たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十三話 思い出の欠片

 ヘスティアが出かけてから三日が経過した。

 夜の帳が過ぎ去り、朝日が空を明るく照らし出す光景を薄目で見上げていたシロは、足元から聞こえてくる荒い息を耳にしながら、小さくため息をついた。

 いくら幼い少女の姿をしていたとしても、神に不埒な真似をするような輩は流石にいない。そして普段の行いからあまり信用はされないが、日々のバイト等から鍛えられたのか、そこそこ世間慣れしているため、例え三日姿を見せなくとも、そこまでヘスティアの身を案じてはいなかった。

 だからといって不安にならないわけではない。

 一体どこで油を売っているのかと頭を振りながら、シロは砂や砕けた石が転がるひび割れた石畳に転がるベルの頭を軽く足で小突き一声かけると、廃教会(ホーム)の中へと入っていく。背後でもぞもぞとベルが身体を起こす気配を感じながら、シロは今日の朝食の献立について考え始めていた。

 ベルが強くなりたいと決意した日から、シロは早朝に訓練を付けるようになっていた。

 勿論、ダンジョンでの探索に支障のない程度に手加減はしている。

 日々の訓練とダンジョン探索に加え、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の效果により、それなりに『経験値』は溜まっているだろうから、どのくらい上昇するかシロとしてはヘスティアに『ステイタス』の更新をしてもらいたかった。しかし、この三日間何の音沙汰もない。

 そろそろ本格的に探すかと、シロは考え始めていた。

 

「今日は一緒に行きますか?」

「ん? ……そうだな」

 

 朝食を終えたシロは、ダンジョンにもぐる準備を始めながら聞いてきたベルの質問にお手製のエプロンを脱ぎながら眉根を寄せた。ダンジョンのモンスターからドロップしたアイテムから作成した自作のエプロンだが、直火にも耐える耐久性や汚れが落ちやすいという事から、シロの愛用品の一品であった。脱いだエプロンに汚れがないことを確認し、綺麗に折り畳みながらシロはベルの質問に応えた。

 

「……いや、少しヘスティアを探してみようかと思っている。心配する必要はないだろうが、そろそろベルは【ステイタス】の更新をしてみた方がいいだろうしな。今日は怪物祭(モンスターフィリア)だ。もしかしたら会場にいるかもしれんし。少しばかり顔を出してみようかと思っているが……ベルも折角の祭りだ。一緒に行ってみるか?」

「えっと―――」

 

 ベルはシロの言葉に一瞬考え込む仕草を見せたが、直ぐに顔を上げると首を横に振った。

 

「いえ、やっぱりダンジョンに行こうかと思います。すいません。折角誘ってもらったのに……それに神様の事も」

「気にするな。ふらふらと何処をほっつき歩いて回っているのかしらんが、何の連絡も寄越さない馬鹿には少しばかりお仕置きをせんといかんかと探すだけだしな。祭りはヘスティアを探すついで寄ってみようかと思っているだけだ。それよりも気をつけておけ。ソロでダンジョンにもぐるのはかなり危険だからな。それが例え浅い階層でもだ。肝に銘じておけ」

「はいっ!」

 

 シロに勢い良く頷いたベルは、準備を終えたバックパックを背負うといそいそと扉を開け飛び出していった。 

 

「……さて、俺も行くとするか」

 

 遊びたいさかりだろうに、祭りよりも憧れの人に少しでも早く近づきたい気持ちの方が強いのか、シロの誘いを断りダンジョンへと向かうベルの姿に思わず笑みが浮かぶ。これから行く予定の怪物祭(モンスターフィリア)では、モンスターの調教が見世物として行われる。この祭りはオラリオで有数の【ファミリア】の一つである【ガネーシャ・ファミリア】が主催している。捕らえたモンスターが逃げ出すといった事は万が一にも起きることはないだろうが、用心はする事にこしたことはない。

 シロは愛用の双剣を腰に差すと、廃教会を後にした。

 

 

 

 

 

「…………………………」

「…………………………」

「いっけーっ! そこだっ! 刺せっ! 刺しちゃえッ!」

「何言ってるのよ馬鹿。殺したら駄目なんでしょ。調教してるんだから」

 

(どうしてこうなった?)

 

 シロは思わず頭を抱えそうになる手を意志の力でぐっと膝の上に押し付けた。

 左を盗み見ると、明らかに不機嫌な顔をしているレフィーヤの姿がある。私は今とても不機嫌ですと無言で訴えるかのように、頬は膨れ目尻はつり上がっていた。

 その隣には、眼前の闘技場内で華美な衣装を着てモンスターを調教(戦っている)している調教師(テイマー)の妙技に歓声を上げているティオナの姿があり、その更に隣には姉であるティオネの姿もあった。

 都市東端に位置するここには、周囲の建物とは比べ物にならない程の建造物である円形に形作られた闘技場(アンフィテアトルム)がある。そこでは、本日年に一度行われる怪物祭(モンスター・フィリア)が開催されていた。

 その闘技場の観客席の一つに、シロはいた。

 そもそも事の発端というか、このような事になったのは、シロがヘスティアを探すため怪物祭(モンスター・フィリア)が行われているこの闘技場に来た時。まだ早朝だというのに溢れるぐらいの人の姿に、目眩を感じていた時であった。

『あ、最強のLv.0だ』、とまたもや【ロキ・ファミリア】所属のティオナに声をかけられたのだ。

 激しく既視感(デジャヴ)を感じながら声が聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには先日の焼きましのような光景があった。

 とは言え、相手の方は一人、こちらも一人欠けた状態ではあったが。

 声をかけられた方向に視線を向けると、そこには三人の少女の姿があった。

 【ロキ・ファミリア】の冒険者である―――ティオネ、ティオナ、そしてレフィーヤの三人の姿が。

 その後も、またもあの日のように、ティオナの強引な誘いにより、何時の間にか一緒に怪物祭を一緒に見ることになっていた。

 

 ……そして今に至るのである。

 

「……あ~……レフィーヤ?」

「……あなたに名前で呼ばれる覚えはないのですが?」

 

 取り付く島もない。

 ギロリと擬音がつきそうな程の鋭い視線に、続くはずだった言葉を飲み込んだシロは、誤魔化すように視線を下に―――闘技場の方へと向けた。そこでは、華麗に舞っている【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちの姿がある。

 もともとここ(怪物祭)に来たのは、ヘスティアを探しにだ。ここでこのまま観客席で油を売っていても意味はない。

 そろそろ適当ないいわけでも口にしてこの場から離れようとしたシロであったが、

 

「あっ! 焼肉売ってるッ! ちょっと買ってくるから席守っててっ!」

「あら? あっちは焼き魚を売っているわね。こっちも少し席はなれるから誰も座らせないようにしてて。お願いねレフィーヤ」

「あ、ああ。わかった」

「え? あ? は、はい……?」

 

 それを制するかのように二つの声が先に上がった。

 シロとレフィーヤは、ティオナとティオネからの頼みに戸惑いながらも縦に頭を動かした。

 席を立つと走り出した二人は、あっという間に人ごみの中に消えていった。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 またもや無言が二人の間で満ちる。

 ほぼ強制的に約束を結ばされたにも関わらず、責任感が強いこの二人には、たとえ気まずくともここを離れるという選択肢は生まれなかった。

 調教師(テイマー)が調教を成功させたのだろう。一際高い歓声が上がった。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 二人は無言でその光景を見つめていた。が、

 

「……この前は、すみませんでした」

「ん?」

 

 次の調教が始まる合間でお喋りが始まったのだろう。ざわざわという騒音が周囲を包み込む中、小さな声が、シロの耳に入り込んだ。

 最初聞き間違いかと思ったシロだが、横を見ると、頬を染めながら俯くレフィーヤの姿が。シロは目を細めると、小さく首を横に振った。

 

「別に気にしてはいない」

「でも……」

「随分と、強くなることに執着しているようだが」

「っ」

 

 ビクッ、と怯えるようにレフィーヤの肩が震えた。

 レフィーヤの瞳が、動揺に揺れている。

 

「……冒険者が強さを求めるのはおかしな話ではないが……どうも単純な話には感じなかったが、何か理由があるのか?」

「…………」

 

 唇を噛み締め、無言を貫くレフィーヤの姿に、シロは頬を指先で掻きながら顔を逸した。

 

「まあ、別に言う必要はないが―――」

「―――私は」

 

 シロの声に被せるように、レフィーヤが喉が詰まったような苦し気な声を上げた。

 顔を逸した状態のまま、シロはレフィーヤを見る。レフィーヤは苦痛を耐えるように顔を顰めながら、迷うように口を動かしていた。それをじっと見つめながら、シロは続く言葉を待っていた。

 

「…………」

「……私には……追いつきたい人がいます」

 

 シロが無言で待っていると、レフィーヤは途切れ途切れに、しかしハッキリとした声で話し始めた。苦しいのか、それとも不快を感じているのかはわからないが、眉間に皺を寄せ、澄んだ清流のような涼やかな声を低く濁らせながらも、話を続けるレフィーヤ。

 それを、シロは無言で聞いていた。

 

「……」

「その人は、私なんかと違って、強くて、優しくて、綺麗で……完璧な人なんです。いつか、あの人の隣に立てるようになりたい、そう……思って、頑張ってきたんです……」

「……」

「だけど、どれだけ頑張っても、私はあの人の足手纏いにしかならなかった」

「……」

 

 話が進むにつれ、レフィーヤの眉間に寄っていた皺は増す増す深くなり。

 途切れ途切れにの言葉は、次第に勢いを増し、声に含まれていた焦燥は大きくなっていく。

 

「……頑張ったんですよ。私は、本当に頑張ったんです。だから、Lv.3にまでなれたんです。何度も死にかけたこともあります。でも、挫けずに頑張ってきた。それもこれも、何時かあの人の隣に立てるようになりたかった」

「……」

「なのに、あなたは―――」

「……」

「あなたは、Lv.1なのに……」

「……」

 

 しかし、怒りが多分に含まれていたと思われた声は、次第に悲しみにとって代わられ、涙が混じり始める。

 殴りつけるような言葉は縋るようなものに代わり、シロを見つめる瞳が揺れ始めていた。

 

「どうして、なんで、ですか……どうして、あなた(Lv.1)なんかが……そんなに強いんですか……」

 

 小さく萎む声とともに、顔を俯かせ腕は力なく垂れる。

 周囲の観客の歓声が遠くに感じながら、シロは目の前で小さく震える少女を見つめていた。

 自然と、シロの口は動いた。

 

「……前にも言ったが、俺には記憶がない。だから、自分の強さの理由についてはわからない、というのが正直なところだ」

「……だからって……っ、あなたは、本当に何も覚えていないんですか?」

 

 ぐっ、と手を握り締めたレフィーヤは、僅かに顔を上げシロを睨みつけた。

 涙をためた瞳に、シロは言いよどむ。

 

「―――それは…………」

「……私には、記憶が全くないというあなたの言葉は信じられません」

 

 口ごもるシロに、レフィーヤは責め立てるように刺が含まれた言葉を向けた。

 

「何故だ?」

「……怖い、筈です」

 

 じっとシロを見つめながら、レフィーヤは断定する。

 レフィーヤの言葉の意味が上手く捉えられなかったシロは、戸惑いながらも確かめるように問いかけた。

 

「怖い、とは?」

「私だったら……耐えられません。だって、今までの自分がわからないんですよ。親も、兄弟も、恋人も、何もかも覚えていない。自分の立場も、身の置き所もわからない。それに記憶がないっていうことは、過去の自分と、今の自分は全くの別人になっているかもしれない。今、自分が好きな人が、もしかしたら、過去の自分にとって憎むべき相手だったかもしれない。考えれば考えるほど、不安になってしまう。自分が、信じられなくなってしまう……記憶がない、なんて……不安で……怖くて、前にも、後ろにも、何処にも行けない。動けなくなってしまう。なのにあなたは……本当に怖くないんですか?」

 

 そう、怖くて堪らない。

 考えるだに恐ろしい。

 記憶が―――過去がわからないということは、世界から孤立するということだ。

 目の前にいる人が、知人か、他人か、それとも家族なのか、恋人なのか、全くわからないのだ。話す毎に、それで本当にいいのかと自問自答してしまうだろう。過去の自分を知るという人が現れても、それが本当に真実なのかなんて、それこそわかりようがない。証明する物も人もわからない(・・・・・)のだから。

 恐ろしくて、怖くて、不安で……動けなくなってしまう。

 蹲って、閉じこもってしまう……私なら、そうなってしまう。

 でも、この人は違う。

 堂々と、地面に足をつけ立っている。

 何も不安などないと、背を伸ばし、胸を張って……。

 私とは……違って……。

 

「そうだな……確かに、記憶がない、というのは怖いものなのだろう、不安になるのも、まあ否定はせん。だが、何事もなるようにしかならん。それなら、考え込みすぎて動けなくなるよりは、あまり深く考えず、自分の感じるままに行動した方がいいのではないかと、俺は思っているんだが……」

「……あなたは、強いんですね」

 

 戦う力、だけじゃなく、心も……。

 何時もゆらゆらと不安に揺れる私とは違って、この人は……。

 だから、ベートさん(Lv.5)に向かっていけた。

 何にも動じないその姿は、ちっとも似ていないはずなのに、何処かあの人(アイズ)を思わせて……。

 

「さてな、ただの考えなしかもしれんぞ」

「ただの考え無しが、ベートさん(Lv.5)を倒せると?」

 

 頭を掻きながら笑うシロの姿に、思わずむっとしてしまう。

 ただの考えなしが、あのベートさんに喧嘩を売れる筈がない。

 例え、何も知らない素人だったとしても、彼が纏う雰囲気に怯えずにはいられないのだから。 

 

「その件は―――」

「はぁ……もういいですよ」

 

 困ったように笑うその顔に、肩の力が抜けてしまう。

 元々、困らせるつもりはなかった。

 そう、ため息をつき、もの思いに耽っていると。 

 

「…………その、ウィリディス嬢」

 

 向こうから話しかけてきた。

 その伺うような視線と声に、ふっと、気が抜けてしまう。

 そう言えば『あなたに名前で呼ばれる覚えはないのですが?』なんて言っちゃたんだっけ。

 う~ん……ま、いいか。

 

「……レフィーヤで、いいです」

 

 と、ため息混じりに自分を納得させ―――

 

「そうか、じゃあ、レフィーヤ」

 

 ―――不意を突かれた。

 どこか弾んだような。

 笑みを含んだ声で、囁くように呼ばれた名前に。

 ドキン、と胸が鳴った。

 ビクリ、と身体が震えたことに、気付かれては、いない、よね? 

 

「っ―――な、何ですか?」

 

 縺れそうになる舌を動かしながら、必死に冷静さを戻そうとするが上手くいかない。

 自然に装って胸に手を当て、深呼吸をする。

 んん? 

 ……何を焦っているのでしょうか私は?

 

「さっきの質問だが」

「え? あ? ……ん? さっき?」

「『本当に何も覚えていないのか?』という質問だ」

「ああ、あれですか」

 

 ぽん、と手を叩く。

 確かに言った。

 だけど、その質問は答えたはずだ。

 『何も覚えていない』―――と。

 でも、改めて言うって事は……もしかして……。

 

「そうだ。その質問の答えだが、実のところ全く記憶がない、というわけではない」

「嘘を言ったってことですか」

 

 予想通りの言葉に、思わず声に刺が含まれても仕方がないだろう。

 向こうもバツが悪いのか、私の咎めるような視線を受けて困ったような顔をしている。

 

「いや、確かに殆んど記憶はない、ないのだが……欠片、そう、記憶の欠片のようなものはある」

「記憶の、欠片?」

「ああ、声はなく、光景だけだ……懐かしい、という思いはあるが、出てくる相手が自分にとってどのような関係かはわからないが、な……」

「どんな、記憶か、聞いても?」

 

 断られるかもと、恐る恐る聞いてみると、ふっと笑われた。

 反射的に何かを言おうとしてしまうが、それよりも向こうが口を開くのが先だった。

 

「……多分だが、俺が子供の頃の記憶だろう。俺は、一人の男に何かを教わっていた。男の年齢は三~四十代かな? もしかしたらもっと歳をくっていたかもしれん。見た目は若いんだが、雰囲気がな、酷く疲れているというか……」

「シロさんのお父さん、ですか?」

 

 首を傾げると、あちらは肩を竦めて首を横に振った。

 

「わからん。だが、親父(おやじ)というよりも、(じい)さんって感じだな、あれは」

「そう、ですか」

 

 爺さんは少し酷いんじゃないかと、顔も知らないシロの父親と思われる男に同情してしまう。

 とは言え、彼の口ぶりは悪意とは真逆のもの。

 親しみを込めた優しい声だった。

 

「その男は、酷く真剣な顔で俺に何かを伝え、俺も真剣にそれを聞いていた」

「何を教えていたんでしょうね」

 

 父が子に何かを教える。

 その内容は気になるが、当の本人が覚えていないと。

 まあ、あまりしつこく家族の話について聞くのは無作法だ。

 だから、軽い気持ちで聞いたのに、何やら真剣に考え込み始めちゃったよこの人……。

 まったく、人がいいというのか、無用心と言えばいいのか?

 

「―――っ駄目だ。やっぱり話の内容は思い出せん。だが、緊張と、高揚、あとは……使命感、決意か? まあ、そういうのは感じていたと思う……」

「ふ~ん……」

 

 腕を組んで首をひねるシロを眺める。

 先程から、話の内容よりも興味深いものが見えるからだ。

 

「まあ、これが現状俺の思い出せる一番はっきりとした記憶だな。この記憶が良い思い出なのか、それとも悪い思い出なのかはわからんがな」

「―――良い思い出ですよ」

 

 思わず言ってしまっていた。

 反射的に口にしてしまったのは、ずっと考えていたからだ。

 

「ん?」

「なっ、何ですかっ」

 

 訝しげな視線に、別に悪いことをしたわけでもないのに居心地悪く気持ちになる。 

 思わずどもってしまう。

 

「いや、どうしてそう思ったんだ?」

「―――っぐ」

 

 口ごもる。

 彼の質問の答えが脳裏に浮かぶ。

 頬が赤く熱がこもっていくのを自覚してしまう。

 

「レフィーヤ?」

「っ……わ、笑っていたんですよ」

「んん?」

 

 ずいっ、と顔を寄せてくる彼に、思わず口にしてしまっていた。

 首をひねる彼に、増す増す頬の熱が高くなるのを感じながらも、怒鳴るように言葉を続ける。

 

「っ~~~もうっ! 笑ってたからですよっ! あ、な、た、がっ!」

「笑って、いた?」

 

 自分の頬に手をやる彼から顔を背け、腕を組んで思いっきり頷く。

 

「ええっ! 話している間中ずっと、それこそ子供のような顔でっ!」

「そう、か……」

 

 何処か呆然としたような様子で頷く彼の姿に、ふと不安を感じた。

 組んでいた腕を外し、彼に向き直る。

 こちらの視線を感じたのか、顔を上げた彼の目を見つめる。

 相も変わらず、真っ直ぐ人を見つめるものだ。

 生真面目と言えばいいのだろうか、思わず口元が綻んでしまう。

 それとも、逆に子供っぽいとでも言えばいいのか?

 父親の話をしていた彼の顔は、確かに笑っていた。

 優しく、暖かく。

 だからだ。

 私が彼の話に出てくる男の人が父親だと思ったのは。

 あんな顔で笑うのは、家族だけだから。

 それも、仲の良い。

 

「……父親だったら、きっと良いお父さんだったんでしょうね。随分、嬉しそうな顔で笑っていましたよ」

「それは……少しばかり恥ずかしいな」

 

 そう言って照れたように含羞んだ彼の顔は、本当に、子供のようで―――。

 

 

 

 




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