魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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30話

同日 三十区野原町 某所 某五階建てのマンション屋上

 

 築二十年のマンションに二人の人影があった。

 白い外套を身に纏い、闇に沈んだ町には少々目立つような色合いである。

 時間も遅く、見る者が見れば幽霊のような風貌にも見える。

 その片割れは悠然とした足取りで目前の女性に話しかけた。

 

「早かったな」

「遅いんじゃなくって。もう零時になるところでしてよ」

 

 目前にいた女性――汐音は振り返り覇人の姿を確認すると、苛立ちのこもった口調で返す。

 もう随分と早い内に来ていたのだろう。足元には三本の缶が積まれていた。

 

「いや……お前いつから待っていたんだよ。零時と言ったって、まだ余裕はあるはずだぜ。これでも飛ばしてきたんだからな」

 

 悪びれることなく、屋上の柵で待っていた汐音の元へと近づき、隣に立って眼下を見下ろす。

 深夜零時を回る直前の野原町に明かりは消え去り、町は眠りについていた。

 先日の魔法使いの襲撃のため、この数日間は電気が消えるのが早かった。

 

「町が静かですわ。まるで息絶えたような……町が壊れた後は、どこも同じですわね」

 

 遠くを見渡せば、明かりはある。

 眠っている場所と起きている場所で境界線が引かれ、さながら空が地表にも産まれたかのような。

 

「そりゃそうだろ。あんなことの後にバカ騒ぎする基地外はいねえだろ」

「そうですわね。いるとするなら、あなたのお友達ぐらいですわね」

「はは、かもな。大人しくしててくれっと助かるんだけどな」

 

 叶わぬ願いだと分かっていても、願ってしまう。

 景色を一望する覇人には感慨深いものがあった。

 彩葉と出会い、茜と出会い、纏と出会った。思うところも色々あるのだろう。

 それを汲み取った汐音は黙っていようとするも、事態がそれを許さなかった。

 

「それにしても、あの男がS級とは思いもしませんでしたわ」

「ああ。――神威殊羅。七段階あるうちの最高ランクであるS級戦闘員……か。

 

 連中の魔法使い殲滅執行部隊――戦闘員。その全戦闘員の中でも最強と謳われている魔人らしいな」

 戦闘員はF級~A級までの段階に分かれている。上の階にいけばいくほど当然ながらその実力は高く、人数も少なくなっていく。

 しかしそれはあくまでも国民の認識である。

 非公式ではあるが、そのさらに上にS級という世間には認知されていない階級があった。

 圧倒的戦闘力を持つS級は、アンチマジックにとっては切り札のような存在である。

 S級がその場にいる。ただそれだけで、その周辺にS級が動かざるを得ないほどの危険な存在がいることを表す。

 そのために、表向きにはA級が最高ランクと称し、国民の危機感を煽らないようにする必要があった。

 

「本当にいやになりますわ。最強の二文字を持つ戦闘員が二人も来るなんて……」

「ま、仕方ねぇだろ。壁の破壊に野原町の一部を焼いちまったんだ。連中も黙ってはいられなくなったってことだろ」

 

 視界に被害にあった場所を収める覇人。つられて汐音もそちらに目を配る。

 闇に包まれていて判別はできないが、元々時計塔があった場所は把握しているので、大体の位置は分かっていた。

 

「あれは緋真が勝手にやったことでしょうに。……そのせいで私たちもこんな苦労をすることになって、あーもうなんてことをしてくるのかしらね」

 

 思い出していくだけで段々と腹が立っていく汐音。

 と、その時。電子音が屋上内に響き渡る。

 音量は小さかったが、静寂に包まれたここではやけにうるさく聞こえた。

 

「アラームか……相変わらず時間にはきっちりしているんだな」

「そうしないと、せっかくスケジュールを決めたのが台無しになってしまいますわ」

 

 アラームを切って、深夜零時を回ったことを確認する。

 早速行動に移そうとしたところで、

 

 ――微量な衝撃音が二人の耳に流れ込む。

 

「――!! おいっ! 今の聞こえたか?」

「ええ、聞こえましたわ。――すこし離れているのではなくてっ!」

 

 二人は全神経を、感覚を研ぎ澄まして身構える。

 夜目が利くわけでもないので、先ほど聞こえた辺りを中心に次に起きる何らかのアクションを見逃すまいとする。

 

 そして――それはすぐに目撃した。

 

 暗闇にはあまりにも目立ちすぎる照明が眠った町に灯る。

 閃光の如く、真っ赤な炎が一直線に奔り抜けた様を見逃すことの方が難しい。

 

「あれは緋真の魔法ではなくって!」

「ついに始まっちまったか」

 

 炎の軌跡は一瞬で消え去り、再び静寂が夜を支配する。

 

「つーか何だよあの威力。こいつは間違いなく、例の戦闘員の二人組だな」

「のんきなことを言っている場合ではなくってよ。急がないと緋真が危険ですわよっ!」

 

 大地を照らした炎の規模を見ればいかに緋真が追い詰められているかは一目瞭然だった。

 相手もおそらくは覇人が言っていた人物で間違いはないだろう。そのせいで汐音には焦りが足されて口調が早くなっていた。

 

「分かっているよ。あそこには彩葉と茜もいる筈だろうからな。緋真は無事だとしてもあの二人には荷が重すぎる」

「緋真でも荷が重すぎますわよっ!」

 

 汐音は魔力弾で柵を破壊して、出口を作り出す。

 

「行きますわよ!」

「おう!」

 

 マンションの屋上から瓦張りの屋根へと堕ち、屋根から屋根へと伝い渡る。

 今宵、月の綺麗な空の下を白き魔法使いが、霊を想起させるように舞った。

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