魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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56話

 息も絶え絶えに路上へと飛び出す。

 階段を全速力で駆け降りてきて、一息を入れたかったけどそうも言ってられない。

 どこに潜んでいるのかも分からないんだ。止まっていたら撃ち抜かれてしまうかもしれない。考えるよりも先に、体が動く。

 とりあえず走っておけばいい。そうすれば、弾も命中しにくいだろうし。

 

「どこから狙撃してきたのかな?」

「多分……っ、ショッピング、センターの……っ、方からだと、思います」

 

 乱雑になった息継ぎで、途切れ途切れに最後までなんとか言い切ってくれる。

 私はそんな茜ちゃんを一瞥した後に、そのショッピングセンターを見上げる。

 周りの建物のせいで頂上だけが、ちらりと顔を出していた。

 これならその辺の影に隠れてしまえば見つかることはなさそう。

 

「ここまで来たらもう大丈夫そうだね」

 

 街灯の下で膝をついて、大きく深呼吸。茜ちゃんも壁に手をついて死にそうなまでになった息を整えている。

 一段と低下された空気が染み込んできて、火照った体が冷却されていく。

 茜ちゃんには相当応えたみたい。たっぷりと時間を取って、体を休めている。

 こういう時どうすることも出来ないし、私は回りに誰かいないかと警戒をしておく。

 深夜ということもあって、道路は無人となっていた。すれ違う人なんていなかった。寂しすぎるけど、それは都合が良かった。きっと、女の子二人が深夜の町を駆け回っていたら、悪目立ちしてしまっていたはずだから。

 

「ごめんなさい。彩葉ちゃん。だいぶ落ち着いてきました」

 

 多少、咳き込みながらも調子は戻ってきていた。そういえば、茜ちゃんは病み上がりだった。

 無理させ過ぎてしまったかもしれない。これで再発とかしたらどうしよう。

 不安そうに見ていた私をよそに、茜ちゃんは周囲を見渡して、

 

「緋真さんとも合流しないといけませんし、どこに逃げましょうか」

 

 緋真さんは私たちとは正反対の方向にいる……はず。

 ショッピングセンターのある前を通過していかないといけないことを考えるとこっちから行くのは危険すぎるような気もする。

 

「相手は戦闘員だよね。てことは、纏かもしれないし、どこかで待ち伏せて迎え撃ってみた方がいいんじゃないかな」

「そうですね。屋上からここまで追いついてくるまでしばらく時間はかかるはずですし、いいかもしれませんね。」

「でしょ! 早速行動に移ったほうがいいね」 

 

 たしか、三人いるらしい。そのうち一人は緋真さんの方に行っていて、もう一人はショッピングセンターの屋上。最低でも二つのグループに分かれているということになるんだよね。

 

「天童守人さん。御影蘭さん。纏君。三人組で二グループ。あるいは、全員個別に行動しているのかも。もし個別だったら、今頃は――!!」

 

 言いかけたときに、私も茜ちゃんも即座に感じ取った。

 私たちの後ろ側の曲がり角の付近。暗闇の中、明らかに踏みとどまったような足音。普通の人ならそんなことをするわけがない。間違いなかった。

 

 

 ――いる。確かにソコに存在がある。

 じっと息を潜めて、油断を待っている。 

 

 

「三人別行動をしているみたいだね」

 

 そちらの方に目を向けることなく、まだ気づいていないことを装いながら、何気なく茜ちゃんに話を振る。

 

「そうみたいですね。多分……一人、です」

「まさかこんなことに気づけるなんてねえ。サバイバル生活がいいところで活かされてるじゃん。ここまで計算している緋真さんってすごいね」

「さすがにそこまで計算しているようにも思えませんでしたけど。でも、おかげで助かりました」

 

 記憶に閉じられた血の滲む一週間近い時間を紐解く。

 暗い森の中、逃げ続けてきたんだ。これぐらいならどうとでもなるに違いない。

 相手は一人。このまま撒いてやろうとも思ったけど、ここまで追跡されてしまったからには、多分振り切れない。だったら迎え撃ってやるまで。

 でも、そのためにはもう少し広い場所。そして、絶対に人が近づきそうになさそうな場所がいい。

 

「誰か知らないけど、とりあえず移動したほうがいいよね」

「でしたら、私についてきてください。この辺りなら、いい場所があります」

 

 先陣切って歩き出す茜ちゃん。その間にもピッタリと付いてくる足音。聞き逃すわけにもいかないので自然と無言の行進が続く。

 ミラーの一つでも置かれていたら、それを頼りにすることが出来るのに……。残念なことにそう都合のいいものはなかった。

 距離は縮まることなく、一定の間隔を付いてくる。

 

 ――ずっと。

 

 見えざる影がベッタリと歩調を合わしてくる。

 光を遮断した夜空の下を外灯だけが照らしている冬の道路は、私たちを安心させるには不十分すぎる。

 点々と等間隔に設置された外灯が先を照らし、まるで道案内でもしているかのよう。

 一度、二度の曲がり角を折れて、建設地帯に入る。

 真っ直ぐにここに向かっていれば、もっと早くに辿り着けそうな距離だった。無理とは分かっていても、もしかしたらという気持ちで、入り組んだ道順で遠回りをしたみたい。

 それでもやっぱり、気配は途切れることなくずーーっと付き纏っていた。まるで、私たちの影にでも憑依しているんじゃないかと言うほど。

 老朽化の進んでいたホテルの工事現場に足を踏み入れる。ここならまず誰も寄り付くことはないし、人が通ることもなさそうで、都合の良さそうな場所であって良かった。気を回すことなく、思う存分にやれる。

 ふと、気配が止まる。敷地内には入ってくるつもりはないのかな。

 すぐそばの壁際で立ち止まっていることが分かる。

 茜ちゃんと顔を合わせる。静かに続いた追いかけっこはここまでのようだね。

 

「そこにいるのは分かっているよ。そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃないの」

 

 未だに鳴りを潜めている正体不明の人物に投げかける。

 こっちは二人で相手は一人。数的には断然に有利だ。

 なにも恐れることなんてないし、恐れる必要もない。

 経験の差はあったとしても、あのサバイバル生活のおかげで少しは身も心も成長しているんだし。

 だから自分でも驚くほどに心は穏やかに波打って、余裕を持って強気に出てみた。

 

「やっぱりばれていたみたいだな」

 

 男の声。

 ドキリとした。だけど、同時に懐かしい感じがした。

 ゆっくりと近づく足音が嫌にうるさく響く。

 工事現場前に設置されたスポットライトに姿が滑りこんだ。

 予期された理想。一番在って欲しかった形。

 舞台の袖から現れた姿に、ここに来るまでに渦巻いていた予感が確定された。

 

「やっと会えたね――纏」

「こんな日が来てくれて良かったです」

 

 おそらく、緋真さんのところには天童守人が行っているだろうと思った。あの緋真さんがあれほどの大規模な魔法を使うぐらいなんだから、あの人以外にはいないはずだ。

 

 残りは二人。

 

 屋上で狙撃してきた人は多分違う。もう一人、私たちを追いかけてくる人物といえば、その人しか考えられなかった。

 道中、茜ちゃんと話し合った通りだ。

 殺すつもりなら、わざわざ追い回す必要なんてないのに。後ろから黙って殺ってしまったら良かったんだ。

 それをしなかったのには理由がある。いや、もしかしたら単純にしたくなかっただけなのかもしれない。

 いまとなってはもうどうでもいいけど。とにかく、こうして出会えた。

 

「久しぶりだな。彩葉、茜」

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