たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第二話 始まりと終わりの夢

「―――今日も、帰ってきませんでしたね」

「……そう、だね」

 

 【ヘスティア・ファミリア】の拠点である廃教会の地下室で、ベルはソファに深く座り込み隣でゴロリと横になっているヘスティアに話しかける。ベルの言葉に、うつ伏せに寝転がったままヘスティアは顔を伏せたまま応えた。

 【ヘスティア・ファミリア】のシロがホームである廃教会に姿を見せなくなってから、数日が経過した。ベルたちが、シロの姿を最後に見たのは、怪物祭(モンスターフィリア)での一件が落ち着いた頃であった。あの事件で、ベルとシロはそれぞれモンスターに襲われ、怪我を負った。特にシロの怪我は深く、【ミアハ・ファミリア】の主神たるミアハが直々に治療に来たほどであった。神の力(ファルナ)が使えずとも、流石神といったところか、それともシロの回復力が並外れていたのか、ミアハの治療を受けたシロは、特に重傷を負っていなかったベルと殆んど変わらずにその身体を回復させた。そして、ベルがそろそろダンジョンに潜ろうかとヘスティアとシロに相談した時であった。

 シロが暫らくダンジョンに籠ると口にしたのは。

 勿論ヘスティアは反対した。Lv.1とは到底考えられない実力を持つシロとは言え、単独でダンジョンに潜り続けるというのはかなり危険である。更に怪物祭の一件の後、シロの身体に起きた異変(・・)についてもまだ何も分かっていない状況であった。しかし、ヘスティアだけでなく、ベルも猛反対する中、何時もからは考えられない強引さでもって、シロは半ば逃げるようにダンジョンに潜っていった。あれから、シロは一度たりともホームに戻ってきてはいない。あまりに姿を見せないことから、ベルはまさかとの考えが浮かんだが、それはヘスティアの「……死んだらわかるよ」との言葉に一応の納得はしていた。

 とは言え心配なものは心配である。

 ベルは最近ダンジョンに潜るたびにシロの姿を探していたが、一向にその影すら掴めてはいなかった。

 

「一体、シロさんは何処に行ったんでしょうか?」

「シロくんの力なら、中層までなら余裕で行きそうだけど、まあ、そこは流石にわからないね……そろそろ帰ってきて欲しいんだけどな」

「寂しいですもんね」

「それもあるけど……」

「それも、ですか?」

「……部屋が荒れて……」

「…………片付けましょうか」

「…………そうだね」

 

 二人の視線が部屋の中を巡る。シロがいた時はそれこそ塵一つ落ちていなかった地下室とは思えない高級ホテルのような一室が、今や目も当てられぬ惨状を見せていた。何時も気付けば綺麗に掃除をしていてくれた妖精のような男の不在を、身を持って知るのがこんな時であるのはかなりあれなのだが。シロがいれば、彼自身の手やら、言葉により動かされたヘスティアやベルが部屋の掃除をしているのだが、その肝心な彼がいないのだ。普通にダンジョンに行っているだけならば、暇な時にヘスティアかベルが自主的に掃除を始めるのだが、シロが全く帰ってくる気配を見せない最近は、ホーム(廃教会)に戻ると何故か二人共ぼうっとしてばかりいた。ヘスティアにとって、またベルにとっても、シロとはそれだけ大きな存在であったということだ。

 片や先行きが真っ暗闇の中、【ファミリア】(家族)になろうと手を差し出してきた相手であり、今や掛け替えのない大切な家族。

 片や右も左もわからない中、親身になって助けてくれた相手であり、今では兄のような存在。

 それがもう何日も姿を見せていないのだ。心配にもなるし、何かをする気も起きない―――は、流石に言い訳にならないか。

 こんな所を見られたら、何を言われるかわからない、と口の中でぶつぶつと言いながらも、目元を柔らかく曲げながら立ち上がったヘスティアは、のろのろと部屋の片付けを始めた。ベルも同じように立ち上がると、目に映るゴミへと手を伸ばそうとした。が、それはテーブルの上に置かれた本を片付けながら、顔も向けず声を掛けてきたヘスティアの言葉に止められた。

 

「ベルくんは良いよ。最近サポーターくんと一緒にダンジョンに行ってるんだろ。待たせたらいけないし。そろそろ待ち合わせの時間じゃないかい?」

「あっ……え~……と、その、良いんですか?」

「この部屋ぐらいならボク一人でも大丈夫だって。バイトまでまだ時間もあるし、ね」

「は、はいっ! 分かりました! ありがとうございます神様っ!」

 

 ヘスティアの言葉に勢い良く頭を下げたベルは、準備していた荷物を片手に外へと走り出した。あっという間にいなくなったベルが残した風の揺らぎを感じながら、ヘスティアは小さく笑った。

 

「まったくあの子は……」

 

 細めた目の映るのは、ダンジョンへと駆け出す白い頭の愛しい子供の姿。その背中に、もう一人の愛し子の背中が被る。ベルとは違う。歴戦の戦士の風格を身に纏った男の背中。雪のように白いベル君の髪とは少し違う。燃え尽きた灰の色に似た髪の浅黒い肌の男の背中。このオラリオの―――いや、世界の常識から外れた力を持った……ヘスティアの愛しい子供。

 

「シロ君……」

 

『―――アレとは出来るだけ早く縁を切ったほうが良い』

 

 ―――ミアハの事は信じている。

 この地上に降りてきてから、色々と世話になったし、その神格(じんかく)も他のちゃらんぽらんな神とは違って信じられる。だから、ミアハの言った事は、本当なのだろう。少なくとも、ミアハはそう信じてしまう程の何かをシロ君の中に見たということだ。

 

 ―――それでも……。

 

 確かに、シロ君は他の冒険者とは違う。言うほど他の冒険者の事を知っているわけではないが、それでも、彼の力は、伝え聞くそれとは全く異なっている。規格外とも言えるその強さの根底は、Lv.とは関係ないところにあるのだろう。そしてそれは、彼の失われた過去に存在する筈だ。

 その失われた過去が、神ですら計り知れないというのが何だが……。

 神ですら恐れるナニカをその身に秘めた男。

 どんな子供たちであろうと、親身に接するあの神(ミアハ)でさえ、関わらない方がいいと断言する。一体、彼の身にはナニが巣食っているのやら。だが、例えどんな悪辣なものがシロの中にあるとしても、ヘスティアは手放すつもりはなかった。

 それは、初めて出来た自分の家族(ファミリア)というだけではない。

 

 何故なら、ボクは知っている。

 ミアハの見たナニカはわからなくても、シロ君の事で、唯一絶対なところを知っている。

 シロ君は、とても優しいって……。

 

 ……最初に会った時から、何故か放っておけなかった。

 雨の中、倒れていた所をホーム(廃教会)に連れて帰った。

 濡れた身体を拭いてやり、目を瞑りながら服を着替えさせ、起きるまで傍で看病をした。

 服を着替えさせる時、薄目で見た身体はそれこそ傷だらけで、彼の辿ってきたこれまでの人生が一体どれだけの困難に満ちていたのかを思わせた。

 初めて目を覚ました時を思い出す。

 何もかも抜け落ちてしまった、人ではない何か―――人形のような、そんな目をしていた。

 琥珀色の、綺麗な瞳。

 意思が見えない、虚ろな瞳。

 その目を見た時、ボクは胸を切り裂かれるような痛みを覚えた。

 それは憐憫か同情か、それとも他の何かなのか。ただはっきりとわかったのは、彼は傷ついているということ。身体ではない。心が傷ついている。彼の瞳の奥に、ボクは荒れ果て、摩耗した荒野の姿を幻視した。言葉もなく、ボクは彼を見つめていた。何か言わなくちゃいけないと感じながらも、何を言っても彼を傷つけてしまうのではないかという恐れが口を開くのを躊躇わせ、何も言えずただ立ち尽くすしかなかった。

 そんなボクに、彼は―――シロ君は言ったんだ。

 

 『大丈夫か?』―――って

 

 ……自分こそ、どう見ても大丈夫じゃなさそうなのに。

 今にも消えてしまいそうな、そんな儚さを漂わせているのに、『大丈夫か』って……他人の心配をする。

 シロ君は、そんな人だ。

 そんな優しいシロ君なんだ。

 例えその身体にナニがあろうとも、きっと大丈夫。

 大丈夫だと、ボクは信じる。

 例え……誰も信じなくても……ボクだけは信じるよ。

 だってボクは……――――――

 

 ……………………………………

 

 ………………………………

 

 ……………………

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

『……子供の頃、僕は―――』

 

 

 

「―――っ!!?」 

 

 息を呑み、目を覚ます。

 開かれた目に飛び込んできたのは、枝葉の隙間から差し込んでくる光だった。

 自分が何処にいるのか判然とせず、暫くの間茫洋とした意識で周囲を見ていたシロは、霞がかった思考を振り払うように頭を振ると、下に薄い布を敷いただけの寝床からゆっくりと起き上がった。立ち上がったシロは、身体の中から淀みを吐き出すように数度深く呼吸を繰り返すと、周囲を見渡した。大樹と草花が視界を覆う深い森。頭上から降り注ぐ暖かな光に、吹き寄せる清浄な風。空を覆うように伸び重なる枝葉の向こうに、太陽とは違う、大輪の花を思わせる巨大な白水晶を視界に収めたシロは、ここが何処であるか思い出した。

 

「……顔を洗うか」

 

 傍に流れる小川で視線を止めたシロは、足元に置かれたバッグからタオルを取り出し歩き出した。冷たい流水で顔を洗い、口の中を軽く濯いだシロは、流れる水の表に浮かぶ自身の顔を何とはなしに見つめた。

 

「…………」

 

 無言で見つめる先には、見慣れた自分の顔。しかし、少しばかり以前とは違うと感じる。そしてそれは間違いではない。実際に、自分は変わった。以前―――あの怪物祭(モンスターフィリア)の後で、自分は変わった。変わって、しまった。見た目が大きく変わったわけではない。だが、確かに自分の身体は変わった。

 身長は180Cを軽く超え、肌の色が更に浅黒く、髪の色もますます色が落ちてしまった。

 顔見知りであっても、一瞬誰か分からなくなってしまう程には変わった。

 そう、変わったのだ。

 成長した(・・・・)、ではない。

 まるで数年が経過したかのように変わった外見だが、問題は中身だ。シロは、自分の身体が以前のものと根本的なところで変化したことを、誰に言われるでもなく自然と悟っていた。何がどう変わったのか、以前とどう違うのか、それは自身でも説明できない。それでも、シロは自分の身体が(ヒューマン)と呼べるものではないナニカに変わったことを、理解していた。

 そう理解しながらも、今のところ問題らしい問題は起きてはいなかった。食事も睡眠も、それ以外の細々とした点でも、今のところ前と違う所は見当たらない。普通に生活していれば、もしかしたら変わったと感じた事をただの勘違いだと判断していたかもしれなかった。

 しかし、その機会はミアハとヘスティアの話を聞いた事により失われた。

 その話を聞いたのは、偶然―――ではない。深夜一人廃教会(ホーム)を抜け出すヘスティアを、知らず追いかけた先で聞いたのだ。このオラリオに数多くいるハチャメチャな神とは真逆の位置に立つ、慈愛と誠心の塊のような神ミアハが、恐れ、忌避し、嫌悪をもって(シロ)を『良くないもの』と口にするのを。

 

「『良くないもの』、か……」

 

 水面に浮かぶ己の影が、嘲笑っていた。

 顔に手をやると、皮肉るように、口元が歪んだ笑みを浮かべている。

 目を閉じる、視界が闇に閉ざされると、流れる小川のせせらぎの音に混じり、虫や鳥の音が鋭敏になった耳が捕らえた。その現実の音の中に、虚構の音が混じる。それは、過去の音。神の恐れが混じった悲鳴のような声。

 

『アレとは出来るだけ早く縁を切ったほうが良い…………アレは……良くないものだ』

 

 親しげに、優しい声でシロと(名前で)呼んでくれた口で、忌み嫌うように、厳しい声でアレ(、、)と呼んだ。

 アレが、誰かなどわかりきっている。おかげで、ミアハの言葉で確信が持てた。自分の中に蠢くナニカが、神さえ恐れる良くないものであると。ならば、そんなモノが大切な家族の傍にいてはならない。甘いヘスティアの事だ、【ファミリア】から抜けたいと言っても、断固として断ることだろう。ならば、自分から離れるしかなかった。最初は、オラリオから出ていこうかとも思ったが、ベル一人残してここを去るのは、流石に気が引けてしまい。自分でも中途半端には感じながらも、こうしてダンジョンに潜ったまま、二人の様子を見守っているのが現状であった。

 せめてもう一人程【ファミリア】が増えれば、覚悟が決まるのだが、そう美味い話はない。時折地上に戻り、【ギルド】に魔石やドロップアイテムを預ける際にエイナから話を聞く限り、どうも新しく【ファミリア】に入ってくれそうな人物はいないそうだ。

 ただまあ、興味深い話はあった。

 最近、ベルが一人の女の子のサポーターと一緒にダンジョンに行っているそうだ。ベルとの相性は悪くないそうで、それを示すように一緒にダンジョンに潜るようになってから、ベルは随分と儲けるようになったそうだ。

 しかし、そのサポーターは、【ソーマ・ファミリア】の所属だそうで、何やらその点をエイナは気にしていた。

 確かに、【ソーマ・ファミリア】の所属と聞き、シロも思うところがないわけではなかった。ダンジョンにいれば、自然と耳にする【ソーマ・ファミリア】の噂は、あまりよろしいものではないからだ。エイナはその事を知っており、しきりに俺に【ヘスティア・ファミリア】に顔を出すように言ってきたが、そう簡単に顔を出せる筈もない。

 

「中途半端だな……」

 

 深く溜め息を吐く。

 【ファミリア】(家族)の傍にいられないと思いながらも、オラリオ()を出ることなくダンジョンに潜り続けるだけ。良くない噂がつきまとう【ファミリア】の所属の者とダンジョンへ潜るベルを心配だと思いながらも、ただ思うだけで何かをしようとするわけでもない。

 何もかもが、中途半端であった。

 自分の余りの情けなさに、降り注ぐ陽光とは違う光を見上げ自嘲めいた呟きをもらし―――

 

「―――っ」

 

 ―――黒い太陽を見た。

 

 息を詰め、吐き出す。

 粘ついた口中から吐き出した息には、苦し気な呻きが混じっている。全身から汗が吹き出し、背筋は凍え、内臓が熱を発していた。様々な感情が渦を巻き心が乱れ狂う。天地が混ざり、膝が砕けたかのように崩れ折れ地面に両手をつき、無様に喘ぐ。歪む視界の中、流れる小川に己の無様な姿で映リ込む。

 その姿が、一瞬誰かの姿に重なる。

 

『……ぁ、ああ―――生き、ている』

 

 それは、一人の男。

 今にも崩れ折れそうな身体に、光の灯らない瞳をもった男。

 それが、誰なのか既に自分は知識(・・)として知っている。

 義父だ。

 代償として捧げ、かつて思い出として微かにのこっていた記憶は今やただの知識に成り下がっている。あの時以降、幾らか思い出した記憶も、同じように自身のモノ(思い出)とは感じられない知識と成り下がっていた。義父に関わる過去も、それ以外のものも、ただの知識へと。

 これから思い出す記憶の全てがそうなるのだろうと思っていた。

 しかし、例外があった。

 どれもこれも色あせ何の感情を想起させない記録が読みがる中、鮮やかな色彩と痛いほどの感情を思い起こさせる例外たる二つの記憶。

 一つは、白昼夢の如く今のように不意に蘇り。

 一つは、毎夜のように夢として現れる。

 どちらもそれは、己の過去。

 何ら感情を動かす事のない、できない記憶(知識)とは違う。様々な感情で心を乱す思い出(記憶)

 黒い太陽の下、炎が広がる世界をただ一人歩く白昼夢と、綺麗な月が印象的な、穏やかな夢。

 余りにも違いすぎる二つの記憶で、唯一共通するもの。

 どちらのものにも現れる男―――己の義父。

 例外の記憶の共通点。

 義父との記憶のその始まりと終わり。

 その最後の記憶で―――円を描く満月が空に上り、縁側に座る男を照らしていた。彫像のように動かず、座り込む男が、月を見上げていた。

 男が語りかけてくる。

 幼い俺に、だ。

 義父は語る。己の叶うことのなかった夢の話を。

 それを聞く幼い俺は、怒っていた。悲しんでいた。苦しんでいた。

 男が諦めていたから。

 男が否定していたから。

 幼い俺にとって、男こそが、男が語る夢そのものだったからだ。

 その記憶はある。

 義父に救われた時からそうだ。

 だから、俺は、過去の俺はあんな事を言ったのだろう。

 

「……」

 

 動悸が収まり、目を閉じ小さく息を吐いたシロは、両の掌ですくった水で顔を勢い良く洗うと、一息に立ち上がった。乱雑に顔を拭い、小川に背を向ける。視線が向かう先には、簡素な寝床と小さなバッグが一つ。開いたバッグの口からのぞくのは、赤い外套の端。予備の最後の一つだ。

 昨夜助けた女の冒険者をダンジョンの外へと連れ出した際、地面にそのまま寝かせるのは流石にと敷いたおかげで、外套のストックは後一枚。何度か同じように外へと連れ出した冒険者(女の子限定)が風邪をひかないようにと外套をかけたお陰で、何枚もあった筈の外套が残りは後一枚しかない。とは言え、剣や鎧ではなくこの外套ならば、なくなってもそう困るものではなく、『サラマンダー・ウール』に少しばかり手を加えたものでしかない。

 武器である剣や身を守るための軽装甲と違って。

 怪物祭(モンスターフィリア)の一件で、装備が全て破壊されてしまった後、予備の剣だけを持ってダンジョンへと潜ったのはいいが、流石に中層でそれは自殺行為であった。何度か命の危機を感じる修羅場を経験した結果、装備を改める決意をし、バベルで出店している【ヘファイストス・ファミリア】で装備を購入する事に決め。早速買いに行ったはいいが、何故か【ヘファイストス・ファミリア】でバイトしているヘスティアと危うく出くわしそうになった。何とか見つからずに済んだのだが、代わりにとばかりにヘファイストスに見つかってしまった。ヘスティアの所に連れていこうとする彼女を何とか説得している間に、何が切っ掛けかわからないが、ヘファイストスの前で装備を作る事になった。渡りに船であったため、特に文句はなく鍛冶場を使わせてもらい、新しい装備を整えた。完成した装備は、己の記録にあるものをモデルとした。想像以上に上手く出来上がり、鍛治の神であるヘファイストスも認める程の一品が仕上がった。

 バッグの中から最後の一つである赤い外套を取り出し身につける。一つ一つ身につけた装備を確認すると、最後に小川に近づいて水面に自分の姿を映す。

 

「……ふん」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 水面に映し出されるのは、ヘファイストスの工房で装備を創る際に浮かべたイメージそのままの姿。

 それが何故か、気に入らなかった。

 この姿を見る度に、あの言葉を思い出してしまう。

 夢で義父が諦めた憧れを。

 『正義の味方』の事を。

 だからなのか、この装備を身につけるよになってから、何かと人助けをするようになったのは。前からそういった所はあったが、今の自分の行動(人助け)は、我ながら過剰なものに感じていた。そう思いながらも、止めることは出来ないでいた。

 それが何故なのかはわからない。

 わからない、が……(思い出)の中に、その答えがある気がした。

 

『―――うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ』

 

 夢を諦めた義父に、そう宣言した。

 幾つか思い出した過去の記憶が記録に成り下がっていた中、唯一色鮮やかに思い出せる記憶の中で、俺はそう言った。

 様々な想いを抱いて。

 それを、俺は覚えている。

 だから―――。

 

「―――っ」

 

 過去(思い出)へと想いを寄せていたシロが、バッと勢い良く背後を振り返る。周囲に異常はない。しかし、シロの感覚はこちらに向かって駆け寄ってくる何かの気配を捉えていた。以前ここの連中と揉め事を起こした際、何度か襲撃を受けたが、この辺り一体を取り締まる男と話をつけてからはなくなっていたのだが。まさかとは思いながらも油断なく意識を集中し、迫る誰かに警戒を向ける。暫くして、生い茂る草を掻き分ける音が辺りに響き始めた。その音は迷いなく真っ直ぐにこちらへ向かって近づいてくる。何の隠蔽もせず激しく音を鳴らしながら近づいてくる様子に、襲撃の可能性を一段階下げたシロは、しかし一定の緊張感を保持したまま相手を出迎える姿勢を取った。

 そしてシロの目の前の茂みが揺れ、一人の男が飛び出してきた。

 荒くれ者といった様相の男は息を荒げながら周囲を見渡し、その視線がシロを捉えると、安堵の息を吐くのも惜しげに荒い息を混じらせながら声を上げた。

 

 

 

「っ―――し、シロの兄ぃ大変ですっ! 殺しですっ! 『ヴィリーの宿』で男が殺されましたッ!!」

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。
 誤字報告何時もありがとうございますm(__)m

 8月13日の感想から返信しようと思います。
 み、短い返事ですけど勘弁してつかぁさい( ̄^ ̄°)



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