麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第26.■話――― 一夜限りの記憶。避けられぬその結末…オワリ

「―――明日菜、それと…」

 

 セピア色の風景の中で幼い自分が言う。

 

「あの子―――イリヤの事なんだけど…―――」

「?……何、イリヤちゃんがどうしたの?」

 

 口を開き、何処か躊躇う様子を見せる少女(じぶん)に、明日菜は小首を傾げながる。

 

「うん、あの子は……イリヤは、とても大事なことを私達に隠している」

「え…? あ、うん。そりゃあ、まあ…私もそれは判るけど。年下とは思えないほどしっかりしているし、とても大人だし、物事を深く良く考えてるし……私と同じでとんでもない秘密や過去があっても―――」

「―――そうじゃない。明日菜が言っているのとは違う」

 

 戸惑いながらも明日菜は、あの白い少女に妙な不思議さがある事を理解している風に言うと、幼い自分はかぶりを振った。

 

「確かにイリヤには明日菜が言うように色んな秘密がある。だけど、それはいいの。何時か話してくれるかも知れないし、話してくれないかも知れない……そのどちらの可能性もあるけど、それはどうでも良いの」

「…………何が言いたいの?」

 

 俯き、これまでにない深刻な…とても辛そうな、悲しそうな表情を、それも基本的に無表情である自分(わたし)が見せるそんな不吉な様相に明日菜は嫌な感じを覚える。

 

「イリヤは自分の過去を……自分の居た“世界”の事を話しても絶対にこの事は言わない。今こうして話せているけど、この夢から醒めれば、わたしはきっと忘れるし、明日菜も聞いた事を忘れる」

「……一体、何を…?」

「だから話しても意味は無いのかも知れない。今はこの場所―――人の無意識領域…“霊長の意思(アラヤ)”に近い場所に居られるから、それが判るのだから」

 

 明日菜の疑問の声に答えずに少女は言葉を続ける。

 

「だけど、判るからこそ言って置かないといけない。知って置かないといけない…私達は。そうして置けばもしかしたら何とか出来るかも知れないから。そう、私達の為に…明日菜(わたし)が幸せに生きて行けるようにイリヤが…―――」

 

 一度グッと顎を噛み締め、

 

「―――イリヤが、イノチを使うから…!」

 

 そう、絞り出すように自分が言った。

 

「え――――?」

 

 耳には入った言葉に明日菜は唖然とした声を零す。

 

「い、イノチを使う…そ、それって……ど、どういう事……?」

「……………」

 

 唖然としながら尋ねるも、幼い自分は無言に目を伏せるだけだった。だから思わず詰め寄る。

 

「―――ねえっ!!」

 

 詰め寄って、その小さい肩を掴んだ瞬間―――

 

「――――!」

 

 見た。

 それを―――。

 

 

 

 それは先程と変わらないセピア色の風景だ。ただしぼやけてもおらず、霞んでもいない鮮明な光景となっている。

 エヴァ邸の庭で、そこに見覚えの無い一本の大きな梅の木があり、満開に花をさせている。その美しい木の下で一人の少女が眠るように幹に寄りかかって背中を預けている。

 その周りにはネギが居て、カモが居て、木乃香が居て、刹那が居て、エヴァが居て―――そう、自分の知る友人達が姿が在って、当然…明日菜(じぶん)も居た。

 

 きっと梅の花が咲くという事は、春先かだろうか。卒業式を迎えた辺りなのかも知れない。

 それでも陽気に入ったこの季節。しかもこんなにも満開で見事な梅の花の下なら、少し早い花見と称して楽しく騒いでいても良い筈だ。

 

 なのに―――

 

 

「な、なんで……?」

 

 擦れた声で思わず呟く。

 

「……どうして…どうして……皆泣いているの?」

 

 そう、自分が、自分の知っている皆が悲しそうな顔をして一様に涙を流していた。特にネギなんかは……少女の……梅の木に寄り掛かる白い少女の……イリヤの身体に縋り付くように号泣している。

 

 ―――だけど、

 

 その抱えた何度も身体を揺さぶり、耳元で涙を流して叫んでいるというのに、眠っている白い少女の眼は一向に開く様子が無い。つまりそれは―――

 

「うそ…そんなのウソ、だってこんなことある訳無いじゃない。イリヤちゃんが、あのイリヤちゃんが―――」

 

 それを理解し呆然として明日菜はかぶりを振る。目の前の風景から後ずさり、必死に否定して。なのに―――

 

「―――嘘じゃない。確かにこれはまだ先の事だけど“起きる”事なの」

「―――!?」

 

 声に振り返るとそこには幼い自分が居た。

 

「イリヤは文字通り、身を削って私達とあの滅び掛けた世界を救う…救うために自分を使う。それが自分を殺す事になるって理解していながら」

「ッ…そんなっ! だったら止めさせないと! そんな事をしても私は嬉しくない! 世界を救う方法だってきっと他に―――」

「―――それは私も一緒。嬉しくなんて無い…とてもカナシイ。けど…他の方法では私達が犠牲にならないと行けない。100年以上も眠る事になって、みんなと同じ時間を生きられなくなる。それじゃあ幸せに成れない」

「ッ、でもだからって―――!!」

 

 辛そうにしながらも淡々と言う自分に明日菜は抗議するが―――それを遮るように幼い自分は尚も言った。

 

「―――それにどのみち、イリヤには先が無いから」

「―――!?」

 

 更なるその言葉に明日菜は抗議の声を上げるのを止めた。この不思議な…過去も未来も曖昧な場所の所為か、その意味が直ぐに理解できたからだ。その明日菜の反応にアスナは頷いた。

 

「そう、イリヤの命は…残りの時間はとても少ない。多分、生きられたとしても、もう1年か、長くて2年が限界…」

「……だから、なの?」

 

 アスナの残酷な言葉に明日菜が問うと、幼い少女は首肯する。

 

「うん。だからイリヤは自分に残された時間を捨てた……ううん、違う。未来の在る私達とネギとみんなの為に使った。その幸せな将来の為に活かした。それが一番良いって、自分の事を知るこの世界で出来た家族の人達に笑って後を託して……私達には黙って逝った―――逝く事になる」

 

 それが未来。確定した事象。待ち受ける運命。避けられぬ結末―――オワリ。

 

「そんな…そんな事って……」

 

 明日菜は知らず内に涙を流した。余りにカナシイ運命の結果に。胸が痛く、眼元が熱く、どうしようもなかった。

 

「ゴメンナサイ、明日菜。こんなことを教えて。直ぐに忘れてしまうけど、悲しませて。だけど…だけど、忘れるけれど、知っていれば避けられるかも知れないから、思い出してもっと良い方法が思い付くかも知れないから、イリヤが残った時間を…短くとも精一杯生きられるかも知れないから―――だから、」

 

 うん、と。明日菜は頷いた。

 こんなどうしようもない事を教えられて少し恨みそうになったけど、アスナ(じぶん)の言いたい事が、そうして置きたかった理由も良く判ったから。

 だから―――

 

 ―――うん、任せて。忘れずにきっと良い方法を考えてみせるから。

 

 そう、強く頷いた。

 それが叶わないと理解しながらも、この幼い自分のように諦めずにそれを望み、願って――――――そしてやっぱり忘れて……夢から醒めた。

 

 




 元々今回の話はネタバレが大きかった事もあり、Arcadiaでは一夜限定で公開していたものです。こちらでも公開すべきかは悩みましたが薄々気付いている人も居そうですので投稿しました。
 で、これが拙作の聖杯の少女におけるイリヤの結末となっています。彼女はネギ達の未来の為に己を犠牲します。元の世界で士郎の幸せの為に“扉”を閉めた様に。
 ですが一応、救済用のラストエピソードもあります。ただそれが本作のイリヤにとってそうであるかは微妙な気もしますが…しかし、ネギ達は亡くなった筈のイリヤと何とか再会する事が出来ます。

 あと、これとは別に現時点においてもう一つ結末があったりします。此方の方は本当にイリヤに救いは在りません。
 魔法世界での最終決戦で“失敗し”、イリヤはネギ達の為に己を構成する7割全ての魔術回路を限界を超えて行使し、決戦の地に集まった魔力や黒アイリの魔力とその中に再現された“器”に加え、黒化英霊とカードの英霊の核をも使って“聖杯”と化して自分以外の全てを救う…というものです。
 しかもその後、世界を救ったものの“聖杯”は残り、救われた人々も残された聖杯を巡って争いを始め、魔法世界のみならず現実世界にも波及し。ネギもまた初恋の人を目の前で失って心に大きな傷を負い、明日菜を始めとした仲間達から離れ……死者蘇生の邪法を求めます。そして“聖杯”を奪取せんとしたが為にエヴァとシロウの手によって始末されます。
 考えた自分が言うのもなんですが、本当に救いがありません。

 それと投稿が遅れてすみません。
 遅れた事情ですが実は今、別のサイトにssを公開してましてそちらを優先していた為です。
 『聖杯の少女』執筆のリハビリの積り初めは書いていて、短く5、6話ほどで終わらせる予定だったのですが、進めている内にネタが膨らんでしまい予想外にも長編になってしまって……(汗
 そちらのでの評判も悪くないですし。
 まあ、とりあえず、今後は二足の草鞋となりますが、待たせた分はこちらをちょっと優先する積りです。次回の更新は出来るだけ早くします。

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