魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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4話

その日は冷たく、静かな夜だった。

 閑散とした帰り道では、すれ違う人なんてだれもいない。

 歩調はいつもより早く、まっすぐに家へ向かう。たかが数分の短い距離だが、静寂に満ちた夜は自然と得体の知れない恐怖心みたいなのがある。特に今日のような嫌な話を聞いた時は倍増だ。

 心強い街灯の下をまっすぐに進むと、道の角に築三十年はあろう風情に色褪せた白い外壁が目立つ二階建ての家がみえてくる。あれこそが我が家である。

 

「ただいまー」

「おかえり、ご飯できてるわよ」

 

 家に戻ると母さんが待ちかえていたかのような手際のよさで出迎えてくれた。

 

「今日はなにかなーっと」

 

 一仕事を終えてお腹はすっかり空腹状態となっており、気分はすでに夕食モード。

 冷めた体的には鍋物あたりがいいなと思いながらリビングへと向かう。

 

「帰ったか。おかえり彩葉」

 

 そこには無精髭を生やし、群青色の着物が年代を感じさせる中年の風体をした人物。父の雨宮源十郎が酒をぐいっと煽っていた。

 父さんは仕事の都合上、基本的に自宅で部屋に籠っていることが多い。それゆえに髭も剃らず、髪はボサボサの状態だ。

 誰がどうみても不衛生に見え、着物も仕事着兼へや着として扱っている。

 

「ただいま……って、あ! 鍋じゃん。やった」

 

 いそいそとまずはコタツに入り込む。

 食卓には、野菜にお肉、締めのうどんになんとカニまである。なんとも豪勢である。それらがコタツ一杯に広げられ、中心にはぐつぐつ煮えている土鍋が置かれている。

 今日は水炊きのようだ。

 タイミングよく帰って来れたおかげで、具材はすでに煮えており、すぐに食べれる状態になっていた。

 

「彩葉のために準備しといてやったぞ」

 

 どうだ! 気が利くだろ、っといわんばかりの語調で語り掛ける父さん。うんありがとね。

 

「でも、先に食べてるじゃん」

「これは……その……あれだ! 早くしすぎたみたいで最初の方のやつを食べて――」

 

 しどろもどろになりながら言い訳を始める父さんだが、途中でお腹がなり、話しが途切れる。焦った顔に一瞬なって、すぐに視線をそらす父さん。

 

「遅くて悪かったね」

「すまない、僕が悪かった。肉やるから機嫌直してくれ」

「いや、新品のお肉がいい」

 

 がっくりと肩を下げて残念がる父さん。中古はさすがにね。

 

「源十郎さん。それは私でもいやよ」

 

 母さんがはしとお椀をもってきて着席しながら私に同意する。

 

「奏までそんなことをいうのか……! まあ、奏は仕方ないとしても、彩葉なんか小さいときは父さんが冷まして食べさせてやってたのに、今ではこんなにも嫌がられるようになってしまったか……」

 

 遠い過去におもいを馳せるように虚空を眺める父さん。

 

「可愛げがなくなったっていうの」

「いや、そんなことはない。さすがは僕の娘、奏に似てすごく可愛く育ってくれた。……ただ娘に嫌がられるのは親としてはショックだと思ってな」

 

 ここでもまた可愛いと言われてしまう。嬉しいのは嬉しいんだが、帰り道での会話が脳裏によぎり、複雑な気分になってしまう。ちなみに母さんは可愛いというよりも美人だ。

 

「女子高生に対する行動ではなかったからよ」

「難しい年頃になったんだな」

「女の子は一度は通る道よ。大丈夫! もう二、三年もして大人になったらまた甘えてくれるようになるわ」

 

 あごに手を当て難題にぶつかったように唸る父さんにやさしいフォローが入る。

 女子高生といえば、一番難しいお年頃でもある。自分でもどういうわけか、父さんにはなんだかちょっと冷たく当たってしまう。ほんと、難しい年頃である。

 

「ところでお酒飲んでるけど、仕事は終わったの? キャパシティ……だっけ? なんか医療の研究って話しだったけど」

「いや、まだだ。これは息抜きってやつだ」

 

 そういって再びグラスに注いでぐいっと飲み干す。酒に溺れたくなるほど煮詰まっているのかな。

 

「お酒もほどほどにして仕事、早く終わらせたほうがいいんじゃないの」

「分かってるよ」

 

 最後の一本っと言ってもう一本ねだる父さん。

 母さんは「これで最後だからね」と言って三本目を渡した。

 

「そんなに大変なの? そのキャパシティって仕事」

「……彩葉。キャパシティっていうのは医療研究機関の名であって僕の職場の名。仕事内容じゃない」

 

 お椀に野菜をたっぷりとよそいながら、そうだっけ?  と自分の曖昧な記憶のに尋ねる。

 あまり親の仕事を把握していないことに父さんは嘆かわしい表情になった。

 しかし、理解していないならいないで、これを機に知っておいてもらおうと熱弁に語り始めた。

 

「今は、亡くなった人の命を存命している人の役に立たせることはできるかという医療の開発研究をしていてな、それが少し難解なもので行き詰まっているんだ。しかし、この研究が成功すると世界を揺るがすほどの大きな功績となるだろう。なにせこのご時世だ。魔法使いやアンチマジックの戦闘の被害によって死者は山ほどでる。その死者を今、この時代を生き抜いている人の役に立てないか、そう思い至って始まった研究だ。僕は必ずこの研究を成功させ、この争いの止まない世界に新しい風を呼び起こしたい」

 

 それは一歩間違えれば、人の尊厳を、道徳を犯す重大な違反につながるかも知れない危険な研究だと締めくくった。

 父さんはそれを承知の上で実験を行い、人の法を踏み外さないギリギリのラインに立って、未来のため、世界を変えるきっかけになると信じている。

 父さんはキャパシティ内でも上位の立場の人物でもあり、このプロジェクトの立案者でもある。

 自分を信じてついてきてくれる部下たちの想いと責任を背負って、世界救済の道を突き進む父さんは期待の星なのかもしれない。そう思うと誇らしくなってしまう。

 

「な、なんかすごいことをやっているんだね……でも死体を扱う研究なんて怖いかも。祟られたりとかしないよね」

 

 予想だにしていなかった父さんの途方もない大きな仕事に呆気に取られる。しかしそれと同時に道徳上、かなり問題のある内容に不安を感じずにはいられない。

 

「それはわかっている。けど、安心してくて構わない。死者を扱うに当たって研究前にはお祓い、供養を行い、親族や亡くなる直前の本人からも許可を得て行っているから今のところは問題は起きないはずだ」

 

 安心しろとはいうが、そうは簡単に納得はできない。

 死者を扱うとはそれほどのことだ。

 

「源十郎さん。自分の研究を語るのはいいけど、場所と状況は考えてよね」

 

 私もそれに同意して奏に便乗するが、元々話しを振ったのは自分であると気づいてあまり強くは出られなかった。

 父さんはと言うと、今が食事中であることをすっかり忘れていたようで猛反省していた。

 途中、食卓には合わない会話もあったがカニを投入してからは、そんなことも忘れ、黙々とカニと格闘を始める。

 

「……」

「……」

「……」

 

 無機質な沈黙が続く。

 リビングに置かれている四十インチのブラウン管テレビからはコメディ番組が流れ、お茶の間に笑いを届けるが、それも虚しく雨宮家の食卓には届かなかった。

 すべて平らげ瞬く間になくなってしまったカニ。満腹感と達成感に満たされ、ようやくリビングに声が漏れた。

 

「うーん、これで全部かあ。今日はいつもより多かったような?」

 

 集中のあまり、指や肩に溜まった疲労を実感しながら声を漏れた。

 

「奏の宝くじが当たったからな」

「え、マジで!? すごいじゃん、いくら当たったの」

 

 突然の朗報にびっくり仰天する。

 いつそんなものを買ったのか気になりもするが、それ依然に金額が気になって仕方がない。小遣いとかもらえないかな。

 

「ふふ、内緒」

 

 唇に人差し指を当てて可愛らしく話しをそらす母さん。

 その様子から相当な金額だろう。

 

「さ、そろそろ締めのうどんといきましょうか」

 

 こたつに置かれていた三人前のうどんのビニールを破っていく。

 彩葉と源十郎も同じく、ビニールをひとつずつ破って鍋に投入していく。

 そんななか私は母さんのある異変に気づいて問いかける。

 

「母さん、その指の怪我どうしたの?」

「ん、ああこれのこと? 今日、鍋の準備をしてるときにね」

「準備って……カニ? カニにやられたの?」

「ざ~んねん。正解は包丁でスパっときれたのでした~」

 

お気楽に言っているけど、結構大事だよね。それ。

 

「もっと酷いのだった!? 大丈夫なの?」

「そんなに深くはないから大丈夫よ。絆創膏も貼ったしね」

 

 怪我をした指を上下に動かして無事をアピールする奏。

 しかし、先ほどのカニと格闘した際に汁が沁みて多少の痛みが残っているのか、どことなく動きがぎこちなかった。

 

「それだけ動けたら大丈夫そうだね」

 

 テレビは依然としてコメディ番組を流していたが、突然ニュース番組に切り替わった。

 たまたま、父さんの近くにリモコンが置いてあったので犯人は言わずもがな。

 父さんは女子たちのジトッとした視線を感じながらも必死に無実を訴えていた。

 しかし、速報で切り替わったのだとわかると目線は一気にテレビの方に向いた。ホッと安堵しながらもつられて父さんもテレビの方に顔を向ける。

 テレビには見渡す限り黒く焼け焦げ、半壊した建物がいまにも崩れ落ちそうな映像とともに、現地リポーターが商店街で聞いた三十一区の大火災の報を告げていた。

 

 泣き叫ぶ幼子とあやかす親。

 

 自暴自棄になってる者とそれを奮い立たせようとする者。

 

 散乱した瓦礫に埋もれた人を救助する者と我が身を守るべく無視する者。

 

 鎮火活動に精を出す町民の姿が勇ましい。

 

 まるでこの世の終わりでも見てるような痛々しい光景。 

 

 こうして魔法使いの残した爪痕をみると、いかに危険な存在なのか一目瞭然だった。

 

「これって、魔法使いの仕業らしいよ」

「――! どこで聞いたんだそれは」

 

妙に気迫のある表情で父さんに詰めよられた。

 

「バイト中に商店街で噂になってたんだけど」

 

 そう言ったら、父さんと母さんはお互いに顔を見合わせて納得したような表情をしていた。

 

「彼女の仕業かしらね」

「多分、そうだろう。一応、連絡は聞いていたが、まさかここまで大きな事を起こすとは。彼女らしいと言えばらしいが」

 

 二人だけにしか分からない会話。一体、何のことなんだか。

 ともかく、あまり驚いてはいなさそう。やっぱり父さんたちぐらい長く生きていたら魔法使いの事件にも遭遇したことがあるのかもしれない。

 

「そういえば、もうこの町にも来ているかもしれないって茜ちゃんのお母さんが言ってたけど、実際はどうなのかな?」

「多分、来ているだろうな。おそらく、すでにアンチマジックが動いているはずだ」

 

 対魔法使い戦のスペシャリストであるアンチマジックは、四十六の支部とそれらを纏め上げる一つの本部から構成されている巨大な組織と言われている。

 日常生活をしていく上では、あまり見かけるような存在ではない組織で、普段なにをしているのかなんてのは知らない。

 そもそも魔法使いなんて存在、噂程度にしか聞いたことがないし、出会ったことなんてない。アンチマジックが密かに魔法使いを葬っているからだとかなんとか。

 

詳しくは知らないけど、この事件ももしかしたらいつの間にか解決してしまうのかもしれないね。

 

「そうね。彼女が見つかるかどうかは分からないけど、もう一人の魔法使いは早めに見つけてもらえそうだしね」

 

 いま、聞き逃してはいけないことを聞いたような。

 

「魔法使いって一人じゃないの?」

 

 二人揃って神妙な顔つきになる。それだけでもう一人――話題にすらなっていない存在がいるんだと露骨に表していた。

 

「彩葉が気にすることじゃないよ。僕がなんとかしてみせるから」

「う、うん。信頼してるから大丈夫」

 

 深刻な言い方に不安が募った。けど、これでも一家を支える大黒柱である父さんだから、心配する必要はないのかも。

 

「源十郎さん……私たち、本当に大丈夫かしら」

 

 母さんが心配そうな声で話す。

 

「ああ、そっちの方も安心しろ。僕が必ず守り切ってみせる」

「……ごめんなさい……あなたに任せてしまって……」

 

 母さんは沈痛な面持ちになり、そっと呟いた。

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