魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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22話

 閑散とした町並みから歩くこと二十分。

 立ち入り禁止のバリケードを抜け、さらに歩いていくと、人の気配漂う商店街までたどり着く。

 先日の火災により、崩壊した商店街に活気はなく、いまは修復作業の真っ只中だった。

 私と茜ちゃんは買い物をするべくここまで戻ってきたのだが、無論この状況では営業している店なんてなかった。

 

「みんな大変そうだね。……よし! 私たちもなにか手伝おうか」

 

 町の一員である以上、手伝いぐらいはしたい。

 それに、ここはよく通っていた場所でもあり、茜ちゃんの実家もある。

 

「いえ。今はやめておいた方がいいと思います」

「なんで? 茜ちゃんの家もあるんだよ」

 

 視線の先には、無惨に崩壊した楪生花店がある。

 以前には、色とりどりの花が咲き乱れ、見る者を引き付けてやまない魅力あふれる店だった。

 それがいまでは、枯れ果てて見る影もない。

 色彩のない灰色の商店街になってしまっていた。

 

「私だって手伝いたい気持ちはあるのですが、いまは私たちのやるべきことを優先するべきです」

「だけど……」

 

 やるべきこと――それは今日中に纏と覇人の安否確認と今夜旅立つための買い出し。家に戻れば、緋真さんと今夜の話し合いも兼ねている。

 時間はそう残されていない。

 茜ちゃんの言う通り、町の復興の手伝いに時間を割いている場合ではなかった。

 

「分かった。茜ちゃんの言う通りだね。まずはなにから片付けていこうか? 買い物? 纏と覇人探し?」

「そうですね。探そうにも手掛かりもないですし、買い物を先に済ませておきましょう」

 

 手荷物で邪魔になりそうだが、捜索を兼ねての買い物なら一石二鳥となると考えた。

 

「彩葉ちゃん。なにを買えばいいか覚えていますよね」

「バッチリよ。布多めでしょ。あとお昼ご飯」

 

 自分で言っておいてなんだが、なんて大ざっぱなお使いなんだろうと思う。

 

「はい。でも、一体どこに行けばいいんでしょうか。ここから離れたところになると……帰りが大変になりますし……困りましたね」

 

 もう少し先を行けば、被害にあっていない場所にでる。

 しかし、徒歩だとさらに二十分ほどかかってしまう。

 ほとほと困り果てていたところに、電柱に貼られた一枚の紙を見つけ、茜ちゃんを呼び止める。

 

「時計塔前でバザーがやっているみたいだよ。ほら! ここだったらそんなに遠くもないし行ってみようよ!」

 

 時計塔前までは徒歩五分。私の家のすぐ近くにある。

 茜ちゃんは促されるように一枚の紙に目を通す。

 

「バザーですか。確かにここならお目当ての物もあるかもしれないですね」

 

 隅から隅まで読み通し、一つ頷いたあと、私に向き直る。

 

「さすが彩葉ちゃん。よく見つけましたね。早速行ってみましょう!」

 

 

 時計塔前――いや旧時計塔前と言った方が正しいかもしれない。

 町のシンボルとして目立っていたそれは、無惨にも瓦礫の山と化していた。

 魔法使いとの戦闘中の最中、突如として崩れ去ったことは記憶に新しく、この近辺に住む人ならば、誰もがその目に刻んだ出来事だった。

 その旧時計塔では、事件の遺恨すら感じさせないほどに子供が無邪気に駆け回り、大人たちはそれに活気をもらっているように見えた。

 テントが張られ、商店街で経営していた商人がバザーを開いている姿も確認できた。

 思っていた以上に活気に満ちていたことに驚きもあったが、それ以上に目を引く驚愕のものが目に飛び込んできた。

 

「うわ!? なにあれ? あんなものがあったなんて……!?」

「びっくりです……。まさか地下に埋まっていたんでしょうか……?」

 

 私たちが目にしたのは、地中から生えた簡易住宅だった。

 よくみれば、遊具の位置も少しずれており、その跡には地下へと続く階段もあった。

 開いた口が閉じずに、そのまま公園の見る影もなくなった場所を眺める。

 

「あら。もしかして、ここに避難しに来た人かしら?」

 

 突っ立ていると、一人の女性が話しかけにきた。

 

「あ、えっと、はい。そうなんですけど、あの……これって?」

「驚いたかしら。なんでも、今から五百年前ぐらいの建物らしいのよ」

「五百年ですか?! どうしてそんなものがこんなところに埋まっていたのですか?」

「よくは分からないけど、昔魔法使いとの間で起きた戦争のときに建てられたものらしいわよ」

 

 鈍色を放つ建物の外見にはいくつもの傷跡が残っていた。ということは、その時についた傷なのだろう。

 そして地下には、人が住み着くような構造となっているらしい。

 そのおかげで現在は、魔法使いによって被害を被ったための避難所として機能できているようだ。

 

「カビ臭いところだけど、もし使いたければ自由に使っていいからね」

 

 女性はそれだけ言って、地下の階段へと歩いて行った。

 それを目で追いながら、朽ち果てることなく形を保ち続けた過去の建造物に目を通す。

 

「五百年前の遺物ですか……。途方もない話ですね」

「なんかロマン感じちゃうね。というよりこの町って何気に謎が多いよね。簡易住宅もそうだけど、時計塔も変に目立つ建物だったし。もしかして、時計塔も五百年前の物だったりするのかな?」

「どうなんでしょう。確かに最近建てられたようには見えませんから彩葉ちゃんの言うとおりかもしれませんよ」

 

 時計塔があったはずの虚空を見上げながら茜ちゃんが同意する。

 

「じゃあ、結構歴史的価値があったんだね。うわぁどうしよう。私普通に落書きとかしてたよ」

 

 時計塔の一面を使ってチョークで落書きをしたことがある。そして、そのあとに両親にひどく叱られたのを今でも覚えている。

 あの頃は遊び盛りの年だったし、しょうがないよね。

 

「そんなこともありましたね。あとは、時計塔の壁をよじ登ろうとしたこともありましたね」

「あったあったそんなことも。いやぁ、若い時の過ちは誰にだってあるものだね!」

 

 高さ十メートルを超す時計塔を無謀にも素手で挑んだ。当然、登れるわけもなく、早々に諦めて降りようとしたときに盛大に尻餅をついたこともあった。

 

「あのときはすごく心配しましたよ。もう、二度とあんなことはしないでくださいね」

 

 茜ちゃんに釘を刺されながらも昔の思い出に耽っていると、目当ての布を見つける。

 商店街で経営していた洋服店の素材のようだった。

 私たちは頼まれていた布を探し、購入する。

 多め、なんて曖昧な量に困惑しつつも適当に生地の薄い布を買っておく。

 文句は言わせない。第一使い道を知らされてないから、買い物のしようがないし。

 

「こんなもの買って何に使うつもりなのかな? 裁縫でもする趣味があるのかな」

「ふふ、似合いそうですね。だけど、こんな時に趣味を優先するとは思えませんけど……」

「だよねー。旅先で使うとしたら……タオル代わりに使うとか?」

「それでしたら初めからタオルを買いますよ」

「それもそうだよね。もしかして、頼むもの間違えていたりしないよね」

「不安になるようなことは言わないでください。大丈夫ですよ。私たちが旅なんて出たことがないだけで、きっとすごいサバイバル術に活用するんだと思います」

「そんなハードな旅になるんだ!?」

 

 あれこれ考えるも、とてもこれから必要になってくると到底思えない物に困惑が隠しきれない。

 一応買い物を済まし、あてもなくバザーをうろつく。

 右を見ても左を見てもほとんどが日用品ばかりが売られていた。

 

「なんかイメージしていたものと違うなぁ」

 

 バザーと聞いたときには、物珍しいものでもあるのかと思ったが、ただ商店街に売られていた商品があっただけだった。

 普段と変わらない陳列に飽きてきたころに、声がかかる。

 

「茜ちゃんじゃないか。それに彩葉ちゃんも。無事だったんだね」

 

 白いエプロンのよく似合う年配の男性がそこにいた。

 あれ? あの人見覚えが――

 茜ちゃんにはその人物がすぐに分かった。楪生花店のすぐ近くで八百屋を経営している店主だったからだ。

 ああ、あの人ね。思い出した。

「お隣のさんの……無事だったんですね。よかったです」

 

 やっとのことで知り合いに出会えたことで感激の意を表す。

 

「二人が生きていてくれてよかったよ。彩葉ちゃんの両親も無事なのか?」

「あ、えっと、その分からないです……」

 

 言葉を濁す。実際のところ、両親は死んでいる。だが、二人は魔法使いだ。たとえ、顔なじみの人であっても、うかつにしゃべるわけにもいかないだろう。

 

「そうかい。桜さんは残念だったが、せめて彩葉ちゃんの両親だけでも無事でいてくれたらいいんだが……」

「はい。私たちも彩葉ちゃんの両親を探しているところなんです」

 

 答えにくそうにしていた私に代わり、茜ちゃんが答えた。

 

「あと、纏くんと覇人くんも探しているんですけど、どこかで見ませんでしたか?」

「ああ、その二人なら昨日見掛けたぞ」

 

 ――!! 意外なところで目撃情報ゲット?!

 

「と言ってももうこの周辺にはいないとは思うがな」

「え? そうなの? どこに行ったか聞いてない?」

 

 急かすように尋ねる。

 

「纏なら親父さんと一緒だったな。そんで、覇人のやつは親戚の人と一緒だったぞ」

「そうなんだ。じゃあ二人は無事なんだね」

「ああ、そのはずだ」

 

 その話しを聞いて胸を撫で下ろす。

 会えなかったことには残念だが、生存が確認できただけでも十分な結果だ。

 ともかく、これで心残りは消えたことになる。

 

「それと、彩葉ちゃんの両親だが、慰霊碑に名前がなかったからまだ生きているはずだ。諦めなければきっと見つかるさ」

「慰霊碑? そんなものあったっけ?」

 

 長年この周辺で生活しているが、慰霊碑が置いてあるなんてことは初耳だ。

 茜ちゃんにも尋ねてみるが、首を横に振り、知らないですと答える。

 

「そりゃそうだろ。昨日の晩に出来たばっかりだからな。そこに、判明している犠牲者の名前が載っているんだ。桜さんの名前もあったから……茜ちゃんも一度行って挨拶してきたらどうだ」

「そう……ですね。行ってみます」

 

 そう言って、私たちは慰霊碑のある瓦礫の山になっている時計塔に行く。

 そこには犠牲者を弔う慰霊碑が建てられており、黒塗りの石碑の前に色鮮やかな花が供えられている。

 名前のない石碑。

 この町で終えた数々の物語達の主人公の名前が載る石碑。

 多すぎて何枚にも分けて張り付けられている上質な紙。

 これから刻まれる犠牲者《しゅじんこう》の一覧だ。

 結果などとうに分かっていることだが、自然と目で追ってしまう。

 すると、そこには楪桜の名前が書かれていた。茜ちゃんのお母さんだ。

 茜ちゃんは何度も何度もその文字を食い入るように眺める。私も同じようにして眺めた。

 茜ちゃんにとっては辛い現実。

 手を伸ばせば届く距離。だけども、決して届くことのない距離。

 茜ちゃんと桜さんの間には炎の障害が立ちふさがり、無力にも最期を見届けた。まるで茜ちゃんに与えられた拷問のようでもあった。

 

「どうして? まだ涙がでるんでしょうか?」

「茜ちゃん……」

 

 あの日に十分泣いたはずだった。それなのにまだ溢れる。その気持ちはよく分かる。

 辛いよね。悲しいよね。

 悲しみは心の奥にしまったはずなのに。鍵はゆるく、簡単に決壊してしまうものだよね。

 多分まだ、悲しみを乗り越えれていないということだろう。

 あの日を引きずっていては未来へは進めない。流すべきものはここで流してしまった方が楽だよ。

 

 ――だから、私は茜ちゃんを抱き寄せた。

 

 茜ちゃんは私に支えられながらむせび泣いた。

 

「悲しいときは泣いたらいいんだよ。我慢なんてしなくていいから」

 

 緋真さんが言ってくれたように、私も同じことをしよう。

 泣くだけ泣いたら楽になった。

 簡単なこと。

 私は茜ちゃんのすすり泣く声が聞く。  

 辛さが伝わってくる。

 私もまた泣きそうになる。それをこらえる。

 つられたら意味ないよ。受け止めてあげないと、いけないんだから。

 思えば、ここまで私と茜ちゃんはいつも一緒だった。

 分かち合ってあげられるのは私が一番だ。

 受け止めるのも私が一番だ。 

 崩れたいのは茜ちゃん。

 支えてあげるのは私。

 

 

 そうして――時間はゆるやかに過ぎ去った。

 

 

「……もう平気です」

 

 いまだ頬を滴り伝う涙を細い指で拭い、私に顔を向ける。

 

「それよりも彩葉ちゃんの両親の名前はどうだったんですか?」

「なかったよ」

 

 八百屋の店主の言った通り名前はなかった。それはつまり、死が確認されていないことを意味する。

 だが、私は知っている。忘れようもない。この手で抱きしめ、氷のような体温を肌で感じ取ったのだ。

 

「おそらく情報規制がかかっているんだと思います。このすぐ近くに魔法使いがいた、なんてことが知れたら大変なことになりますから」

「そうだよね。私だって知らなかったんだから」

 

 上手く隠してきたんだと思う。細心の注意を払って周りに溶け込んでいた。だから、誰も疑わなかった。

 八百屋の店主の反応がそれを証明する。母さんと父さんの生存を信じてくれている人がいる。だが、この世を去ったことは伝えることが出来ない。それがひどく悲しい。

 名前の載らない石碑。

 時と共に記憶は劣化されていく。その時には二人の存在はどうなっているのだろう。

 私はポケットから両親からの手紙を取り出し、石碑の前に埋める。

 

「彩葉ちゃん? どうしたの」

「母さんと父さんの名前だけがないなんて悲しいから。だから、この手紙が二人の証。それにこれがあったら母さんと父さんに甘えてしまいそうだから」

 

 あの日を越える為、未練も想いも弱さも涙もここに残していこう。

 

 ――次に私たちが再会した時には、立派で元気に育っていることを願います。

 

 そうだ。必ず戻ってくるんだ。ここが始まりで終わりの場所。

 私たちが帰ってくる場所はここだ。残した物を受け取りに、胸を張ってただいまって言えるように。二人に心配されないような立派な姿になって帰ってくる。

 私は手についた土を払い、腰を上げる。

 心地いいそよ風が髪をさらい、陽が差し込む。

 眩しいとは思わなかった。道が照らされているんだと思った。

 勢いのある風が吹いて、まるで背中を押してくれるような感じがした。

 

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