魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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39話

 川辺に上がり、一仕事を終える。

 足に纏わりついていた水滴が夜風に吹かれて、局所的な絶対零度を味わっているような気分。

 

「あ、これダメかも。凍りそう」

「怪我をするかもしれませんので、石を踏まないように気を付けないといけませんね」

 

 靴下は足が濡れているので、靴だけをサッと履く。

 少し行ったところで緋真さんは暖を取っていたので、そこまで震えながら進む。

 緋真さんは三日前に買っておいた未使用のタオルを渡してくれる。

 

「ご苦労様。お風呂の準備が出来るまでもう少し時間がかかるから、たき火で温まっておきなさい」

「出来るだけ早くしてくれると助かるかも」

「ですね。濡れてもいないのに、体全体が冷えているようです」

「ふふ、分かったわ。彩葉ちゃんたちの期待に答えれるように熱めにして、手早く済ますわ。それまではここでゆっくりとしていていいわよ」

 

 緋真さんと入れ違うようにして、私たちがたき火の前にイスとして用意されていた大き目の岩に座り込む。

 血気盛んに燃え上がるたき火に、生きている心地を得るようだ。

 

「はぁー……あったかい」

 

 靴を脱ぎ、足が地につかないように靴の上に乗せて、受け取ったタオルで水滴を拭きとる。

 凍えた足を放り出して、素になっている部分にタオルを置いておく。茜ちゃんも同じようにしてしばらく無言が続く。

 カラダ中に暖が戻り始めていき、ここから一歩も動き出したくなってしまう。

 自然の炎は斯くも暖かい。ストーブや暖房器具なんかよりも風情があってこういうのも悪くないなと思った。

 

 

 ――と、その時。

 

 

 川に大きな音が沈み込んだ。

 やけに響いて、周りの暗さも相まって、びくんと体を震え立つ。

 何事かと波紋を上げる水面の先に目を凝らす。 

 どうやら何かが落ちたようだ。いや、落ちたのではなく落としたんだとすぐに分かることになった。

 緋真さんは足もとに転がっている漬物石ぐらいの大きさの石に手を当てて、焼いた。

 その後、転がすようにして川に沈める。

 

「何してるの?」

「焼いた石を入れて、温度の調節よ。これで入れるような温度になると――お風呂の完成よ」

 さらにもう一個投入。

 私たちの作業と違ってなんだか楽そう。

 

「手伝うことはありますか?」

「平気よ。それに焼いているから私以外が触ったら火傷するわよ」

 

 続けて大小様々――とは言っても、すべて最低でも手のひら大ぐらい――の石を何個か放り込み、温度を測る為に手を入れて確認する。

 それの繰り返し。

 

「これぐらいでいいかしら? 

 ――彩葉ちゃん。茜ちゃん。入れるわよ」

「え! もういいの。――それじゃ、早速」

 

 タオルを置いて、服を脱ぐと素早くバスタオルを巻きつける。

 一瞬にして体中に寒気がするが、それ以上に目の前の露天風呂に心が躍っていた。

 なんだろう……ドキドキする。私たちで作った即席のお風呂。これはぜひとも一番乗りで頂きたい。

 逸る気持ちにドギマギしながら、足をそっと入れてみる。

 

「お? 意外といけるかも!」

 

 そのまま体をすべり込ませ、肩まで一気に入れる。

 

「~~――っ! 感・激!」

 

 身に染みる温かさ。これほどとは思わなかった。

 疲れた身体。もう何日も湯を浴びることなんてなかったこともあって、感激度がさらに増した。

 あー……生きているって実感がするよ。

 

「茜ちゃんも早く入ってみなよ。全然いけるよ!」

「それでは……お邪魔します」

 

 恥ずかしさもあるみたいで、ものすごい勢いで服を脱ぐと、タオルを手早く巻いた。

 そうして、私と同じようにおそるおそる足を踏み出す。

 

「……!」

 

 一瞬目を見開いた後、湯につかるまでは時間はかからなかった。

 

「丁度いい温かさでとても気持ちいいです」

「でしょー! それに自然のお風呂っていうのもいいよね。こんなの一生体験するかも分からないよ」

「ふふ、喜んでもらえてよかったわ」

 

 いつの間に脱衣したのか、気が付けば湯につかって私の隣に緋真さんが沈んだ。

 

「はやっ! いつの間に……! さては裸を見られるのを嫌がったな」

「あら。見たかったの? 別に減るものでもないし、見せてあげてもいいわよ」

「えっ! いや……! そんな積極的にこられると逆に反応に困る……」

 

 そこまで大きく出るとは。この人には恥じらいというものがないのか。

 あ、でもそこまで自身満々に言うからには、ちょっと見てみたい。……けど、隣で茜ちゃんが恥ずかしそうに顔を赤らめて湯に顎まで埋めていたのを見て、これ以上の追及はしないでおく。

 

「それにしても、魔法でこんなことが出来るなんて。便利だよね、魔法」

「使い方にもよるけどね。でも、魔法が危険ということに変わりはないわよ」

「どうして? お風呂が作れちゃうぐらいなんだから、危険ってことはないんじゃないの?」

「そうですね。たき火やお風呂と生活の役に立っている以上、むしろ社会的貢献に繋がっているのではないですか?」

 

 魔法使いという職業があってもいいんじゃない? と思わせれるぐらいに役立っている。

 業務内容は魔法を使った便利屋、的な感じで。

 

「結果を見ればそう言えるわね。実際、私もこの力には何度も助けられているわ。けどね、本来は人間の負の感情が具現化されて生まれた力が魔法なの。それは同時に破壊の力を持っていることになるわ」

 

 緋真さんは手元に転がっている小さな石を手に持つと、魔法を使って石を焼き始めた。

 近くにいると、汗でも出そうなほどの高温が石を焦がす。

 すると、赤みを帯びていき、ひびが入っていった。

 

「だから、人々は魔法を恐れて私たちは人間社会に上手く溶け込めずに、こういう生活をしていくことになるのよ」

 

 ひびに力を加えると、真っ二つに割れた。

 それは、魔法使いと人間が決して混じりあわないことを表しているようでもあった。

 石という世界に二つの人物が生まれて、別たれる。

 両者は一つの世界を共有しているように見えて、その実、寄り添っているだけ。再びくっ付くことなんてもってのほか。

 同じ世界でも、互いに見えている世界は違う。

 

 

 人間にとっては、過ごしやすく。社会の敵(まほうつかい)は専門家が抹殺して平和を造り上げる。

 夢も希望もあって、活気がある。平等に与えられた最適な人生。――何も知らなければ。

 さながら、仮初と虚偽の安寧。

 

 

 魔法使いにとっては、いつ何時に命を絶たれるか、殺らなければ殺られる殺伐とした殺戮の世界。

 夢も希望もないようで、夢も希望も持って生きていくことも出来る。

 さながら、窮屈な世界の極み。

 

 

「確かに、私も魔法使いになるまで魔法は危険な存在だと思っていました」

「魔法使いにとって、魔法は力でもあって、道具でもあるの」

 

 道具……か。初めは戸惑いもあったけど、今ではそれが当たり前のように持っている魔法《どうぐ》。

 

 だとすれば、それは――魔法使いはみんな違う魔法《どうぐ》を持っているってこと。

 人に例えてみれば、それぞれが持っている特技みたいなものなのかもしれない。

 

「でもさ、道具なんだったら使い方次第ってことでしょ。言ってみれば、刃物みたいなもんじゃん。正しい使い方をしたら便利だし、悪い使い方をしたら人を傷つける」

「そう例えると、魔法使いは刃物を持って外を出歩いていることになるわ。どういう使い方をするにしても、そういう存在と一緒に生きていこうと思う人間はいないわ」

 

 焼いたり、切ったり、撃ったり。

 たしかに物騒で危険かも。

 

 だが、考え方によっては逆の発想もできるんじゃない?

 

「だったらさ、生きていこうって思ってもらえるようにしたらいいんじゃないの?」

「どういうことですか? 恐怖の対象としか見てもらえていないのですよ。魔法使い(わたしたち)は。彩葉ちゃんだって、魔法使いは危険な存在なんだと思っていたじゃないですか」

「それは、私が魔法使いがどういう存在なのか知らなかっただけだよ。

 

 でも――今は違う。

 魔法使いになって初めて分かったことだってあるじゃない」

 今日起きたことを思い返してみる。

 お風呂が造れる。明かりの代用も出来る。

 それだけじゃなく、私の魔法でも小さな刀を出せば、ナイフの代わりにはなるだろうし、武道の教えにつなげれるかもしれない。

 茜ちゃんの魔法にしたっても、地域の治安維持を頑張る警察のようなことも出来る。魔力によって、銃弾の威力が調節できるのだから、大事になることなんてない。一躍、正義のヒーローにもなれると思う。

 

 その結論から分かることは――。

 

「魔法が人間の助けになるってこと」

「それって、今日のことですか?」

「こうやって露天風呂が作れたりするんだよ。こんなのが私たちだけしか味わえない贅沢だよ」

「そうね。魔法使いの特権かもしれないわね」

「だから、人間社会に広まれば魔法使いの見方も変わるんじゃないかな」

 

 茜ちゃんと緋真さんは驚いたような、でも意外そうな顔で見返してくる。

 

「……! たしかに、私たち人間は魔法の危険な使い方しか知りませんでした。でも、今日のこれを見ると、考え方も変わりますね」

「彩葉ちゃんの言う通りかもしれないわね」

 

 二人とも納得してくれている。

 

「だけど、人に植えつけられた恐怖はそう簡単に消えるものじゃないわよ。それは――分かっているの?」

「分かってるよ。それでも、やるだけの価値はあると思うな。魔法がどれだけ人の役に立って、便利なものなのかを知ってもらえたらきっと、世の中は変わるはず」

 

 魔法使いを殺すのは危険な存在だと思われているから。なら、その認識が変わったらどうだろう?

 

「心の闇に囚われて手に入れた魔性の力を人助けに使うなんて面白い考え方ね」

「魔法ってそういう力なんだと思う。悪い感情に流されて魔法使いになってしまった私たち。だから、今度はこの力を使って魔法の持たない人間の役に立って罪滅ぼしをしていく存在なんだよ」

「絶望を振りまく力は、逆に希望を与える力になるということですか。前向きな考えで素敵です。彩葉ちゃんらしいですね」

「それが私の取り柄でもあるからね」

 

 どうだ、と胸を張る。長所は活かさないとね。

 

「いい考えだと思うわ。だけどね、すべての人間が受け入れてくれるとは限らないわよ」

「うん。それでも、少しの人間だけでもいいから魔法使いの認識を変えてくれたら私は嬉しいよ!」

「そう。お姉ちゃんもそういう日が来たら嬉しいわ――」

 

 緋真さんは湯から出て、川辺に向かっていく。

 

「風も出てきたことだし、そろそろ上がった方がいいわ。こんなところで風邪を引いてたら、元も子もないわよ」

「そうですね。せっかく私たちなりの魔法使いとしての生き方が出たんですから、風邪なんて引いてられませんね」

「よし! それじゃあ出よっか」

 

 勢いよく立ち上がり、夜風が体をさすらう。

 ――かと思いきや、吹き抜けたのは魂凍えるほどの黄泉の風だった。

 

「さっむー!! 無理無理! こんなの無理! 出れないよ」

 

 鳥肌たつ体を腕で包み込みこんで、条件反射でもう一度湯に身を浸す。

 湯しぶきが盛大に噴きあられ、茜ちゃんの顔を濡らす。

 

「あーっ! ごめん!」

「いえ。平気ですよ」

「こらこら、お風呂ではしゃいではだめよ。ただでさえ、下は石になっているのだから冗談抜きで怪我するわよ」

 

 緋真さんは周囲に炎を生み出して、熱気を浴びながら悠然と振り向いて言った。

 

「えー! それずるくない?!」

「魔法の使い方が上手いですね」

「そこ褒めたらダメ! 卑怯だよ! ずるだよ! 炎っていいなっ! 便利でっ! 欲しい!」

「最後に妬みと願望が入ってますよ……」

 

 そりゃ言いたくもなる。私も剣じゃなくああいう使い勝手が良さそうなやつが良かった。

 

「仕方ないわね。温めておいてあげるから、素早くでて着替えてしまうのよ」

 

 私たちが脱いだ服とタオルを置いてある辺りに、カーテンのように炎を敷いてくれた。

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