魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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68話

 ここは、高架まで伸びる長い木の上。そこに私と茜ちゃんと蘭。

 さすがに五人もここに登れそうにもなかったから、後ろの木には纏と覇人が登っている。

 静けさに包まれた夜に色づく冷気。

 奔る鼓動が落ち着きを失くしていくと共に時間も過ぎていく。

 周りを見渡してみても線路が続いているだけでまだ来る気配もない。予定ではもうそろそろ来てもいいのだけど、ただ待っているだけというのは妙に落ち着かない。

 気を紛らわすように、私は魔眼でずっと両端《ターミナル》を観察している蘭に話しかけてみた。

 

「どう? 様子は? いい感じ?」

「どんな感じよ……。気が散るから、彩葉は黙ってなさいよ」

「あまり適当なことを言って、蘭さんを困らせてはダメですよ」

「はい……ごめんなさい」

 

 当然のように怒られた。というか、茜ちゃんって私と同調してくれるときは蘭が苦労して、蘭に同調した時は私がひどい目にあっている。

 世渡り上手過ぎだよ茜ちゃん。

 事前に打ち合わせをして、蘭の力で見張りの警備兵を沈黙させたあと、騒ぎを聞きつけた中の警備兵を外へとおびき出す作戦となった。

 ただ、欠点としては、私たちには何も見えてないし、何が起こっているのかも分かっているのは蘭しかいないということ。

 どうやら、蘭の魔眼は暗い景色であったとしても、見ている場所が明るければ見えているらしい。

 ここに来た時点で両端《ターミナル》には二人の警備兵が見張っていると蘭から聞いたけど、そこからの進展はほとんどなく、見張りの交代があったぐらい。

 

『蘭、そろそろ約束の時間だ。始めてくれて構わないぞ』

「分かったわ」

 

 通話状態にしていた私の携帯から、周りに聞こえるぐらいの音量で纏の声を発してきた。

 

「彩葉と茜も準備はいいわね」

「うん」

「はい」

 

 目線は両端《ターミナル》から離さない蘭に言葉で返した。向こうにいる纏と覇人にも聞こえていたみたいで、了承の返事が返ってくる。

 いよいよだね。

 

「――行くわ」

 

 伸ばした腕の先から魔力弾を構える。

 いまの蘭は、戦闘員の頃に使っていた狙撃銃のような状態になっているらしい。

 視界を調節して、微弱な魔力すら感知してしまう望遠と索敵の魔眼。そして、魔法使いなら鍛錬しだいでは最強にもなって、最弱にもなる初歩中の初歩である魔力弾。

 瞳が光学照準器と例えるとしたら、腕は銃身のような感覚だって蘭が言ってた。

 

 気配が死んだ自然。

 障害となるものはすべて消えて、感覚を研ぎ澄ますには丁度いい夜。

 

 出来ることは、ただ成行きを見守り、結果を見届けること――!

 

 蘭が狙いすますのは開戦の合図となる二人の鐘。

 横目に眺めて驚く。そこに生命の形が在るというのに、息遣いすら感じられない。

 

 ここにいるのは人間/魔法使い。そのどっちでもないみたい。

 

 いま、目の前にいるのは。人にして人にあらず。

 無機質な武器が鎮座しているという表現が相応しいと呼べる存在。

 

 暗闇に灯った光《いろ》が、その先を見据えてついに――

 

「大丈夫。当たる――!」

 

 破壊の理を担った最強の超々遠距離射撃が猛威を振るい出す――

 立て続けの二連続。

 遅れて遠くの方で爆発音が響いてくる。遅れてわずかに聞こえる悲鳴にも似た声が木霊している。

 

 当たったのかな。私たちではどうにも分からないから蘭にどうなったのか聞こうとしたところで、蘭が振り返る。その顔を見るからには成功したということかな。

 

「成功よ」

「おぉ……! さすがだね!」

 

 周りには木々が建ち並んでいるのに、それでも見事たった二発だけで当てたんだから、すごいと褒め言葉しか出てこないや。

 

「彩葉ちゃん、蘭さん。――来ましたよ」

 

 線路の後方から光が映えてきた。

 ついに来たんだ。

 私たちが乗り込む予定の貨物列車だということはすぐにわかった。

 

「彩葉、茜、蘭。あれだぞ。乗り遅れるなよ」

「分かってるって」

「そんじゃ、コンテナの上で会おうぜ」

 

 携帯を切って、ポケットにしまう。

 もうすぐそこまでやってきている貨物列車に飛び移る為に、私たちは三人で顔を合わせる。

 どうやらみんな心の準備は出来ているみたいだね。

 飛びやすい位置に移動して、落ち着かせる。

 

 大丈夫 ――大丈夫 ――大丈夫。

 

 飛べる ――飛べる ――飛べる。

 

 後ろの木がざわめくと、纏と覇人が飛び出してきた。

 

 次は私たちの番。

 

 良し――! 飛べる――!

 

「行くよみんな――!」

 

 コンテナの上を目指して勢いづけ、一斉に跳び出す――。

 着地した衝撃がコンテナに振動する。思った以上に大きな音が鳴ったけど、どうせこの辺には誰も乗っていないんだし、問題ないはず。

 

「全員乗り移れたな」

「うん。あとは、このまま到着するまで待つだけだね」

 

 足元から伝わってくる列車の振動を味わいながら、列車は出入り口へと向かっていく。

 並走して映る景色は白銀の荒野と白い化粧を纏った木の先端。

 道路にはまばらに足跡やタイヤの跡が残っているから、今日だけでも両端《ターミナル》への出入りはそれなりにあったという証拠になっている。

 

「――! 全員隠れるか、身を潜めて!」

 

 蘭が小声だけど、強制力のある強い語調で警戒をだした。

 

「どうしたのですか?」

「前から人が来るわ。このまま突っ立っていると、すれ違ったときに姿を見られるかもしれないわよ」

 

 それは大変だ。ここまできて失敗する可能性は出来るだけなくしておきたい。

 でも、隠れるか身を潜めろって言われたって、どこにいけばいいの?

 

「この状況を潜り抜けるとしたらあそこしかねえな」

 

 覇人が指示した場所はコンテナとコンテナの隙間。

 

「あんなところか――しょうがない。よし、みんな早く行くんだ――」

 

 纏の合図を元に、コンテナの上から列車の連結部分にある足場に身を滑らせる。

 五人で密着してなんとかギリギリといったところ。

 この隙間なら上にいるよりかは、道路側からしたらいくらかは見えにくい位置になっているはずだから、大丈夫だよね。

 加速していく列車から発生する肌を叩くような強い風が吹きすさぶ。

 隣人のかすかな息遣いを聞きながら、コンテナに張り付いていると、蘭の言った通り懐中電灯で道を照らしている警備兵が来た。

 魔眼を解放した状態の蘭がじっと警備兵を見つめ、やがて安堵の息をもらした。

 

「大丈夫。気づいた様子はなさそうだわ」

 

 良かった。とりあえずは危機は去ったみたいだね。

 

「これで無事に到着できそうだな」

「そうね。けど、安心するのはまだ早いわよ」

 

 その通り。ここからが本番だ。

 このあとに待ち受けているのは難攻の砦。

 事前に二人の警備兵を倒しているとは言っても、まだまだ数は控えている。

 そう簡単には通れることもないだろうし、本当の危機はこれからだった。

 

「両端《ターミナル》の方がどうなっているのか分かんねえのか」

 

 事前に蘭が魔力弾で入り口を見張っていた警備兵を二名無力化したことで、現状がどうなっているのかは知らない。だって私たちでは見えないし、見えるのは蘭だけ。

 

「先に倒した二人とさっきすれ違った二人。そして、入り口前に三人。併せて七人外に出てるわ」

「もう行動に出ているのですか? 早いですね」

 

 こんなところまで動くということは、大体の狙撃地点に気づかれているのかもしれないね。

 

「……それでもまだ、両端《ターミナル》に十三人残っているのか。向こう側と合わせると三十三人いることになるな」

「――いや、三十人だ」

 

 覇人の言葉に私たちが驚く。計算上は纏の言う通りの数字になるはずだけど……

 

「どうして三人減るのですか。警備兵は各両端《ターミナル》に二十人が滞在しているんじゃなかったのですか」

 

 茜ちゃんの正論に覇人は少し黙った後に、口を開いた。

 

「……いや、な。きょう、町の居酒屋で過ごしていた時にたまたま聞いたんだよ」

 

 いないと思ったら、そんなところで時間で潰していたんだ。別にいい……いやあまりよくないんだけど、この際はどうでもいいとして、それが本当だったら三十区側は半分に減っていることになるから、随分と楽になりそうだね。

 

「……まったく。未成年なのに毎度毎度なんかい同じことを注意をしていると思っているんだ。……でも、今回は役に立ったから許すとして、次はないぞ」

「相変わらず硬いねぇ。もちっとこう、大人の愉しみというのもお前も覚えたらどうだよ」

「遠慮しとくよ」

「覇人くんは悪い人です」

 

 全面的に覇人が悪いよね。でも、だれも憎めないから普段よりはあまり責められていないから良かったね。

 

「……」

 

 一人、蘭だけは険しい目つきで覇人を見ていた。魔眼で何かを探る様に、それが妙に気になったけど、すぐに目を逸らしたから私もあまり気にしないでおくことにした。

 

「おしゃべりはそこまでにしといたら。――もう、着くわよ」

 

 緩やかなカーブを抜けると、直線状に天にまでそびえる様な高い壁が見えてきた。こうして真正面から見ると、異様な存在感がある。

 魔法使いを徹底的に拒んできた最恐の護り。

 

 抜けられる場所はただ――一つ。

 

 両端《ターミナル》と呼ばれる出入り口。その中は私たちが唯一切り抜けられる場所にして、区の最後の防衛拠点。

 

「あれが――両端《ターミナル》なんだね」

「関所の頃には何度か来ましたが、改装されてからは初めて来ました」

「外観は変わっているわけでもねえけど、中身はえらく変わっちまってるんだぜ」

 

 壁に大きく空けられている入り口。外観を変えようと思ったら、壁そのものをリニューアルしないといけないもんね。

 

「それでも突破口があそこしかない以上は、俺たちは挑むしかない」

「そうね」

 

 徐々に減速を始めていく列車に合わせて息を殺す。

 そのころには、私の目でも外にいる警備兵の数が見えるようになってきた。

 完全に沈黙している二人の警備兵に一人が寄り添っている。あとの二人は襲撃に警戒しているのか道路を捜索しているのが分かった。

 懐中電灯であっちこっちと照らしているところも見ると、警戒はかなり強そう。

 一瞬、列車の方にも当てられて、寿命が縮むような気がしたけども、私たちが隠れているところには照らされなかったから、とりあえずは何事もなく通り抜けれた。

 

「いよいよだね」

「ああ。必ず……無事に突破しよう――!」

 

 中にいるのは残り十人。

 ここを抜けることはそんなに難しくないはず。

 そして、その先にはまだ見たことがない新しい区。

 立ち向かう私たちは五人。

 相手は二十九区と合わせて三十人。

 

 数は多いけど関係ない、別に相手にする必要はないんだし。

 勝利条件――それは、ただ向こう側に辿り着くことができたら勝ちだということ。

 

 さぁ、切り抜けよう。

 私たちが生きていくために――

 

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