。
戦いはこうでなければ。
考え、呼吸し、足掻いて、傷つけて、傷ついて、殺意を宿し、他者を貶め、生に縋りつく。
戦いには、生きる事全てが詰まっているのだ。
「次弾装填!消し炭にしろぉ!」
「雪島さん、無理です」
「だよね」
森の中からひたすらに射撃を続ける遊撃班。地下行動に移った解析班からは雪島のみの参加となった。総勢十名が一人の男に向けて発砲を続ける。数人ずつのグループに分かれ、装填する時間をカバーし文字通り息つく間も無く打ち続ける。
しかしその男、ラヴクラフトは着弾しているのに関わらず、此方への歩みを止めない。肉が削げようと内臓が露出しようと、構わずに。
「これ以上距離を詰められるとこっちもやべーな……よし、
「ダメです。旅館が吹き飛びます!」
「いや持ってこい。それしかない」
「そんな貴方にチーフからのお届けモノです」
モッズコートを着込んだ遊撃班の男性は木立に隠していた三脚付きの発射機を引き出した。
「ヘッケラー&コッホ社の自慢の一品GMW、
この前チーフが客船潜入序でに持って来ました」
ベルト給弾式で装弾数は三十二発、黒塗りのボディが逞しい。
「因みにチーフが一回試し射ちしただけなので新品同様、メンテナンスもばっちり済んでます」
「ひとつ聞かせてくれ、三脚合わせて四十キロあるそれを何で片手で持てる」
「案外イケます」
いけしゃあしゃあと答えた。それ以上の詮索を止め、グリップを握り光学式照準器を覗いた。赤い十字の中心をラヴクラフトに合わす。そして引き金を引いた。
轟音と共に打ち出された一キロメートル先の物体を破壊する弾丸が数十メートル内の人間に向かって撃つ。
皮膚に着弾し爆発し肉を抉って骨を砕く。尚も歩みを止めない。吹き飛んだ皮膚や骨が集まり再生していく。
「チーフと同じ異能か……?」
その時、ラヴクラフトは片手を上げた。その手が歪み世にも冒涜的な生物の一片へと変化する。それは人の背丈の何倍にもなり空に聳える。腐った肉の色、表面が醜く蠢めく。それがほんの少し後ろに傾けられ、思い切り振り下ろされ狙撃部隊に直撃した。轟音と共に地面は陥没し、木々は薙ぎ倒された。照準器の中、津波のように押し寄せる衝撃波を観測したが時既に遅く、まともに喰らった。
「ぎゃっ!」
衝撃が数十キロのグレーネードランチャーをなぎ倒し、雪島の体は木の幹に叩きつけられた。木片が上から降ってくる。
鼓膜をやられたらしく、左耳の聴こえ方が可笑しい。木々の軋む音が歪んで聴こえる。背骨も幾つかやられてるか、鈍痛を発する。顔に滑る赤い液体が伝う。
土煙が晴れ、ラヴクラフトが現れる。そして再び腕を振り上げた。
異常に気づいた結風が此方を見て目を見開いている。その隙に飛びかかろうとするスタインベック。
駄目だ、前を向いてくれ。こっちに構うな。
そう念じ、目を閉じた。
タイトルに毎回悩みます。ところで友人ととことん都合が合わず、TRPGに参加出来ません。ツライ。