たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十話 問い

 

 ………………………………………どうしてこうなった……。

 

 オラリオの一角にある小さな喫茶店。

 広いオラリオの中に幾つもある平々凡々な喫茶店の一つではあるが、今この時に限っていえば最も危険な場所となっていた。

 

 ―――主に自分にとって、だが。

 

 隣に腰掛ける頬を膨らませた主神(ヘスティア)に視線を落とす。

 ヘスティアの視線はテーブルを挟んだ向かいに座る妖精のような美しさを持つ黄金の髪の少女。以前見た鎧姿ではなく、可愛らしい花の刺繍に彩られた白い短衣とミニスカートを身につけているアイズ・ヴァレンシュタインに向けている。

 何を喧嘩を売っているとため息をつきたくなるのを堪え、視線を横にずらすと、そこでカチリと硬い視線とぶつかった。

 

 ……何かしたか?

 

 明らかに敵意のこもった目でこちらを睨みつけてくる少女。幼さを感じさせる面立ちに、特徴的な長い耳。エルフの少女だ。しかし、記憶を遡るも、こうまで敵意を向けられる覚えはない筈だが。もしや先日の一件が理由だろうか?

 確かに、アレが理由だというのならば納得は出来る、が―――何となくそういう気がしない。

 逃げるように視線をずらすと、そこには興味津々にこちらを見つめてくる少女が一人。隣に座る少女も同じような露出の激しい格好からして、二人共アマゾネスだろう。どことなく似た雰囲気からして姉妹だろうか、一部に激しい貧富の差が見られるが、姉―――一部分から判断した偏見―――の方は特に興味はないのか、妹とは違いこちらに目を向けず出てきた料理をぱくついている。

 目の前に広がる光景から逃げるように瞼を閉じる。

 思い出すのは少しばかり過去の記憶。

 自分がこのような状態に陥る羽目となった―――その切っ掛けを。

 

 

 

 

 

 

 ―――【ロキ・ファミリア】とのちょっとした諍いがあった日から二日後の朝。

 早朝訓練の後、一人ダンジョンへと潜ったベルの後を追いかけようかと腰を上げた時であった。 

 ヘスティアに呼び止められたのは。

 なにやら『神の宴』とやらのパーティーに出席しようと思うんだが、着ていく服が色々と粗が出てきたので、買った店で仕立て直してもらおうかと思うから付いてきてくれないか? とのことであった。服の仕立ての一つや二つ、俺でも問題なくできるがと言ったのだが、ヘスティアは何やら機嫌を悪くしたり妙に機嫌を良くしたりと騒ぎ立て―――結果として一緒に外出することになった。

 いくら厳しく指導し試験をした結果許した―――こっそりと後をつけようかと考えてはいたが―――一人ダンジョンへと潜ったベルを他所にヘスティアと外出する事には色々と思うところがありながらも。

 オラリオには様々な種族がいるため、それに応じた店もまた多くある。色々と顔を覗かせながらヘスティアの目当ての店へと向かう途中であった。

 ―――彼女たちと出会ったのは。

 そう、なにやらはしゃいでテンションが上がりっぱなしのヘスティアがアマゾネスの少女とぶつかったのだ。

 直ぐに謝ったヘスティアが、その場を離れようとした時だった―――ぶつかったアマゾネスの少女が俺を見て声を上げたのは。

 

『あ、“最強のLv.0だ”』―――と。

 

 そこから先はあれよと言う間もなくアマゾネスの少女の連れ―――驚いたことに中にはアイズ・ヴァレンシュタインの姿もあった―――を合わせ四人の少女たちに取り囲まれ、連行されるようにここ―――近くにあったカフェへと連れてこられた。

 

 ん? 俺は何も悪くないんじゃ?

 

 頭痛に耐えるように額を指で揉みほぐしていると、丸テーブルの向かいに座るアイズがこちらを熱心に見つめながら口を開いた。

 

「あの―――シロ、さん?」

「ん? 何だ?」

 

 顔を上げると、少しばかり熱のこもり過ぎた視線を向けてくるアイズに、戸惑い混じりの声が出る。

 

「聞きたい事が、ある」

「……聞きたい事?」

「あなたが、Lv.1だというのは本当? 以前―――二ヶ月程前に、Lv.2を含む冒険者を十数人、『恩恵』を得る前に倒したことは―――」

「待て待てッ!」

 

 テーブルを乗り越える勢いで迫るアイズを、慌てて両手を前に突き出して止める。アイズはそこでハッ、と我に返ると、頬を赤く染めながらのろのろと腰を横に落とした。

 

「ふぅ―――色々と聞きたい事があるということはわかった。だが、その前にすることがあるだろう」

「すること?」

「することって何ですか」

 

 アイズが小首を傾げると、エルフの少女が何処か怒った調子で口を開いた。こちらに向けてくる視線には相変わらず険が篭っていた。

 ヘスティアがエルフの少女の様子に敏感に気が付き、何やら文句を言いそうな気配を感じたため、喧嘩が始まる前に二人を制するようにぐるりとテーブルを囲む皆を見回した。

 

「まずは自己紹介、じゃないか?」

 

 

 

 

 

 

(―――全く、何なんですか一体っ)

 

 彼女―――エルフの少女であるレフィーヤ・ウィリディスは、目の前の男を睨みつけていた。

 本当ならば、今は繁華街のお洒落なカフェで食事でもしている筈であったのに、何故寄りにもよってこんな男と同じテーブルを囲んでいるのかという気持ちが、ありありとその態度と表情から見て取れていた。

 今日は、最近落ち込み気味なアイズを元気づけるために、気晴らしにでもとファミリアの皆と買い物に出かけていたのだが、その途中で、シロとその主神であるヘスティアと出会ったのである。

 レフィーヤは最初からこのシロと名乗る男が気に入らなかった。

 何しろ同じ【ファミリア】のベートがこの男に殴り倒されたのだから―――という事ではなく、憧れのアイズが何やらこの男にご執心であるからだ。あの『豊穣の女主人』亭での一件以来、何やら落ち込んでいたようだったアイズだったが、それとは別に、この男―――シロについて色々と調べていたようであった。

 確かにロキの話が本当ならば、驚異的―――いや、それどころの話ではないが、強くなることにかけて普段から並々ならぬ熱意を持つアイズがこのシロという男に興味を抱くのは仕方がないかもしれない。それほどまでにこの男の強さは異常であった。ロキからあの噂話を聞いた【ファミリア】の他の皆も、大小の違いはあるが興味を抱くほどに。

 最も興味を抱いていなかったのは、この場にいるアマゾネス姉妹の姉であるティオネであるが、最も興味を抱いていたのは、ベートと、そして目の前で熱心にシロを見つめているアイズであった。

 憧れのアイズが誰かを―――それも【ファミリア】の仲間を倒した男を熱心に見つめているという光景に、シロを見る自分の目に嫌でも憎しみに似た嫌悪が宿るのは仕方がないことであった。

 

「それでは、まずは俺から自己紹介しようか。俺は―――」

 

(ふんっ! こんな昼日中からダンジョンに行かず神様とデートですかっ! 全くいい身分ですねっ! しかも、女性と一緒だというのに腰から剣を下げているなんて、失礼にも程がありますっ! ヘスティア様はきちんと化粧までしてお洒落してるのに、自分は全くそんな様子が見られないなんてっ! あんまりだと思いますっ!) 

 

 レフィーヤは次々に自己紹介を始める面々を聞き流しながら、先程からぐるぐると回る愚痴ともつかない文句を頭の中で吐き出し続けている、と。

 

「レフィーヤ?」

「っ―――ぁ―――ぅ―――」

「レフィーヤ?」

「そ―――ぁ―――え? あ? な、何ですかアイズさん?」

「最後、レフィーヤの番」

「え? あ、ああっ!」

 

 何時の間にか全員自己紹介が終わったのか、アイズの言葉が頭に届くと同時に、反射的に立ち上がってしまう。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったはいいものの、何を言えば分からずぱくぱくと口を魚のように開けては閉じるを繰り返していたレフィーヤだったが、んんっ、と喉を鳴らすと、小さく頭を下げた。

 

「【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスです。よろしくお願いしますヘスティア様」

 

 ベコリとヘスティアだけに頭を下げたレフィーヤが椅子に腰掛けると、強い非難が混じった視線が向けられた。

 もしやシロかと思ったレフィーヤだったが、視線の主は彼ではなくその主神であるヘスティアであった。一目で機嫌が悪いといった様子でこちらを睨みつけてくる神の姿に、流石に主神の前で【ファミリア】を無視するのは失礼すぎたかと後悔してしまうレフィーヤだったが、向けられる非難の視線は予想外の手によって遮られた。

 

「そう睨むなヘスティア」

「ぷぎゅっ―――な、何するんだシロくんっ! こ、この女はだねっ、君を無視したんだよっ! 失礼じゃないか流石にっ!」

「っ」

 

 シロに頭を押さえられたヘスティアの否定のしようのない言葉に小さくなるレフィーヤだったが、またもや予想外の人物に助けられる事になった。

 

「……説明しただろうが、先日【ロキ・ファミリア】とはちょっとした揉め事があったと。あちらがこちら―――俺を気に食わないのは当たり前だ。まだ問答無用で殴りかかってこないだけマシな方だ」

「し、失礼ですね。いきなり殴りかかるなんて、そんな野蛮な事なんてしませんっ!」

 

 ばんっ、とテーブルを叩き自分を助けてくれた男であるシロを睨み付ける。

 シロは一瞬目を丸くしたが、直ぐに口元に笑みを向けると小さく頭を下げてきた。

 

「確かに、失礼したな」

「っ、う、ま、まあ。こ、こちらも礼を逸したところがありますし……」

「そうか……それで、先程の話を続けようか」

 

 こちらが視線を泳がせながらも、レフィーヤが自分の非を認めていると、シロはアイズに顔を向けた。

 

「……私は、あなたの強さの理由を知りたい」

「俺の強さか……」

「あなたはLv.1だという。なのに格上であるはずのLv.5であるベートを一撃で倒した。どうしたらそんな事ができるの?」

「ちょっ、しっ、シロくんっ! あの日何かするだろうとは思ってたけど、なにLv.5の相手と戦っているんだいっ!?」

 

 シロに抑えられていた手を跳ね除け立ち上がったヘスティアが、顔を真っ青にしながら掴みかかる。シロは掴みかかってくるヘスティアを片手であしらいながら、困ったように小さく鼻を鳴らした。

 

「残念ながら、それに応える事はできないな」

「っ、どうして」

「むっ、な、何で答えられないんですかっ! もしかしてっ、何かやましい事でもあるんですかっ!」

 

 レフィーヤがシロに指を突きつける。今にも噛み付かんばかりの形相で睨みつけてくるレフィーヤに、片手でヘスティアを押さえ込んだシロは、口物に苦笑を浮かべながら首を左右に振った。

 

「実のところ俺もその点を知りたいところだ」

「え? どういうこと?」

 

 それまで黙ってアマゾネスの姉妹の妹であるティオナが疑問の声を上げた。

 シロはチラリとそちらの方へ視線を向けると、過去を顧みるかのように目を細めた。

 

「……俺には、過去の記憶がない」

「「「え?」」」

「ちょ、シロくんっ?!」

 

 驚きの声が周囲から上がる中、シロはこんこんと指先で自分の頭を小突いた。

 

「俺には二ヶ月程前このオラリオに来る以前の記憶がなくてな。どうして俺がこうまで戦えるのかということはおろか、何処の誰かさえも覚えていない。唯一つ言える事は、考えるまでもなく身体が動くほど、以前の俺は戦いずくめだったのだろうということだけだ」

「戦いの記憶が身体に染み込んでいる、と」

「そういった所か」

「はぁ~……凄いんだ。ベートを一撃で倒す程の動きが自然と出せるなんて、しかもLv.1の力でだなんて。お兄さん本当何者なんだろうね」

 

 ティオナがテーブルの上にだらっと乗りかかりながら視線だけをシロに向ける。

 

「……つまり、あなたに戦い方を教われない、ということ?」

「ちょ、アイズさんっ!?」

 

(なっ、何を言っているんですかアイズさんっ?!)

 

 思わず声を上げてしまう。

 当たり前だ。

 憧れの人が、他の【ファミリア】―――それも仲間を殴り倒したような相手で、しかもLvが格下であるのに、そんな相手に戦い方を教わろうだなんて。強くなることに異様なほど執着心を見せることは知っていたが、流石にこれはいただけない。

 レフィーヤがどうにかして止めなければと考えていると、それより先に言葉をかけられた張本人であるシロがそれを横に切って捨てた。

 

「だめだ」

「どうして?」

 

 首を横に振り拒否したシロに、間髪入れないタイミングでアイズが問いかけてくる。

 

「俺があの獣人の男を倒せたのは、あの男が人間(・・)だったからだ」

「え? ベートは獣人だよね」

 

 ティオナがテーブルを囲む面々をぐるりと見回しながら尋ねる。

 だが、ティオナの問いに応える者はおらず、全員がシロへと視線を向けた。

 

「……俺が言いたかったのは、ヒューマンとほぼ同じ骨格や内臓で身体ができているということだ」

「それがどうかした?」

「わからないのか?」

「?」

 

 アイズが小首を傾げ疑問を呈するが、それはこの場にいるものも含んでいた。皆が皆一斉に小首を傾げる光景に小さくため息を吐くシロ。

 

「ヒューマンと同じ肉体であるならば、脳を揺らせば大抵の者は気絶する。たとえ全身が鋼鉄のように固くとも、どうにか頭の中身を揺らすことさえできれば問題はないだろう」

「Lvの差を覆すことも」

「相手が人間であるならば、覆す可能性はゼロではないな」

「ならっ、私にも―――」

「だが、モンスターには殆んど意味はない」

「え―――それは……?」

「意味がないって?」

 

 アイズと同じく疑問を呈すレフィーヤにシロは思い出すように瞼を閉じた。

 

「ダンジョンにいるモンスターの多くは人型ではない。それに、たとえ人型のモンスターが現れたとしても、その中身が同じとは限らない。つまりだ。例え君に俺の持てる技術の全てを伝えたとしても、ダンジョンでは殆んど意味はないということだ」

「っ―――だけどっ」

「ならば、ただひたすら能力を向上させ、それを十全に発揮できるように努力したほうが、俺などに戦い方を習うよりも強くなれる筈だ」

「それでも私は―――」

「アイズさん」

 

 尚も食い下がろうとするアイズをレフィーヤが手を取って止める。アイズは、反射的に振り向き、レフィーヤに何か言おうと口を開いたが、直ぐに思い直したように口を閉じた。

 

「……すみません」

「謝るようなことではないだろう」

 

 小さく頭を下げたアイズに、シロが片手を軽く横に振る。

 

「しかし、何故そうまで強くなりたい? 君は【剣姫】と謳われる程の強さを持ち、Lv.も5だ。現時点で君に勝てる者はこのオラリオでも数える程しかいないと思うが」

「駄目」

「何故?」

「まだ、まだ全然足りない。私は―――私は……」

 

 顔を俯かせたアイズは、何かを耐えるかのように歯を食いしばり、身体を強ばらせた。両膝に置かれた握り締められた手は、溢れた自身の力によって小刻みに揺れている。

 

「アイズ……」

「アイズさん……」

 

 周囲から心配気な声が上がる。

 いたわるようなその声に、ハッ、と顔を上げたアイズが、気持ちを切り替えるように小さく頭を振った。

 

「ごめん……」

「……理由は聞かないが、余り思いつめない方がいい。身体に問題はなくとも、心に迷いがあるだけで人は容易に死ぬ。それがダンジョンなら尚更だ」

「っ……はい」

「まあ、そんな事は俺が言うまでもないとは思うが」

「そっ、そうです。そんな事あなたに言われるまでもありませんよっ!」

 

 頭を下げ小さくなるアイズにシロが苦笑すると、席を立ち上がったレフィーヤが指を突きつけながら声を荒げた。

 

「レフィーヤ。あんたさっきからどうしたの? 随分と攻撃的だけど」

 

 ティオナが首を傾げながら立ち上がったレフィーヤを見上げる。ティオナだけでなくテーブルを囲む全員の視線が自分に向けられていると気付いたレフィーヤは、わたわたと慌て逃げるように視線が泳いだ。テーブルを囲む皆の間を泳ぐ視線が、その中の一人であるシロとぶつかると、レフィーヤはぐっ、と歯を噛み締め覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。

 

「わ……私は、み、認めませんっ」

 

 握り締めた拳を両腰に当て、身体を震わせながらレフィーヤは言う。

 僅かに俯かせた顔の前に、長い金髪が垂れ下がり、簾の間から射抜くような視線がシロへと向けられている。

 

「Lv.1のあなたなんかにっ……」

 

 そう、レフィーヤに認められる筈がなかった。

 自分が、どれだけ努力しても、どれだけ死力を尽くしたとしても、決して届かない高みに彼女はいるのだから。憧れて、焦がれて、少しでも近づきたくて、少しでも力になりたくて―――でも、結局は何時も助けられてしまう。

 ただ、憧れるしかなかった……。

 それでも良いかもしれない。

 遠くから見つめて、時折話すことだけでも、十分ではないかと心の片隅が語りかけてくる。

 その度に、その想いを振り払い、歩み続けてきた。

 何度となく心が折れても、それでもと、頑張ってきた。

 こんな自分を受け入れてくれた彼女の―――彼女達の近くに。

 何時か、その隣に立てたならと思って。

 なのに。

 なのにッ!

 突然現れたこの男は、アイズ(憧れ)から望まれている。

 自分の遥高みに、手の届かない遠くにいる筈の彼女から、手を伸ばされている。

 これが、例え他のファミリアの者であっても、高Lvの者なら、不満はあるけどまだ納得はしただろう。

 だけど、こいつは違う。

 この男はLv.1でしかない。

 確かに、普通のLv.1ではないかもしれない。

 だからといって、認められる理由ではない。

 何故?

 決まっている。

 認めてしまえば、自分は立ち上がれない。

 だって、そうでしょう?

 少しでも近くに、少しでも傍にと頑張ってきた。

 頑張って、死ぬ思いをしながらLvを上げてきた。

 全ては、少しでも彼女達に認めてもらうために。

 自分に振り向いてもらうために。

 なのに、Lv.1(・・・・)でしかないこの男を認めてしまえば―――私の今までの努力は一体なんだったのか……。

 だから―――だからこそ私はっ―――私はッ!!

 

 

 

「―――私は、絶対にあなたなんか認めませんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くっ! 一体何なんだいあの子はっ! 失礼にも程があるじゃないかっ!?」

「まあそう言うなヘスティア」

 

 ぷんすかと怒りも露わに歩くヘスティアを宥めながら、シロは後ろを振り返った。

 先程までいたカフェは最早遠く、視界に入らない。

 

(アイズ・ヴァレンシュタイン、か……)

 

 思い出すのは、あのレフィーヤという少女が席を立ち、逃げるようにカフェから去っていった時のこと。何処かへと走り去る仲間(レフィーヤ)を慌てて追いかける【ロキ・ファミリア】。その中の一人。最後にカフェを離れた少女の事を。

 

 

 

 ―――あの……。

 

 ―――別にこちらは気にしていない。それより追いかけないでいいのか? 

 

 ―――直ぐに、だけど……最後に一つだけ……。

 

 ―――何だ?

 

 ―――あの子……白い髪の、赤い目をしたあの子は、あなたの……。

 

 ―――ああ、ベルの事か? そう言えば、君が助けてくれたんだったな、礼を言うのを忘れていた。ありがとう。大切な仲間(家族)を助けてくれて。

 

 ―――でも……私は、怖がらせてしまった……。

 

 ―――怖がらせる? ああ……っふ、いや、そんな事は……そうだな、なら―――。

 

 

 

 顔を前に戻し、ぎゃあぎゃあとなおも騒いでいるヘスティアの頭を乱暴に撫でながら、オラリオの中心、天を突くようにそびえ立つバベルへと顔を向ける。

 その下の、ダンジョンで強くなるため唯一人戦っているだろう家族(ベル)を思いながら。

 

(―――よかったなベル。どうやら、完全な一方通行というわけでもないかもしれんぞ)

 

 

 

 ―――なら、今度会ったら笑いかけてやってくれないか? 多分だが、中々面白いものが見れるかもしれんぞ。

 

 ―――……? わかった。やってみる。

 

 

 

 何処かほっとした様子で微笑んで見せた、アイズ・ヴァレンシュタインの姿を思い出していた。

 

 

 

 




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