魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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86話

「……紗綾。あなた、どうしてここに居ますの?」

「組織からの命令で助けに来た」

「この件は私に一任していると聞いてましたけど、まあとりあえずは助かりましたわ。それにしても、よくここだと分かりましたわね」

「覇人が外に出掛けていくのを見たから、それに付いて行ったらここに着いた」

 

 汐音に紗綾と呼ばれた女の子は、無表情なまま淡々と答えた。

 

「なんだ、お前もあの町にいたのかよ」

「うん。覇人が夜な夜な遊んでいたことは組織にも報告しておいた」

「ちょ、おま……! それは黙っといてくれよ。いや、そもそもサボっちゃいないんだけどよ」

 

 茜ちゃんの怪我が治る間、覇人は亡霊のような魔法使いを探していた。その正体は汐音で、探す必要性すらなかったらしいだけどね。で、そのあとは一緒に研究所を探していたはずなんだけど、やっぱりちょいちょいサボってたみたい。

 

「覇人くんや汐音さんと知り合いということは、もしかして組織の魔法使いなんですか?」

「うん」

 

 端的に、短い返事をする紗綾ちゃん。あらかじめ、その言語を返すようにプログラムされたロボットみたい。

 

「私は伊万里紗綾。キャパシティ所属で汐音と同じ立場の構成員」

 

 覇人や緋真さんとは下の立場になるんだね。あ、でも上下関係のようなものはないんだっけ。

 それにしても、見たところ月ちゃんと同じぐらいの年齢に見える女の子が魔法使いだなんて、ちょっと信じられない。

 しかも、一応秘密犯罪組織の構成員だというから余計に信じられない。

 

「なるほどな。妙な奴が混じっていやがるとは思ったが、組織の関係者だったか」

「月たちもあなたのことには気づいてたもんね」

 

 あの町に潜んでいた戦闘員や魔法使いって意外と多かったんだね。全然知らなかった。というよりも他の存在がいる可能性なんてまったく気にもしてなかったんだけど。

 

「知ってる。だから、見つからない様に頑張った」

「わあ、隠れんぼが得意なんだね。月も得意なんだけどなぁ……全然見つけられなかったよ」

「……」

 

 いつから競技になっていたんだろう。月ちゃんは悔しそうにしている。それに対して紗綾ちゃんは勝ち誇るでもなく、無言で返した。興味なしって感じ。

 

「どうした? 紗綾。意外にも打ち解けあっているようだな」

 

 入り口から新しく誰か現れた。

 今度は全身に鎧を着込み、仮面で顔を隠している。声からしてたぶん男の人。それぐらいしか特徴がない……けど、なんだろうこの感じ。

 殊羅とはまた違った雰囲気を感じる。うまく言い表せられないけど、殊羅が怖いというイメージだとすると、この人からは対峙しただけで圧倒させる威圧を纏っている。巨大な滝を間近で見たときのような、息を飲み込み、押し潰されるかのような威圧。そんな感覚がある。

 怖くはないけど、優しくもない。誰も寄せ付けようとしない、歩み寄ろうとさせない凄み。誰も大自然の驚異に逆らおうとはしないのと同じ、ただ対峙した者に有無を言わせないほどの雰囲気がある。

 

「……お前強いな。この場にいる誰よりも。ひょっとすると、俺と同等ぐらいはあるんじゃんねえか」

「噂のS級戦闘員だな。貴様のような男に認められることは悪くないが、買被り過ぎだ。どうも、貴様の内に秘めた力には勝てる気がしないのでな」

「どうだかな。お前さんのその気迫。どう見てもそこらの魔法使いとは一線を画しているだろ」

 

 喜々としている殊羅を初めて見た。私が見て来た限りだけど、緋真さんと対峙していたとき以上の歓びをみせているような気がする。

 

「殊羅にあそこまで興味を持たせるなんて……彼、何者なのかしら?」

 

 長く付き合いのありそうな蘭でも驚愕している。やっぱり相当珍しいことなんだね。

 

「彼はキャパシティの導きの守護者(ゲニウス)第一番であり、私たちのまとめ役よ。そして、キャパシティリーダーである先導者(マスター)の側近に仕える人物でもあるわ」

「緋真さんたちと同格の魔法使いですか」

「それもまとめ役ってことは幹部の中の幹部。副リーダーってことになるの?」

「そういうことになりますわね」

「なるほど。実質組織のナンバー2か」

 

 さらっと紹介されているけど、これってそれなりに重要なことだよね。

 裏社会の脅威になっている秘密犯罪組織――キャパシティ。そこの副リーダーともいえる魔法使いが姿を現したんだから。

 

「わざわざ俺が出向いたのは、先導者(マスター)からの指示だ。五体満足で同胞たちを連れ戻す。そう命じられている」

 

 頼もしい一言。ぜひともそうして欲しい。見ての通り、父さんと緋真さんはすでに中身が酷い有様になっている。そして、いま絶体絶命の状況。これを打開してくれるのが副リーダーだっていうんだから、これ以上にない助っ人だ。

 

「俺らは回収屋を確保してくるように上からの指示が来ているんだがな……やれやれ、どうしたもんかね」

「どうしたもこうしたもないよ。回収屋もお姉ちゃんたちもみんな月たちの敵なんだから、連れていかれちゃったら困るよ」

「おいおい。目的が全員なのはお前さんだけだろ。俺は何もそんなめんどくせえことする気もねえし、回収屋さえ引き渡してくれるなら残りは構わないけどな」

「もう、そんなのダメだよ。戦闘員は悪い魔法使いをやっつけるのがお仕事です。だから、回収屋以外もみんなやっつけないとダメなんだよ」

 

 完全に私も月ちゃんの敵になってしまったみたい。そりゃ、そうだよね。ここまでのことをしておいてまだ「お姉ちゃんは優しい魔法使いだよ」なんて言われるとは思ってもないよ。……ほんとはちょっと期待している部分もあるんだけどね。

 

「貴様らの手に渡ってしまっては、先導者(マスター)の命を守れなくなってしまうな。それはこちらとしても困る。先導者(マスター)のため、障害として立ちふさがるのなら――この剣を抜かせてもらうしかなくなるが……」

 

 腰に差していた白塗りの鞘に手が触れた。

 刃物のような鋭い眼光が殊羅たちに注がれる。きっと、あの刀を抜けば、その眼光と同じように斬り裂くような刀身をみせるのだろう。

 

「回収屋の前にやることができそうだな。ま、それも悪くはないか。お前みたいな奴が相手だと、さすがに退屈はしないだろうからな」

 

 殊羅も臨戦態勢に入って様子で気迫が溢れる。

 

「私は緋真の手伝いに行く。それでいいよね」

「任せよう」

 

 緊迫とした雰囲気が流れる。もう、私たちがこの場にいること自体が場違いなんじゃないかと思うほど、戦力差が離れすぎている。

 余計な手出しをしない方が邪魔にならないんじゃないかな。助けに来てもらっておいて、指をくわえて待つだけなんて悪い気がする。けど、それほどまでに割り込めそうになかった。

 

「ねえねえ殊羅。あの紗綾ちゃんって子の相手もしてあげてよ。月、あの子とは戦えないから」

「そのめんどくせえプライドはどうにかならないもんかね。振り回される方の身にもなって欲しいもんだ」

「……これだけは絶対に捨てちゃいけないことなんだもん。お願い殊羅」

「仕方ないか。その代わり、回収屋の件は全部任せちまうけどいいよな」

「やったぁ。殊羅は優しいね」

 

 なんか、私たちをそっちのけで変な方向に話が決まってしまったよ。

 

「結局こうなるんだね。正直、見てるだけで終わってくれると良かったんだけどなー」

「都合の良い話にはならなかったみたいですね」

「諦めることね。月に目を付けられた時点で、あの子は地の底まで追ってくるわよ」

 

 これからは一生月ちゃんに付き纏われる人生になるんだね。こんな関係じゃなかったら悪くはなかったんだけど。

 

「最強のA級戦闘員――水蓮月。話に聞く通りなのね」

「? 何のこと?」

 

 敵と認めた魔法使いしか襲撃しないという月ちゃんの方針のことを言ってるんだと思うけど、本人はまるで気づいていない様子で小首をかしげている。

 

「なぜ、戦闘員なのに魔法使いと戦わないの」

「だってね、魔法使いには悪い魔法使いと悪くない魔法使いがいるんだよ。月はね、悪い奴だって認めないと戦わないって決めてるの」

「私には害がないって言ってるつもりなの」

「うん! 月の中では、紗綾ちゃんはまだ悪い魔法使いじゃないもん」

 

 何だろうこの会話。

 静けさに満ちた声と活気に満ちた声。温度差の激しい会話だ。

 

「……意味が分からない。私たちは内面的に壊れてしまったから魔法使い化した。だから、魔法使いは生まれた瞬間から悪しかいない。この認識は、絶対に揺るがない」

 

 紗綾ちゃんは変わらず声のトーンを低く告げる。自分自身がその魔法使いになっているのに、何も気にせず悪だと決めつける。

 確かに、言っていることは間違っていない……よね。

 私だって一度その内面的に壊れる体験しているんだから。そこには少なからずの魔法使い化してもおかしくないような感情は抱いていた。だから、私たちは悪。

 うん。間違ってはいない。私はいけないことに触れてしまったから罰を受けた。悪だと罵られても構わないとすら思っている。だって、私だって逆の立場の時にはそう決めつけていたんだから。

 だけど、それは違うんだと頑なに否定し続けている人がいる。そして、魔法使い化してしまってから私もその意見に同意できるような気持ちもある。

 戦闘員という身分なのにも関わらず、魔法使いは善悪に分かれていると信じ続けている女の子。

 その真っ直ぐなまでの思い込みを真っ向から叩き切られた月ちゃんは、反感の意を持って紗綾ちゃんと正反対の声質で言い返した。

 

「違うよ! 魔法使いがみんな悪いだなんて嘘だもん! だって……月の、月のお友達だった魔法使いは、とても優しくて、いい人だったもん……」

 

 最後の方につれて段々と声は小さくなっていった。だけど、ちゃんと言葉は聞こえてたよ。

 月ちゃんは昔の友達に魔法使いがいたんだってことを――。

 それは、月ちゃんの過去の話し。暗く、覇気がなくなってしまった月ちゃんの様子からして、触れてはいけない部分だってことぐらいは分かるよ。

 裏社会に属している人間は、何かしらの闇を抱えている。

 これはその部分に触れていた。

 

「……あなたも私と似た経験をしているのかも」

「――え! 月と紗綾ちゃんが!? じゃあ、紗綾ちゃんも月とおんなじお友達がいたの?」

「教えたくない。あなたもでしょ」

「あ……えっと。うん。そうだったよ。月もあんまり言いたくない」

 

 誰一人として二人の心情に口を挟もうとしなかった。

 私だって、魔法使いになった経緯なんて知られたいとも思わないし、聞いてほしいとも思わない。もっと言えばあまり話したくない。

 心の傷を抉られるようなことはされて嬉しいものじゃないしね。

 

「……気を止んでいるところに口を挟んで悪いが、僕から一つ提案をさせてもらってもいいだろうか」

 

 すっかり冷めた場に、父さんの言葉が染み込む。

 返事の声はなく、黙って耳を貸す。

 父さんは続きを待っているんだと理解して、言葉を紡いだ。

 

「そちらの少女は紗綾と戦う意志がないことは明白だ。だがしかし、最強の名を持つ君たちと数の方では上だが、疲弊した僕たち。これでも、おそらく戦力差は五分と五分。完全に膠着状態だ。さてこの事態。どう収拾つけようか」

「……俺は先導者(マスター)から貴様らを五体満足で連れ出すように命令されている。この状況では、為すことも難しいかもしれないが……」

 

 組織のナンバー2と殊羅。

 月ちゃんと私たち。

 残った紗綾ちゃんは、私たちに加勢してくれるみたいだけど。月ちゃんは、紗綾ちゃんの相手をする気はない。

 私たちだけで月ちゃんの相手をするのは厳しい部分もあったけど、紗綾ちゃんがいてくれるなら、たぶん互角かそれ以上ぐらいはあると思う。と言っても、紗綾ちゃんの実力は未知数だけど、構成員らしいから汐音と同じぐらいかな。

 私たちはもうほとんど戦力外みたいなもので、月ちゃんには触れることも出来ずにやられてしまうし、父さんと緋真さんは弱っているせいで、屋敷前で見せてくれたようには行かないって言っている。

 そこに紗綾ちゃんが入れば丁度いい戦力になってくる。

 

「そこでだ、そちらにも色々事情があるだろうが、この場は一旦手を引かないか」

 

 父さんの提案はこの膠着状況を打開するための手段だった。

 

「……白けちまったし、俺は別にいいけどな」

「しゅ、殊羅! そんなのはいけないんだよ。やっと、お仕事がちゃんと出来るのに、逃がしちゃうなんて……そんなの、ダメだよ……」

「つってもな……。お前さんも過去に触れて、動揺してるじゃねえか。最悪――堕ちるぞ」

「――!」

 

 月ちゃんが魔法使いの善悪にこだわる理由。

 友達だった魔法使いとどんな過去があったのかは想像もつかないけど、きっとよくないことがあったんだね。

 人と魔法使いの友達。

 ちょうど、私たちと纏の関係のようなものだったのかも。そう考えると、何か複雑なことがあったんだろうなって思ったし、他人事でもなさそうな理由がありそうだとも思った。

 

「回収屋の顔は覚えたしな、次からは探しやすくもなるだろ」

「殊羅……。うん、分かった。――お姉ちゃんたちは逃がしてあげる。でもね、月がお仕事をサボっちゃうのは今日だけだからね。次はぜーったいに捕まえちゃうから。お姉ちゃんたちは、月に見つからない様にちゃんと隠れておかないとダメだよ」

 

 調子を取り戻した月ちゃんは、遊びの約束を取り付けるように宣言してきた。

 

「望むところだよ。大人の本気を見せてあげようかな」

「彩葉ちゃん。大人げないですよ」

「何事も真剣にやらないとね。特に月ちゃんと遊ぶなら、手抜きしたら機嫌悪くしそうだし」

「そうね。いざとなれば、あたしの魔眼で探知して逃げ切ってあげるわ」

「ら、蘭さんまで……」

「わあ、楽しそうだね。蘭と遊ぶのも久しぶりだし、月も頑張って本気だしちゃうよ」

 

 戦闘員に追いかけ回されるんだから、これは遊びであっても命が懸かっているんだよね。月ちゃんの経歴上、本気でやらないとまずい。

 

「話はまとまったようだな」

「いやー、正直こういうオチが付いて助かったぜ」

 

 もう、この場に戦闘の意志を見せる人はいなくなっていた。

 私たちは、生きてここから脱出することが出来る。そう決まった瞬間だった。

 

「先導者(マスター)からの命が守り通せるならば、無理に相手をする必要もなくなる。この場は譲ってやろう――紗綾、帰るぞ」

「うん」

 

 二人が出口に向けて歩いていく。それを見て私たちも出口へと一歩を進めた。

 研究所の襲撃から数時間を掛けて、本来の目的を達成したころには、すでに日は高く昇っていた。

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