魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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84話

 まずは、研究所の一階に繋がる階段を目指す。

 いまはもう止まっているけど、警報が鳴ったせいで騒然とした研究員が、にわかに動き始めている気配を蘭が探知してくれた。

 複雑に入り組んだ通路では、曲がり角がいくつもあるせいで、どこからともなく研究員が現れるかも分からない造りになっている。私たちは内部の構造をこれっぽっちも把握していないせいで、不意な襲撃に遭ったりする可能性がある。

 だけど、気にしてなんていられない。

 見つかってしまった以上は、こそこそ移動していても仕方ないし。向こうから襲ってくると分かっているから、最低限の対処をするための適応力だけ身に付けておけばいい。

 入り口まで一直線にただ進むだけ。

 邪魔をするなら蹴散らす。

 簡単な脱出劇になりそうだと思った矢先――目の前に石ころが飛び込こんだ瞬間に視界が黒く染まった。

 同時に耳を一時的に機能停止にまで追い込む爆音。

 派生して生み出された爆風は、凪いだ通路を震わした。

 以上。三つの現象は、私たちの足を止めさせるには十分な理由となった。

 

「この威力……血晶か」

「ああ、あれね。月ちゃんが得意としてる宝石みたいなやつだよね」

「屋敷前で見た威力そのままですね」

 

 行く手を阻んできたのは、白衣を着た複数の研究員。

 手にはそれぞれ、何らかの武器を持っている。アンチマジックの使う武器ということはすべて魔具でいいよね。

 

「何を持ってきても構わないわよ。すべて、燃やし尽くしてあげるわ――ッ!」

 

 久しぶりに見る、緋真さんの炎の魔法が狭い通路を飲み込んでいく。

 広範囲に拡がった炎は、研究員たちの避ける術を与えることもなく瞬く間に終わったと感じた。

 だけど――。

 研究員たちはその場から一歩も動くことなく、悠然と立ち尽くしていた。

 その手にはお守りのような物を掲げ、空間に膜のようなものが覆っている。

 

「守護天使《ガーディアン》。あらゆる災厄を切り離し、所有者に安全圏を約束する盾よ。あれがある限り、あたしたちの魔法は一切通用することはないわ」

「まるで魔除けですね」

「原理的には魔障壁に近いらしいわ」

 

 そんなのと一緒にしてしまうと、私たちを阻んでいるのはまさに難攻不落の盾。

 一番威力の高い緋真さんの魔法を防がれて、私たちにそれを砕く矛なんてあるのかな。あ、でも緋真さんは魔障壁を壊して三十一区に来たんだっけ。

 じゃあ、突破することは簡単なのかも。

 

「あのときは魔障壁にちょっとした細工をしていたおかげで破壊出来たのだけれど」

「細工……ですか? あの魔障壁に?」

 

 そんなことが出来るなんて、もっと早くに知りたかったな。そしたら、あんな苦労せず、楽に通れたのに。

 

「詳しい原理は未だ検証中だ。だが、あの魔具が魔障壁に近い性能を有しているとなると、現時点では破る術は思いつかないな。それよりも――」

 

 気にかけておかないといけないのは前だけではなかった。

 さすがに魔眼持ちなだけあって、蘭も危険にいち早く気づけていたみたいだけど、私が刀を創ったのを見て手を引いた。

 

「――!!」

 

 T字路となっている通路から研究員が襲ってくる。私は誰よりも疾く対応して、創った刀を振り下ろす――!

 しかし、刀身は研究員を斬ることもなく、吸い込まれるようにして消えた。

 消えた刀身で確信する。手に持っていたのは使い捨ての魔具。“取捨の剣”(アゾット)だ。

 

「油断しない――!」

 

 割って入ってきたのは蘭だった。邪魔だったのか、私を押し倒して間髪入れずに研究員を蹴り飛ばす。

 

「魔法が通じないなら、体術で対応しなさい」

 

 とっさの判断はすごいけど、だからって蹴り飛ばすかなー。普通。相手が私とか関係なくすぐに手を出すのは悪い癖だと思うな。

 

「蘭ってば。しばらく見ない内に随分とやんちゃな子に育ったのね」

「何言ってますの? 緋真もあんな感じですわよ」

「え、私?」

「ああいう大胆なやり方をするところが一緒ですわ。まったく、無茶な戦法ばかり選んで……格闘戦に持ち込む魔法使いなんてそうそういませんわよ」

 

 そういえば何度か戦闘員を相手にしていた時、緋真さんは掌底を叩きこんでいたような。

 

「しかし、全員が魔法を封じる魔具を使っているようなら、彩葉たち魔法使いは本領を発揮できそうになさそうだな」

「ここは魔具の研究所だ。すなわち、奴らにとっては魔具の保管庫にもなっていることを意味している。武器が尽きることはないだろう」

 

 楽観的にいたのに、一気に絶望的な状況へと早変わりしてしまった。

 前から、後ろから。そして、横から研究員が迫ってきている。

 

「でもさ、戦闘員じゃないなら一般人とあんまり変わらないんでしょ。魔具を使う分ちょっと厄介なだけって思えば何とかなるって」

「ま、よくて警備兵と同等ぐらいだろうぜ。戦闘経験がない分、魔具もまともに使えねえだろうけどよ」

 

 対魔法使い戦に特化した戦闘員でなければ、まともに戦うことも出来ないはず。警備兵と同じで、根本的に場慣れしているわけがないんだ。

 

「で、では蘭さんの言う通り、格闘戦をしなければならないのですか。私、人に暴力を振るったことなんてありませんし、不安になってきました」

「安心しなさいな。私も野蛮な行為はありませんわ」

 

 茜ちゃんと汐音は見掛け通りなかったみたい。当然、私も殴ったり蹴ったりしたことがない。拳と拳で語り合うような喧嘩なんてしたことないし、下手したら研究員たちに返り討ちにあったりするかも。

 だからこそ、私にしか出来ない手段で戦うしかない。

 

「私に任せて、茜ちゃんは下がってて」

 

 逃げ場を完全に囲まれた状態の最中、研究員たちは血晶を飛ばし、取捨の剣《アゾット》を構えて襲ってくる。

 三方向からの襲撃でも、私たちは持てる力の限り戦うしかない。

 唯一、魔法使いじゃない纏は魔具で対抗している。とは言っても、魔力を帯びた刃は飛ばせないから、太刀としての扱い方に留まっているけど。

 そして、私は短剣を創りだし。相手の動きに合わせて、身を捻る。回避して横をすれ違う様に、撫でるように斬りつけて次の標的に目を合わせる。

 踊るようにすり抜け、蝶のように剣の舞を披露する。

 誰も捕えることは出来ない。

 私の独壇場となったステージで一人、また一人と無駄な動きをすることなく、鮮やかに斬っていく。

 気づいた時には、痛みでうずくまる研究員で埋め尽くされていた。

 他の人たちも十分な活躍をしていた結果が数で現れている。

 残った研究員たちは、恐れをなして刃向うことすらしなくなっていた。

 

「だいぶ、数を減らせたな」

「あの、もうこれ以上は無駄だと思います。だから、大人しく私たちを通してください」

 

 茜ちゃんの心からのお願いが果たして聞き届けてくれたのか、魔具を放棄する研究員たち。

 意外とあっさりと降参してくれたのかと気が緩みそうになった矢先――二名の研究員が白衣から謎の赤い液体が入った注射器を取り出した。

 

「あれも……魔具なのかしら?」

「いや、あれは……まさか……」

 

 父さんが動揺を見せるも、研究員は注射器を自分に差し、赤い液体が流れ込んでいった。

 すると、狂気に駆り立てられたような痛ましい叫びが木霊し、濃密な負の気配が辺り一面を満たしていく。

 

「嘘でしょう……。この感じ。何が起きているのよ」

 

 魔眼を所持している蘭じゃなくても、私にでも分かる。

 おそらく、この場にいる纏を除いた全員が同じことを思ったはず。

 こんなのって……あり得るの? 

 私は自分で見ている目の前の現象にただただ、疑問符だけが浮かび上がってくる。

 

「どうなっていますの?! どうして彼らから魔力を感じますの?」

 

 そう、たったいま。謎の赤い液体を注入した研究員たちからどういうことか、魔力を感じている。

 唐突に、不可解な魔法使い化に戸惑いを隠し切れるわけなんてないよ。

 

「魔法使いになる魔具……ということなのでしょうか?」

「違うな。あれは、魔具なんかじゃあない。魔法使いの血液を取り入れてる」

「つまり?」

 

 赤い液体の正体が分かったところで、それが魔法使い化に繋がるなんてどういうことなんだろう?

 魔法使い化は、人が負の感情や過度な情緒不安定に取りつかれた時などに発生する異常事態。突発的な人の精神崩壊がきっかけになるんだよね。なのに、血を取り入れただけなんていうのは、そのどれとも一致していない。

 

「魔法使いの血液には、魔力が宿っていることは知っているだろう。元々は、破壊衝動が具現化されて発生している力だ。それを正常な人に取り入れた場合、狂気に駆られ、精神崩壊を起こす」

「魔力が精神を侵し、人を狂わすというのか……。だが、いいのか? 無理やり精神を壊す様なことをしてしまって……」

「無論、正常な方法で魔法使い化に至っているわけではないから、かなりのリスクを負ってしまう。不意に湧き上がった破壊衝動に憑りつかれ、精神は完全に崩壊する。その先に待ち受けているのは、魔力を抱えた虚ろな人の抜け殻だよ」

 

 私は一度、魔法使い化を体験しているから分かる。心の片隅に眠っている嫌な感じが徐々に身体を汚染していき、ちょっとずつ新しい自分に作り替えられていくような感覚。

 大切に積み上げてきた人格が変わっていくには時間がかかるように、魔法使い化も蓄積した負の感情が一線を越えて初めて生まれ変わる。

 でも、血液を取りいれると、それをすっ飛ばして豹変する。

 人が変わる。という文字通りのことが起きる。

 

「あの人たちは、もう……元には戻れないのですね」

 

 茜ちゃんは、ひどく悲しい声音を出した。

 

「そうまでしてでも、俺たちを逃がしたくなかったのか」

「同情する必要はないさ。連中はそれを覚悟して実行に移している。僕たちという存在は、人の手には余るものだ。取り逃がさずに済ませる方法としては、それしかなかったんだろう」

 

 血走った瞳で私たちを射抜いてきた研究員たちは、やり場のない破壊衝動をぶつけたくて魔力弾を展開した。

 ストレス発散をするかのように撃たれた魔力弾は、その対象に茜ちゃんが選ばれる。

 

「――え……!」

 

 あまりにも自然かつ、遠慮のない一撃に身体を縫い付けられたように動けなかった茜ちゃんは絶句した。

 でも、その瞬間。私も唖然とすることになる。

 暴力の矛先は、予想もつかない場所で発散された。

 死を覚悟した茜ちゃんの前には父さんがいて、代わりに父さんがいた場所には魔力弾が着弾している。

 

「……」

 

 父さんはまるで表情が変わることもなく、明確に殺意のこもった魔力弾で、こっちに襲い掛かろうとしていた研究員に撃ち返す。

 高度に圧縮された魔力弾を受け止めきれず、回避せざるを得ない研究員。直線上に飛んだ魔力弾は、避けるだけなら特に難しいことでもなかった様子。

 しかし、次の瞬間――

 避けて研究員の後ろ側に飛んだ魔力弾と父さんが入れ替わっていた。

 目の前にはさっきの魔力弾が、駆け抜けた軌跡を辿りなおしてもう一度研究員の方へと飛んでいく。

 ――再度、着弾するまでの時間。その短い間に父さんは次を仕掛けていた。

 無防備に背中を見せている研究員に魔力砲を放ち、倒れる前に白衣から一本の短剣を抜き取った。

 そのころには、自分で放った魔力弾に直撃寸前まで迫られている。だが、直前になって霧散することになった。

 振るわれたのは使い捨ての魔具“取捨の剣”(アゾット)

 今度は、魔力を宿した“取捨の剣”(アゾット)をもう一人の魔法使い化した研究員に投げ放ち、相応の強力な爆撃が襲った。

 私が息を飲んで傍観していた内に、一方的に戦闘が終わらせられていた。

 

「あなたたちは、初めて見ますわよね?」

「オッサンの魔法は対象と自身の位置を入れ替える魔法。……よく、あんな使いにくい魔法を使いこなせるもんだぜ」

 

 その場から消えたり、現れたりしていたのは目の錯覚ではないみたい。

 

「なんか、反則すぎない? それ。瞬間移動みたいなもんでしょ」

「いや、これがそういうわけではないんだ。僕の魔法はあくまでも入れ替えだ。対象となる存在がなければ魔法は発動しない」

 

 火が出せたり、剣や銃などの単純な魔法とは違うんだ。いままで見てきた魔法の中でも一番変わった魔法だね。

 

「なるほど。それで魔力弾を入れ替え対象として使ったのですね。魔力弾と入れ替え魔法を上手く使いこなさなければいけない。たしかに、使いどころの難しそうですね」

「条件下でのみ発動する魔法……か。そういうのもあるんだな」

「僕の魔法を止めたければ、方法は二つしかない。

 魔力弾を受け止めるか、相殺するかだ。僕の魔力弾を回避するということは、移動先を与えてくれているようなものだ」

 

 便利そうだと思ったけど、そう簡単なものではなさそう。意外と頭を使った戦法を取るしかないみたい。なんだか、ホッとする。私の魔法が剣を出して振り回すだけでいい単純なもので良かった。

 

「やはり、非戦闘員の我々が魔法使いには敵わないらしい」

 

 降参にも聞こえる言葉かと思えば、研究員の一人は白衣から例の試験官を取り出す。

 

「さっきの奴らを見ていて、まだ懲りない人たちなのね。馬鹿じゃないの? あんたたち」

「もう、止めてください。同じことを繰り返すだけです」

 

 たとえ、何人が襲ってこようともキャパシティの幹部が三人もいる限り、研究員たちには手も足も出ることはないはず。結果が見えているからこそ、余計な犠牲が出ることを茜ちゃんは嫌がった。

 

「これでも、我々はアンチマジックの一員だ。外の世界に毒となる素材は、ここで殺処分するしかあるまい――」

 

 残っている研究員たちは一斉に注射器を取り出し、その中身をすべて体内に取り入れた。

 次第に具合が悪そうな患者のようにうずくまり、狂気じみた声が通路内に響き渡る。

 

「我々は……ここで死に近い状態に追い込まれるだろうが、せめて……お前たちを道連れにすることが……出来れば、本望だ」

 

 生命を削った、力の限りの咆哮。

 重なり合った発狂音に精神を蝕まれそうになる。

 嫌な合唱。聞くに堪えない歌声に耳を塞ぎたくなってくるけど、身体が居竦まってしまっていることに、今更のように気づいた。

 怖いんだ。いま、わたしは自分を棄ててまで、役目を守ろうとする謎の必死さに圧倒されている。

 やがて、力尽きて抜け殻のようになった研究員たちには、人を終えた証が溢れていた。

 

「全員が魔法使い化しやがったのか」

「厄介なことになりましたわね」

 

 人がすべて、魔法使いに変わった瞬間だった。

 この施設にはもう、纏以外に人はいない。みんな、変わってしまったんだ。その証拠に当たりから魔力が漂っている。

 

「自らを被検体とするのはいいが、命を粗末にするよう必要はないだろう」

「研究者の気持ちは私には分からないわね。それよりも、どうしようかしら? 魔法使い同士の戦闘なんて初めての経験だわ」

 

 T字路になっている部分に立ち尽くしている私たちの前、後ろ、横を魔法使い化した研究員がバリケードのようにして塞がっている。

 やるせない気持ちがあるけど、私たちは諦めるわけにはいかない。なんとしても突破しないと――!

 魔法使い化した研究員たちは、早速手に入れた魔力の使い道を私たちに向けた。

 一体、どれだけの研究員がこの場にいるのだろう? ざっと数えただけでも十人以上はいる。

 その全員が、命一杯に込められた魔力弾を一斉に構えている。

 全方位に逃げ場を失くしてしまって、立ち往生をしなければならなくなった現状に、この剣一本で何とか道を作らないと。

 ほぼ限りなく、難しいと思うけど、人間追い込まれればなんとかなるって思う。だから、諦めない。

 

「そちらが銃口なら、こっちは砲口で対抗させてもらう――」

 

 絶望を希望に変えようと勇んだところで、纏が魔具“散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)を構えていた。

 そして、残った二方向には――。

 茜ちゃんの最大充電されたクリスタル状の銃。蘭の得意とする魔力砲がそれぞれ向けられていた。

 発射はほぼ同時。

 雨のように撃ち込まれる魔力弾を纏たちは、大砲の如き一撃で迎え撃つ。

 

 “散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)から放たれた漆黒の刃が魔力弾を切り刻み――

 

 銃弾というよりは、砲弾に近い威力を放った一撃が魔力弾を打ち砕き――

 

 開拓にはうってつけの魔力砲が魔力弾を飲み込んでいき――

 

 敵の更に上をいく力で捻じ伏せてしまった茜ちゃんたちの前には、致命傷を負った研究員たちが倒れ込んでいた。

 

「やるじゃん!」

「感想はいいから、今のうちに出口に向かうんだ」

 

 道を把握している覇人が先頭に立って走り出し、私たちはそれに続いていく。

 しかし、魔法使い化して正気を失っている研究員たちは、ゾンビのような生命力で立ち上がって追跡を始めてきた。しかも魔力弾まで撃ちながら走って来る。

 茜ちゃんの銃と蘭の魔力弾で撃ち落としながら進んでいくけど、このままでは追いつかれてしまう可能性まで出てしまう。やっぱり一人一人相手にして、ここで気絶でもさせてしまった方がいいのかも。

 

「あの人数だと逃げ切るのも難しいわね。ここは、お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 急に立ち止まった緋真さんが、後ろを向いて研究員たちを見据える。私たちも緋真さんを置いて行くわけにもいかずに、その背中を見つめた。

 

「……緋真。まさかとは思うけど、アレをやるつもりですの?」

「仕方ないじゃない。こんな時ぐらい文句は言わないでくれるかしら」

「い・い・ま・す・わ・よ! どうして、そうあなたたち姉妹は大胆な方法しか思いつきませんの? もっと別のやり方にしなさいな」

「大丈夫よ。威力は抑え気味にしとくわ」

「そういう規模の話しじゃありませんのよ。アレは――」

 

 汐音が言い終わるよりも前に、緋真さんはアレと言われていたモノの準備に取り掛かっていた。

 

「お姉ちゃんに任せないって言ったでしょう。最小限に加減はするけど、一応用心はしておいてくれると助かるわ」

「……もういいですわ。緋真の後始末はいつも私ばかり……ほら、彩葉さんたちも巻き込まれない内に走りますわよ」

 

 訳が分からないやり取りの中で、父さんと覇人は理解していた。なんだか諦めきった様子で汐音の言う通りにしろと言うから、雰囲気に流されて付いていかざるをえなくなる。

 でも、言われなくても嫌な予感だけは直感した。

 緋真さんが構えていたのは、見覚えのある球状の形をした魔法。

 炎を閉じ込めたかのような、太陽を連想させる朱い螺旋を描いた魔力を私たちは一度見ていた。

 

 ――紅玉

 

 アレは一撃で天童守人の魔具を半壊状態にさせ、工事現場を滅茶苦茶に焼き尽した驚異的な魔法。

 汐音が恐れるのも分かる。私だって、あんな威力だと知っていると止めたくもなってくる。

 生きてここを出れるのか不安を感じ、自然と足が速く動いてしまう。

 そして――紅玉が放たれる瞬間を見てしまった。

 研究員たちの魔力弾は一つ残らず消し炭となってしまい、威風堂々とした紅玉の前には、何者も阻むことは出来なかった。

 紅玉は研究員たちを素通りした後方で弾け、閉じられた炎が一気に爆ぜて一面に紅い景色が広がった。

 炎すらも灼きつくすような炎がうねる様に迫り、研究員たちは存在を掻き消されていく。あの炎が通った道にはたぶん、生きている人は誰もいないはず。緋真さんは除いて。

 野原町からそうだけど、炎には恐怖を覚えさせられることしかない。たまには便利だなと思うけども、割合的には怖さの方が勝っている。

 頼りになる一面もある緋真さんだけど、こういうのはもうやだなぁ……と思いつつも一階に繋がる階段前までたどり着く。

 だけど、炎は肌で熱を感じ取れる距離にまで差し迫り、登り始めた瞬間には、生きている心地は感じれなかった。

 

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