たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十四話 泥人形

 東のメインストリート。

 その大通り沿いに幾つもある喫茶店の一つ。

 そこは、奇妙な静けさに満ちてた。客がいない理由ではない。席は半ば以上に埋まっている。ただ、客の全て、いや、客だけでなく従業員も含めた全ての者が、惚けたように口を半開きにし、店の一席に視線を集中させていたのだ。

 彼らが見つめる先。

 窓辺の席に静かに座るその者は、紺色のローブを頭から纏った女だった。

 厚手のローブに身を隠してもわかる、豊満な胸と尻のラインから、その人物が女―――それも極上の女性であることがわかる。身体だけではない。僅かにローブの隙間から覗く顔の一部だけでも、息を呑むほど美しい。

 その魔的なまでな魅力は、人では持ち得ない。

 いや、神でも持てはしないだろう―――一部を除いて。

 しんっ、と異様な静けさが満ちる店内に、カラン、とドアに備えられた鐘が鳴った。

 鐘を鳴らした新たな客が二名。扉をくぐり店の中に入ってきた。新たに店内に足を踏み入れた二名の客は、一人は店内に満ちる奇妙な雰囲気に眉根を寄せ、もう一人は対応してきた店員と一言三言言葉を交わすと、二階に上がり目当ての人物が座る場所へと足を向けた。

 

「よぉ~、待たせたか?」

「いえ、少し前に来たばかりよ」

 

 手を振り窓辺に座る目当ての人物へと手を振りながら近づく新たな客―――ロキはニヤリと笑う。

 それに口元を笑の形にして応えたローブを纏った女は、自分の前の席に腕を向ける。

 

「座ったら?」

「ほな、遠慮なく座らせてもらうわ。ん、あんたも座りい」

「私は一応護衛なので……」

「まったく硬いのう」

 

 乱暴に席に座ったロキが、後ろに立つアイズに席を進めるが、小さく首を横に振られ断られてしまう。

 ロキは困ったように笑うと、肩を竦め対面に座るローブの女に向き直った。

 

「で、その子のことは何時になったら紹介してくれるのかしら?」

「なんや、紹介がいるんか?」

「ええ、噂には聞くけれど、彼女と実際に会うのは初めてよ」

 

 ローブを深く被った女の視線がアイズへと向けられる。アイズは自分を見つめる女が被るフードの奥に見える銀の髪を見て、その正体を察した。そして直ぐにこの喫茶店に満ちる奇妙な雰囲気の原因を知った。

 美を司る女神の銀に輝くその瞳の輝きに、アイズの視界が一瞬ふらりと揺れる。

 この迷宮都市オラリオにて、最大派閥である【ロキ・ファミリア】と双璧を張る【フレイヤ・ファミリア】の主神―――女神フレイヤ。

 美を司る神の中で一際美しく、その魔的なまでな魅力故に、『魔女』との異名も持つ女神。

 

「ほいほいっと。そんなら紹介するわ。これがうちの秘蔵っ子のアイズたんや。どうや、可愛かろう。アイズも一応挨拶だけはしときい。こんな奴やけど、一応は神やからな」

「……初めまして」

「ふふ、可愛いわね。それに……ああ、ロキがこの子に惚れ込む理由が、ふふ……良くわかったわ」

 

 くすくすと意味ありげに笑うフレイヤに、顔を顰めながらも、ロキは遠慮するアイズの腕を引っ張り半ば強引に自分の隣の席に座らせた。戸惑いながらロキの手を振り払えずそのまま席に座ることになったアイズは、目の前に座るフレイヤが向ける視線に気付くと、ぺこりと小さく頭を下げた。

 

「で、どうしてここに【剣姫】を連れてきたのか聞いてもいいかしら?」

「ぬふふっ……! そら決まっとろう。折角のフィリア祭や! あんたとの用事を終えたら直ぐにアイズたんとラブラブデートを堪能出来るようにするために決まっとるやないか!」

 

 ぐふふ、と気持ちの悪い笑い声を上げながらにやにやとするロキに、隣に座るアイズは思わずずりずりとお尻を動かした―――ロキから離れるように。

 しかし、それは伸ばされたロキの手がアイズの手を掴むことによって止められた。

 

「ま、それだけやないけどな。『遠征』も終わってやっとこさ帰ってきたっていうにも関わらず、こん子はちょっと目を離せば直ぐにダンジョンにもぐろうとするからなぁ、誰かが見とかなあかん」

「…………」

「誰かが無理やりにでも気い抜いてやらんと、一生休みもせんのではと不安に思ってしまうからな」

 

 アイズは羞恥と情けなさに顔を伏せてしまう。

 うなだれたアイズの頭にロキはぽんっ、と手を置くと、そのままぽんぽんと叩くように撫でながら小さな笑みを口元に浮かべた。

 その光景に、フードの中でフレイヤは面白そうに笑みを浮かべた。

 女神が共に笑みを口元に浮かべ―――だがそれは、直ぐに形だけのものとなった。

 互いに口元には笑みが浮かんでいる。

 しかし、身にまとう雰囲気はそれから全く遠いものであった。

 アイズも敏感にその空気を感じ取ったのか、全身に適度な緊張と脱力を保たせ、咄嗟に動けるように身体を保つ。歴戦の戦士であるアイズでもプレッシャーを感じるのだ、二柱の神の間で発生する圧力は、一般人に耐えられるものではない。気付けば店内の客は一人残らずいなくなっていた。

 

「まどろっこしいのは好きやないから率直に聞くけど。何やらかす気や?」

「本当に率直ね。でも、何か勘違いしていないかしら?」

「とぼけんな阿呆ぅ。自分最近動きすぎやないか。興味ないとかほざいとった『神の宴』に急に顔出すのだけでも十分可笑しいのに、あっちこっちで色々と探っとるようやないか……今度は何企んどるんや?」

「企むだなんて失礼ね」

「じゃかあしい」

 

 小さく肩を竦めるフレイヤに、ジト目で非難の声を上げるロキ。

 フレイヤを見る目には警戒が色濃く宿っていた。蛇をも射殺しかねない朱色の眼差しだったが、暖簾に腕押しとフレイヤの浮かべる微笑みは崩せなかった。目に見えない剣呑な神威の攻防は、アイズが見守る中何時までも続くかと思われたが、おもむろにため息をつき肩を落としたロキにより終了した。

 頬に握りこぶしを当て、乱暴にテーブルに肘を置いたロキが、呆れた声を上げた。

 

「―――男か」

「…………」

 

 フレイヤは答えない。無言のまま、相いも変わらず微笑をたたえたまま。

 しかしロキは、フレイヤの無言の笑みを肯定と取った。

 顔を手で覆い、天井を仰いだ。

 

「つまりは毎度のごとくどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったちゅう、そういうわけか」

 

 フレイヤのこれまでの言動に行動―――ロキには覚えがあった。

 いや、あり過ぎた。

 これまでにも幾度もあった、フレイヤの他【ファミリア】の子供へのアプローチ。

 フレイヤの多情―――神々を相手にするソレではなく、下界の子供達に対するものは広く周知されている。これまで色々とやっていたのは、そのための事前の情報収集だろう。

 と、言うことは、今回の対象は他の【ファミリア】の構成員。

 『神の宴』に出席したのは、目当ての子供の所属している【ファミリア】を突き止めるためだろう。他の【ファミリア】からの移籍は不可能ではないが、大抵の場合それは揉め事になる。場合によれば行き着くとこまで行き着く程のものになる。

 いくらオラリオ最大派閥の一角であろうとも、下手な【ファミリア】を相手にすれば少なくないダメージを受けてしまう。

 それを恐れての情報収集だろう。

 では、それがわかった上での懸案事項は、それが誰か、ということだ。

 ロキには、もしかして、との思いがあった。

 色々と話題に上がる冒険者に事欠くことはないが、フレイヤのお眼鏡に叶うような突出した子供は少ない。

 そしてその中に、最近ロキも興味を引かれる対象がいた。

 だから、それを確かめるつもりで問いかけた。

 

「で、今回の相手は誰や?」

「……」

「今度自分が目ぇつけた男はどんな奴なんかって聞いとんのや」

 

 テーブルに乗り上がるように、無言のフレイヤにぐっと顔を近付けた。

 フレイヤは口元を孤に描くと、自分の前に置かれたカップを持ち上げて中に入っていた冷めてしまった紅茶を喉に流した。

 中が空になったカップをソーサーに置くと、じっと見つめてくるロキに笑みを返し、数秒程考え込んだ。フレイヤが見たところ、このままではロキは喋るまでこの場にいるだろう。それは流石に頂けない。

 顎に手を当て逡巡するも、直ぐにふっと笑みを浮かべると、ロキから顔を離し左手にある東のメインストリートに接する窓へと向けた。窓へと顔を向けると、今度は視線を窓の下―――東のメインストリートを歩く大勢の子供達を見下ろしていた。通り過ぎていく子供たちの姿に、フレイヤはあの日のことを思い出した。

 あの日―――白い髪のあの子を、あの美しい光を見つけた日のことを。

 

「……強くは、ないわね」

「…………は?」

 

 戸惑いの声がロキの口から溢れた。

 フレイヤの言葉の意味を一瞬捉えられなかったからだ。

 

「貴方や私の【ファミリア】の子とは比べものにならない程に弱い子よ。でも、綺麗だった。何よりも透き通っていたわ。そう、あの子は私が今まで見たことのない色をしていたの」

「……」

「一瞬で目を奪われたわ。見惚れてしまった……見つけたのは本当に偶然、あの子が視界に入ったの―――そう、あの日もこんな風に……」

 

 フレイヤ幼い子供を愛でるような優しく甘い声に、段々と執着じみた熱が孕んでいくのを聞いていたロキは戸惑っていた。

 ロキはここに来る前から、フレイヤの狙いが他の【ファミリア】の子供の可能性が高いと予想はしていた。そして、その相手についても大体の当たりは付けていた。

 しかし、その相手が『弱い』なんて事はありえなかった。それに、フレイヤが話している内容も、自分が考えていた相手とは違うように感じる。

 内心舌打ちしながらロキは自分の予想が外れていた事を確信すると、改めてフレイヤの話に耳を傾けた。

 フレイヤがご執心の相手が、誰かを予想するために。

 だが―――。

 

「…………」

「……あん? どうしたんか?」

 

 ロキが気持ちを新たに話に耳を傾けようとしたが、当のフレイヤは窓の外を見て固まっている。

 自分の言葉にも反応しないフレイヤに、続けて話しかけようとしたが、それよりもフレイヤが立ち上がるのが早かった。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

「―――ちょい、待ちいや」

 

 立ち上がり、席から離れようと背を向けたフレイヤをロキは呼び止めた。

 ピタリと足を止めたフレイヤは、ロキに背を向けたまま返事をする。

 

「何かしら? 少し急いでいるんだけど」

「一つだけ、聞いときたいことがあってな」

「なら、早くしてもらえるかしら?」

 

 若干言葉の中に苛立ちを含ませながら、フレイヤが続きを促すと、ロキは細い目を更に細くし、前々から聞きたかったことを問いかけた。

 

「あんたなら知っとるんちゃうんか? 【ヘスティア・ファミリア】のシロのことは。『最強のLv.0』と言われとるあいつには興味ないんか?」

「―――っ」

「……」

 

 そのロキの言葉に、窓の向こう、先ほどフレイヤが見つめていた先にいた人物の後ろを追いかけていたアイズが反射的にロキへと顔を向けた。

 フレイヤはロキのその疑問に、考え込むように無言のままだったが、窓辺の向こうに見えていた人物が雑踏の中に消える頃、口を開いた。

 

「……そう、ね。あなたの言う通りアレのことは確かに知っているわ。アレは確かに強いわ。ええ、強さだけは本物ね。でも、どれだけ強くてもアレだけはいらない」

「何でや? あれだけの強さ。欲しいとは思わんへんのか?」

 

 一切の躊躇いなく断定するフレイヤの言葉に、ロキは疑問を露わにする。

 ロキ、いや、(面白いことが好き)であるならばあれほどのレアキャラを欲しがらない奴はいないと。

 それが男であるならば、いや、女であっても、あれ程の逸材、この女(フレイヤ)の食指が動かないはずがない。

 それなのに―――。

 

「欲しい? アレを?」

「な、何や、おかしい話とちゃうやろ。Lv.0でLv.2を相手にできるなんて規格外(面白い奴)。気になるんは当然やろ」

 

 本当に心外だったのだろう、思わず、といった様子で、顔だけをロキへと振り返らせたフレイヤが嫌悪混じりの声を上げた。予想外の反応に戸惑うロキ。

 フレイヤは焦るロキの姿に小さくため息を吐くと、過去を思い出すように目を細めた。

 

「……『最強のLv.0』―――それが嘘や語りじゃなく事実であることは知っているわ。この目で確かめたから」

「ふぅん……見たことあんのな。ならや、お前にはどう見えたんや? あんたのいう『輝き』っちゅうもんはどんなもんやったんかい?」

「…………」

「フレイヤ?」

 

 唇を噛み締めるように閉じたフレイヤの瞳が揺れた。

 まるで闇を恐れる少女のように不安に揺れる瞳に、ロキは思わず目の前の神の名を呼んだ。

 天界にいた頃を含めれば、気が遠くなるような年月の付き合いがある女神だが、こんな顔を見るのは初めてであった。だからこそ、ロキは今目の前にいる神が、自分の知る者と同じか不安になりその名を呼んだのだ。

 

「……った」

「ん?」

 

 名への返事は、小さく震える言葉であった。

 

「なかったのよ。アレには……」

「はぁ?」

 

 小さく聞き取れなかった言葉を、再度フレイヤは口にした。

 しかし、その言葉の意味は、ロキには理解することは出来なかった。

 眉根を寄せ、盛大に疑問を呈するロキに、フレイヤは苛立たしげに眉を顰めた。

 

「……いえ、正確に言えば見えなかった、が正解ね」

「どゆこと?」

「……言葉通り見えなかったのよ。初めてだったわ。神、(子供達)問わず今まで数多く見てきたけど、見えなかったのはアレが初めて」

 

 小さく頭を振るフレイヤに、ロキの頬が好奇心に歪む。

 

「……ますます興味がわいてきたわ。あんたでもわからんような奴がいるたぁ思いもしいひんかったからな。しっかし、『アレ』、『アレ』言って、モノとちゃうんや、せめて『あいつ』って言ってやらんかい」

「? ああ、そうね……」

 

 流石に子供達を『アレ』呼ばわりはどうかと親切心のような気持ちで投げかけた言葉は、フレイヤの軽い驚きに返された。

 まるで、その事を今気づいたとばかりに。

 だから、ロキは問いかけた。

 そのままに。

 

「なんやその顔。今初めて気づいたみたいな顔して」

「その通りよ。そう言えばアレは人だったと思い出したのよ」

「フレイヤ―――そりゃ、どういう事や」

 

 聞き捨てならない言葉に、ロキは緩めていた口元を引き締めた。

 

「どうもこうも。私には、アレが人には見えなかっただけ」

「……なら、あんたの目にはどう見えたんや」

「そうね……人の形をしたモノ、そう―――言うなれば人形ね。それも汚れた泥で出来たような」

 

 氷のようにその銀の瞳を硬く、冷たく凍えさせながら、フレイヤは呟く。

 嫌悪とは違う、拒絶に似た色を言葉に乗せながら。

 

「あれがか? はっ、そりゃ大層な人形やな」

 

 ロキが知るシロの姿からは想像もつかない言葉に、フレイヤの言葉を鼻で笑う。

 確かに、少しばかり普通の人間とは思えないところはあるが、そこまで言われる程ではない。

 だから、皮肉げに言ったのだが、フレイヤには気にした様子は見られなかった。

 

「ええ、確かに……色々と大層な代物よ。出来れば、もう二度と見たくない程に」

「……流石にそれは言いすぎちゃうんか?」

 

 吐き捨てるようなその言葉に、ロキの目がスッと細まる。

 シロは別に自分の【ファミリア】の子供ではない。それどころか大嫌いなヘスティアが主神の【ヘスティア・ファミリア】の子供だ。しかし、だからといってそこまで嫌悪するような相手ではなかった。色々とやらかしてくれたが、ベートとの一件で、中々見所のある奴だと思っていたから特に、だ。

 しかし、フレイヤはロキのあからさまな態度には何の反応を見せる事なく、彼女らしくない程に苛立ちを露わに言い捨てた。

 

「言い過ぎ? これでもまだましだと思うわよ」

「……何も見えなかった、と言う割には、えらく嫌ってるようやけど……本当に何も見えなかったんか?」

「……あまり口にしたくないわね」

 

 逃げるように、フレイヤは顔を前に戻し、ロキの視界から完全に逃げてしまう。

 その余裕をなくしたような態度に、ロキの背中がゾクリと粟立つ。

 未知への恐れと、ソレを上回る好奇心に。

 

「ふぅん……なんや、増す増す興味がわいてきたわ。なあ、教えてぇな」

「……興味本位ならやめときなさい。アレは私達(神々)でも手を出すのは危険よ」

 

 蛇が舌なめずりするかのような粘着質的なまでのロキの言葉に、フレイヤの硬い言葉が返された。

 

「あんたがそこまで言うとは……一体どうしたんやフレイヤ?」

 

 流石に面白がっていられる限度を超えているとロキは感じ、フレイヤに確かめるように問いかける。硬く、鋭い視線の中に答えろと言外に含め。

 ロキに顔を向けてはいないが、フレイヤはその視線を背中で感じていた。

 数秒か数分か、二人の間で時間が過ぎ、先に言葉を口にしたのは、フレイヤだった。

 

「……古い馴染みとしての忠告よ。あなたも出来るならアレには近づかない方がいいわ」

「何でや」

 

 ロキの疑問。

 ソレを背中に受けたフレイヤは、一度、怯える幼い少女のように小さく震える吐息を吐き出し。

 

 

 

「―――アレは、呪われているわ」

 

 

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――初めてアレを見た時、私にはソレが(子供達)であると認識できなかった。 

 

 どんなに矮小な(子供達)にも見えた『輝き』が、アレには見えなかったからではない。

 

 欲望に塗れた『輝き』。

 

 絶望に堕ちた『輝き』。

 

 復讐に濁った『輝き』。

 

 汚泥にも似た『輝き』は、今まで幾つも見てきた。

 

 それに対して、私は別に何も感じることはなかった。

 

 それもまた、味のある『輝き』だと、感じることすらあった。

 

 ……でも、アレは違う。

 

 アレは、泥だ。

 

 黒い―――呪いに染まった泥。

 

 黒に見える程の呪いに染められた汚泥で形作られた人形。

 

 私には、アレがそう見えた。

 

 黒い『輝き』は幾つも見てきた。

 

 しかし、アレは断じて『輝き』などではない。

 

 低俗な、(子供達)の様々な悪意(呪い)が形となった泥より生まれた人形。

 

 神ですら染められかねない呪いの人形。

 

 私には、アレがそう見えた。

 

 だから、私は逃げた。

 

 幼い少女のように。

 

 何の力もない女のように、悲鳴を上げ、私は逃げた。

 

 二度と、見たくはない。

 

 そう、思った。

 

 だけど……。

 

 

 

 

 

 ………偶然、私は出会ってしまった。

 

 本当に、偶然。

 

 ―――直ぐに、離れる(逃げる)つもりだった。

 

 だけど、私は見てしまった。

 

 アレの中に。

 

 黒く染まった泥の奥に。

 

 闇より深い暗闇の奥に揺れる―――『輝き』を。

 

 全てを黒く染める(呪い)の中。

 

 蝋燭の炎よりも儚く揺れるソレは、確かに『輝き』だった。

 

 その『輝き』は、赤く、朱く、緋く、赫く―――紅い、炎。

 

 身体に流れる血の如く。

 

 黄昏に落ちる日の如く。

 

 夜の帳を散らす日の如く。

 

 全てを燃やす炎の如く。

 

 それは、明るかった。

 

 泥の中に、もがくように揺れる『輝き』を、私は確かに見た。

 

 儚く揺れる『輝き』は、直ぐに汚泥の中に消えていった。

 

 見てしまった。

 

 知ってしまった。

 

 あの呪いの奥に。

 

 あの汚泥の中に。

 

 “純白(あの子)”と同じ、見たこともない『輝き』があることを。

 

 これまでに見てきたどの『輝き()』とも違う。

 

 純粋でありながら、歪。

 

 複雑でありながら、一途。

 

 優しげでありながら、厳しく。

 

 儚げでありながら、強い。

 

 常に揺れる“炎”の如き“あか”の『輝き』。

 

 だから、私は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 




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