たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 ダンまち外伝は、何処までやるのかな?


第三章 ショウタイフメイ
プロローグ 依頼


 人の気配どころか風一つ吹かない広大な通路。

 その豪奢な絨毯が敷き詰められた通路の奥。

 時が凍りついたかのように一切の動きのないその場所の先には、地下奥深くへと続く階段がある。

 そこはギルド本部の地下深く。

 そこには、ギルドの―――いや、この『街』の主とも呼べるモノが存在していた。

 かつて『古代』と呼ばれたその時代。

 今では『オラリオ』と呼ばれるこの場所にある大穴から溢れ出すモンスターが地上に進出し、人類としのぎを削っていた時代に、彼らは空から現れた。

 神々である。

 『娯楽でやって来た』と降臨した幾柱もの神々の中に、その神はいた。

 好き勝手に己の欲望と衝動に身を任せる殆どの神の中において、その神は大穴を塞ぐための『塔』と要塞着工に取り組んだ一柱の神。

 この地に―――この世界に初めて『神の恩恵(ファルナ)』をもたらし。

 モンスターの侵攻を防ぎ、オラリオの原型となる要塞都市を築き上げ、『オラリオの創設神』と呼ばれ。

 今なお数多くの者達から崇め奉られる、都市の管理機関ギルドの主神たる神こそが、ウラノスである。

 

 

 

 長い長い階段を下りた先には、石造りの祭壇があった。

 巨大な石版が床に敷き詰められたそこは、地下とは思えないほどに広い。

 屋敷が一つまるごと入りそうな程に広く、明かりは四炬の松明だけ。

 その四炬の松明の中央にして、ここ―――祭壇の中心には、石で出来た大きな玉座が存在した

 そしてそこに、この空間の主たる神が座っていた。

 巨人―――いや、巨神たるその身は、二Mを超え。その佇まいは、まるで何千年を生きる巨樹のようであった。

 『古代』よりも遥か過去。

 古の人類が夢想しただろう神の姿がそこにはあった。

 樹皮を思わせる深い皺が刻まれた老神は、その皺を更に深く刻みながら、何事かを思考するように、その目は硬く閉ざされている。

 僅かに俯いた顔はフードにより隠され、その顔色は伺い知れない。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン、か」

 

 巨神の薄く開かれた唇から呟かれた言葉は、松明の明かりの届かない闇へと溶けていく。

 まさに神の声と頷ける力を持つ声は、燃える松明の炎を大きく揺らめかせ。

 

「―――ああ、彼女に依頼を出した」

 

 影の中から現れたかのように、唐突に姿を見せた人影がその神の言葉に返事を返した。

 黒ずくめのローブを羽織った人物だ。

 男か、女か。

 中性的とも取れる声からは、男女の区別を付けるのは難しく。だからと言って、広間に広がる暗闇よりも、深く被り込まれ隠されたローブの奥に漂う闇がより深く、その顔は伺い知ることは出来ないので、見た目から判断するのは更に困難である。

 また、両手には複雑な紋様が刻まれた手袋をはめており、徹底するかのように肌の露出は一切ない。

 どう見ても不審な人物であるにもかかわらず、唐突に現れたこの相手に対し、玉座に腰掛ける老神は誰何することもなく、ただ視線を一つ投げかけただけであった。

 

「何故、【剣姫】に依頼を出した。アレ(ロキ)に疑いを掛けられるのは望むところではないと言ったのは、お前の方だろう―――フェルズよ」

「確かに。しかし、彼女―――アイズ・ヴァレンシュタインは以前、例の【宝珠】に対して、過剰な反応を示したという情報がある。彼女と【宝珠】には何か因縁がある可能性が高い」

 

 「フェルズ」と呼ばれた黒衣の人物は、神の詰問に対し動じる姿を見せずに、以前、そして今回も冒険者依頼(クエスト)を授けた冒険者から聞き出した情報を語りだした。胎児の宝玉を受け取ったアイズが、卒倒した件についてだ。

 説得、と言うほど熱心ではないが、第三者的視線の理路整然とした説明が終わると、巌の如く動きのなかった老神の眉が、思考を示すようにピクリピクリと動き始めた。

 

「故に、アレ(ロキ)の不審を買ってでも【剣姫】に依頼を出した、と」

「ああ。今は少しでも宝玉の正体を解明できる手がかりが欲しい。その中で彼女が一番可能性が高い」

 

 フェルズの強い意志が込められた言葉を、老神は無言のまま聞き続ける。思考の深さ示すように、その顔に刻まれた皺が一段と深くなっている。

 未だ何かを迷う姿を見せる老神を後押ししようと、フェルズは「それに」と言葉を続けた。

 

「―――それに、三十階層の食料庫(パントリー)での一件。あれは何とかこちらだけで終われたが、同士(リド)達にも被害が出ている。これ以上彼らに負担を掛けさせられない」

 

 本来ならば、いくら高レベルの冒険者であるハシャーナであっても、単独で三十階層から宝玉を収拾出来る訳がなかった。それを可能としたのは、フェルズ等の協力者達の助力があったからこそなのだが、その際に彼等が受けた被害は無視できるものではなかった。

 少なくとも、再度協力を願うのは躊躇う程には。

 

「更に言えば、前回は番人(・・)はいなかったが、一度宝玉を奪取されたからには、奴らに油断はもうないだろう。何が待ち構えているかわからないならば、あらゆる事態に対応できるよう、【剣姫】以外にも十分な戦力を揃えた」

「番人……あの調教師(テイマー)が出てくる可能性があると」

 

 「可能性は高いだろう」と、フェルズは深く被ったフードを揺らした。

 両者の間に沈黙が満ちる。

 今回の冒険者依頼(クエスト)には、アイズ以外にも多くの冒険者が関わっている。アイズ以外の冒険者は、全て【ヘルメス・ファミリア】所属の者で、その中で更に優秀な者が今回の依頼に遣わされていた。彼らだけで大抵の依頼はこなす事は可能だろうし、その中にアイズが加われば、万全と言っても問題はない。

 だが、今回の依頼は特別だ。

 特別に危険であった。

 彼等が向かう先には、絶対にナニカが待ち構えている。

 それは、たとえアイズ・ヴァレンシュタイン(オラリオ最強の一角)と謳われるがいても変わらない。

 死者の出る可能性すらある。

 展開の読めぬ未来を想い、目を瞑り宙を仰いでいた老神は、そこでふと何かに気付いたかのようにはっと目を開いた。

 

「フェルズ。もう一人、依頼を出してみぬか」

「今から? 不可能じゃないが、一体誰に……今回の依頼のハードルに叶う相手は、そう多くはなかった筈だけど」

 

 フェルズが顎に手を当てながら、ウラノスが言う人物を推測し始める。

 思い浮かぶのは、多くがLv.4以上の猛者達だ。少なくともそれに近い能力がなければ、今回の依頼をこなすだけの力はない。しかし、ぱっと浮かぶ者達の中で、今回の依頼を受けてくれそうな者は思い至らず、フードの奥から老神に向けて怪訝な視線を向けた。

 

「あの男だ」

「あの男?」

 

 男、と言うウラノスの言葉に、候補が数名にまで絞られるが、残念ながら彼等は現在別の依頼を受けているため、今回の依頼は受けることは不可能である。フェルズは暫らく考え込んだが、該当する者は一人も主いたらなかったことから、降参するように肩を竦め、顔を左右に大きく振ってみせた。

 

「―――わからない。一体誰の事を言っているんだい」

「『正体不明』には『正体不明』を」

 

 このオラリオの中には、様々な謎が犇めいている。幾つもの謎が生まれ、正体や謎が明かされることなく忘れ去られるものもあれば、簡単に正体や謎が明かされるものもあるし、突き止めようとする者がいるにもかかわらず、一切の手がかりすら掴めない存在もある。宝玉とそれに関わる者たちについては、その後者に位置するものであり、オラリオ最大の派閥とも言えるギルドの主神たるウラノスの力をもってしてもその正体は不明であった。

 そして、とある一人の男についても、また同じであった。

 数ヶ月前、オラリオに突如現れた男。

 過去の記録も記憶も存在しない男を、あの男嫌いの気があったヘスティアが拾ったとの話を偶然耳にしたウラノスは、戯れにその正体を探った。しかし、男について調査するも、男の正体に関する情報は一つたりとも見つける事は出来なかった。手に入るものは全て、ヘスティアが男を拾った後の情報だけ。ヘスティアに拾われる前の情報は、欠片も見つけ出す事は叶わなかった。

 男の今の活躍からして、オラリオに入ったのはここ最近で間違いはないだろうと思われるが、数年前から都市の出入りを調べるも、似たような男が街に入ってきたという記録は見つからなかった。まるでオラリオに、何処からともなく現れたかのようで、それはまるで自分達と同じく神のように―――。

 

 

 

「『最強のLV.0』―――【ヘスティア・ファミリア】のシロだ」

 

 

 




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