たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十二話 歪み

「―――そうか、これが」

「え? シロさんこれが何か知っているんですか?」

 

 ダンジョンの蓋としてその真上に建造された白亜の塔である『バベル』。その地下一階である円形に広がる空間の中で、ダンジョンから上がってきたシロとベルは、次々と運ばれてくる巨大なカーゴを見つめていた。

 ヘスティアが最近何か用事により留守にしていることから、久々に共にダンジョンへと潜っていたシロとベルが地上へと戻ってみると、そこにはダンジョンから持ってきたと思われる巨大なカーゴが、ダンジョンに通じる大穴の傍にいくつも並べられていた。

普段は、食料やスペアの装備品、その他にダンジョンでの戦利品を入れるための車輪の付いた巨大な収納ボックスであるが、現在その中身と思われるものが暴れているのか、誰も傍にいないにもかかわらずガタガタと揺れている。

 覗き込まないでもソレが何を閉じ込めているのか分かってしまったベルが、おろおろと周囲を見回していたが、シロは何かを納得するように頷いていた。

 ベルがそれに疑問の眼差しを向けると、シロは何やら象の顔が型どられたエンブレムを付けた冒険者と話をしているギルドの職員を顎で示した。

 

「これは怪物祭(モンスターフィリア)の準備だろう。確か毎年このぐらいの時期に、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちが、ダンジョンで捕らえたモンスターを、市民の前で調教してみせる見世物をやると以前聞いたことがある」

「も、モンスターを調教、ですか?」

 

 モンスターを調教、それも見世物にするなんてことは、ベルにとっては信じられない思いであった。なにせモンスターと言えば、人類の敵である。調教する必要があるのだろうかとベルが首を傾げていると、シロがそんなベルの背中を叩いた。

 

「まあ、何はともあれ、俺たちには関わりのないことだ」

「そう、ですね」

 

 シロに頷いて見せたベルが、名残惜しげにカーゴから視線を外すと、汗臭くなった身体をさっぱりさせるために、シロと共にこの階に設置されているシャワー室へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、身体と気分をサッパリさせたシロとベルが、バベルを出ると、魔石とドロップアイテムを換金するためにギルド本部へと足を向けた。

 空は既に茜色に染まっており、あと一時間も経たないうちに夜の帳が落ちるだろう。日が落ちる前に換金を終わらせようと、シロは足早にギルド本部へと向かったため、換金を終えギルド本部を後にした時には、まだぎりぎり日が落ちる前であった。

 それでも大分視界が悪くなっている中、いくつもあるメインストリートのうち、ギルド本部に面したメインストリートをシロとベルは歩いていた。ギルド本部に面しているだけあり、周囲を見渡せば道行く人の殆どは冒険者であった。冒険者の通りが多い関係から、道沿いにある店は客層に合わせ冒険者専用の商店の姿がいくつもある。その殆どはやはり武器屋と酒場であった。勿論それだけでなく、表通りから外れれば、珍し気な―――怪しいといってもいい店が数多く見られた。

 シロとベルはそんな中、立ち並ぶ店に視線を向けることなく、真っ直ぐ教会(ホーム)へと向かって歩いていた。

 

「ん? おお、シロとベルではないか!」

「ああ―――ミアハか、久しぶりだな」

「あっ! ミアハ様!」

 

 シロとベルの前から歩いてきた人物が、片手に荷物を抱えたまま、シロとベルに声をかけてきた。

 目を奪われる、と言っても構わない美しさを持つ男であった。シロより拳一つ分ほど高い長身のその青年は、その身につけた見るからに貧乏臭い灰色のローブからは想像もつかないほど高貴な雰囲気を身にまとっていた。

 同性でも見惚れてしまうその貴公子然とした面立ちと、厳かと言っても過言ではないその身体から発する気配から、その青年が人ではなく神であることは一目見ればわかる。

 ましてやシロとベルは、その神の事を良く知っていた。

 シロは別だが、ベルにとっては、ヘスティア以外に唯一親交のある神である。

 名は、ミアハ。

 底辺に位置する【ヘスティア・ファミリア】と色々な面でどっこいどっこいなファミリアである【ミアハ・ファミリア】の主神だ。

 ミアハが片手で抱える紙袋を見たシロは、外へと飛び出した野菜の姿に、ふっと口元を綻ばせた。

 

「神自らが夕飯の準備とは、相変わらず大変なようだな」

「うむ。まあ、こちらも人手不足でな。そちらは、ダンジョンからの帰りか?」

「はい! 今から教会(ホーム)へ帰るところです」

「そうか」

 

 群青色の髪を揺らしながら笑うミアハに、シロはそう言えば、と質問を投げかけた。

 

「そうだ、聞きたいことがあるんだが、二日前に開かれた『神の宴』。あれからうちのヘスティアが戻ってこないんだが、何か知らないか?」

「ふむ、残念だが私はその宴には参加していなくてな。どうも良くわからん……すまんな、力になれなくて」

「いや、構わない」

 

 シロが首を横に振ると、微笑をたたえたミアハは、ふと何かを思い出した素振りを見せたあと、懐を探り始めた。シロとベルがその様子を黙って見ていると、ミアハは懐から二本の試験管を取り出した。

 

「ここで会ったのも何かの縁。折角だ、これをお前たちに渡しておこう。先の『神の宴』にもいかず、商品調合の助手に勤しみ造ったポーションだ」

「いや、流石にそれは」

 

 器用にディープブルーの液体が入った二本の試験管(ポーション)を片手で掴み差し出すミアハに、シロが両手を前に出し断ろうとする。が、ミアハは頭を振ってずいっと更に手を伸ばすと、おろおろとシロとミアハの間に視線を彷徨わせていたベルにぽんっ、と手渡した。

 

「あっ!?」

「はぁ……」

「はっはっはっ」

 

 咄嗟にポーションを受け取ってしまったベルが、動揺した目で頭に手を置き頭を振るシロを見上げる。その様子をミアハは声を上げて笑って見ていた。

 そのまま笑いながら呆然と立ち尽くすベルの横を通り過ぎたミアハは、シロの横で立ち止まると、その肩にぽんっ、と手で叩いた。

 

「調子はどうだ?」

「……悪くはない」

 

 互いに顔を見ることなく、逆方向に視線を向けながら言葉を交わす。

 

「無理はいかんぞ。特に、君は色々と不安定(・・・・・・)だからな」

「わかっている」

 

 ベルに聞こえない声で囁くようにシロに話しかけていたミアハは、口元に浮かべていた微笑をぐっ、と引き締め、真剣な声で言葉を発した。

 

「―――あまり、無茶はしないことだ。無理をすれば、侵食が進むかもしれない」

「気を付けよう……」

 

 ミアハは再度ぽんっ、とシロの肩を叩くと、そのまま片手を振りながら二人から離れていった。雑踏へと消えていくミアハの背中に、ポーションを左腿に装備しているレッグホルスターにしまい込んだベルが慌てて頭を下げた。

 シロは頭を下げるベルを見下ろすと、次に肩越しに振り返り、人ごみに消えゆくミアハの背中を見つめた。

 

(……侵食、か……)

 

 知らず、右手で左腕を握りしめていた。

 何も、違和感は感じない。

 右腕と全く同じである。

 だが、この腕は自分の腕ではないそうだ。

 記憶がない自分には、どういった経緯で腕を無くし、この腕をつけたのかはわからない。

 同じく、この腕の本来の持ち主も誰かはわからない。

 他人の腕、なくなった腕の代わりに付けられたものだと言われても、違和感を感じたことはない。

 だから、この腕が他人の腕であるというのは、ミアハ()の言葉であるが、信じられない―――筈なのだが、何故か、妙に納得している自分がいた。

 理由は、侵食、なのだろうか?

 ミアハとヘスティアから教えられた、この腕からの侵食。

 それが、自分の記憶喪失の原因だと思われるそうだ。

 ミアハ曰く、侵食により失われた記憶は戻る事はないそうだ。

 何か切っ掛けがあれば、忘れてしまった記憶は蘇る事はあるそうだが、侵食により失われた記憶は、どうあっても蘇ることはない。

 それは、思い出した記憶(・・・・・・・)もまた、同様だそうだ。

 

(思い出した記憶、か……)

 

 実の所、過去の記憶と思われるものは、幾つかある。

 どれも断片的なもので、はっきりと思い出したわけではないが、これだと思うものはあった。

 その中の一つに、幼少の頃の記憶だと思われるものがあった。

 今よりも大分視界が低い中、何処か疲れた雰囲気を漂わせる中年の男と向き合う記憶がある。

 夜空に昇る月の光が、格子越しに板張りに向き合って座る自分とその男を照らしていた。

 男は、幼い自分に、真剣な顔で何かを伝えていた。

 自分は、真剣にその言葉を聞いていた。

 だが、その言葉がどうにも思い出せない。

 とても―――とても大事な事の筈なのに、思い出せない。

 それは、忘れてしまっているのか、それとも―――。

 

「―――ん?」

 

 考え事をしながら歩いていたからか、ベルが付いて来ていない事に気付くのに遅れてしまった。立ち止まって後ろを見る。そこには、他に立ち並ぶ商店とは一回りも二回りも大きな武具店。真っ赤な塗装で塗られたその武具店の陣列窓(ショーウインドウ)には、額を押し付け張り付くベルの姿があった。思わず苦笑を浮かべたシロが、ベルが熱心に見つめる陳列窓がある店の看板を見上げた。

 重厚な扉の上に飾られた看板には、【神聖文字(ヒエログリフ)】に似た独特な文字で店名が書かれていた。

 記憶を無くした状態で目覚めたシロは、会話は問題はなかったのだが、読み書きは全く出来なかった。そのため、ヘスティアに読み書きを教わったのだが、その際、【神聖文字(ヒエログリフ)】についても習っていた。そのため、ある程度ならば、【神聖文字(ヒエログリフ)】を読み解くことが出来た。

 だから、この神聖文字に似た看板も読み解く事が出来るのだが、この看板に書かれたもの(文字)は、神聖文字(ヒエログリフ)が読めなくてもわかる程の知名度を誇る武具屋であった。

 シロは踵を返すと、陳列窓にへばりつくベルの背中に移動した。

 肩越しにベルが見つめる陳列窓の向こうに並べられた武器を覗き込んだ。

 

「何を見ているんだ?」

「っうわ?!」

 

 背後からかけられた声に、窓に顔をへばりつかせていたベルが慌てて振り返った。

 鯱張った姿勢で見上げてくるのを無視し、シロは先程までベルが見つめ続けていた武器へと視線を向けた。

 

「これか?」

「あ、あはは……何時かこんな武器が使えたらなぁ~……って」

 

 ベルの言葉を横耳に、シロは飾られた武器を見る。透明なガラスを一枚隔てた向こうには、幾つもの武器が置かれており、先ほどまでベルが向けていた視線の先にあった銀色の刃のショートソードも置かれている。

 値段は……弱小ファミリアでは十年掛けても払えなさそうな程に0が幾つも書かれていた。

 

「そういえば、シロさんの剣って、自分で作ったって聞きましたけど」

「ん? まあ、そうだが」

「あまり見ない形ですよね。何かモデルはあるんですか?」

 

 ベルの視線がシロの腰に揺れる二つの剣に向けられる。

 良く見られる剣である刃体が真っ直ぐな直刀ではなく、緩やかな弧を描いた厚みのある剣であった。それが二本、シロの腰には収められていた。一本でも振り回すのにはそれなりの力が必要な剣であるが、シロはそれを二本、まるで己の身体の延長であるかのように器用に扱うことが出来る事を、ベルは知っていた。

 ベルは武器には詳しくはないが、それでも最近は先程までのように、暇があれば【ヘファイストス・ファミリア】の店の陳列窓(ショーウインドウ)にへばりついていた事から、一通りの武器は見ることは出来ていたのだが、シロが持つ剣に似たものは見かけたことはなかった。

 過去には、その剣がシロが自らの手で打ったものだと聞いた後で、積極的に似たような武器はないかと探してみたが、芳しい成果は上げられなかった。

 その事を思い出したベルが、小首を傾げながらシロの腰にぶら下がる二振りの剣を指差した。

 

「さて―――」

 

 シロが両腰に佩いた双剣の柄を撫でながら苦笑を浮かべた。

 

「―――俺にもわからん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それで、作るのは本当にベルって子の武器でいいの?」

「うん。本当にありがとうっ! ヘファイストスっ!」

 

 北西にあるメインストリートにある【ヘファイストス・ファミリア】の支店にある執務室の中では、【ファミリア】の制服を着た紅瞳紅髪の女神であるヘファイストスが執務机に肘を置き、頬杖をついていた。呆れたような視線を向ける先には、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを示すロリ神ことヘスティアの姿があった。

 ヘスティアが喜んでいるのは、自分の願いをヘファイストスが了承したからだ。

 その願いとは、武器を一つ、作って欲しいというものであった。

 最初は渋っていたヘファイストスだったが、ヘスティアの二日間にも渡る交渉や、神の宴でロキに余計な事を口にした引け目があることから、何百年経っても必ず代金を支払う事を約束させ―――武器を、剣を一振り作ることを了承したのだ。

 鍛治の神であるヘファイストスは、例え地上では【神の力】を振るえないとはいえ、その鍛治の腕は一級品だ。そんなヘファイストスが、オーダーメイドで剣を作るとなれば、その値段は目玉が飛び出すほどの価格となるだろう。具体的な金額を提示していないというのに、無邪気に喜ぶヘスティア(神友)の姿に、呆れればいいのか、笑えばいいのか分からず、微妙な顔となるヘファイストス。

 椅子から腰を上げ剣を打つための準備に取り掛かかったヘファイストスが、ヘスティアにベルが使用する武器を確認する。ベルの扱う武器がナイフだと聞いたヘファイストスが、透明なクリスタルケースの中から白銀色に輝く精製金属である『ミスリル』を取り出していると、ふと顔を上げ、未だにびょんこびょんこと飛び跳ねているヘスティアに振り返った。

 

「……ねえ、ヘスティア」

「ん? 何だいヘファイストス?」

 

 小首を傾げるヘスティアに対し、『ミスリル』の金属板を手に取ったヘファイストスが、何処か躊躇いがちに口を開いた。

 

「あの時……ロキが言ってた―――」

「……シロくんの事かい?」

 

 喜びに染まっていた顔が一瞬で悲しみをたたえたモノへと変わるのを目の当たりにしたヘファイストスは、続けるつもりだった言葉を思わず飲み込んでしまう。

 

「あいつの言ってたことは、うん……悔しいことに間違っちゃいないよ」

「そう、なの? でも、『壊れてる』っていうのは、流石に言いすぎじゃない? 冒険者が危険に身を投げ出すのはそう珍しい話じゃないでしょ? まあ、確かにLv.1がLv.5に喧嘩を売るなんて事は流石に聞いたことはないけど」

「……事の本質はそこじゃないんだよ」

「え?」

「悔しいけど、あいつ(ロキ)は本当に良く見てる……『豊穣の女主人』亭での一件だけで気付くなんて……」

 

 顔を伏せたヘスティアが、寄りかかるように執務机に手をつく。俯いたヘスティアの顔を長い髪が遮り、ヘファイストスの視界を防いだため、どのような顔をしているのか伺い知ることは出来ない。

 

「確かに君の言う通り、冒険者が危険に身を投げ出すことは珍しい話じゃないよ。なにせ冒険者だからね。まあ、冒険者は冒険してはいけないとギルドの指導員は言うらしいけど、何時もそれじゃ、何時まで経ってもレベルは上がらないし、成果も上がらない。だから、冒険者は自分の命と危険、そして結果である報酬のバランスが崩れない適当な所で頑張らないといけない」

「そう、ね」

 

 腕を組んだヘファイストスが、同意するように頷く。顔を上げたヘスティアが、ヘファイストスのその姿にふっ、と口元を緩めた。

 しかし、直ぐに口元を引き締めると、僅かに顔を上げ何処か遠くを見るように目を細めた。

 

「人が命をかけてまで危険に身を晒すのには、理由がある。莫大な富だったり、名声、権力、家族のためってのもあるね。でも、シロくんは違う(・・)んだ」

「違う?」

「確かに、『豊穣の女主人』亭での一件は、ベルくん(家族)が理由だったかもしれない」

 

 そこで一旦口を閉じたヘスティアが、僅かに逡巡するように視線を泳がせたが、直ぐに諦めたように小さなため息を着くとヘファイストスに向き直った。

 

「―――だけど、もしそれが見知らぬ誰かであっても、きっとシロくんは何かしたと思うよ」

「え?」

「ねぇヘファイストス。どう言い繕っても、人は自分の命が大事だ。まあ、家族や友人、恋人のために命をかける人もいるにはいるけど……でもそれは、その人がいなくなると自分が傷つくからだ。打算も何もなく、身も知らぬ人を命懸けで救うやつ何かいる筈がない」

 

 ヘスティアが何を言ったのか一瞬理解できなかったヘファイストスが、間の抜けた声を上げた。ヘスティアはそんなヘファイストスに構うことはなく、うっすらと笑っているような顔でとうとうと語り始める。

 

「まあ、そうよね」

 

 特に異論のないヘファイストスは、ヘスティアの纏う言いようのない雰囲気に戸惑いながらも頷く。

 

「でも、シロくんは違う。例え見知らぬ誰かが傷ついているのを見てしまったら、シロくんは飛び込むよ。打算も何もなく、ね……」

「どうして、そんな事が言えるの?」

 

 ヘファイストスが、迷いのないヘスティアの言葉に疑問の眼差しを向ける。

 そのヘファイストスの疑問を抱いた視線を受けたヘスティアの脳裏に、過去の―――シロと出会って間もない頃の記憶が蘇った。

 それは、ヘスティアにとって思い出したくない記憶でもあった。

 

 初めて出来た【ファミリア(子供)】だった。

 強くて、優しくて、料理が上手で、掃除が得意で、鍛冶もできて―――ボクには勿体無いくらいの【ファミリア(子供)】。

 楽しかった。

 嬉しかった。

 誇らしかった。

 だから―――勘違いだと思いたかった。

 兆候は、あった。

 違和感は、少し、感じていた。

 気付いたら、シロくんは色んな人の手伝いをしていた。

 最初は、別に気にしていなかった。

 記憶がなくても、シロくんはその物怖じしない性格や、人当たりの良さで、ボクの知らないうちに色んな人と仲良くなっていた。

 だから、シロくんが見知らぬ人の手伝いをしているのを見た時、『友達の手伝いをしているんだな』、って勝手に考えていた。

 それが間違いだったと、はっきりしたのは、シロくんが冒険者になって直ぐ。

 

「シロくんは……一度、十五階層まで降りたことがあるんだよ」

「は?」

 

 ヘファイストスが、口をぽっかりと開けた間の抜けた顔をしている。

 だけど、笑う気になれなかった。

 ―――そんな気分じゃない。

 その時を思い出すと、今でもイラついてしまう。

 自分の、余りの能天気さに。

 

「ソロで、それも冒険者になって直ぐに、ね」

「意味、わかんないんだけど? どうして、そんなこと……」

 

 責めるような目でヘファイストスがボクを見つめてくる。

 睨み付ける、と言った方がいいかな?

 非難しているのは、ボクがダンジョンの危険性についてきちんと説明していなかったと思ったからかな?

 でも、それは違うんだよヘファイストス。

 ボクは、キチンと、いや、しつこいくらいにシロくんにダンジョンの危険性について話をした。

 ボクが言わなくてもギルドの職員が話していただろう事も、何度も繰り返し口にしていたと思う。

 幼い子供に伝えるように、何度も、厳しいくらいに―――もしかしたら、何となく予感していたのかもしれない。

 シロくんの危うさに。 

 

「……ダンジョンの前で、頼まれたんだって」

「誰に?」

「子供、だったそうだよ」

「?」

 

 ボクの言葉の意味が理解できないのだろう。首を傾げるヘファイストスの姿が、少し可愛らしく感じて、思わずふっと笑みが溢れた。

 おかげで、少し、ほんの少しだけだけど……まとわりつくような重い気分が、楽になった気がした。

 

「小さな子供から、『お父さんを探して』って頼まれたんだって」

「……それは」

 

 察したヘファイストスが、何とも言いようのない顔になる。

 その子供の父親が、どうなったのか直ぐに理解したのだろう。

 【ファミリア(子供)】達に、子供がいても何らおかしくはない。実際、家族で【ファミリア】に所属している者も結構いる。

 だから、そんな子供がいても何らおかしくない。

 いや、気付かないだけで、そんな子供達はたくさんいるのかもしれない。

 そう、ダンジョンで親が死んでしまった子供、なんて……。

 

「ダンジョンからの未帰還者なんて掃いて捨てるほどいる。大抵は所属する【ファミリア】がクエストを依頼したりするけど……放って置かれていたって事は……そういう事だね。シロくんだって、当時それくらいはわかる程度の知識はあった筈だ。だから……普通は、無視する。無視しなくても、まともに受け取る事はない……ない、筈なのに……シロくんは」

「…………」

 

 何も言えず、沈黙したままボクの話を聞くヘファイストスに、淡々と、意識して、できるだけ感情を載せずに伝える。

 少しでも惑えば、溢れてしまいそうになるから。

 怒りが。

 自分への―――苛立ちが。

 どうして、もっと早く気付かなかったのか、と。

 でも、気付いたとしても、どうしようも……。

 

「その子の父親が最後にいたと思われる階層に行ったそうだよ。父親は見つからなかったみたいだけど」

「……あの子は、何で……」

 

 苦い顔で呟くヘファイストス。

 怒ってる、と言うよりも、憤るような口調で非難するような言葉を口にするヘファイストスに、すっ、と視線を逸らしてしまう。

 

「いくらシロくんが強くても、冒険者になって間もない、ダンジョンに慣れてもいない素人が中層に潜るなんて、自殺行為にほかならない。まあ、無事に帰ってきたけど、ね。とは言え、それなりに怪我はしていたけど。おかげで、怪我の理由を問い詰めて何があったかわかったんだけど……でもね、怪我って言っても、中層にソロで潜ったっていうのに、特に大きな怪我ではなかったんだ……ほんと、規格外だよ」

「規格外で済ませていいのか悩むわね……それで、ヘスティアは聞いたの? その、彼が子供のお願いを聞いた理由は?」

 

 常識で考えれば生きて帰れない行動を取りながら、怪我だけで済めば奇跡である。

 Lv.1が、それも冒険者になって一ヶ月も経っていない初心者が、十五階層に行くなんて、自殺行為に他ならない。

 バベル(世界一高い場所)の屋上から飛び降りて生き残る確率とどっちが高いかと比べたら……それほど差はないだろう。

 しかし、あの時はほんと驚いた。

 二、三階層辺りを潜って来ると出て行って、自分の血で塗れた姿で帰ってきたんだから。

 シロくんもバツが悪かったんだろう。

 申し訳なさそうな顔して謝っていた。

 『心配させてしまってすまない』って……そうじゃ、ないだろ、まったく……。 

 

「そりゃもちろん。どうして行ったんだ? ってね、聞いたよ。でも、その答えは……ねぇ、ヘファイストス? 何だったと思う?」

「さあ? 流石に見当もつかないわ」

 

 肩を竦めるヘファイストスに、ボクも同意して頷いた。

 本当に、あの時は見当もつかなかった。

 だって、身も知らない、知人でも知り合いの子供でもない、唯の赤の他人の子供のお願いを、本当に欠片も関係のない人が、自分の命を危険に晒してまで叶える理由だなんて。

 そんなの、見当もつかない。

 有りうるはずがないのだから……。

 

 なのに……。

 

 ……シロくんは……。

 

 シロくんの答えは……。

 

「聞いたら、きっと笑うよ」 

 

 笑って、ヘファイストスに答える。

 あの時、シロくんがそうしたように。

 だけど、少し違う。

 仕方がないだろう。

 何度となく、命の危険があった筈だ。

 傷付いて、血を流して……辛くて、苦しかった筈だ。

 何の報酬もないのに、何の見返りもないのに、Lv.2さえ手玉に取ったシロくんが、あれだけボロボロになってしまったんだ。 

 並大抵の苦労じゃなかった筈だ。

 だから、理由があると思った。

 その子供の親や【ファミリア】に、何か恩があったとか。

 サポーターとして何処かの【ファミリア】についていったけど、はぐれてしまって一人で帰ってきたとか……。

 何か、どうしようもない理由があるんだって……。

 

 ……そう、思いたかった。

 

 なのに、その答えは―――。

 

 

 

 シロくんは、笑って言った。

 

 何でもないことのように。

 

 当たり前のことのように。

 

 何の気負いもなく。

 

 自然に。

 

 何ら裏もない、己の心の正直な気持ちを。

 

 

  

 身も知らない子供の願い。

 

 

 

 十五階層という死の危険。

 

 

 

 何の見返りもないその願いに応えた理由―――。

 

 

 

 その時、ボクは理解した。

 

 

 

 

 

「『困ってる人を助けるのは当たり前だろ』―――だって」

 

 

 

 

 

 シロくんの歪みを。

 

 

 

 

 




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