たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 遅くなりました。

 次の更新は……多分また遅くなると思います。

 うたわれ……いや、♪~(´ε` )何でもないです。


第四話 将来の夢

 ―――まったく、何を考えているのだフィンの奴はっ!?

 

 リヴェリアは不満に満ちた内心をその強靭な意志の下押し殺しながら、淡々と前を歩くシロの後ろを付いて歩いていた。サラマンダー・ウールを使用しているのだろう。ほのかに燐光を纏った赤い外套を見つめながら、リヴェリアは小さく溜め息をつき気を取り直すと、赤い背中に向けて話しかけた。

 

「シロ、そろそろ目的を話してもらいたいんだが?」

「……目的?」

 

 足を止めたシロが、振り返り同じく足を止めたリヴェリアを見る。

 

「そうだ。自分で探しに行かずとも、この街にいる者は中央広場に集められる。従わないものは二度とこの街に入らせないとボールスも言っていただろう。あの場で待っていても良かったのでは?」

「確かに、殺人鬼がまだこの街にいるのならば、そうだな。ボールスの呼び掛けに大人しく従うなり、逃げ出すなりしたとしても、結局姿を現すだろう」

「なら―――」

 

 リヴェリアの言葉を遮り、シロは首を横に振った。

 

「探しているのは、殺人鬼ではない」

「何?」

「殺されたハシャーナの荷物の中に、殺人鬼が狙っていた荷物らしきものはなかった。なら、それは今何処にある?」

「それは……」

 

 顎に手を当て思考に意識を傾けるリヴェリアが答えを口にする前に、シロが三本の指を立てた手を突きつけた。

 

「考えられる可能性は三つ―――」

「…………」

 

 黙ったままシロに視線だけで先を促すリヴェリア。

 

「一つは、まだ依頼を達成していない―――殺人鬼が狙っていた荷物を手に入れていない。二つ目は、殺人鬼とは別の者に盗まれたか落としたか。三つ目は、既に誰かに引き渡した後……」

「まだ手に入れていないという可能性は低いな……犯人の狙いがハシャーナの荷物だとしたら、手に入れる前に接触するとは思えない。殺人鬼とは別の者に先に盗まれた、という可能性も低いな……Lv.4というのは伊達ではない。ならば―――」

 

 シロとリヴェリアの視線が混じり合い、同時に同意するように二人の顔が上下に揺れた。

 

「そう―――三つ目の可能性。既に手に入れたモノは何者かに引き渡した後だった」

「何者か……依頼者か?」

「または運び屋か、だな」

 

 目を細めるリヴェリアにもう一つの可能性を提示するシロ。

 リヴェリアは顔を顰めシロを見る。

 

「……そこまでするか?」

「人一人を殺してでも手に入れようとする程のモノだ。ソレが何かは想像も出来んが、可能性は高い」

「つまりお前は、その荷物を受け取った運び屋を探しているということか?」

「そうだ」

 

 頷くシロに、リヴェリアは小さく溜め息をついた。

 

「……なら、尚のこと水晶広場で待っていた方が良かったのではないか? この街にいる冒険者を集めているのだから」

「素直に集まってくれるのならばな。あの騒ぎだ。荷物を受け取った運び屋がいるのならば、ハシャーナが殺されたことを耳にしているだろう。次に狙われるのが自分だと考え、逃げようとする可能性はある」

「確かにないとは言えんが……可能性は低いぞ」

 

 呆れ混じりのリヴェリアの言葉に、シロはただ首を横に振ってみせる。

 

「だが、ないとは言い切れない。広場の方へ行けばフィンたちがいる。フィンたちならば、大抵の事は対処出来るだろう。だが、もし逃げたり隠れていたりしているのならば、殺人鬼よりも先に見つけ出さなければ危険だ」

「……ほぼ確実に無駄に終わると思うがな」

 

 呆れ、と言うよりも非難じみた返答。

 しかしシロは小さく笑みをもってそれに応えた。

 

「それが一番だ」

「……それでいいのか?」

「何がだ?」

 

 首を傾げるシロに、リヴェリアは非難でも呆れでもない気遣う様子でもって語りかけた。

 

「お前は別に報酬を貰っているわけでも、殺人鬼に怨みがあるわけでもないのだろう?」

「そうだな」

「なら、お前がそこまでする義理はないはずだ」

 

 リヴェリアの鋭い言葉。

 しかしシロは、その中にリヴェリアの優しさを確かに感じた。だからシロは、何処か困ったような笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ああ、その通りだ。だからこれは単に俺がしたいからそうしているだけだ」

「……何故そこまで」

 

 リヴェリアの困惑する声が上がる。理解できないというように首を振るリヴェリアを見つめるシロ。

 

「………………」

「……ただのお節介や正義感ならばもう止めておけ。人は基本的に自己の利益とならないものに興味はなく、無私の善意など信じるものは少数だ。大抵が裏を読む。要らぬ腹を探られただけならばまだしも、しまいには利用され尽くし捨てられるだけだ」

「心配してくれているのか?」

 

 一瞬大きく口を開きかけたリヴェリアだったが、胸に手を当て深呼吸するように大きく息を吸って吐くを数度繰り返すと、キッとシロを睨みつけた。

 

「―――……忠告しただけだ」

「…………」

「…………」

 

 斬りつけるような鋭い視線で睨んでくるリヴェリアの姿を、シロは何故か懐かしい気持ちを抱いていた。

 自分は何時か何処かで、こんな目で叱られていた気がする、と。

 だから、シロは聞いてしまったのだろう。

 言ってしまったのだろう。

 

「……―――リヴェリア」

「……何だ」

「お前には、“夢”はあるか?」

 

 己が抱く(縋る)―――過去の残滓を。

 

「ユメ?」

「そうだ……“将来の夢”だ」

 

 突然のシロの質問に、リヴェリアは混乱した。何故突然そんな事を聞いてきたのか。自分を揶揄っているのかすら考えたが、シロと向き直り、その目を見てわかった事が一つだけ理解した事があった。

 シロは、揶揄っても巫山戯ているわけでもない、という事を。

 だからリヴェリアは暫らく考えに耽るように目を閉じた後、静かに口を開いた。

 

「…………基本的にエルフは森から出ない閉鎖的な種族だと知っているか?」

「ああ」

 

 頷くシロを見ながら、リヴェリアは問いかける。

 

「お前は、私の事をどれだけ知っている?」

「【ロキ・ファミリア】の副団長であり、Lv.6の冒険者。後はまあ色々と聞くが……エルフの王族だという噂も聞いた事があるな」

「ああ、そうだ。私はエルフの王族だ。だからではないが、他のエルフよりも閉鎖的なところがあったのだが……私は森から出た。理由はな……外の世界を見てみたかったからだ。森という小さな世界ではない。外の広い世界を見てみたかった。だから私は森から飛び出した。森の外の世界は、私の想像を遥かに超えて、広く、未知に溢れ、美しく―――素晴らしかった。このオラリオにも、旅の途中で寄り道程度の気持ちで来たのだが、タチの悪い神に目をつけられてな―――ご覧の有様だ」

「恨んではいないのか?」

 

 シロの言外の意味を正確に理解したリヴェリアは口元に苦笑を浮かべると肩を竦めた。

 

「ロキをか? まあ、最初は恨んでいたさ。だが、今となっては良いとは決して言えんが、まあ、悪い思い出にはなっていない」

 

 確かに最初はかなり恨んでいた。

 悪魔と契約を結んだような気さえし、フィンたちと何度もぶつかり合ったが、今では笑って話せる程度の事でしかない。

 

「……だから、私の“夢”と聞かれたのならば、『まだ見ぬ世界を見る』と言ったところか。それに―――そう、だな……いつか、ここから出て、旅に出ると言うのも―――」

 

 何時か―――そう、何時かは自分はまたこのオラリオから離れ、また旅に出ることだろう。

 それが何時になるかはわからないが……。

 

「そう、か……―――ふっ」

「……何だ?」

 

 何時かの夢に想いを馳せていると、シロが突然小さく吹き出すように笑いだした。口を押さえながらも目を細め肩を震わせるシロを、リヴェリアはむっと睨み付けた。

 

「いや、お前が森を出た理由がな」

「何だと? ―――ふんっ、笑いたければ笑うが良い。別に私は―――」

 

 確かに子供じみた理由は笑われても仕方がない。

 そう自分で思いながらも、人に笑われるのはやはり面白くはなかった。

 何故自分はこんな事を言ってしまったのだと後悔しながらも、何と揶揄われても、冷静に対処してやると考えていたが―――。

 

「随分とお転婆な女の子だったんだな」

「―――ッッ!!??」

 

 揶揄う様子など一切感じられない。

 それどころか何処か優しげに感じる初めて言われた言葉に、リヴェリアは大きく目を見開き動揺を露わにした。

 

「今の落ち着いた姿からは想像できないが、随分と活発だったんだな。エルフの王女様だということを考えれば、尚更―――」

「きっ、貴様ぁッ!!?」

 

 何とも言えない感情を吐き出すように大きな声を上げるリヴェリアに、シロはますます目を細めると優しげな目を向けてきた。

 

「そんなに大きな声を出さなくともいいだろう。ただ俺は、その頃のお前の姿を見てみたいと―――」

「―――だからそれが―――っッ……はぁ、まあいい。どうせ今の私は可愛げなど見られないということだろう。何せ子など産んだ覚えがないにも関わらず、ファミリアでは母親扱いされているからな」

 

 呼吸困難のようにパクパクと口を開いては閉じてを繰り返していたリヴェリアだったが、気を取り直すように頭を振ると憮然とした顔でそっぽを向いた。

 今度こそ何を言われても動揺などしてやらんと言うように。

 

「そうか? 十分可愛いじゃないか」

「…………え?」

 

 だがそれも、シロが不思議そうに口にした言葉を耳にした瞬間脆くも崩れ去った。

 

「それに、母と言われるのは、それだけファミリアの者たちから親しまれているという証明だろう」

「っ、そ、そういうのとは違う」

 

 動揺を全く収められず、ただ顔を左右に振って否定してみるしかなかった。顔を振る速度が余りにも速くまるでリヴェリアの顔が幾つもあるように見えた程であった。

 

「そう、なのか?」

「―――もう良いっ! それよりもシロッ!!」

 

 このままではいかん。

 何がいかんのかは自分でも理解できないながらも、リヴェリアはこれ以上シロが何かを言うのを防ぐように指を突きつける。

 

「な、なんだ?」

「私の夢を聞いたからには、お前の“夢”とやらも聞かせてもらおう。さあ、言ってみるがいい。お前の“夢”とやらをなっ!!」

 

 ビシィッとシロに指を突きつけ、荒い息をしながら顔を真っ赤にしたリヴェリアを見つめていたシロだったが、ゆっくりと視線を横に向けると、頬をぽりぽりと掻きながら口を開いた。

 

「…………“正義の味方”」

「…………は?」

「“正義の味方”だ」

 

 不貞腐れたように憮然とした顔でシロがそう言うと、リヴェリアは目と口を大きく丸く開き。

 

「―――ッッ!!? ハッ、ハハハハっ―――はははははははは―――」

 

 声を上げて笑った。

 お腹を押さえ普段の超然とした様子からは想像もつかない姿でリヴェリアは笑い転げる。

 それこそ文字通り地面に転がり笑い始めるのではと心配するほどに。

 暫らく腹を抱えて笑うリヴェリアをジト目で見つめていたシロだったが、諦めたように小さく息を吐いた。

 

「……好きに笑え」

「っ、す、すまない……わ、笑うつもりはなかったんだが……」

 

 笑いすぎて息苦しくなったのか、口元を隠す手から覗く顔は真っ赤に染まっている。

 

「……まあいい。笑われるとは思っていた……流石にここまで笑われるとは思ってはいなかったがな」

「……く、ふふ。しかし、“正義の味方”か……」

 

 目尻に浮かんだ涙をその細い指先で拭いながら、リヴェリアは何かを含むような言い方で呟いた。 

 

「荒唐無稽……それとも巫山戯ているように聞こえたか?」

「……いや、ただどう言う意味での“正義の味方”かと思ってな」

 

 ようやく笑いの発作が落ち着いてきたのか、元の白さに戻ってきた顔で先程の破顔などなかったかのような何時ものすまし顔でリヴェリアは肩をすくませた。

 その問いかけはただの会話の繋ぎだった。

 特に何か目的があったわけでも、知りたい事があったわけでもない。

 そう、ただ、ただの話の繋ぎ。

 ファミリア(仲間)でも見たことがないくらいの姿(笑い)を見られたことに対する罰の悪さもあった。

 だから、本当に何かを考えて聞いたものではなかった。

 そのため、その言葉が最初なんであるのかがわからなかった。

 

「―――全てだ」

「?」

 

 耳に届いたその言葉の意味が、シロが何を言いたいのかがリヴェリアには最初わからなかった。

 瞬きをし、改めてシロを見る。

 

「救いを求める者全てを救う。そんな“正義の味方”だ」

 

 全てを、救う。

 全て―――それは文字通りの全て(・・)なのだと、リヴェリアはシロの目を見て悟った。

 だから、リヴェリアは思わずシロの怖いほど真剣な瞳から逃げるように目を伏せてしまう。

 

「それは―――神にも不可能な話だな」

「……だろうな」

 

 リヴェリアの否定の言葉を、シロは反論することなく頷いて見せた。

 

「…………聞いても良いか」

「……何をだ」

 

 その穏やかとも言っていい態度に、リヴェリアはシロを見つめる。“正義の味方”等と口にする輩には、今まで何度か会った事はある。大抵の場合、己にとっての“正義”のみに対する“味方”でしかないただの俗物でしかなかったが。

 しかし、リヴェリアの目には、シロがそういう輩には見えない。

 そういう輩の目に見える、己の欲に濁った淀みがないからだ。

 ……なさすぎる、とも言えた。

 “正義の味方”―――それも、全ての救いを求める者を救う“正義の味方”になりたいと口にしながら……なのに、その瞳には何の熱も感じられない。

 ただ、意志だけがあった。

 硬い、鋼のような。

 

「何故、“正義の味方”になるのが“夢”なのかを」

「………………」

「………………」

 

 無言の時が過ぎる。

 互いに一言も口を開くことなく、視線を逸らす事もなく。

 ただ、見つめ続ける。

 真剣勝負をする武人のように、互いの隙を狙うかのような鋭く油断のない目で。

 互いに相手が何を求めているのかを探るように、二人は視線を交わし合う。

 そして、

 

「最近……夢を見る」

 

 シロが口を開いた。

 

「ゆめ?」

 

 シロの言葉に、リヴェリアは首を傾げた。

 

「そう、夢だ。多分、あれは俺が子供の頃の夢なんだろうな」

 

 リヴェリアの困惑を他所に、シロは独白を続ける。

 視線は虚空に、薄く細められた目は、ここではない何処かを見つめていた。

 

「それは、記憶を取り戻したということか?」

 

 シロには過去の記憶がない。

 そう、聞いていた。

 だから子供の頃の夢、との言葉に、リヴェリアは記憶を取り戻したのかと尋ねたのだが、シロは首を横に振った。

 

「……そういうわけじゃないんだが。だがまあ、そうだろうと思えるものは幾つかあってな。それは、その内の一つだ」

 

 過去の記憶を思い出を虚空に見るシロの目は、遠い何処かを見つめるように細められ。揺れる瞳には、穏やかな色が浮かんでいた。

 

「夢で……俺は親父と話をしていた」

「父?」

「『昔、僕は正義の味方になりたかった』―――そう言っていた」

 

 そこで言葉を切ったシロは、グッと歯を噛み締めると額に皺を寄せた。

 何かを耐えるように、もしくは、不満を示すように。

 

「―――俺は、それを聞いて、何故か酷く―――そう、とても嫌だった」

「嫌? ……それは?」

「……それは、きっと……俺にとって、親父が“正義の味方”だったからだろうな」

 

 そう言って見下ろしてくるシロの瞳を見返したリヴェリアは、ふっ、と息を飲んだ。それは、嫌だ、と不快を示して見せるのに、なのに、リヴェリアを映す瞳には、何の感情(・・・・)も見つける事が出来なかった。

 歯を噛み締め、眉間に皺を寄せ、その眼光は鋭い。

 ああ、なのに、その目の奥には、何も、ない(・・ ・・)

 

「だから、親父が“正義の味方”を否定するような事を口にしたことが、嫌でたまらなかった―――そう、だから、俺は……」

「…………」

 

 リヴェリアは、ただ無言のままシロの独白を聞き続ける。

 疑問、戸惑い、不安、様々な感情が浮かび上がってくる。

 

「……親父に言ったんだ。俺が―――『俺が親父の代わりに“正義の味方”になってやる』……とな」

「それは……」

 

 リヴェリアは思わず何かを言おうと口を開く。

 だがそれは、形になる前にシロの言葉により遮られた。

 

「―――だから、“正義の味方”になることが、俺の“夢”だ」

 

 強い言葉。

 立ちふさがる数多の困難を斬り拓く剣のような鋭く硬い意志の宿った言葉。

 なのに―――。

 

「そうだ……俺は“正義の味方”にならなければいけない……」

 

 シロの目の奥には、何の輝きも見られない。

 希望も、願いも、祈りも、遠い―――『全てを救う正義の味方』という余りにも途方もない夢を語るシロの“夢”には、無機質で硬質な意志しか感じられなかった。

 じっとシロを見つめ続けていたリヴェリアだったが、何かを耐えるように歯を噛み締めると、小さく頭を振り、そして頭を下げた。

 

「……すまなかった」

「何故謝る?」

 

 謝罪を口にするリヴェリアに、シロは首を傾げてみせる。

 

「お前の“夢”を笑ったからな」

「ふっ……くく、いや、構わないさ」

「だが、私は―――」

 

 リヴェリアは、シロの言葉を、夢を疑ってはいない。

 夢を語るには、シロの言葉の奥に潜むナニカは余りにも虚ろに過ぎたが、その夢自体は非難されるようなものではない。笑われるものではない。(正義の味方)を目指す理由もまた、笑うべきものではない。

 シロの夢に対し納得できない所はある。それが何かはわからないが、だからといってシロの夢を笑っていいものではない。

 だからリヴェリアは頭を下げた。

 心からの謝罪を示した。

 そのため構わないというシロに、自分が構うのだと言うように更に頭を下げようとした。

 その頭上に、シロの笑いが篭った言葉が掛けられる。

 

「構わない。笑われるのはなれて―――……なれている。それに、良いもの(・・・・)を見せてもらったしな」

「良いもの?」

 

 シロの言葉と、その言葉に込められた笑いに思わず顔を上げたリヴェリア。

 きょとん、とした何処か幼くにも見えるリヴェリアに、シロは口元に浮かんでいた小さな笑みを顔中に広げると、人差し指を立て茶目っ気たっぷりに言ってやった。

 

「何時もの生真面目な顔も悪くはないが、さっきみたいにたまには笑ってみろ。笑うお前は、とても可愛らしかったぞ」

「―――――――――っっッッ!!???!!」

 

 普段の硬質な戦士の顔からは想像もできない子供のような、無邪気とも言える笑みと共に言われた言葉に、リヴェリアは一瞬にして顔を赤く染め上げた。

 一度も日を浴びたことのないような雪のような肌が瞬く間に朱が広がり、頭頂から湯気が出かねない程の熱が全身を駆け巡った。

 気付けば顔を両手で覆い伏せていた。

 

「どうかしたか?」

「―――っ! な、何でもないっ」

 

 覗きこんでくるシロの目から逃れるように、リヴェリアは赤く染まった顔をますます深く下げた。長い緑色の髪が帳となって、シロの視線を遮る。顔を伏せたまま、何かを耐えるように身体を震わせるリヴェリアを、不思議そうに見つめるシロ。黙り込んだまま動かないリヴェリアをそのまま暫くの間見ていたシロだったが、困ったように頭をかくとくるりと背中を向けた。

 

「あと少し見て回ったら、フィン達の下へ戻るか」

 

 そう言って歩き出すシロの背中を、未だ火照る頬に手を添えたリヴェリアが、恐る恐ると言った様相で上目遣いで見つめていた。

 

 ―――この、男は……

 

 怒りとも恥ずかしさとも似ているようで違う、初めて感じる熱と動悸に戸惑う中、リヴェリアは遠ざかる背中を見る目の目尻を釣り上げた。

 さっさと自分に背を向け歩きだすその後ろ姿に、何故か不満を感じながらも髪をかきあげ背を伸ばし、遠ざかりつつある赤い背中を追いかけるため足を踏み出した。

 リヴェリアは直ぐにシロに追いついた。追いつくまで気付かなかったが、どうやらシロは、リヴェリアが直ぐに追いつけるように歩調を調整していたようだ。その事に気付いた時、リヴェリアの胸の奥に暖かな熱が宿り、シロの隣へと向かおうとする足を緩めてしまった。そしてそのままシロの後ろをついて歩き始めた。

 落ち着き始めていた動悸は、またも強くなった。

 

 ―――本当に、何なのだ……

 

 自然と胸に手を置いたリヴェリアは、普段より駆け足気味となっている鼓動に意識を傾けながら、シロの後ろをついて行く。ドクドクと、微かに苦しいが、何処か甘く感じる痛み。小首を傾げながらリヴェリアは手を伸ばせば触れるか触れないかの微妙な距離を保ったまま、シロの後ろを付いて歩く。

 ぼうっとシロの背中を見つめていたリヴェリアだったが、このままでは何か危険な気がすると頭を強く振ると、無理やりにでもこの何とも言えない空気を散らそうと何も考えないまま口を聞いた。

 

「そ、そう言えば先程の話だが」

「話? ……ああ、“夢”についてのことか?」

 

 振り返らないまま頷くシロの背に、リヴェリアも頷く。

 

「そ、そうだ。お前の“夢”について話している姿を見た時に思ったのだが……」

 

 そこまで口にして、やっとリヴェリアは改めてシロの語った“夢”について思い出す。

 そう、あの時、確かにリヴェリアは思ったのだ。

 

 “夢”―――“将来の”―――“未来の”―――いつかなりたい憧れを口にするにしては―――それは余りにも重かった。

 

 それにシロは言っていた。

 

 『正義の味方にならなければ』と―――『なりたい』ではなかった。

 

 その言い方ではまるで―――。

 

「……お前は、“正義の味方()”を目指すことをまるで、“義務”のように言うのだな……」

「…………」

「―――それは、父の“夢”を受け継いだから、そう(・・)なのか?」

 

 そう言いながらも、リヴェリアは違うと感じていた。何か確信がある訳ではない。漠然と、ただの勘に近いものでしかなかったが、違うと、リヴェリアは感じていた。

 そして、シロが父の夢を受け継ぐと決めた理由の中に、その答えはあるとも感じていた。

 

「……父親が自分にとっての“正義の味方”だと言っていたな」

 

 胸が痛い。

 先程までの何処か甘やかなものとは全く違う。鋭い針で突き刺されるような、冷たく苦しい痛み。

 その痛みの理由は、これから自分が言おうとしている言葉に、彼がどう感じるかを思ったからだろうか。

 それでも、自分は―――。

 

「シロ……お前は―――お前のその“夢”は―――」

「ああ、そう(・・)なのかもしれないな……」

 

 しかし、続く言葉は形とならず、息と共に喉奥に落ちていった。

 

「だがな、それでも(・・・・)、俺は―――」

 

 振り返ったシロ。

 向かい合うシロと自分(リヴェリア)

 鍛えられた剣のように強固な光を宿していた琥珀色の瞳は、虚ろに沈んでいる。

 何の感情も見つけられないそこには、何の意思も思考も感じられない。

 まるで、人形。

 こうあれと指示を下された泥人形(ゴーレム)のような、己の意志も思考もない、人形のような瞳。

 ひりつく喉と知らず開かれた瞳に映る目の前に立つ男。

 

 

 これは、誰だ?

 

 

 

「―――“正義の味方”にならなければならない」

 

 

 

 

 これは―――ナンだ? 

 

 

 

 

 

 

 

 




 エルフはレフィーヤだけではないっ!!

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