魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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100話

 白聖教団内での魔法を使用した際には、魔力の漏洩は起こらない様に造られているんだって。地下深くに建造されているのは、そういう理由とのことだった。

 そのおかげで、過去にあったというアンチマジックによるキャパシティの内部捜査でも発見されることが無かったというのだから、自信を持って断言される何よりの証拠である。

 病室から移動した私たちが向かったのは、一階降りた先にある訓練施設という広い場所だった。いくつかの部屋に仕切られており、そのうちの一つを通らされた。

 仮にも上層は病院なのだから、清潔感が保たれているのはいいことなんだけど、訓練施設まで綺麗なのはどうなのだろう? だって、あまりにも綺麗すぎるんだよ。使用していませんと言われれば、ああそうですか。と返せるほどにまっさらな部屋だった。

 

「この階での魔法の使用は全面的に許可していますので、思う存分に力を振るってもらって構いません」

「いいの?……壊れない?」

 

 全力かどうなのか判断しづらいけど、緋真さんみたいに研究所を壊滅させるような魔法なら、壊れてもおかしくはなさそうだけど。

 

「さすがにある程度の加減はしなきゃダメよ。でも、大抵の魔法には耐えられるような強度でこの階は造られているから、よっぽどな魔法を使わない限りは大丈夫よ」

「この階は……ですか?」

「そうよ。ここは連合結社の技術開発の組織が造った特別性の階なのよ。ついでに言うと、エレベーターの仕掛けを造ったのもその組織ね」

 

 やけに凝った無意味の装飾とかは、製造者の趣味とか言っていたけど、それって組織全体の趣味とも言えるんじゃ……。やっぱり技術開発の組織って変な魔法使いが多そうだ。

 

「それにしても広すぎないか。軽く五、六百人ぐらいは入れそうだが」

「丸々一つのフロアをいくつかの部屋に区切っただけだからな。ま、それで訓練施設だ。なんて言ってやがるんだから、雑な造りだよな」

 

 壁だけが頑丈なんだ。でも、お金のかからないスタイリッシュかつ広々と訓練が出来るように設計したと考えれば、雑でもなさそうに思えるんだけど。シンプルイズベストとも言える。

 

「そもそも魔法を鍛えるのに余計な装飾なんて必要ないわよ。広くて被害の出ない場所を用意して当然じゃない」

「普通はな。設計したのがあのエレベーターを造った連中なだけに味気なさすぎるんだよな」

 

 確かに、エレベーターの件を含めれば、普通過ぎて面白みがないかも。壁から何か飛び出して来たりしないかな。

 

「纏……だったな。ここならば遠慮はいらない。お前の本気とやらを見せてみろ」

 

 感想から本来の目的へと話しが戻る。

 纏が試してみたいと言っていた、本気の自分。それを見届けるために私たちは来たんだった。

 

「そうだな。確かに、ここなら条件は良さそうだ」

 

 腰にぶら下げている魔具“散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)に手をかける纏。

 

「最初にこれだけは言わせてほしい。もし、俺が狂気に憑りつかれてしまったら……その時は、遠慮なく斬ってくれ」

 

 その一言がざわめきを生む。纏は本当に、何をするつもりなのだろうか。

 狂気? それとも凶器? 不安が不安を呼んで心配が荒波の如くうねり始める。

 

「纏くんは何を言ってるのですか?」

「止めてはいけませんよ。茜さん」

 

 声に出した茜ちゃんの肩を掴んでそれ以上の発言を止めたのは久遠だった。

 

「すぐに分かることですから」

 

 何でも見透かしているような久遠。たぶん、これから起きることにも予想が付いているのだろう。

 纏が言うには、相当に危険なことらしいけれど、それでもあえて久遠はやらせようとする。

 久遠は黙って、事の成り行きを見守る姿勢を取っている。私たちもただ、久遠に倣って見守ることしか出来なさそうだった。

 

「……」

 

 相手となる白亜は表情一つ変えず、纏の動きに注目しているようだった。

 おもむろに、手を掛けていた”散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)を抜き放つ纏。

 同時に魔具の力が解放され、剣自体に魔力が帯びる。

 たった、三度限りの飛ぶ斬撃を放つ魔剣。禍々しさを兼ね備えている刀身は、あらゆる物質を斬り裂くことを約束する。

 しかし、途端に纏が苦しみだし、魔剣から帯びている魔力が侵食し始めていた。

 魔剣と纏が一体化している。そう表現するに相応しいほどの姿かたちへと変貌を遂げている。

 

 それはまるで、魔法使いそのもののようだった。

 

「魔法使い化……だと……っ」

「そ、それって……研究所で見た職員の人たちと同じ状態ってことですか?」

 

 普通の人間に魔力を挿入することによって、人工的に生み出される魔法使い。纏はいま、魔剣を通じて魔法使い化をしているみたいだった。

 

「間違いなさそうね。魔具だけじゃなく、纏本人からも魔力を感じられるわ」

 

 魔眼を通して観察している蘭が言うからには、どうやら本当に魔法使いになっているようだ。

 

「アレ、やばいんじゃねえか。このままいけば完全に魔法使いに落ちるぞ」

「マスター。今すぐ止めるべきよ。ううん、止めなければいけないわ」

「……待ちなさい」

 

 魔力弾を展開させて止めに入ろうとした緋真さんを久遠が呼び止める。

 

「止めないでちょうだい。私は魔法使い化をこの目で見てるのよ。アレがどれだけ危険なのか、マスターは分かっているのかしら」

「ええ……ですから、様子を見る必要性があるのですよ。魔具を通じての魔法使い化について――」

「魔具……」

 

 その単語でふと、研究所内のことが再生された。あのときは、確か魔法使いの血液を挿入して、生まれたのだった。

 だけど今回は、魔具を通しての魔法使い化だ。その違いにどんな意味合いがあるのか、私たちはまだ、知る由もなかった。

 

「完了したようですね」

 

 負の力を根源として発症される魔力。

 薄皮一枚を剥ぎ取られた人間の本性は、醜さそのものであり、汚い一面がさらけ出される瞬間でもある。

 人が本来持つ、感情の生成器官――全ての贈り物で満ちた世界(パンドラワールド)

 ただ何かを壊してしまいたいという、八つ当たりのような感情が渦巻き、残るのは虚しいまでの破壊衝動。

 喜びも楽しみも全部無くしてしまうほどの強い想い。それが負の感情。

 光と影。表と裏。

 暗い部分が濃くなれば、明るい部分が薄れてしまうのは当然だ。

 それはもう、引き返すことの叶わない行い。暗くなった部分を明るく塗りつぶすことなんて出来ないのだから。

 

 いま、ここに……新たな魔法使いが誕生する。

 

 この壊れた世界で、天童纏は再覚醒した。

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