たとえ全てを忘れても 作:五朗
――――――っ―――はっ―――ぁ―――ッッ!!
アイズは追い詰められていた。
名も知らぬ謎の女に。
広場から逃げ出した
「っ!」
振るうは風を纏った無数の斬撃。
全てが必殺の一刀。
斬撃の嵐。
例え上級冒険者であっても苦戦は必須。
そんな瞬きの間に振るわれた十の剣戟は、
「―――便利な風だな」
その全てが叩き落とされた。
その過剰すぎる力ゆえ、対人戦では自主的に封印してきた魔法であるが、それを全開にしてもなお、アイズは今、死闘を交える赤髪の女を制する事ができないでいた。それどころか『風』を使用していながら、アイズは圧倒されていた。
全てに、だ。
速度も、一撃の威力も、何もかも。
アイズの振るうサーベルに対し、赤髪の女が振るう獲物は『深層』のモンスターのドロップアイテムだろう長牙をそのまま武器にしていた。鋭さは期待できないが、その長さや太さ、重量は通常の大剣では比べ物にならないだろう。斬るためのものではなく、叩き潰すための武器。その威力は、想像だけでも身震いがする。
しかし、
その常識が通用しない。
長剣を超える
それを可能とするのは赤髪の女の異常とも言える怪物の如き力。女はそのでたらめな怪力をもって、アイズの剣速を文字通り力押しにより圧倒していた。
幾十度目かの切り結びの中、大きく剣を打ち付け何とか相手を押し退けたアイズと赤髪の女は、共に一足の間合いを挟み併走する。
「『アリア』―――その名をどこでっ!?」
「さぁな」
ロキ・ファミリアの誰もが聞いたこともないような声音と声量でもって叩きつけた疑問を、赤髪の女は無感動に応える。
女の態度に、一瞬にしてアイズの沸点が超えた。柳眉を逆立てたアイズが女に斬りかかる。怒りに身を任せながらも、幼き頃からの鍛錬は剣にブレを許さない。大木すら両断する一撃が、瞬きの間に十を超え振るわれる。だが、女はその全てを弾き飛ばす。凄まじい斬撃の応酬に、互いの剣身が軋みを上げ、衝撃が互いの身体を傷付ける。
押し、切れない―――っ!?
対人戦において、過剰な威力を持つ『エアリエル』をもってしてもなお、届かない。
見開かれたアイズの金の瞳に驚愕が走る。
だが、動揺し見開かれた瞳を戦意を漲らせ目尻を釣り上げ咆哮。激情を込め一撃を振るう。
疑問は尽きない。
赤髪の女。
女が追っていた謎の雌の胎児を包んだ緑色の宝玉。
『アリア』の名を知る理由。
規格外の強さ。
時と共に増える疑問、しかし、それが解消されることはない。
考える暇を惜しみ、ただひたすら眼前の敵を斬ることのみに集中する。思考が単純化し、視界から無駄となるものが消えていく。目の前の敵を斬る。それだけの機能を残し他を放り捨て、ただ剣を振るう機械と化す。燃料は激しく燃える己の心。激情の全てを剣に載せ振るう。
剣速も威力も常時を上回っていた。
だが、猛る攻撃は、その性質から前へ前へと突き進んでしまう。剣鬼の剣技を振るうも、その心は未だ少女を脱させないアイズでは猛る心の全てを御する事はできないでいた。仲間がいればまた違ったかもしれないが。今この時この場にはいなかった。平時よりも前のめりとなったことから生まれた隙を、赤髪の女は見逃さなかった。
「―――人形のような顔をしていると思ったが」
嘲笑するかのように女の緑色の瞳が細まる。
反射的に柄を握る手に力がこもり、振るわれる一撃は重く、速くなる―――が、同時に隙も大きくなる。
女の身体がぶれ、アイズの一撃が女の残像を切り裂く。僅かにずれた身体に、女のすくい上げるような拳の一撃がアイズの腹部をかち上げる。気流の鎧がその一撃を阻むも、衝撃を殺すことはできずアイズの細身が後方へと吹き飛ばされた。
「っ―――が!?」
風の鎧を突き抜け身体を貫いたダメージに、強制的に後退された事により体勢が崩れるも、素早く風を操り立て直す。が、女の動きは更に速かった。餓狼の如く長牙でもって襲いかかる。
「く―――っ―――!?」
全身が粟立つ戦慄に、思考よりも先に『
最大の防御姿勢で迫り来る脅威に備え―――。
「――――――ッッッ!!??!!」
吹き飛ばされた。
剣と剣のぶつかり合いとは到底思えない爆音を響かせ、大地と並行して吹き飛ばされるアイズ。女の振るった超速の袈裟斬りは、アイズの防御の全てを貫いた。
声にならない悲鳴を上げ、宙を飛ぶ。姿勢を整える暇もなく、後方に叩きつけられる。
「っかは!!?」
瓦礫が砕け衝撃が身体を震わせる。微かに残った肺の中の空気が強制的に押し出された。思考が霞み、視界にノイズが混じる。
一瞬全てが断絶し、致命の隙が生まれる。
手にしかと握った筈の《デスペレート》も、何時の間にか地面へと転がっていた。
「これで終わりだ」
規格外の一撃は、女の持つ剣をも破壊していた。剣身が砕け散り柄だけとなった残骸を投げ捨て、赤髪の女が疾駆する。完全に意識が戻らないまま、本能的に体勢を整えようと地面に手をつき震えるアイズへと迫る。右腕を背に溜め、叩き潰さんと拳を握る。
揺れる視界、おぼつかない足腰、アイズは奥歯を噛み締めた。
かわ、せ、ない―――っ?!
避けられない一撃を前に、顔を歪めながらも決して目を逸らさず、せめてもの抵抗とばかりに赤髪の女を睨み付けた。
その瞬間。
「―――――――――!!!!!!?????」
「――――――????!!!!」
迫る赤を前に、紅が立ち塞がり―――赤がアイズの視界から消えた。
紅はその鋼の背中を向けたまま、無造作に右腕を天へと向け伸ばしていた。誘導されたかのようにアイズの視線が、自然と男の上空へと伸ばされた右腕を伝い上を向く。
そこには―――
「え?」
間の抜けた声がアイズの口から溢れた。
アイズの目に映ったのは、空を飛ぶ赤色。
赤髪の女が、くるくると身体を廻しながら宙を飛んでいた。
数十Mの距離を飛んだ赤髪の女は、突然の状況に陥りながらも猫のように空中で綺麗に体勢を整えると、土煙を上げながら地面に綺麗に着地した。
「……貴様」
緑色の瞳を鋭く細め睨みつけてくる赤髪の女だが、その瞳の中には苛立ちに混じる微かな動揺が覗いていた。赤髪の女が睨み付ける視線の先には、紅の外套をはためかせ立つ一人の騎士がいた。色が抜けた白色の髪の下から覗く鋭い鷹の如き眼光で女を捉えている。
騎士―――シロは、赤髪の女から視線を動かさないまま、背後に声をかけた。
シロに遅れて駆けつけてきたロキ・ファミリアの面々の内、真っ直ぐアイズの下まで走っていく一人の少女に。
「レフィーヤ、アイズの治療を頼む」
「は、はいっ!」
シロの言葉に頷くと、レフィーヤは素早くアイズの横に膝を着くと、直ぐさま怪我の程度を確認し始めた。
「し、しろ、さん?」
朦朧とする意識を軽く頭を振りながら、アイズは背を向けたまま微動だにしないシロに戸惑いの声を投げかける。
「全く無茶をする……暫らくそこで大人しくしていろ」
「っ、だ、駄目―――」
苦笑混じりの忠告と、背中を向けていてもわかる戦意の高まりにシロがこれから何をするつもりか瞬時に悟ったアイズが慌てて立ち上がり声を張り上げようとする、が。
「あ、う、動いちゃ駄目ですって!?」
「くっ」
全身に走った痛みに立ち上がることすらできず、そのままレフィーヤに向かって倒れてしまう。
振り向かないでも何が起きたか直ぐにわかったシロは、何時の間にかアイズの前に立っていたフィンたちに声をかけた。
「……フィン、リヴェリア、アイズを見張っておけ。その様子ではまた無理をしそうだ」
「構わないけど、君はどうするんだい?」
手に持った槍で肩を叩きながら、フィンがシロから離れた位置で警戒する獣のようにこちらをジッと睨み続けている赤髪の女に視線を向けた。すると、シロがフィンの視線の移動に対し、まるで見ていたかのようにタイミング良く声を上げた。
「あれの相手をする奴が必要だろ」
「一人で相手をするつもりか? 流石にそれは無謀だ。その女はアイズをここまで追い詰めた相手だぞ」
フィンの隣に立つリヴェリアが若干苛立ちが混じった声で忠告をする。
「心配するな……この程度なら、俺一人で十分だ」
リヴェリアの不機嫌な声による忠告に、シロは肩を軽くすくめた。
「……舐められたものだ。別にそこにいる全員でかかってきても構わないぞ。まとめて相手をする方が手間が省けるしな」
「ほう。ここにいる全員と……それは随分な自信があるようだが、相手が誰かわかって言っているのか?」
シロの目が細まる。赤髪の女の様子を―――どういうつもりで言っているのかを探るために。
「知らんな。だが、貴様ら程度何人増えようと変わらん」
「……そう、か……だがな、言った筈だ、貴様程度の相手なぞ、俺一人で十分だと」
女の言葉と態度に嘘がないと判断したシロは、両腰に佩いた剣の柄を握り締めると、ゆっくりと刀身を抜き放った。眩い刀身に、未だ遠くで燃え続ける炎が映り込む。その中に、炎とは異なる赤い髪が一瞬混ざり―――。
「もういい、死ね」
「来い」
赤髪の女の言葉に、シロはただ一言だけ告げた。
「っ!!!」
「―――」
大地を砕く踏み込みにより、女が一瞬にしてシロの前に現れた。まるで瞬間移動。だが、短く乱雑に切り取られた女の髪が後ろへと流れていたことで、女がとてつもない速度で駆けてきた事実を強制的に理解させられる。
女は無言のまま硬く握り締めた拳を、一気に突き立てた。
超速度にして超威力の一撃。攻城兵器にすら匹敵しかねない一撃は、しかし、シロに当たる事はなかった。
「―――」
「っう、こ、の―――ッ!!!」
シロは両手に握った双剣をもって、赤髪の女の猛攻を全て逸していた。まともに受ければ防御ごと貫かれかねない一撃を、シロは繊細なまでな動きでありながら、死地に身を置くような危険な踏み込みと体捌きにより、その悉くを躱し尽くしていた。
「っ―――っ―――ッ―――ッッ!!!???」
「―――ふッ!!」
空間そのものを抉り抜くような拳の連撃の悉くを躱し尽くされる。激昂が苛立ちに、そして驚愕に変わるのはそう時間は掛からなかった。言葉にならない驚きを噛み砕きながら、女は更に拳を繰り出す。
女の激情に応えるように、拳の速度と威力が加速度的に増加する。既にその速度はアイズを相手にしていた時のそれを超えていた。高レベルの冒険者であっても知覚すら難しい速度の連撃を、しかし、シロはその顔に焦りの欠片を見せる事なく躱し尽くす。
まともに当たらなくとも、カスリもすれば肉が吹き飛ばされかねない攻撃の数々。
しかし、それが当たらない。
「アアアアアアアアアアッ!!!」
赤髪の女が不意に一瞬足を止め拳の連撃を止めた。
背を逸らし全身に力を込める。ギリギリと肉と骨が軋む音が聞こえてきそうな程に女の肉が隆起した。
連撃からの致命的な一撃。
露わになる隙を、見逃すシロではない。
両手に握る双剣をもって女の身体を切り裂きに掛かる。
二つの刃が交差する。
右肩と左脇腹から斜めに切り込まれた刃は、しかし―――。
「ち―――ぃっ!?」
―――切り裂けない。
シロの口から鋭い舌打ちが響く。
重く鋭い斬撃は、確かに女の身体に打ち込まれた。
だが、刃は女の皮膚を破き、その下の肉に僅かに食い込んだだけであった。
「調子に―――乗るなぁッ!!!」
「―――」
咆哮と共に拳が振り下ろされる、
超至近から繰り出される絶死の一撃。魔法の一撃すら超える威力を孕む拳を前に、シロは
「なッ―――」
大地にしっかりと踏み込まれた女の足。ゆるく折られたその膝の上へと足を乗せ、そのまま空へと向かい踏み込んだ。
女の体勢が崩れる。
重心が僅かに前へと流れ。
拳がシロの顔から逸れる。
シロの身体が女の頭の上を飛び越え。
そして、シロは空を駆けるように足を―――
「―――ガッ?!?」
赤髪の女の首の後ろを蹴りつけた。
蹴る―――というよりも押し付けるような一撃は、体勢と重心が崩れた女の最後に残っていたバランスを崩した。全力の一撃の威力をそのままに、地面へと突っ込む赤髪の女。地面をビスケットのように割り砕くと、そのままの勢いで顔面を掘り起こされた地面へと叩きつけた。しかし、威力と速度が強すぎたため、止まる事なく回転を続け、その度に地面に身体の何処かを勢い良く叩きつけていく。
ミノタウロスの突撃をくらったアルミラージのように、ゴロゴロ、ではなくゴンゴンと勢い良く地面の上を回転していた女は、地面に両手を突き刺すことでその勢いを弱めていく。二本の線が地面に刻み大量の土を掘り起こしながらも、何とか回転を止めた女は、ギリギリと歯を軋ませながら立ち上がった。
大量に舞い上がる土埃と、地面を何度も転がりまわった事からその体は随分と汚れていたが、出血等負傷は認められなかった。立ち上がる動きからも、少なくとも大したダメージは負っていないように見えた。
「……一体どういう身体をしている」
随分と景気良く吹き飛ばされていながら、無傷とも言える女の様子に、シロが呆れまじれの声を上げる。
「貴様……っ!!!」
「まるで岩……いや、鉄塊を相手にしているような気さえしてきたな。まさか骨どころか肉すら断てんとは……」
怒声を吐き捨てる赤髪の女を観察するように、シロは先程剣を切りつけた先を見つめる。肉は断てずとも、確かに皮膚を切り裂き肉に届いた筈の場所には、一つ足りとも傷どころか血の一滴すら確認できないでいた。
シロの視線と言葉の意味を理解したのか、女が挑発的な目でシロを見つめる。
「貴様の腕が未熟だからではないのか」
「それは否定しないが……貴様、人間か?」
女の挑発をするりと躱したシロは、探るような視線を女に向けた。女に向けた言葉には、揶揄するような色はなく。ただ疑問の色だけが見えた。
「…………」
「……さて、どうするか」
「手伝おうか?」
無言のまま、シロを黙って睨みつけてくる女を睨み返しながら、シロは小さく声を漏らした。
そんな女を睨んだまま黙り込むシロの後ろから向けられたフィンの言葉に、
「いや、必要ない」
躊躇することなく断るシロ。
即断の答えに軽く目を見張るフィンの隣で、リヴェリアが苦虫を噛み潰したような渋面をつくる。舌打ちをしかねない険しい顔で、苛立ちを見せるかのように地面を軽く蹴りつけながら、リヴェリアは声を上げた。その様子を隣で意味深な目で見上げたフィンは、面白げに口の端を小さく上げたが、直ぐに視線を前に、赤髪の女に向け目を細めた。
「シロ、意地を張るな。あの女は確実にお前の数段上の力を持っている。いくらお前でも……」
「見たところLv.6に匹敵する力があるようだね。基本的な身体能力だけを見れば、僕たちよりも上かもしれない」
「し、シロさん、無茶は―――」
「っ、駄目、Lv.が、違い過ぎる―――」
フィンたちの後ろでレフィーヤたちもまた、心配する声を上げる。
そんな中、赤髪の女はゆっくりと身体を伸ばすとその緑色の瞳を警戒に満たしながらも、挑発するように言葉をシロに投げかけた。
「……仲間の手を借りないのか? 確かに避けるのは上手いようだが、お前のLvは大体3か4……その程度のLv.では精々私の皮が斬れるぐらいが限界だ」
「…………全くお前たちは」
そしてキッ、とその鋭い鷹の如き眼差しを更に鋭く細めさせると、
「いいだろう、教えてやろう。Lvの差が、戦力の決定的な差ではないことを―――ッ!!」
感想ご指摘お待ちしています。