たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十五話 怪物祭

「―――おかしい」

 

 万雷の拍手が満ちる闘技場の中、シロはアリーナを見下ろしながら目を細めた。

 つい先程、【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)がモンスターの調教を終えたところであった。

 誰もが興奮した様子で、【ガネーシャ・ファミリア】の妙技を褒め称えていた。

 近くにいる、【ロキ・ファミリア】もまた同じだ。

 頬を赤く染め、興奮して大声を上げ拍手をしている。

 そんな中、シロは怪訝な色に持つ視線で、調教師(テイマー)を見つめていた。

 

「え? 何かおかしかったですか?」

「ん……ああ」

 

 シロの隣でパチパチと手を叩いていたレフィーヤが、小首を傾げる。シロはレフィーヤの疑問に、目を細めて頷いた。

 

「―――この一つ、二つ前ぐらいか、調教師(テイマー)の動きに焦りが見えてな。モンスターに対するものではない、もっと別の何か……」

「焦り、ですか?」

 

 シロの言葉に、レフィーヤの視線がアリーナへと向けられる。闘技場の中心。アリーナの真ん中では、【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)が、観客の歓声に対し、客席に向かって手を振っている。その姿をじっと見つめていたレフィーヤだったが、暫らく眉根に皺を寄せ考え込み、シロへと顔を向けた。

 

「えっと。そんなに風には見えませんけど……」

「ふむ……」

 

 顎に手を当て、シロが考え込み始めていると、一際高い歓声が客席から上がった。

 シロたちの視線も、自然、フィールドへと向けられる。

 そこには、東西の問から新たな調教師(テイマー)とモンスターが現れていた。

 調教師(テイマー)は見るからに鍛え上げられた肉体を持つ屈強な男性。

 対するは、尻尾を含めれば七M(メドル)にも匹敵するだろう大型の竜。

 

「おっきいですね。あのドラゴンもダンジョンから連れてきたのでしょうか?」

 

 フィールドの真ん中で闘技場をビリビリと震わせる咆哮を轟かせるドラゴンを見ながら、レフィーヤが感心した声を上げる。チラリと返事を待つように隣に座るシロへと視線を向けると、当の本人は顎に手を当て何やら難しい顔をしていた。

 

「シロ、さん?」

「やはりおかしい。アレだけのモンスターだ。まだ祭りは中盤、にも関わらずトリで出すようなモンスターを出すなど……」

「あっ……確かに、そうですよね」

 

 シロの言葉を聞いて、レフィーヤは改めてフィールドで暴れるモンスターを見る。【ガネーシャ・ファミリア】でも上位の調教師(テイマー)なのだろう。広いアリーナを所狭しと暴れまわるドラゴンと調教師(テイマー)の姿を改めて観察したレフィーヤが、納得して顔を上下に動かした。

 ダンジョンからか、それとも都市外から連れてきたのかわからないが、これだけの強大なモンスターをこんな中途半端な時期に出す事は、通常考えられない。確実に次に出てくるモンスターとのショーが味気なくなってしまう。その主神の関係から、催し物に慣れている筈の【ガネーシャ・ファミリア】がこのような初歩的なミスを犯すとは考えづらい。

 ならば、シロの口にした通り、何らかの異変があったのでは?

 レフィーヤが口をへの字に曲げ唸っていると、シロとは自分をはさんで反対方向に座っているティオナが『あれ?』と声を上げた。

 

「あれ? 何だか【ガネーシャ・ファミリア】の連中慌ただしくない?」

「ん? あ、本当ね」

 

 シロとレフィーヤの話を聞いていたティオナが、フィールドから目を上げると、観客席を走り回る【ガネーシャ・ファミリア】の姿に気付き疑問の声を上げる。それに姉であるティオネが観客席を見渡したあとに頷き肯定する。観客席を走り回る【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちが目指す先には、闘技場最上部にある貴賓室。そこにいるのは彼らの主神―――ガネーシャに向かって何度も行き来している。【ガネーシャ・ファミリア】だろう団員たちの、祭りの忙しさとは明らかに違う慌ただしさに、嫌な予感が募っていく。

 

「何をしているんでしょうか?」

 

 レフィーヤが疑問の視線を向ける先には、【ガネーシャ・ファミリア】の団員が、観客席に座る冒険者と思われる者たちに何やら声をかけていた。

 そんなレフィーヤの疑問に答えたのは、件の話題の相手である【ガネーシャ・ファミリア】の者であった。

 

「すみませんっ! あの【ロキ・ファミリア】の方ですよね!? 実はご協力願いたいことが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ロキ!」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の者から『モンスターが逃げたので、モンスターの鎮圧の手伝いをお願いしたい』との願いを受けたシロたちは、二つ返事で了承した。急いで闘技場から出てみると、そこでは黒のスーツを着たギルドの職員が、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちと打ち合わせをしていたり、事情を聞いた冒険者が街中へと駆け出していく姿があった。慌ただしいその中に、見覚えのある姿を見つけたティオナが自分たちの主神の名を呼んだ。

 ティオナの声を聞いたロキは、片手を上げ応える。ティオナたちが駆け寄っていく後ろには、付いて走るシロの姿もあった。

 

「よう来たな。事情は聞いとんのか?」

「はい。モンスターが逃げたって」

「そうや。【ガネーシャ・ファミリア】んとこからモンスターが逃げてな、今街中でさまよい歩いているそうや」

「それめっちゃやばいじゃんっ!」

 

 ティオナが目を丸くして大きな声を上げるが、ロキはへらへらと口元を緩めたまま平然と頷く。

 

「そやな。めっちゃやばいな」

「その割には、落ち着いているようだな」

「およ? 『最強のLv.0』やないか。元気しとったか」

「……頼むから名前で呼んでくれ」

 

 シロの姿に一瞬驚きの顔を見せたが、直ぐにニヤニヤとした笑みを口元に貼り付けると、ロキは揶揄いの声を上げる。シロは片手で顔を覆い天を仰ぐが、直ぐにロキに向き直り睨み付ける。

 

「途中で闘技場の上にアイズの姿を見たが、あそこで何をしている?」

「―――ふぅん……よう気付いたな。あんな高いとこ」

「偶然だ。逃げたモンスターの詳細は聞いていないからな。空を飛ぶモンスターの可能性も考え頭上も注意していたら見つけただけだ。それで、アイズはあそこで何をしている?」

 

 ロキの鋭い眼光をいなしながら、シロが再度疑問を向ける。

 

「なぁに、うちのアイズたんならではの方法を取らせただけや。何処にいるかもわからんモンスターを探して街中駆け回るのは非効率やろ、せやから高いとこでモンスター見つけて魔法で攻撃しとけと言うたんや」

「魔法?」

 

 アイズは剣士の筈。シロが怪訝そうに眉根を寄せた瞬間だった。

 頭上で爆音が響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――凄まじいな」

 

 家屋の屋根と屋根の間を飛び跳ねながら、シロは空を駆ける(・・・・・)際に生じた余波の風を顔に受けながら呆れ混じりの声を上げた。

 矢よりも早く空を翔け抜け、地上を闊歩するモンスターを射抜く弾丸。遠く離れたこの場所まで届く余波。その力を想像し戦慄するシロに、自慢気な声が横を走る少女の口から上がる。

 

「当たり前です! あの人を誰だと思っているんですか! このオラリオきっての剣士―――『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインですよ!」

 

 ふふん! と鼻息荒く声を上げるレフィーヤ。

 得意げなレフィーヤの姿に、『そうだな』とシロは苦笑混じりに頷く。

 

「この分では、俺達の手助けは必要ないようだな」

 

 シロはロキからの頼まれ事を思い出す。

 アイズが討ち漏らしたモンスターを叩いてくれ、との話であったが、この様子では打ち漏らす心配は少ない。先程の攻撃で討伐したモンスターは既に五体。残り半分。他の冒険者もモンスターの討伐に乗り出していると考えるならば、残りは更に少ない可能性もある。このペースなら、市民に被害が広がる心配は少ないなと、シロは安心した。

 

「むむ~良い事なんだけど、何だか物足りないぃ~!」

「ま、確かに。自分で言うのもなんだけど。何だかお預けを食らったみたいな気分ね」

「本当だよ!」

 

 次々にモンスターを倒していくアイズを見ていたティオネとティオナの姉妹が不満気な様子を見せる。祭りに行くということから、武器どころか防具すらない状態で勇ましい事を口にする二人(アマゾネスの姉妹)に、シロは感心すればいいのか呆れればいいのか分からず意見を聞くように二人と同じ【ファミリア】であるレフィーヤに視線を向ける。

 

「え? あっ! わ、私は全くそんな気はありませんよ! あの人達が可笑しいんです! 武器もないのにあんな事言えるなんて普通じゃないですから!」

「何よレフィーヤ? 普通じゃないって?」

「そこの所、詳しく聞きたいんだけど?」

「あわわわわ―――そ、そんなぁ~」

 

 ずずい、と何時の間にか詰め寄ってきたのか、取り囲むような位置でレフィーヤを捕まえたアマゾネス姉妹。蹲り小さく震えるその身体を抱きしめ屋根の上で座り込んだレフィーヤを、ティオネが無理矢理立たせる。

 

「冗談よ冗談。ほらさっさと立ちなさい」

「そうそう冗談だって! こっ―――」

「ん?」

「あれ?」

「シロさん?」

 

 あはは、と笑っていたティオナとシロの顔が一瞬強張った。が、直ぐにティオナは野生の動物のように、その身に感じた予感の原因を探るように周囲を見渡し始めた。同じように何かを感じた―――予感したシロが周囲を見渡す。レフィーヤが突然辺りを見渡し始めた二人に話しかけようとした時だった。

 二人の視線が一斉に下―――地面へと向けられる。

 

「……今、揺れたね」

「ああ、間違いなく自然なものではない。これは……」

 

 シロとティオナが目配せをする。

 『揺れた?』とレフィーヤが小首を傾げると、ふとその身体が自身の意と反し揺らめいた。

 

「あれ? 本当に揺れてる? これって地震――じゃないですよね?」

「ああ。これは地震などでは―――」

 

 慌てて身体のバランスを取るレフィーヤが、その原因を口にした瞬間であった。

 街の一角で大量の砂埃が上がったのは。魔法が暴発したかのような爆音と共に、辺りにもうもうと粉煙が舞い上がる。

 続いて『きゃああああああ』との金切り声。

 土煙と少女たちの悲鳴。

 となればその原因は今は一つだろう。

 今街中にはモンスタ―が闊歩していることからも、答えは一つだ。

 

「モンスターだっ!」

 

 シロは声を上げると同時に屋根を蹴った。向かう先は眼前に立ち込める砂埃の中。そこにうっすらと映る蛇のような長細い何か? 石畳の下から現れたのだろう。石畳は広範囲にわたって下から突き上げられたかのような形となっている。シロは地上に降り立つと、蛇のような何かへと向け駆け出していく。

 

「ちょっ―――一人じゃ危険だって」

「わかっている! アレは低位のモンスターではない! そちらこそ油断するな!」

「ふふ……誰に言っているつもりよ。そんな事勿論とっくに気づいているわ」

 

 ティオネとティオナが不敵に笑う。シロはその姿に頼もしさを感じながらも地上を走る。

 そしてソレを前にして立ち止まった。

 

「―――蛇?」

「……蛇、ねぇ?」

「……蛇、か?」

 

 シロとティオナ達の前にそびえ立つのは巨大な蛇―――だと思われる何かであった。

 

「見覚えは―――ないようだな」

「まあね。こんなモンスター見たことない……もしかして新種?」

 

 細長い胴体は、気味の悪い黄緑色に染まっている。顔と思しき先端部分は、流線型上に丸みを帯びており、何処か何かの種―――向日葵の種に酷似していた。しかし、顔と思わしいが、そこには目や鼻に該当するような器官は見られなかった。

 シロが自分よりも遥かにダンジョンに関する経験を持つティオネに問いかけるが、首を横に振って断られる。

 その後ろで、モンスターを見上げていたレフィーヤがポツリと呟いた。

 

「……でも、このモンスターの色……何か見覚えがあるような……」

 

 しかし、レフィーヤの言葉は、モンスターの突然の出現に悲鳴を上げる市民たちの声に紛れ、シロ達の耳に届くことはなかった。

 

「新種でもなんでもいいよ。さっさと叩こティオネ」

「わかってるわよ。シロさんは逃げ遅れた人がいないか確認。レフィーヤは様子を見て詠唱を始めて」

「ああ」

「わ、わかりましたっ」

 

 ティオネの指示にそれぞれ頷いたシロとレフィーヤ。

 その声に反応したのか、柱のように直立していたモンスターの頭がゆらりとシロ達のいる方向へと向けられた。と、同時にティオナとティオネがモンスターへと駆け出し、レフィーヤはモンスターと距離を取り、シロは瓦礫と化した周囲の建物へと向かって走っていった。

 モンスターは一瞬迷うように頭を左右に振るが、直ぐに近づいてくる双子の姉妹へと意識を向け、その頭を向け―――飛び掛ってきた。

 

「ちっ」

「っ」

 

 全身を鞭のようにしならせ襲いかかってきた巨体を、ティオナとティオネは二手に分かれ回避する。二人の間にその身を鞭として叩きつけるモンスター。その衝撃は凄まじく、余裕を持って回避した筈の姉妹を吹き飛ばし、砕かれた石畳の破片と共に周囲の商店街へと叩きつけた。石と砂が入り混じった粉塵が舞い上がり、幅十M(メドル)はある広い通りを一瞬にして覆う。

 

「―――ティオナさん! ティオネさん!」

 

 手を掲げ粉塵から顔を守りながら、レフィーヤの悲鳴が上がる。

 怖気の走る音を立てながら、モンスターがその細長い身体をくねらせ立ち上がり―――粉塵を砕き現れたティオナとティオネが挟み込むようにその身体に拳と蹴りを叩き込んだ。

 

「っっ?!」

「かったぁーっ!?」

 

 モンスターの身体に打撃を叩き込んだ二人は、苦痛に滲んだ驚愕の声を上げた。直ぐにモンスターから飛び離れた二人は、打撃に使用した己の身体を冷やすように軽く振り、痛みに悶え苦しむように身をくねらすモンスターを睨みつけた。

 攻撃に使用した肉体は、強靭なモンスターの体により逆にダメージを受けていた。下手に攻撃すれば、与えるダメージよりも、肉体に掛かる負担の方が大きくなりかねない。モンスターを睨み付ける二人の視線には、明らかに警戒の色が含まれていた。

 ティオネ、ティオナは両者ともにLv.5。第一級の冒険者の肉体から繰り出される打撃は、そこいらのモンスターならば一撃で破壊する事が出来る。しかし、このモンスターは、そんな第一級の冒険者の打撃を受けながら、その身を砕かれる事はなかった。それを成したのは、凄まじいまでの硬度がありながら滑らかさも有する体皮であった。頑強さと柔軟さを併せ持った肉体が、低位のモンスターなら一撃で破砕する第一級の冒険者の打撃を防いだのだ。

 とは言え、何らダメージを受けないわけでもなく、打撃を受けたモンスターの身体には僅かばかりではあるが陥没が見られた。

 

『―――!!』

 

 ダメージを受けたモンスターは、怒りを露わに有効な攻撃方法が思い浮かばず、手を出しかねていた二人に苛烈に襲いかかる。モンスターの攻撃は自身の身体を鞭のようにしならせ打ち付ける攻撃や、地面を蛇行させ押し潰すかはじき飛ばそうとするものあり、その一撃一撃は確かに大したものであったが、二人にとっては回避しやすい単調なものであった。

 アマゾネスの姉妹はモンスターの攻撃を危うげなく躱しながら、自分のダメージにならない程度の力で何度もモンスターの身体を打撃する。

 しかし、

 

「っ―――やっぱり打撃だけじゃ埒が明かない!」

「あ~もうっ! 武器用意しておけば良かったっ!?」

 

 攻めあぐねる二人に、モンスターは無言の咆哮を放ちながら襲いかかる。

 やがて戦いはモンスターの一方的な攻撃に傾いていくが、アマゾネスの姉妹にはモンスターの攻撃どころか余波で砕けた石の欠片すらも当たらない。危うげなくモンスターの攻撃を躱す二人だが、有効な攻撃手段が見つからない。どちらも決め手に欠ける戦いが続く中、アマゾネスの姉妹の顔には、焦りの色はなかった。

 その理由は、彼女達の戦場から離れた位置にいた(・・)

 

 

 

「―――【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 

 

 そこには、ティオネとティオナがモンスターを引き付け稼いだ時間を受け取ったレフィーヤが、詠唱を勧めていた。

 その手には魔法の效果を高める為の杖はない。

 しかし、Lv.3であるが【ロキ・ファミリア】屈指の魔力を誇るレフィーヤにとって、杖がなくともモンスターを打倒する為の魔法を撃つことなど造作もないことであった。片腕をモンスターへ向けて突き出し、レフィーヤは呪文を唱える。

 その声に焦りはない。

 アマゾネスの姉妹(仲間)がモンスターの注意を引きつけてくれるとの信頼がそこにはあった。

 唱える呪文は短文詠唱。威力は控えめとなるが、今重要となるのは力よりも速度。縦横無尽に駆け回る高速戦闘でも十分に対応できる魔法だ。目標はティオナ達へと完全に意識が向き、呪文を唱えるレフィーヤには全く警戒していない。早まる心臓と強張る身体を意識的に落ち着かせ、鋭い眼差しで暴れ狂うモンスターを見つめる(狙い撃つ)

 レフィーヤの足元に山吹色の魔法円(マジックサークル)が展開される。淡く発光する光に照らし出されながら、レフィーヤは魔法を構築する。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 最後の韻を唱え終え、レフィーヤが魔法を解放する―――その直前であった。

 

「―――っ」

 

 魔力が収束した瞬間、ティオナ達に掛かりっきりだった筈のモンスターが唐突にレフィーヤにその頭を向けた。

 ティオナたちはレフィーヤの魔法が完成間近と判断し、モンスターから既に退避している。モンスターは逃げる二人を追いかけようとしていた。しかし、ティオナ達の背中に向けていた顔は、唐突にレフィーヤへと向けられた。

 ぐるん、と顔のない頭を向けられた時、レフィーヤは確かに視線を感じた。

 目のない目で見つめられるという違和感は、しかしそれを遥かに超える悪寒に塗り潰される中、レフィーヤは直感した―――このモンスターは、『魔力』に反応した、と。

 突然のモンスターの行動に対する驚愕と恐怖に、レフィーヤの時間に数秒の空白が生まれた。

 我に帰るなり直ぐさま魔法を放とうとするレフィーヤだったが、失われた時間は取り返しようもなかった。

 

「ぁ―――ぇ゛?」

 

 腹部を、衝撃が貫いた。

 停滞する時間の中、レフィーヤの目は確かに見た。

 地面から伸び、自分の元へと向かう黄緑の突起物を。

 ソレ―――レフィーヤの腕ほどもあるだろう長い触手は、何の防備もないただの布で守られただけの自分の柔らかな腹を突き刺さるのを。レフィーヤは、ぐしゃり、と自分の中で何か柔らかいモノが潰れる音を確かに聞いた。

 口から溢れた驚愕ではなく戸惑いの声。それは自分のものとは思えないほどに濁ったもので、薄く開かれた唇の間から、どす黒い血と共に吐き出された。

 

「「レフィーヤ!」」

 

 受身を取る事も出来ず地面に転がるレフィーヤの姿に、ティオネとティオナの悲鳴が上がる。

 奇妙に間延びした時間の中、レフィーヤは遠くに聞こえる仲間の声に返事をしようとし、

 

「っ゛―――ぇ……」

 

 ごぼり、と泥のような血塊を吐き出してしまう。

 動かそうと力を込めた腕はピクリともしない。逆に意識は不思議なまでに冷静であったが、レフィーヤは自分の身に何が起きているのか理解できていなかった。

 僅かに動く目をゆっくりと動かし、地面から飛び出してきた触手が突き刺した自身の腹部へと視線を向け―――。

 

「―――ッッッ!!!!????」

 

 ―――悲鳴を上げた。

 触手の一撃を受けた腹部を守っていた何の防御力のない服は無残に破け、その下にある白く柔らかな腹は、一見してわかるほどに陥没していた。陥没した部位を中心に、青を通り越し黒く染まってしまった白い肌の下がどうなっているのかは想像もしたくない。

 いや、そんな事を考えている余裕は、レフィーヤにはなかった。

 

(―――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいああああああああああああああああああああああああああああ)

 

 痛みを自覚した瞬間、レフィーヤの思考は痛みに染められた。

 視界は霞み、耳は甲高い金切音が高く鳴っている。大きく開かれた口は、声ではなく喉奥から押し出される血が泡くとなって出てくるだけ。

 行き過ぎたダメージは強制的にレフィーヤの肉体の活動を止め、激痛に悶え苦しむ意識とは真逆に、ピクリとも動くことはなかった。

 血を吐き動きを止めたレフィーヤ(獲物)を前に、地面から生えた触手はその身体を蠢動させると、それに同調するように蛇型のモンスターはその体に変化を起こした。 

 歓喜するように身体を震わせ空を仰いでいた頭と思われる部位が、ピッ、ピッ、と幾筋もの線を走らせると、次の瞬間大きく開き―――

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 

 ―――開花した。

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

 次回「千の妖精」26日午前0時更新予定……予定です。
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