魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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62話

「先日の咲畑町の件。ご苦労だった」

 

 アンチマジック三十一区の統括を任されている責任者の部屋に、二人の男性が労いの言葉に表情を変えることなく立ち尽くす。

 本日、呼ばれた内容をある程度は把握していた天童守人と樹神鎗真にとってはただの社交辞令にしか過ぎない出だしだ。

 

「なに、私は戦闘員としての行動に忠実に従っているだけだ」

 

 魔法使いを狩ることを戦闘員の役目である以上、当然のことと言えば当然だが。強大な相手を一人で打ち取ったとなれば、礼を尽くすほかないだろう。

 

「キャパシティの幹部とやらは全員あれほどの実力を備えてやがるのですか。いちいち戦う度に町を半壊されてちゃあ世話無いですよ」

 

 野原町の雨宮源十郎、咲畑町の穂高緋真。両名によって生死を彷徨い、住む場所を失った町民の被害は多大な物だった。

 毎回のようにこうなってしまってはまるで意味なんてないに等しいのではなかろうか。

 

「犠牲者には申し訳ないが割り切ってもらわざるを得ないな。我々も万能ではない。救えなかった者は少なからずは出てしまうものだ。その埋め合わせとしてこういう手段を取っているのだ」

 

 責任者は手に持っていた新聞を机の上に放り投げた。

 その内容はもちろんの如く、守人と鎗真も把握している。

 

「それも嘘の情報でしょうが。穂高緋真は死亡したのではなく、捕虜としたのでしょう。雨宮源十郎と同様に」

「裏社会に強大な権力を持つキャパシティの幹部だ。長年われわれと争ってきた組織の情報を知る為には活かしておく必要があるからな。それに、こういうことは町民が知る必要はない」

 

 何も知らずに生きていけるということは時と場合によっては幸福だ。

 危険な裏側に首を突っ込ませることはどういった状況になるのか。それが分からない鎗真ではなかったようで、納得はしている。

 

「あの記事を書いたことで一番衝撃を受けたのは組織に連なっている魔法使い共だろう。あとは、あの彼女たちか」

 

 言われて鎗真はすぐに理解できた。ああ、そういうことですかと。

 

「彼女たちを導いた炎が消えたとき、どう行動に出るのか見物だと思わんか」

 

 下卑た笑みを浮かべた守人。魔法使いに対してはこと容赦ない性格だ。

 

「殊羅と月の報告にあった魔法使いだったな。……話を聞く限りでは、そこまで脅威になるとは思えんが、一応用心するように手配はしておくか」

「ええ。私個人としても、少し引っかかることがあるのでな、可能な限り目を張っておいた方がいいだろう」

 

 先日、守人はとある魔法使いに異常なまでに敵意を向けられていた。数々の魔法使いを屠ってきた守人だ。同族である魔法使いからなにかしらの怨みを買っていても然るべきことだが。今回、かんじた違和感はそれではなかった。

 あの灰色の髪をした魔法使いとは、昔どこかで会っている。

 それがどこなのかは思い出せないが、切っ掛けは間違いなくそこに在るはずだ。

 

「彼女たちの対処は追々考えていくとしよう。とりあえず、今回の報酬を受け取ってくれ」

 

 責任者は机の上に置いてあった二つのバッジを手にする。

 銀色に煌めき、それぞれ赤と紫の文字が彫られており、二人は恭しく受け取った。

 

「S級とF級――それがお前たちへの報酬だ」

 

 赤色は最上級の色。武功の数が積み重ねられ、評価されただけの価値があるバッジ。

 対して紫色は最下級の色。零から数字を稼いでいき、一歩を踏み出したばかりの始まりのバッジ。

 

「まさか、俺にもこれを付ける日が来るなんて思いませんでしたよ」

 

 胸に貰ったばかりの紫のバッジを装着し終えた鎗真は、アンチマジックに訪れた日を思い返した。

 

「二名も戦闘員が抜けられてしまっては仕方がないだろうよ。上からの異動命令だ。まあ、よくあることだと思っておけ」

「これで、お前も晴れて魔法使いを狩る側に移れたということだ。良かったじゃあないか」

 

 守人は赤色のバッジを橙色のバッジと取り換えた。何度も何度も取り換えてきた経験を持つ守人は、以前までのバッジを感慨深げにするでもなく無造作にポケットに突っ込んだ。

 

「一応、俺は戦闘員として不採用された身なんですけどね」

「使えそうではあったが、早死にしそうであったのでな。使い捨てにするわけにもいくまい」

 

 戦闘員は毎日のように必ず誰かが死ぬ。そして、新しく戦闘員が補充される。その繰り返しが続く。

 誰でも適当に補充すればいいというわけではない。適性のない者はサポートに回し、死者の数を出来るだけ減らす方向性に持っていく方が遥かに効率がいい。

 だが、それでも戦闘員不足には陥る。使える者がいなければ、サポートを戦闘員に使い回していくしかないのだ。

 

「理由はともかく、お前たちはこれから忙しくなるぞ」

 

 事務的な態度に戻した責任者は、期待の眼差しを浮かべた。

 

「樹神鎗真は監視官からF級戦闘員へと異動。

 天童守人はS級戦闘員への昇格。

 二人には今後の活躍に期待させてもらうよ」

 

 特に喜びに満ちた様子を見せることもなく、だが、それでも期待には応えるつもりはあった。

 その証拠に二人は気のいい返事を返したのだった。

 そうして、用が済み、新たな職場へと向かうべく部屋を出ようと踵を返したところを責任者が呼び止めた。

 

「待て。まだ、話は終わってない。――守人君。君にはこの区画から離れてもらうこととなった」

 

 タイミングを示し合わせたかのように、二人は歩を止めて振り返った。

 

「この周辺の区画はS級の殊羅とA級の月が回収屋捜索の任でしばらく滞在することになってな。ここにS級は二人もいらないという命令だ」

 

 階級は上になっていくほど、数が減っていく。とりわけ、S級なんて位は数名ほどしかいない。

 現状見れば、確かに戦力が集中しすぎていることは言うまでもない。

 

「なるほどな。殊羅がここに来ると言うならば、私の行先は――」

 

 その先は責任者が紡いだ。

 

「魔法使いの被害が最小限に抑えられてきた全四十七区画の中心地にして、最高戦力と上層部が居を構える区画。

 ――二十三区だ」

 

 変わった者と変わらなかった者。

 幾千幾夜の果てに待ち受けた小さな物語達は、個別に終息《エンディング》を迎えた。

 物語を共に紡いできた者たちは、分解されて別の物語へと合流し、あるいは個人の物語へと進み始める。

 今回の一件で裏社会が新しい動きを見せ始めることとなった。

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