空白始点   作:サングレ

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第七話 奇怪なる鬼札と或る虎の決心

 

 

 

 

 

 

第一武器保管室に一同は飛び込んだ。最後に滑り込んできた結風(ゆいかぜ)が鍵を閉め、へたり込んだ。照明は暗く、お互いの輪郭が見える程度だった。

 

「街の様子、見ましたか」

「見てタよ……何あレ」

「敵の異能で間違いないです。……防衛に当たってたマフィアの幹部が『やっぱり利用されたか』、そう言っているのを聞きました」

 

やはり野放しにされていたマフィアの構成員の異能か。

 

「お片づけはチャンとしよーゼ鷗外君……結局自分で自分ノ首を絞めてルじャねーか」

 

がしがしと頭を掻きながらそうため息をついて見ても状況は変わらない。

 

「如何いたします?……此処も直に安全では無くなります」

 

ちらりと鉄製の扉を見てから薬品棚を漁る久遠寺に視線を移す結風。雪島はさっきから悲痛な面持ちで誰かの名前を呟いている。それが誰だか結風には解る。記憶に間違いがなければ通路に転がっていた、警備班所属の雪島の友人達だ。発煙筒を投げる時視界の端に嫌でも捉えた、血塗れの男女。あの出血ではもう助かるまい。

だからと言って発破をかける事も慰める事もしない。この男はそれを望んでいない。

不慮の事故はスキールニルに付き物なのだ。この程度で弱っていられない。

 

「おー、あるじゃん」

 

英介が積まれた機材の中から何やら大きい棺のようなものを取り出してきた。アルミ製で、発光装置のようだった。

 

「何ですか、それ」

「超強力LED投光器。ずっと前に民間警備会社から譲ってもらった」

 

ぱしぱしと叩き、埃を払いながら説明する。

 

「明るさはあれだ、野球とかスキーのナイターに使う投光器わかるよな?」

「グラウンドの周りに立っている投光器ですよね?」

「そう。あれ一個分。目潰しには使えるだろ?」

 

すると久遠寺が何やら薬品が入った壜を持って戻ってきた。高濃度と書かれて危険物質を表す黄色のシンプルな、しかし妙な禍々しい雰囲気を放つマークが貼ってあった。

 

「それは?」

「高濃度エーテル……ッて言ってもわからなイよねゴメン。歯医者の麻酔デ使われる薬品だよ。大量に吸引させルと意識吹っ飛ブ代物だカら使う時は注意しテね」

 

恐らく一生使わないと思う。結風はそう言おうとして止めた。久遠寺は壜を振りながら雪島に声をかけた。

 

「ゆきじー」

「……大丈夫ッス」

「後で皆デ弔ッてやろう?だから、今はこれ以上被害ガ出ナいように」

 

その言葉に雪島は深く頷いて目元を拭った。久遠寺はその姿に良しと頷くと残る全員を見つめた。

 

「手伝ってクれるかナ」

 

鉄の扉を叩く音。それも一人では無く、多くの。一人分、二人分、三人分……そして沢山。正気を無くし武装したスキールニル構成員達が叩く。そこに自分を害する者がいると解っているから。

何の前触れも無く扉が内側に開き目に刺さるような光が溢れた。視界を奪われたじろぐ者ども。やがて打ち合わせたかのように一人二人と倒れだす。

扉の前に重なるようにして、その場全員が倒れると、投光器は役目を終えた。

 

「……ok、平気だヨ」

 

久遠寺の手元の壜に、水蒸気となっていたエーテルが集まった。全て回収すると蓋をキッチリ締めマスキングテープを厳重に巻いた。

雪島と結風は異能を受けた構成員をダクトテープで拘束し始めた。手を後ろに束ね、足も束ねる。十数人を拘束して終えると武器保管庫に並べて寝かせ、鍵をかけた。

 

久遠寺の異能【Elpis】は水を操る異能ではない。

液体に属する物質を操作する異能だ。

流動操作から揮発の高低、果ては三態操作まで。だから、睡眠薬を蒸気にし、それを操るという事も可能。これがほぼタイムラグ無しに行えるというのだから恐ろしい。

今回はそれを利用し、投光器で目潰しをした後扉付近に気化したエーテルを充満させ意識を失わせた。

 

「さて……行くか?ゆきじー」

「…………ウィッス」

 

英介は雪島を連れ立ってモニタールームの方向へ歩き出した。

 

「納体袋、取ってきますね」

 

そう言って結風は倉庫へ歩き出した。

皆が消えた通路で、彼女の去った方向を見ながら久遠寺は鉄の扉に寄りかかった。無機質な冷たさを孕むそれは人の体温を奪い、返すことは無い。

 

「あの子は気ヅかれテないって思ってるのかねェ……」

 

そのまま視線を下に。通路に、小さい一つの血痕があった。久遠寺はしかと見ていた。結風の左腕に手形がついていたのを。

そして結風がそれを血が出るまで掻きむしっていたのを。

 

 

 

痛みというのは服従させる為の道具だ。

扱う事はあれど自分に活用するのは誰でも嫌いだ。

勿論、結風も。

吐き気がするほど目眩がする。地に足が付いているのかよくわからない。階段を昇っているのか降っているのかさえ曖昧だ。時折足を踏み外して土踏まずが痛む。

頭の中でがんがんと何かが打ち鳴らされこの世全てのものが自らの敵と本能が書き換えられていく中、右手は絶えず左腕を傷つけていた。掌に暖かく滑る血が染み渡り、爪の中に皮膚が引っかかって千切れる。微かに水っぽい音がした。

薄い照明で照らされた通路が歪んで見え足音が反響して聞こえる。後ろからいるはずの無い誰かの気配がし、自分の声で囁く。今より幼い、舌ったらずな自分の声が。

 

見捨ててしまえ。

 

「うるさい」

 

どうせ皆死ぬ定めだ。

 

「うるさい……」

 

一人連れて逃げれる訳がないでしょ

 

「うるさい……!」

 

見捨てようと思った癖に?

一人で逃げれば、こんな街にいなくて済んだのに?

 

「うるさい、うるさい……!」

 

見捨てる事は殺すことより楽だもんね

 

「黙れ!!」

 

似合わない大声で怒鳴れば、水を打ったように耳鳴りが消えた。頭がスー、と冷えて目が冴えた。

手を止めて袖を捲る。見れば、手形は無くなっていた。

 

「終わった……?」

 

そう認識すれば異常な安堵が襲ってきた。

息を細く長く吐くと、今まで黙殺していた腕の痛みが蘇った。

 

「いつっ……!」

 

心臓が脈打つ度にじわりジワリと無数の引っ搔き傷から湧き出て腕に滲む。慌ててパーカーの裾を伸ばして抑え込む。粗方生地に染み込んでいったが繊維が擦れて傷口を苛む。そうこうしている内に緑色のパーカーに血が滲み始めてしまった。兎に角止血をせねば。序でに上着も保管庫から拝借しよう。

そう思いつくと駆け足で保管庫へ急いだ。地上階へ行き、二階へ駆けて保管庫の生体認証装置に触れようとした時、裏通りに面する窓の外、此方を見つめる金髪を一括りにした女性に気付いた。

 

 

 

 

大雑把に手当をして裏通りに駆けつけた結風に女性……樋口一葉は黙って蝋で封をされた手紙を渡し、何も言わず路地裏の暗闇に消え去っていった。兎も角、と思い一度保管庫に戻ってパーカーを処分品のダンボールに投げ入れ適当に誰が補充したのか皆目見当つかぬやけに明るい水色の薄手でセーラー襟のジャケットを羽織り、納体袋を片手で抱え地下に戻り、死亡者を確認していた久遠寺に手紙を渡した。

乱暴に封を切った久遠寺は素早く目を通して、深い深い溜息を吐いた。

 

「この混乱の中の素早イ対応……抜け目無イねェ、流石だよ鷗外君」

 

そして愛用のライターを徐ろに取り出すと、カチンと慣れた手付きで点火し、手紙を燃やした。

 

「行くッちゃ行クけどね。英介、結風ちゃん、明日ノ夜は空けといテ」

「うーっす」

「了解しました」

 

床の血溜まりに吸収性ポリマーを散布しながら答えた英介と結風。

……と、結風の端末に着信が来た。

 

「はい、結風です……やっぱり?いや、今はこっちも……」

 

何やら副業の緊急事態らしい。チラリと久遠寺を見て目線で伺う。

 

「いーよ、ソッチ行ってキナ」

「……すぐ行きます。一式揃えといて」

 

電話相手に短く伝え通信を切るとと久遠寺に向き直った。

 

「申し訳ございません。では彼方に行ってきます」

「気をつけテね、あ。コツとか無イ?」

 

廊下の惨状を指差して尋ねた。

 

「消臭剤は業務用じゃないと消えません。保管庫の緑のラックにあります。あと、遺体用防臭剤をケチるととんでもない事になります。体液はドライアイスありったけ使って固めて下さい」

「オッケー。行ってらっしゃイ」

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結風は副業として遺体回収を行っている。その所属に対した意味は無く、割と高時給な所に釣られた様なものだ。

死体を特に怖いとは思えない。多感な幼少期を貧民街という人の溝の吐き溜まりで暮らした結風にとって最も恐ろしいのは生きている、取り分け強くて賢い人間だ。

猪突猛進と天上天下唯我独尊をモットーに生きる英介は寧ろ安心出来る。実直な人間に悪い者は居ない。

最も恐ろしいのは久遠寺や彼女の後輩である事故死させる異能を持つ探偵、そして社会の敵と裏で恐れられる妖術師だ。

彼らの中に久遠寺を組み込む事はある意味失礼にも値するが、あの意地悪な笑みに不釣り合いな淀んだ沼を連想させる瞳。無邪気のお手本のような目で繰り出す残虐の限りを尽くした答え。

スキールニルに加入して約四年。未だに彼女の目を見て話すのが不得意だ。

そう思っている内に緊急時の集合場所に至った。

 

まるでこの世の終わりのような光景に絶句する。其処彼処に死体が転がり地面がひび割れ電柱が断線し配管から煙が燻る。

後部座席の窓にスモークが掛けられた黒塗りのバンが数台停まっている。あちこちで数人組で死体の回収を行っていたり、それを大判のブルーシートを持って上空からのテレビ局や軍警の撮影を防いでいたりしていた。結風はそこに駆け寄り、ドライアイスの入った発泡スチロールを地面に下ろす深緑の作業着を緩く着こなした初老の男性に声をかけた。

 

「ごめん遅れた」

「ぜんぜんへーき!殆どに連絡取れてねーの!それとおっちゃん指示出来る度胸ねーや!あとよろしく!」

「了解」

 

ざっと周りを見渡して確認する。都市の主要となる道路から外れた道だがそれなりの広さがある。混乱前に……いや、最早混乱の渦中か。仕方ない。

 

「ドライアイスの在庫に糸目つけなくていい!片端から詰めて保管所へ!」

「一般人どーします!?」

「DNA検査でなんとかなりますあと怪我人は見つけた端から主要交通網の方にいる救急隊に引き渡しなさい!相手をするのは死体だけで充分!」

 

我ながら酷い台詞を言っている。そんな気にもなる。先の異能を受けた影響か気分が妙に冴え渡って吐き気がするくらい元気なのだ。醒めるくらい青いセーラーブレザーがビルの間を流れる疾風に吹かれ舞い上がる。

補足がてら記述すれば、結風は副業の遺体回収の指示役のようなものを担当している。まぁ真面な遺体回収会社では無く従業員の殆どが裏社会で違う顔を持っていたり、もしくは海外からのワケありの流れ者だ。先程の男性は確かに結風より任期が長いが、根本的に人に指示する事が苦手なので結風に譲った。

と、結風に駆け寄る従業員が一人。

 

「結風さんヤバイです」

「どうしました?」

「防臭剤の在庫が……先月の腐乱死体の回収でかなり使ったっ切りで」

 

参った。防臭剤が無ければ始まらない。人は死んだその瞬間から腐り始め異臭を発する。車両での輸送でも死臭が外に漏れ出してしまう。最悪軍警にお縄頂戴となってしまう。今まで防臭剤をケチって何人の同業者がブタ箱行きとなったか数えるのも億劫だというのに。

手を口元に当て、考える。従業員の若い男性が息を飲んで結風を見る。

ふと、この間読んだ書籍の内容を思い出した。葬儀に関する雑学の本でかなり詳しく記述があり楽しく読んでいた。

 

「葬儀社を片っ端から当たって樒をありったけ貰って来なさい」

「しきみ?」

「棺桶に入れる葉っぱです。あれは防臭効果があります」

 

仏前草と聞けば知っている人もいるだろう。樒がそれにあたる。日本特有の香木で古来より仏前墓前に備えられている。

 

「貰えるかな……」

「口八丁で切り抜けなさい。どうせ確認取ろうにも回線が混雑して電話も使えやしないんです。序でに従業員の捜索もして来なさい」

「あいあいさー!」

 

了解してバンに乗り込み、一拍置いて急発進する黒塗りのそれを見送って結風も作業に加わった。

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

考え込む中島敦。只管に思考を働かせていた。割り当てられた席に着き、口元に手を当てて深く眉間に皺を寄せて考えていた。

その姿を見た江戸川乱歩。この緊急事態だというのにその口元をニヤつかせた。

 

「敦君、何考えてるの?」

 

唐突にそう切り出した。急に話しかけられた敦は吃驚したが、話しかけたのが乱歩だとわかると、緊張を解いた。

「聞かせてよ。真剣な問題なんでしょ?」

 

戯けながらも言葉の節々に真剣さが垣間見える声音。

 

「……助けたい子がいるんです。その子は僕を逃すのと引き換えに自分の異能で作った世界の中へ閉じこもりました。

いつか、必ず助けに行くと約束しました」

「ふーん」

 

乱歩はほんの少しだけ思案し、言った。

 

「組合の子だね?確かなら一番初めに敦君と谷崎君を襲撃した赤毛の子かな?其処まで感情移入するとはその子は敦君と境遇が似ていたりする?施設に入っているのに明日食べるものにも困るような」

 

敦を目を真ん丸にして乱歩を見る。

 

「当たりです」

「ふふふふ……僕の超推理を舐めてもらっちゃあ困るよ!そうだねぇ、今、物凄く機嫌がいいんだよ僕」

 

ニヤニヤといつもの調子で笑いながら目を細め、敦と目線を合わせた。

 

「知恵を貸してあげようか。その子の幸せは少し遠くなるけど、絶対に不幸にならない知恵を」

 

 

 

 

 

響く足音は路地裏のレンガ道に反響し体に染み渡る。不味い煙草を吸いながら当てもなく歩いていた。フィルターを噛み締めて建物に遮られた一直線の空を見る。異能騒動から数日後、まだ彼方此方でパトカーのサイレンが飽和していた。

歩く事にあまり意味は無く、久遠寺は思うが侭に足を動かしていた。どの領域に入ろうとも彼女を排除しようとする者などこの横浜に、否、この国にはいない。

視線を上から前へ。十数メートル先に見覚えのある少年が立っていた。

 

「お久しぶりです」

「やァ虎の子お久しぶり。事の顛末は聞いテるよ。災難だっタね……何の用かナ?情報だッタラ幾らでも売るよ」

 

中島敦。組合の空中要塞からの飛び降りを敢行。その後スナイパーからの追撃すら物ともしなかったという。敦といい、英介といい、羨ましいタフネスだ。

 

「今日は久遠寺さんに、耳寄りの情報を持ってきたんです」

 

丸く宝石のように綺麗なセントラルヘテロクロミアの目が久遠寺を真剣に見つめる。路地裏の暗い光の中に浮かぶそれは虎の目を思い起こさせる。

何時もの様に口角を上げていた口の力を抜き、煙草を吐き捨て踏み潰した。

 

「聞こウかな」

 

 

敦は何も言わず、ズボンのポケットから何の変哲も無い封筒を取り出し突き出した。久遠寺の目線がそれに行ったのを確認し、ひっくり返して宛名の欄を見せつけた。

其処にはただ一言、「叶都へ」と書かれていた。久遠寺がそっと手を差し伸べる。敦はうまい具合にそれに手紙を放り投げた。

ビニールテープで適当に封が成されたそれを開け、乱雑に折りたたまれていたレポート用紙を広げ、綴られていた文字に目を通す。上から下まで目を通し……ゾッとする程表情を消した。まるで世界の終末の予告を仔細に記した文書を読んでいる様な。しかし生理的嫌悪も感じるほどの無表情を消し、次の瞬間笑い声をあげた。してやられたような、諦めと感動の色が混じった邪気の無い笑いだった。

それはそれは楽しそうに。

 

「いやいや参った参った!参ったよ虎の子!アッハッハッハッハ!!大人しい顔してとんでも無い札を使うねェ!見くびってたよ!!聖人君子と思ってたが君も立派な普通の人間だな!!こりゃ核爆弾のスイッチ押すより怖い奴じゃないか!!アッハッハッハッハハハハ!!」

 

一方、敦は困惑していた。人間の動作が慣れてないようなこの女性がスラスラと喋っているのも理由の一端だがその手紙の内容を一切知らないのだ。

町の光と闇を統べる者たちの大元にこれほど馬鹿笑いさせる内容とは一体何だったのか。

 

「フフフ……動かなイ訳には行かなくなっちゃッタ。いいよ敦君、この話、ノッてあげる。お望みはそれでしょウ?君には面白いモノを提供してもらッテるからね。お礼ダよ」

 

そう言えば、敦の顔は花開くように明るくなった。そしてバッと頭を下げた。

 

「ありがとうございます!!……あの」

「ん?」

「中身って……何だったんですか?」

「……へ、知らなかッタの?」

 

驚愕すると同時にある意味納得した。

だからこそこんな鬼札を使えたのか。無知というのはある意味得をするのか。羨ましい。

 

「知らなイ方がいいよ。書いた人間の狂気ガ知れる。……そうそウ、一つだけ言えバ、この手紙を書いた人間は探偵社にいないよ」

 

そう言いながら手紙の文字をもう一度チラリと見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




敦 は 道具 を つかった !
久遠時 に 大ダメージ !

お久しぶりです作者のサングレです。アニメが始まってから閲覧数が増えました。ありがとうございますこれからも頑張ります。
ゴールデンウィーク中にもう一回更新できたらなぁ、と曖昧模糊に描いています。
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