たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 長くなりそうなんで出来た分だけ投稿します。

 ちと短いです。

 すみません。


第九話 強く―――

 

 

 幸せだった。

 

 

 

 そう、私は幸せだった。

 何処までも暖かく、柔らかな場所。

 小さかったあの頃の私よりも無邪気で、屈託なく笑う母親(あの人)の腕の中。

 時折頭を撫でる手は春に吹く風のように優しく……耳朶をくすぐる物語を紡ぐ声はとても綺麗で……。

 目を閉じて、想いを馳せれば今でも想い出せる、彼女が何度も語ってくれた、優しくて幸福な物語。

 物語を語り終えると、彼女はいつも私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 ふんわりと包み込むように抱きしめられるのは、何処かくすぐったくて、私は何時もくすくすと笑いながら振り返っていた。

 あの人の、あの無邪気な微笑みを見たかったから。

 吐息がかかるほど近くで笑う彼女の笑顔を見る度に、私の顔には満面の笑みが浮かんだ。

 彼女の笑顔は、そんな力があった。

 泣いていても、怒っていても、悲しくても、彼女の笑顔を見れば何時の間にか笑っていた。

 私だけじゃない。

 皆そうだった。

 彼女の笑顔を見た人は、皆が笑っていた。

 だから、私は彼女が魔法使いだと、ずっと思っていた。

 人を笑顔にする魔法が使える、魔法使いだと。

 みんなを笑顔にする、そんな彼女みたいに、私もなりたかった。

 だけど、あなたのようになりたいと言う幼い私に、何時もあの人は言った。

 

 『あなたはあなただから、私にはなれないよ?』

 

 そう、彼女は言った。

 私とそっくりな声で、彼女はそう言った。

 そういうことじゃないと、むくれる私を抱きしめながら、彼女は笑った。

 怒っていたはずの私は、彼女の笑顔を見るうち、何時の間にか笑っていた。

 丸く膨れていた頬を持ち上げて、ころころと笑う彼女と同じように笑っていた。

 笑っていた。

 楽しかった。

 幸せだった。

 暖かかった。

 

 

 

 もう、何処にもいない。 

 

 

 私は、置いていかれた。

 

 

 黒い襟巻きに薄手の防具、腰には鞘に収められた銀色の長剣を佩いた青年。

 彼が、連れて行ってしまった。

 あの人(母親)は、迎えに来た青年(父親)と一緒に、私を置いて何処かへ行ってしまった。

 すまないと、(父親)は謝り、去っていった。

 あの人(母親)と共に、私を一人残して。

 

 どうして、私は置いていかれたんだろ。

 どうして、連れて行ってくれなかったんだろ。

 どうして、一緒にいられなかったんだろ。

 きっと、私が弱かったから置いていかれた。

 幼く弱い私は、あの人たちの足手纏いにしかならないから。

 一緒に行くことが出来なかった。

 小さな手では武器は持てないし、細い身体では戦うことなど満足に出来るはずもない。

 戦えない私は―――弱い私は―――必要ないと。

 置いていかれた(捨てられた)

 

 だから、私は。

 

 強く、ならないと。

 

 強く、ならなければ。

 

 強く、ないと。

 

 また、私は―――。

 

 私は―――。

 

 

 わた、しは―――。

 

 

 つよ、く―――。

 

 

   

 

 

 ………………………………………………………………………………

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 ……………………………………………………

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 …………………………

 …………

 …

 

 

 

 

 

「―――ッああああああぁぁ!!!」

 

 獣の如き咆哮を放ち、剣を振るい敵を切り刻む。

 襲いかかってきた巨身のモンスター『バーバリアン』が細切れになり、魔石が砕かれたことにより肉片が地面に撒かれる前に霧散した。剣身に未だ残る『バーバリアン』の血脂を剣を振るうことで拭い去ると、残りの『バーバリアン』が打ち出してきた長い舌を切り払い、そのまま剣を突き刺し頭蓋を貫いた。

 凄まじい突きの速さにより、『バーバリアン』の頭部は欠片も残さず爆散する。

 細かな肉片が身体を汚すが、気にする素振りもなくそのまま剣を横に振り、傍にいた二体の『バーバリアン』を上下に分かつ。

 合計四体の『バーバリアン』が消滅するまで、この間約三秒。

 一体一秒未満でアイズは白兵戦の特化型(スペシャリスト)である筈の『バーバリアン』を下してみせた。

 ギラリと激情に燃える金の瞳で周囲を睥睨した少女―――アイズは、他にモンスターがいないことを確認すると、そこでようやく小さく息を吐き剣を腰に差した。

 

「荒れてるね」

「全く、手を出したらこっちまで斬られてしまいそう」

 

 手持ち無沙汰の様を見せるように、ティオナが頭を掻きながら姉に視線を向けると、ティオネはその視線に肩を竦ませた。

 アマゾネス姉妹の話に耳を傾けながら、フィンは隣りに立つ副団長に話を向けた。

 

「……リヴェリア、何か話は聞いていないのかい? どう見ても一度辛酸を舐めたからといった様子には見えないが……」

「…………」

「リヴェリア?」

「………………」

「―――リヴェリアっ」

「ッ!? な、何だフィン」

 

 ぼうっ、とした視線で何処か遠くを見ているように茫洋としていたリヴェリアに、フィンが非難が混じった鋭い声を上げる。フィンの刃にも似た鋭い声音に背筋をビクリと震わせたリヴェリアは、ゆっくりと顔を向けると済まなそうに目を伏せた。

 

「すまない……少し呆けていたようだ」

「リヴェリアまでそうでどうする……」

「わたしまで(・・)?」

 

 フィンの言葉に首を傾げる。

 リヴェリアの疑問に対し、フィンは視線で応えた。

 フィンの視線の先に目をやったリヴェリアは、そこに自分と同じようにぼうっと呆けているレフィーヤの姿を目にした。

 

「私は先程まであんな感じだったのか?」

「そうだね」

「そう、か」

 

 小さく苦笑いを浮かべたリヴェリアは、気を取り直すように頭を振った。

 

「随分と気が緩んでいたようだ。三十七階層は既に『深層』。例えここで私たちにとって脅威になるようなモンスターがいないとはいえ、万が一がある。油断はできない」

「そうだよ。全く、こういのは特に君が一番注意していることじゃないか。それがあんな……どうか、いや、何か気になることでも?」

「……いや、何でもない」

「…………」

 

 少しの間、じっとリヴェリアの瞳を見ていたフィンであるが、重い溜め息を一つ吐き出した。

 

「そういうのなら、そうだと思っておくよ」

「ああ―――すまない」

 

 リヴェリアが小さく呟いた言葉を聞こえないふりをしながら、フィンはアマゾネス姉妹に囲まれて何やら注意を受けているアイズを見つめていた。

 

(―――さて、考えられる要因は二つ。あの赤髪の女か、それとも―――彼、か……)

 

 フィンの脳裏に六日前の光景が蘇る。

 あの時、シロと赤髪の女との戦いが終わった後、フィンたちの前からシロは姿を消した。『リヴィラの街』で探しては見たものの、誰も見てはいないとの事であった。事件の後始末等で色々と忙しくはあったが、何人かの強い要望により並行してシロのその後を調べてみては見たが、あの後シロの姿を見たものは『ダンジョン』でも『街』でもいなかった。

 あれから六日。

 後処理が終わり、またアイズの強い要望で前と同じメンバーで再度ダンジョンに挑んではみたが、どうも様子がおかしいのが何人も見かけられた。

 精神的に未熟なところが目立つ二人(アイズとレフィーヤ)は兎も角、冒険者として一つの完成形であるリヴェリアの様子がおかしいのは流石のフィンも予想外であった。確かに思い返せばこの六日の間、何度か上の空な姿を見かけてはいたが、流石にダンジョンの中でもこうなるとは思ってもみなかった。

 

「一番手っ取り早いのは、本人と話をすることなんだけど、その本人が何処にいるのかわからないのが問題だな……」

「フィン?」

「なんでもないよ。さて、それじゃそろそろ行こうか」

 

 リヴェリアに何でもないと笑みを返し歩き始めるフィン。アイズたちも後ろをついていくのを背中に感じながら歩いていると、遠くの方から剣戟の音が聞こえてきた。

 

「誰か戦っているのか?」

「あれ? でもここ(深層)に来れる【ファミリア】は……」

 

 ティオナが首を傾げると、同意するようにフィンが頷いた。

 深層域まで進める【ファミリア】は、オラリオ広し言えども数える程しかない。そして【ロキ・ファミリア】にとっては、そのうちの幾つかは敵と言ってもいいやからであった

 

「もしかしたらボクたちと同じように数人でダンジョンに潜ってきているのかもしれないね。で、君たちはくれぐれも面倒を起こさな―――」

 

 フィンの視界が一気に広がった。大規模な『ルーム』に入ったのだ。フィンの感覚では、ここは階層中央部分付近といったところであり、それに相応しいほどに幅も高さもあった。白宮殿(ホワイトパレス)と呼ばれるのに納得がする光景である。その巨大な広間の中では、死闘が繰り広げられていた。

 肉も皮も何もない骨だけのモンスターだが、この階層の中でも最上級の戦闘能力を誇る『スパルトイ』と一人の男が戦っていた。

 LV.4に相当する力を持つモンスター(スパルトイ)を十体近くも相手にしながら、その男は互角に戦っている。骨だけの身体とは思えないスパルトイの力強く尚且つ素早い連撃を受け、躱し、逸らし、時に反撃を。追い詰められているように見えるが、男の動きは何処か余裕を持っているように見える。

 戦い、と言うよりも演舞のようにも見えるその戦いに、フィンたちは一瞬魅入られるように動きを停めていたが、戦う男の正体に気付くとあっと驚愕の声を上げた。

 

「ちょ、え? な、何であいつがここにっ?」 

「わ~……」

「まさか、本当に……」

 

 ティオナたちが呆然と空いた口から驚愕の声を漏らす中、リヴェリアはその男の名を口にした。

 

「―――シロ」

 

 その声にか、それとも気配に気付いたのか、スパルトイと戦っていた男―――シロが不意に視線をフィンたちに向けると、その目を軽く驚きに見開いてみせた。思わずにといった様子でシロは足を止めてしまうが、その隙を逃すような甘いモンスター(スパルトイ)ではなかった。一斉に手に持つ武器を掲げシロに襲いかかる。

 だが、それよりも疾く風を纏い駆け抜けたアイズがスパルトイたちに向かってサーベルを横に一閃する。風を纏ったその斬撃により、スパルトイたちは、斬られた端から骨の身体を砕かれていく。

 仲間を殺られたスパルトイたちであったが、混乱もせずに直ぐに新たな(アイズ)に各々が持つ武器を向ける。しかし、アイズに武器を向ける時には、既にアイズはスパルトイたちの懐深くまで踏み込んでおり、次々にスパルトイたちを討ち取っていく。一秒ごとに数を減らしていくスパルトイ。スパルトイたちも必死に反撃をするが、結局一太刀もアイズに打ち込めることもなく、十を数えないうちにその全てが切り伏せられてしまった。

 十体近くのスパルトイを倒し終えたアイズは、血糊を振り払うように剣を一度振るい鞘に戻すと顔を上げた。

 

「あっと……もしかして、駄目だった?」

「……はぁ、いや、助かった」

 

 敵を倒し終えた後で、やっともしかしたら横取りしてしまったかも、と不安が湧き上がったアイズが、恐る恐ると言った様子でシロを見るが、シロは小さく嘆息すると首を横に振った。

 

「しかし、まさかまたお前たちに会うとは思わなかったな」

「それはこっちのセリフだよ。何で君がこんな所にいるんだい?」

 

 フィンの呆れ、と言うよりも困惑しているような口調に、シロは眉間に皺が寄った顔を向けた。

 

「いや、あの女を追っているうちに何時の間にかこんな所まで来てしまっていてな」

「来てしまったって……ここが何処かわかって言っているのか?」

「三十七階層だろ」

「三十七階層だろって……君はLV.1だろ。何で来れるんだ……色々と規格外とは思ってはいたが、まさかここまでとは……」

 

 驚けばいいのか呆れればいいのか分からず、フィンが片手で渋面を形作る顔を覆っていると、その隣をつかつかと歩き去り一人の女がシロ下へと歩み寄っていった。

 女―――リヴェリアはシロの前で足を止めると、すっと目を細め氷のように冷たい目線でシロを睨みつけた。

 

「―――シロ、私が何が言いたいか分かるか?」

「……あ、その、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 ずいっと顔を寄せてくるリヴェリアに不穏な気配を感じたシロが思わず後ろに下がるが、リヴェリアは更に詰め寄ってくる。

 

「待たない」

「何をそんなに怒っている?」

「怒っていない」

「いや、怒っているだろ」

「……怒っていないと言っている」

「怒っているだろっ」

「怒っていないと言っているッ!!」

「っぐあ!」

 

 普段の冷静沈着な姿からは想像できない大声を発し足を振り上げたリヴェリアは、そのままシロの足につま先を叩き込んだ。

 ガンっ、と勢い良く足を蹴られたシロがその痛みと衝撃に、うめき声を上げながら足を抱えて蹲ってしまう。それは無理もないことだ。魔法使いタイプとはいえ、LV.6の身体能力で蹴られれば、軽くであっても下手なモンスターの攻撃以上のダメージを与えられる。

 狙ってやったのか、それとも偶然なのか。弁慶の泣き所を蹴られたシロが足を抑えて蹲るのを、リヴェリアは腕を組んで見下ろしていた。

 

「シロ。私は今、とても怒っている」

「―――っっ、それは身を持って実感している最中だ」

 

 色々と言いたいことをぐっと堪えながら、シロが涙目でリヴェリアを見上げる。

 恨みがましいその視線にふんっ、と鼻を鳴らしたリヴェリアは、その目に向けて指を突きつけた。

 

「一人で深層に潜るとは一体何を考えているっ!? 色々と言いたい事が山積みだったが、そんな事がどうでも良くなってしまったではないかっ!」

「っ……別に、リヴェリアには関係のないことだろ」

 

 脛をさすりながら立ち上がったシロが、痛む足に顰められた顔をリヴェリアに向ける。直ぐに何か反論しようと口を開いたリヴェリアだったが、逡巡するように何度か開いては閉じを繰り返していた口は、結局何の言葉を形にする前にリヴェリアはシロの視線から逃げるように顔を逸らしてしまった。

 

「そう、だが、だとしても……」

「……はぁ」

 

 ぶつぶつと何か顔を伏せて呟くリヴェリアの姿に頭を掻きながら嘆息したシロは、逃げるようにリヴェリアから少しずつ距離を取り始めた。そろそろと離れたシロは、安全地帯に着いたと判断したのか、未だに顔を伏せて何やらぶつぶつと自問自答しているリヴェリアから視線を外すとフィンたちに顔を向けた。

 

「それで、そっちはどうしてここに―――と、言ってもダンジョンに潜る理由は限られているか」

「そうだね。そっちと違って特別な理由なんてないよ。資金稼ぎと経験値稼ぎと……」

 

 未だ固まっているリヴェリアに訝しげな目を向けていたフィンだったが、シロの言葉に肩を竦めてみせると、そのまま視線を先程までシロが戦っていた『スパルトイ』が残した『魔石』に向けた。まとまって落ちているアイズが倒した分の十個の『魔石』と、シロが倒したであろう離れた位置に散らばる数個の『魔石』。

 

「……」

 

 フィンの眉が僅かにひそめられる。

 一瞬の違和感―――のような奇妙な感覚に内心フィンが首を傾げていると、何やら真剣と言うには焦燥感を感じさせる顔でアイズがシロの下へと歩いていく。

 

「シロ、さん」

「何だ?」

 

 シロの前で立ち止まったアイズは、逡巡するように何度か口を開いては閉じを繰り返した後、覚悟を決めたのかグッと口の端を引き締めるとシロを真正面から見上げた。

 

 

 

「私に、戦い方を教えてください」

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

 次回の題名は前から考えていました。

 次回『祝福と呪い』

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