たとえ全てを忘れても   作:五朗

33 / 101
エピローグ 変わるもの、変わらないもの

 

 

 

 

「―――だぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

 悲鳴のような叫び声を上げながら、白色の髪を持つ少年の後ろ姿がダンジョンの奥へと消えていく。

 あっと言う間もなく広間から逃げ出した少年。その余りにもな早業は、凄腕の冒険者である筈の少女に声を掛ける暇さえ与えなかった。少女は少年の背中を追うように視線を向けたまま、つい先程まで当の少年を膝枕していた姿のまま固まって。

 

「……何で、いつも逃げちゃうの?」

 

 そう、寂しげに少女―――アイズが呟いた。

 

 

 

 

 

「―――はぁ…………全く、何をやっているんだあの二人は」

「それをお前が言うのか」

 

 腕を組み、壁に背を預けながら頭を振る。どことなく項垂れているように見えるアイズの後ろ姿を、隠れて覗き見していたシロがため息混じりに呟いた言葉に、呆れた声が返ってくる。背後から掛けられた声に、シロは僅かに顔を傾けて後ろに視線を向ける。そこにはシロと同じ姿勢で同じくアイズを覗くリヴェリアの姿があった。

 リヴェリアと目が合わない内に、視線を前に戻したシロは、既に見えなくなった暫らくぶりに見たベルの背中を思い出し、目を細めた。

 

「たった一人のファミリアの仲間を心配するのはおかしな事か?」

「そう思うのならば、アイズに任せなければ良いだろうが」

 

 後頭部の辺りにリヴェリアの鋭い視線が突き刺さっている気がしたシロは、頭を掻きながら小さく肩を竦めた。 

 

「俺がベルに膝枕をやれと?」

「……やりたいのか?」

「冗談だ」

 

 後頭部に刺さる圧力が増す増す増大するのを感じ取り、シロは逃げるようにリヴェリアから距離を取った。対するリヴェリアは動かず、ただ視線だけをシロの後頭部へと注ぎ続ける。

 右へ行っても左へ行ってもブレず後頭部に刺さり続ける視線に、諦めたようにシロの足が止まると、それを待っていたかのようにリヴェリアが口を開く。

 

「―――それで、どうしてだ?」

「どうして、とは?」

「……顔ぐらい、見せてやっても良いだろう」

「…………」

 

 非難、ではなく心配気なリヴェリアの声に、シロはただ無言を貫いた。

 暫らくシロの返事を待っていたリヴェリアだったが、返事が帰ってこないと知ると、今度は責めるように強めの口調を向ける。

 

「随分と戻っていないと聞いたが」

「誰から聞いた」

 

 今度は直ぐに返事が帰ってきた。

 そこには呆れが半分、バツの悪さが半分と言った割合で含まれていた。

 

「なに、行きつけの店にお喋りな娘がいて、な」

「まったく……」

 

 何処と言わずとも、リヴェリアの言葉と態度で何処の誰が口を滑らしたのか大体把握したシロは、幾つか候補が上がった容疑者から真犯人は誰かと夢想する。寡黙なエルフは、ああ見えて中々お節介なところがあるし、享楽的な猫娘等が嬉々として話しているかもしれない、いや、色々と噂話が好きな看板娘の可能性もある。

 さて、今度店に寄った時にどうしてやろうかと考え込んでいると、あからさまに不機嫌な雰囲気を漂わせたリヴェリアが何時の間にか真後ろに立っていた。

 

「で、何故か聞いても?」

「随分としつこいな。そう長い付き合いでもないが、あまりこういうことに口を出すような輩には思わなかったが」

 

 内心慌てながらも、ゆっくりとした動作で後ろを振り返ったシロは、気付かれないよう小さく後ずさる。

 

「確かに、自分でもそう思っていたが……貴様は、色々(・・)と興味深いからな、こういう私でも気にはなる」

 

 が、ゆっくりと一歩分距離が開いたかと思えば、リヴェリアがすかさず一歩前に進んでくる。

 シロの動きに気付いたのかと思えばそうでないようだ。真っ直ぐにシロの目を見つめるリヴェリアの瞳に、そう言ったものは見られない。

 ぐいっと身体どころか顔を近づけてくるリヴェリアの前に、防波堤よろしく片手を突き出すシロ。

 

「まあ待て。別に、大した理由などない。ただ、そう、ただ……顔を見せづらいだけだ」

「喧嘩でもしたのか?」

「だと、良かったんだがな」

 

 頬を掻きながら無意識に視線を下に向けてしまう。

 弱々しさを感じるその姿に、眉根を釣り上げていたリヴェリアの瞳が一瞬で気遣わしげに緩む。

 

「シロ?」

「―――変わったな」

「?」

 

 無意識の内にリヴェリアの手が、指がシロへと伸ばされるが、その指先が触れる前に、シロの声がその動きを止める事になった。

 ストンと、切り裂くように口調も声色も変わったシロの言葉の意味が一瞬捕らえる事が出来ず、リヴェリアが思わず首を傾げる。

 

「アイズに、何かあったか? いや、何かしたのか?」

「……お前と別れた後、三十七階層の階層主と戦った」

「……『ウダイオス』か」

「そうだ。それも一人でな」

「一人、か」

 

 シロが何を言いたいのか理解したリヴェリアが、シロと別れた後の話を、簡単に説明を始めた。『ファミリア』総出で取り掛かるような相手に単騎で戦いを挑み、勝利したという話は、常識外れの常習犯であるシロであっても驚きは隠せずにいた。

 

「……一応、私もその場にはいた。手は出していなかったがな」

「そう、か……」

 

 一応フォローのつもりで言った言葉だが、何処か上の空のシロには意味のないものであった。

 

「お前は、あれからどうしていた」

「各階層をもう一度探していた。結果は、お察しの通りだ」

「そうか」

 

 小さく頭を横に振って見せる姿に、手がかりの一つもなかった事を悟り、リヴェリアの眉間に微かに皺が寄る。

 それを感じ取った訳ではないが、戯るようにシロは言葉を続けた。

 

「代わりに、行き倒れの白兎を一匹見つけたがな」

「見つけただけで、突っ立っていただけだがな」

 

 アイズにベルの相手を任せ立ち去る途中で、物陰に隠れて様子を伺うシロの姿を見つけた時の事を思い出し、思わず吹き出しそうになったリヴェリアが口元を慌てて抑えつけた。

 

「ああ、だから二人が丁度来てくれて助かった」

「お前は―――ったく、仕方がない奴だ」

 

 惚けるのではなく、本心からの言葉と感じ取り、それに物言いたげに口元を動かしたリヴェリアだったが、結局溜め息を一つ着いただけで続く言葉を飲み込んでしまう。しかし、リヴェリアが不満気な雰囲気に纏った事に気付いたシロが、不用意にもつついてしまう。

 

「何だ?」

「何でもないっ」

 

 振り返って疑問の視線を投げかけてきたシロにギロリと鋭い視線を刺してやったリヴェリアは、さっと視線を前に戻したシロの後頭部を暫らくの間睨みつけていた。

 

「リヴェリア」

「今度は何だ?」

 

 シロはリヴェリアに背中を向けたままの姿。

 リヴェリアにはシロが今、どんな顔をしているのかは全く見えない。

 

「俺は、変わったか」

「ん? すまない、シロ。今、何と―――」

 

 相手に伝える、と言うよりも、自問に近い小さな声。

 呟きにも満たない口の中で生まれ消えた言葉は、リヴェリアの耳には届かなかった。

 

「リヴェリアの目から見て、最初に俺を見た時と今の俺は、何か変わったように見えるか?」

 

 シロの疑問に、リヴェリアの中に一瞬戸惑いが生まれた。

 それは問いについてでなく。

 シロの声に潜んでいた感情の色。

 不安、焦燥、いや、これは恐怖?

 複雑に絡み合い混じりあった感情は、一言で言い表す言葉はない。

 唯一つ言えるのは、今のシロは、酷く―――。

 

「……ああ、そうだな。随分と強く、いや、お前は前から強かったか。何せベートを一撃で倒したほどだしな」

 

 一瞬浮かんだ言葉を否定するように目を一度閉じたリヴェリアは、次に目を開けた時には揶揄うような笑みを口元に浮かべていた。

 

「アレはあの小僧が酒に飲まれていたからだ。まともにやれば俺に勝ち目などないだろう」

 

 リヴェリアに合わせるように、おどけた調子でシロが不敵に笑う。

 シロとベートのLv差を考えれば確かにその通りなのだが、どう考えてもリヴェリアの脳裏にはベートがシロに勝利する姿は浮かんでこなかった。

 

「当の本人は納得していないがな。気をつけておけ、今度顔を合わせれば問答無用で襲いかかってくるぞ」

「それはまた恐ろしいな。気をつけておかなければ」

 

 シロがわざとらしく身体を震わせる。

 

「……まあいい。お前の質問の答えだが、「変わっていない」が私の答えだな」

「変わっていない、か……」

 

 首の後ろを掻きながら、シロが首を傾げる。

 その背中が、普段からは考えられないほどに弱々しく思え。

 

「シロ、お前―――」

 

 ついと口から言葉が出る前に、シロは逃げるように足を前へと動かした。

 

「リヴェリア、すまないが、出来ればで良い。うちの白兎の事も気にしておいてくれないか」

「お前―――他のファミリアにそんな事を頼む奴が―――」

 

 数歩程歩み、リヴェリアからある程度の距離を取るとシロは立ち止まった。

 シロの口にした内容に、リヴェリアから呆れた声が漏れる。

 頭痛を抑えるように片手で米神を押さえながら半眼でシロの背中を睨み付け、文句の十や二十は言ってやろうと口を開くが。

 

「頼む」

「っ―――」

 

 しかし、シロのたった一言。

 その言葉に含まれる願いに近い思いを感じ取り、非難の言葉は喉奥へと滑り落ちてしまう。

 

「すまんな」

「シロッ! 何処へ」

 

 それでも何かを言ってやろうとしたリヴェリアだったが、言葉少なく謝罪の言葉を吐いたシロがリヴェリアを置いて歩き始める。慌ててリヴェリアが呼び止めようとするが、シロは今度こそ立ち止まる事なく歩き続けていく。

 

「馬鹿者が……」

 

 暗闇の中へと消えていく背中。

 それを見つめるリヴェリアの握り締められた拳は、溢れ出る感情を示すかのように小刻みに震えていた。

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。