たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 最近更新していなかったので、短いけど投稿します。


第五話 襲撃

「―――っシ」

 

 数瞬の躊躇の後、リヴェリアがシロに向かって何かを言おうとした時であった。

 ドンッ! と腹を殴りつけるような衝撃と破壊音、そして身体を震わせる地揺れが生じたのは。突然の出来事に、リヴェリアの足が大きくよろめく。咄嗟にバランスを取ろうとするが、大きく体勢が崩れたのを元に戻すのは流石に無理があった。反射的に伸ばした両手は空を掴み、そのまま地面へと倒れていく。

 

「ぁ」

 

 小さく開かれた口からは意味の無い言葉がもれ、伸ばされた両手を微かに動かすしかなかった。しかし、伸ばした手を、伸ばされた手が力強く握り締め、リヴェリアが地面へと倒れていくのを防ぐ。リヴェリアの手を握りしめていたのはシロであった。シロはそのままリヴェリアの手を掴んだ手に力を込め、一息に自身の方へと引き寄せる。しかしシロの力は強く、リヴェリアは止まる事も出来ずそのままシロの胸の中にぶつかるようにして飛び込む羽目となった。

 

「っ、す、すまないっ!?」

 

 直ぐにシロの胸に両手を置き、一気に手を伸ばし飛ぶように離れるリヴェリア。数メートルの距離の間合いを一瞬にして作ると、リヴェリアは両の手で顔を覆うようにして挟んだ。手の指の隙間や首筋など隠しきれないところから赤い色が見える。

 

「リヴェリア」

 

 隠れるように自身の手で顔を覆っていたリヴェリアだったが、掛けられたシロの声に警戒の色を感じると、直ぐさまその強靭な意志力により、錯乱しかけていた思考に喝を入れ顔を上げた。シロを見つめる頬は、微かに赤みが見えるが、そこには何時もの冷静沈着な【ロキ・ファミリア】の副団長の姿があった。

 

「広場の様子がおかしい」

 

 シロの言葉に広場の方向へと視線を向けた時、リヴェリアの耳がモンスターの咆哮を捕らえた。

 

「モンスター……っ!」

「の、ようだな」

 

 リヴェリアの驚きの声に、シロが首肯する。

 

「それも一匹二匹といった数ではなさそうだ。急ぐぞリヴェリア」

「わかった。急ごう」

 

 幾重にも重なったモンスターの咆哮に顔を顰めながらリヴェリアとシロは広場へと急ぎ駆け出した。

 二人の向かう先。水晶広場からもうもうと立ち上る煙の中からモンスターの叫び声と共に、破壊音や悲鳴、罵声が聞こえてくる。

 水晶広場では、モンスターと冒険者との間で壮絶な戦いが始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいったな―――」

  

 フィンは襲いかかってくる触手の群れを切り払いながらため息と共に呟いた。水晶広場は今、モンスターで溢れかえっていた。何の前触れものなく街のあちらこちらから突如現れたモンスターたちは、一斉に冒険者たちが集まっていた広場へと押し寄せてきた。迫り来るモンスターの姿は、一見すれば蛇のように見える外見をした食人花であった。そのモンスターについて、フィンはアイズからの報告により聞いており知っていた。

 推定Lv.3~4。

 最高LvがLv.3であるここ『リヴィラの街』では、多くがLv.1~2でしかない。一対一でこのモンスターと渡り合える者などは数える程度しかおらず、また、そのLv.の通り、経験の少ない者が多く、突発的な状況に冷静に対応できるような者も同様に少なかった。あっという間に広場に到達したモンスターが無数の触手を振り回し、耐える事も出来ず吹き飛ばされる冒険者たち。直ぐにフィンはティオナたちに他の冒険者たちを守るよう指示するが、広場に到達するモンスターはどんどんとその数を増やしていく。ティオナたちの手には怪物祭の時とは違い、その手には己の獲物があった。そのため、手こずるような事はなく、次々にモンスターを討ち取るが、広場へと襲いかかるモンスターの数は討伐の速度と比べ余りにも多く、絶対的に手の数が足りなかった。それだけでなく、突然の無数の自分たちより強いモンスターの襲撃に、『リヴィラの街』の冒険者たちは連携することはおろか、まるで一般人のようにただ悲鳴を上げ何の考えもなしにバラバラに逃げ出すことしか出来ないでいた。

 その様子に直ぐさまフィンは街の代表者であるボールスに指示を出した。

 魔法を使える冒険者を広場の中央に集め、魔法を使わせモンスターを集めさせ、個々人でモンスターに対応している冒険者を五人一組で小隊を組ませモンスターに対応させた。何時もフィンに反発するボールスだが、今の状況を理解できない程に愚かではない。フィンの指示にボールスは不満の声を上げる事なく素直に了承し、周囲の冒険者に怒声を張り上げ指示を繰り返す。少しばかり手間取ったが、フィンの指示通り十数人の冒険者が広場の中央で魔法を使用することで、それまでバラバラに冒険者たちを襲っていたモンスターを一箇所に集めることに成功した。押し寄せるモンスターをフィンは槍を振るい次々に屠っていく。長大なモンスターを一撃で次々に倒していく小人族(パルゥム)の勇者の姿とその鼓舞の叫びに、逃げ惑っていた冒険者たちも奮い立ち、ボールスの指示に従い五人一組となってモンスターへの反撃を始めた。次第に混乱は収まり、事態は収束へと向かっていくのを、フィンはモンスターを屠りながら確認していた。

 

「……リヴェリアか、せめてレフィーヤがいてくれたら」

 

 今現在この広場には【ロキ・ファミリア】が誇る魔法使いが二人共いなかった。リヴェリアはフィンの指示でシロと共に行動しているため仕方がないが、レフィーヤの方はわからない。この騒ぎでアイズの姿も見られないことから、二人一緒に行動していることは何となく分かるが、その行き先まではわからない。せめてレフィーヤがいれば、わざわざ複数の冒険者を集め魔法を発動させるといった手間を取らないで済んだのだが。

 とはいえ何とか山場は超えた。後はこのまま残ったモンスターを殲滅するだけ―――な筈なのだが、フィンは胸のざわつきが収まらないでいた。目を細め、周囲をもう一度確認する。

 

「数が、減っていない」

 

 いや、それどころか増えていた。

 

「まさか―――っ」

 

 直感に従いフィンは駆け出した。向かう先は街の端。島の断崖上に築かれた天然の要塞であるこの街に、見張りたちに気付かせずモンスターはどうやって現れた。フィンは脳裏で固まっていく疑念に答えを出すため、瓦礫の山と化した街の中を駆けていく。瞬く間に街の端に辿り着いたフィンは、そのままの勢いで崖際に設けられた欄干に手をやると、身を乗り出すようにして崖下を見下ろした。

 

「っ―――くそっ!?」

 

 罵倒がフィンの口から放たれた。

 フィンの見下ろす先。崖下二百M以上の絶壁の下の湖面から、数え切れない程の無数のモンスターが湖の中から現れ絶壁をよじ登って来ている。Lv.6であるフィンであっても流石に一人でこれを対処することは出来ない。

 だが、問題はそこではない。

 湖の中に身を隠すだけでもおかしいと言うのに、安全階層(セーフティポイント)にモンスターが群れをなして潜伏するなど絶対に有り得ない行動。そしてその襲撃のタイミングもそうだ。何故、今このタイミングなのか。あまりにもタイミングが良すぎる。

 

「やはり、これは―――」

 

 これだけの強さに、この数。

 到底信じられはしない。

 しかし、それ以外の可能性は低い。

 まるで計ったようなタイミング―――ではないのだ。

 これには明らかに人の意思が介在している。

 ならば、考えられる答えはただ一つだけ。

 それは―――。

 

調教師(テイマー)かッ!!」

 

 

 

 

 

「―――フィンッ!」

「ああ、やっと来たね」

 

 同時に数体のモンスターを相手にしながら、フィンは視線を声が聞こえてきた方向に顔を向け安堵の息を漏らした。そこには、モンスターをあしらいながら駆けつけてくるリヴェリアの姿があった。そしてその隣には、【ヘスティア・ファミリア】のシロの姿も。

 

「一体どういう状況だ」

「詳しい事は何も。ただ、分かっているのは、この一連の事件、裏に調教師(テイマー)がいる可能性が高いということだけかな」

「……このモンスターを調教師(テイマー)が、か……俄かには信じられないな」

 

 フィンの傍まで辿り着いたシロは、フィンが相手にしていたモンスターを全て倒すのを確認すると、何があったのかを問いかけたが、返ってきた答えは予想外のものであった。周囲をチラリと見回し、濁流のように押し寄せるモンスターの群れに思わず否定の声が上がりかける。しかし、シロは気持ちを切り替えるように一度瞼を閉じ、次に開いた時には全てを腹に収めてみせた。

 

「お前が言うのなら間違いないだろう。色々と聞きたい事はあるが、まずはこのモンスターの群れをどうにかしないとな」

「こういう時の仕事は、リヴェリアだね」

 

 シロとフィンの視線がリヴェリアへと向けられる。既に予想していたのか、リヴェリアは焦る様子も見せず静かに頷いて見せた。

 

「……この数だ。減らすには相応の魔法が必要だ、が……魔法の発動にそれなりに時間がかかる」

「時間稼ぎは任せておけ」

「分かってるよ。ま、この程度の相手と数ならボクと彼だけで十分だね」

 

 フィンとシロがリヴェリアを挟むようにして立つ。リヴェリアが魔法の詠唱を始めると同時に、周囲のモンスターが一斉にリヴェリア目掛け襲いかかってきた。巨大なモンスターが押し寄せる津波のようにフィンたちに向かって迫り来る。Lv.1や2では何の抵抗も出来ず押しつぶされるしかない光景だが、この二人にあってはそうではない。フィンが槍を構え、シロが双剣を握り締める。まずはリヴェリア目掛け突出した数体を一息でシロが両の手で握る双剣をもってその首を両断する。太く硬い花の幹にあたる部分を、たった一振り、しかも片手で握った剣で切り落とした。思わずフィンの目が驚きに見開かれる。だが、その間もシロは止まらない。シロの振るう双剣が、まるでそれぞれに意思が宿ったかのように複雑な動きを魅せる。風に巻かれて宙を舞う羽のように不規則で軽やかな動きを見せたかと思うと、激流のような激しい斬撃を見舞う。到底Lv.1とは思えない。いや、Lv.5を超える冒険者の中でも、これに匹敵する剣技を持つのは一体どれだけいることだろうか。シロは自ら迫り来るモンスターの群れに飛び込んでいく。飛び込んできたシロに、リヴェリアに襲いかかろうとしていたモンスターたちがその進行方向を曲げた。向かう先にはシロの姿が。

 

「? 何だ?」

 

 まるで吸い寄せられるようにシロへと襲いかかるモンスターたち。リヴェリアに襲いかかろうとしたモンスターの半分近くがシロがいる方向へと進路を変更する。フィンは残ったリヴェリアに向かうモンスターの相手をしながら訝しげな視線をシロに向けた。そして気付いた。

 

「あの剣、魔力が……」

 

 シロが振るう双剣。その身に魔力が込められているのを。

 

「一体何時の間に」

 

 さっき見た時までは魔力なんてものは感じられなかった。確かに業物だとは思っていたが、ただそれだけ。しかし、今シロが振るう双剣に宿った魔力の総量は、Lv.3か4の冒険者が使う魔法に匹敵する。

 付与魔法(エンチャント)

 直ぐにその言葉が頭に浮かぶが、フィンの知るそれとは双剣に宿った力は何処か違う気がした。だが、それが何なのかはフィンには分からない。

 

「まあ、今はそんな事に構ってはいられないか」

 

 シロについて分からない事と言うのは、今更であった。シロについては、関わる度に謎ばかり増えていく。その謎を解き明かすのも良いが、今はそんな事を悠長に考えている暇はなかった。あっち(シロ)が半分相手をしていてくれるとは言え、残り半分はこちら(リヴェリア)の方へと向かっている。そしてそれを自分は押しとどめなければならないのだから。

 シロに向かわないモンスターの相手をしながら、フィンは妙な安心感を抱いているのを感じ苦笑を浮かべた。Lv.6のフィン(自分)でさえ数が揃えば手間取るモンスターだ。Lv.1は論外で、Lv.2でも、いやLv.3であっても一匹相手にするだけがやっとの力を持つモンスター。オラリオ最強と呼ばれる【ロキ・ファミリア】の中であっても、このモンスターの群れを相手にできるのは数える程度しかいない。安心して任せられると言えるのは、もっと少ないだろう。

 なのに、今そのモンスターを群れで相手にしているのは無名とも言っていいLv.1の冒険者だ。しかし、それを知っていながら、フィンは背中を預ける安心感があった。

 シロが相手をしているモンスターの群れに視線をやる。シロは何十ものモンスターが振るう百を超える触手の攻撃を避けるだけでなく、密集しているのを逆手に同士打ちをさせたり、足場にしたりと危なげなく相手にしている。

 レフィーヤからの報告では、怪物祭では一匹相手でも手こずったそうだが、この光景を見る限りちょっと信じられなかった。もしレフィーヤの報告が真実ならば、シロはこの短い間でどれだけ力を伸ばしたのか。

 

「……本当に君は一体、何者なんだい」

 

 フィンの誰に聞かせるでもない問いかけと共に、背後でリヴェリアの魔法が発動し、『リヴィラの街』に火炎の柱が幾柱も出現し、モンスターを焼き払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

 いや~更新遅れてすみませんでした。m(__)m

 何してたって?
 
 ……二人の白―――

 君の名……

 ……ちょ、ちょっと仕事がね……。




 

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