暗く深い闇の中で、彩葉は殻に閉じこもった赤子のように膝を抱えていた。
外の世界では彩葉と守人が戦っている。止めたいと思っても体は糸で支配された操り人形のように動き、彩葉の意志など働かない。
なんて無力な存在なんだろう。たった一つの肉体を、世界で一つだけの己の肉体すら取り返せないなんて笑いものだ。
一度、魔に魅入られただけでこうもたやすく精神は瓦解するものだったのか。
「なんで……こんなことに……こんなこと、したくないのに」
無惨な姿に変えられた両親。
善意の塊のようでしかなかった二人が、悪意と認定されて世界に殺される。
どんな人間であろうとも、家族を亡くした彩葉の心境が正常に保っている訳がなかった。
母の優しさが遠い。父の暖かみが遠い。
――心を強く持って絶望に囚われないで。
あれはこのことを言っていたのか。今になって母の言うことをちゃんと聞いておけば良かったと後悔する。
いつだってそうだった。母は大抵正しいことを言ってくれていた。失ってみて初めて、有難みに気持ちを痛める。
ならばこそ、同じことを繰り返すことは学習をしないことと同意ではないか。たったいま、親の偉大さを深く身に染みたところだ。そうして、肉体の主導権を自分の狂気の赴くままに動かされている。
このままでいいわけがない。せっかく貰ったアドバイスを一度ならず、二度までも無駄にするわけにはいかない。
ようは、何もかも嫌になって、無茶苦茶にしたくなって。親の死を誰かに当たり散らかしたくて、理性の抑制が止められずに欲求のままに暴れまわっているだけだ。
だったら、ちょっと現実と向き合って自分を鎮めてやろう。絶望に負けた自分自身を希望を持たせてやろう。そうすれば、元通りになるはずだ。
「母さん。ありがとう。――私はもう間違えたくないっ!」
母は彩葉のことを心配して言葉を送った。けれど、聞き入れられなかった彩葉は闇に染まった。
おまけに大事な肉体まで、支配されている。
――私が肉体《ワタシ》を取り戻すためにも、ここで諦めるわけにはいかない。
カレイドスコープのように黒い感情たちが彩葉を中心に見つめる。
――まずは落ち着いて。
この想いをだれにぶつけよう。
――冷静にならないと。
今なら仇を討てるよ。
――希望があればそんなの必要ない。
殺してしまえば気持ちいいよ。
――心を強く持って。
一線を越えてしまいたいよね。
――狂気の一線を越えた、それ以外はもう沢山。
ワタシはこんなにも望んでいるのに。
――うるさい。私はそんなの望んでいないっっ!!
迷いを振り切り、薄汚れたわたしを言葉の全否定でカレイドスコープごと叩き割る。
砕けた欠片が誰もが持っている人の欠落を埋めていく。
善《わたし》が悪《ワタシ》であるように。悪《ワタシ》も善《わたし》の一部。
私とワタシで一つ。裏表のある正しい在り方。
これが本当の在るべき姿。
悪意に身を委ねて激情に奔ってはいけない。元より、肉体には善意と悪意が宿る。
ただほんの少し、隙間にへばりついていた負の感情が刺激されただけ。希望を持てばこの通り。
――ほらね、母さんの言った通り。
――心を強く持って絶望に囚われないで。
いま、彩葉は変質した世界を目の当たりにする。