たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 前話の感想・ご指摘を受けて、これからは殆んど変わらない内容の場合は、ざっくりと短くするか、書かないようにします。


第二話 危険な男

 

「―――はぁ」

 

 

『そう言えば、シロの野郎も【剣姫】の行き先を聞いてきたな』

 

 レフィーヤは一人、苦悩していた。

 それは冒険者の街(リヴィラ街)でボールスから聞いた言葉が主な原因だった。

 どうやらシロが自分たちと同じようにアイズの行方を探しているようなのだが、ベートたちがさっさと街を出て行ってしまったため、レフィーヤはそれ以上詳しいことをボールスから聞き出すことができず、今もまだ、何故、同じファミリアでもないシロがアイズの行方を探しているのか、その答えが分からない疑問を一人で考え込み頭を抱えていた。

 最初は、ベートたちに追いついた後、シロがアイズを探していることをベートたちに伝え、街に戻るつもりだったのだが、いざそのことを伝えようと口を開いた瞬間、何故か言葉が上手く出てこなかった。結局ベートに怒鳴られたあと、街に戻ることなくレフィーヤ達はアイズが向かったとされる食料庫(パントリー)へと向かう事になったのだが……。

 こうして一人、ぐるぐると答えの見えない疑問を頭の中で回しながら歩いていた。

 

「…………」

 

 顔を前へと向ければ、先を行くベートとフィルヴィスの背中がある。

 レフィーヤが殆んど走るような歩調で歩くベートの背中を見ると、再度溜め息を着く。

 あの時、ベートにシロの事を話そうとした瞬間、何やら嫌な予感がして上手く話すことが出来なかった。 

 その理由は実の所わからない。いや、答えが喉元まで出かかっている妙なもどかしさはあるのだが、どうしてもそれが形になることはなかった。ただ漠然と嫌な予感がして、それがベートに伝えることを強烈に拒否を示していた。

 

「はぁ……」

 

 何度目になるか分からないため息がまたもや口から溢れる。

 どうして、シロさんがアイズさんを探していることをベートさんに伝えられなかったんだろう?

 アイズさんの現状が分からない今、手がかりになりそうな情報は、どんな小さなもので重要だろうに、何故、情報の共有を避けたのだろう。

 シロさんとベートさん。

 この二人に何かあったかな……何か、あったと、思う……あった筈なんだけど……何だったかな?

 ベートにシロの情報を与えてはまずい、その確信はあるのだが、その理由が思い至らない。

 この二人に何かあった気がするのだが、それがなんだったかがレフィーヤには思い出せないでいた。シロとの思い出というか、あの男が関わると、何時も大事になるため、細かなことは大分記憶から削れてしまうと、割と理不尽な文句を想像の中のシロへと言い放つレフィーヤ。

 せめて誰か相談に乗ってくれれば少しは気が晴れるかもとは思うが、この場にはベートとフィルヴィスの二人しかおらず。

 ベートはまず論外であり、唯一の可能性のあるフィルヴィスはこれまでの経緯(会話が成立しない)を考えれば、相談に乗ってくれる姿は想像ですら出来ないでいた。

 そういった理由で、誰にも相談できず、どうにも思い出せない記憶を探って、何とかこの懊悩から解放されたいとレフィーヤが唸っていると。

 

「―――大丈夫、か?」

「ふぇあっ、な、何でしょうかっ!?」

「い、いや、気にしないでくれ」

 

 唐突に前を歩いていたフィルヴィスが後ろを向いてレフィーヤに声を掛けてきた。突然のフィルヴィスの行動に、思わずレフィーヤの口から間の抜けた声が出てしまう。

 その慌てぶりに遠慮したのか、フィルヴィスは小さく頭を振ると、顔を前に向けようとする、が。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「あ、な、何だ?」

 

 思わずレフィーヤの手が伸び、フィルヴィスの手を取ってしまう。

 足を止め、見つめ合う二人のエルフ。

 

「わっ、わわ、す、すみませんっ!」

 

 互いに目を見つめ合いながら固まった二人だったが、直ぐにレフィーヤが慌てた様子でフィルヴィスの手を離してしまう。

 

「あ、ああ」

「す、すみません……それで、あの、私に何か?」

「いや……、その、だな。街を出た後から随分元気がなくなったようだから、どうかしたのかと……」

「…………」

 

 フィルヴィスからの思いがけない言葉に思わず声を失ってしまうレフィーヤ。目を見張って無言のまま立ち尽くすレフィーヤの姿に、フィルヴィスは気遣わしげな顔からすっと、何時もの無表情に戻ってしまう。

 

「気のせいだったら―――」

「ありがとうございますっ!」

「―――え?」 

 

 だが、それは勢い良く頭を下げて、明るく元気にお礼をするレフィーヤの声にその無感情の仮面に亀裂が入った。

 今度は先ほどとは逆に戸惑った様子を見せるフィルヴィス。顔を上げたレフィーヤは、照れ笑いを浮かべながら髪を撫でるように掻くと、立ち止まったフィルヴィスたちを無視してどんどんと先へ行くベートの背中をチラリと見る。

 

「このままだとベートさんに置いていかれてしまうので、歩きながらですみませんが、少しだけ相談に乗ってもらえませんか?」

「え、あ―――構わないが……」

「ありがとうございますっ」

「わっ、な、何を―――っ」

 

 レフィーヤのお願いに、一瞬躊躇った様子を見せたフィルヴィスだったが、じっと真っすぐに自分を見つめてくるレフィーヤの瞳と目が合うと、知らず頭が上下に動いてしまっていた。レフィーヤは、フィルヴィスの肯定の返事を聞くと、満面の笑みを浮かべお礼を口にし、所在無さげに揺れていた彼女の手を取りベートの後を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

「それで、その、『シロ』という男が、私たちと同じようにアイズ・ヴァレンシュタインの後を追っていると」

「はい、そうなんです」

「で、それの何が問題なんだ?」

 

 ベートの後方十数M程の位置で、二人のエルフはこそこそと囁き合うように話をしていた。

 フィルヴィスが相談に乗ってくれるということになり、レフィーヤはベートに聞かれたくないと前置きをすると、レフィーヤは聞き耳を取られないと思われる距離を取ってから相談を始めた。

 獣人であり、更に上級冒険者であるベートの聴力は、並の冒険者とは比べ物にならないほどに良いため、それなりの距離があっても聞かれてしまうかもしれない。そのため、二人は殆んどくっつくような状態で話をしているのだが。

 

「あ~……その、問題というか……」

 

 首を傾げながら自分を見つめてくる困惑を宿す赤い瞳に、レフィーヤは苦笑を浮かべるとベートの背中にチラリと視線を向けた。

 

「あの男がどうかしたのか?」

「どうか、したんでしょうね」

「はぁ?」

 

 思わず、と言うように、フィルヴィスの口から似合わない少し大きめの疑問の声が上がる。

 直ぐにバツが悪そうに口元をもごもごとさせるフィルヴィスの姿に、小さく笑みを浮かべたレフィーヤは、半目で睨みつけてくる視線から逃れるように、眉間に皺を寄せると小首を傾げてみせた。

 

「ベートさんにシロさんの事を教えちゃいけない、と思っているんですが……その、何でそう思うのか自分でもわからないんです」

「……ちょっと、意味がわからないんだが」

「そ、そんな目で見ないでくださいっ。自分でも変なことを言っている自覚はあるんです。確か、シロさんとベートさんの間に何かがあった気がするですが……それが何だったかが……」

 

 フィルヴィスの可哀想なモノを見るような目から逃れるように、レフィーヤは両手をバタバタと振り回す。

 

「あの男の事だ、何か揉め事でも起こしたとかではないのか?」

「揉め、事……ああ、ええっと、そんな感じだった、ような……」

 

 じ~っ、とベートの背中を睨みつけるように見つめながら、眉間に皺を寄せていたレフィーヤは、ムムム、と口の端をへの字型にして唸りだした。

 

「しかし、その程度ならあの男は日常茶飯事の筈だ。そう警戒する必要はないと思うが」

「そうですよ、ね」

 

 リヴィラの街でボールスから話を聞き出した際の、ベートの脅迫というか恐喝というか、暴力を前面に押し出した実力行使や、何時もの口はばからない言動等を思い出し、レフィーヤが悩む素振りを見せながらも小さくこくんと頷く。しかし、直ぐに頬に指を当て考え込む仕草を見せると、フィルヴィスに何とも言えない目を向けた。

 

「いえ、やっぱりそれはないと思います」

「何だと?」

「シロさんは色々とおかしい人なので、ベートさんと揉めたとして、も……」

「どうした?」

 

 唐突に口を閉じて考え込み始めたレフィーヤに、フィルヴィスが目を瞬かせる。

 

「いえ、何か答えがもう口のところまで来て……っぅ、ああっ、もう何なんですかこれぇっ」

「お前は元気だな……」

 

 頭を抱えぶんぶんと振り回しながら叫ぶレフィーヤの姿に、フィルヴィスの微かに笑みを含んだ声を漏らす。

 その、初めて見るフィルヴィスの笑みとも言える表情に、数瞬の間、レフィーヤの視線が奪われてしまう。

 そして、思わずといった様子でポツリと呟いた。

 

「……やっぱり、フィルヴィスさんは優しいですね」

「っ、何を」

 

 苦悩で満ちていた顔を一瞬にして満面の笑みに切り替えたレフィーヤに、フィルヴィスは虚を突かれたように肩をビクリと震わせると、逃げるように歩く速度を早め始めた。

 直ぐさま二人の間の距離が開くが、直ぐにレフィーヤも歩く速度を早めると、フィルヴィスに追いつき、先ほどよりも近い距離に。やがて互いの肩が触れるほどの距離にまで詰め寄ると、レフィーヤはニッコリと再度フィルヴィスに笑いかけた。

 

「戦闘の時だけじゃなくて、今も私が悩んでいた時に声をかけてくれたじゃないですか」

「別に、それは……一応、今は組んでいる身だ。これから何があるかわからない今、下手を打って倒れられる前に、問題を解決しようとしたまでだ。間違っても優しさからくるものではない」

 

 冷たい言葉に、鉄仮面のような無表情をもってフィルヴィスはレフィーヤを睨み付ける、が。

 

「ふふ……そうですか」

「っ、レフィーヤ・ウィリディス。お前は、勘違いをしている」

 

 笑うレフィーヤからフィルヴィスは目を逸らした後、直ぐにきつく顔を顰めると、キッ、と更に鋭くした視線をレフィーヤに向けるが、直ぐにそれはくっ、と口元を噛み締め力なく視線を落とすことになる。

 

「私はお前が思うような者ではない」

「フィルヴィスさん……」

 

 苦痛を耐えるかのように、顔を微かに強ばらせながら呟くフィルヴィスに、レフィーヤは思わず手を伸ばしかけるが、それは途中で止まり力なく垂れ、やがて歩いていた足も止まってしまう。すると、フィルヴィスも数歩だけ歩いた後、レフィーヤに背を向けたまま足を止めた。

 互いに口にする言葉が浮かばず、そのまま暫くの間無言の時間が過ぎるが、落ち込むレフィーヤの姿を横目でチラリと見たフィルヴィスは、何か逡巡するかのように何度か口を開いては閉じた後、意を決したように一度強く口を閉じ、喉を鳴らすと口を開いた。

 

「そういえば……お前の言う『シロ』とは、もしやあの『シロ』のことなのか」

「え?」

 

 まさかまた話しかけてくるとは思わなかったフィルヴィスの言葉に、レフィーヤは行き場を失った手を見つめていた視線を慌てて上げる。

 

「私の知る限り、『シロ』と呼ばれる冒険者は『最強のLv.0』と呼ばれるあの男のことしか頭に浮かばないのだが」

「あ、はい。そうです、ね。確かにシロさんはそう呼ばれています」

「ならば、お前の言う。あの『シロ』とベート・ローガとの間で起きた揉め事とやらは、『豊穣の女主人亭』で起きた事件ではないのか?」

「へ?」

 

 ぱちぱちと数度瞬きを繰り返した後、レフィーヤの顔にゆっくりと驚愕の色が浮かび上がり。

 

「そ、そうですっ! それですよっ!!」

 

 びしっと勢い良くフィルヴィスの背中に指差しながら、驚きと喜びが入り混じった声を上げた。

 

「そうですそうですっ。『豊穣の女主人亭』で、シロさんがベートさんを一発でのしちゃったアレですよっ!」

「……しかし、本当なのか? 私もその噂は聞いたことはあるが、あの『シロ』はまだ冒険者になってから、いや『神の恩恵』を受けてからまだ二ヶ月足らずのLV.1と聞くぞ。それでどうやったらあの『ベート・ローガ』を一撃で昏倒させることなど出来る? あの男は、性格は最悪だが、その実力だけは本物だぞ」

「それは……」

 

 振り返ったフィルヴィスの目には、疑問が濃く浮かんでいる。

 それもそうだろう。

 『ベート・ローガ』―――『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名で呼ばれる【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者。そのLv.は5であるが、戦闘力は既にLv.6にまで迫り、ランクアップも間もなくと噂される人物である。そんな彼が、冒険者になってから、いや、『神の恩恵(ファルナ)』を授かってから一ヶ月程度しか経っていないLv.1の冒険者に倒されるなど、どう考えてもありえないのだ。

 フィルヴィスも最初この噂を聞いた時、何かの間違いか、ベート・ローガに恨みを持つ者がばら蒔いた風評の類か何かだと考えていたが、レフィーヤのこの様子を見る限りではどうやら事実のようだ。

 しかしそうであっても、フィルヴィスには、それがやはり有り得ないとしか思えなかった。

 何せ相手はLv.5。それもあの『ベート・ローガ(凶狼)』だ。Lv.1の冒険者が階層主を単独で撃破したと言われた方が、まだ信じられる余地がある程だ。偶然や奇跡で成せるようなものではない。

 だが、レフィーヤを見れば、それが事実であるようにしか思えない。

 しかし、どうやって?

 これまでベートと散々揉めてきたフィルヴィスであるが、別に勝てると思って喧嘩していた訳ではない。逆に絶対に勝てないと思っていた程であった。第二級と呼ばれるLv.3の自分の力では、どうやってもLv.5の冒険者であり、『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名で呼ばれるほどの凶暴な力の持ち主であるベートに傷一つ負わせる事すら難しいとすら考えていた。

 それを、どうやったらLv.1の冒険者が?

 

「その、私はずっと見てた訳じゃなかったんで、その時の事は良くわからなかったんですが、団長曰く、顎先を拳でかすらせるようにしてベートさんに脳震盪を起こさせたみたいなんでですが……正直、直接団長から聞いた私もそんな事が出来るなんて信じられません。でも、あの時、実際にシロさんがベートさんを一撃で倒してみせたことは確かです」

「……お前の事は信じないでもないが、いやしかし、そんな事が可能なのか? 他の低Lv.の冒険者ならともかく、相手はあの『ベート・ローガ(凶狼)』だぞ」

 

 驚愕、ではなく困惑が満ちた疑問に言葉に、思わずレフィーヤは苦笑を浮かべた。

 

「本当ですよ……本当に一瞬の事でした」

「……『シロ』と言う男は、本当にLv.1なのか?」

「それは私も疑いましたし、あの場にいた全員も同じ意見でした。だから、あれから【ロキ・ファミリア】の皆で色々と調べてはみたんですが、恐ろしい事に噂に間違いはないみたいです。あの人は、確かに二ヶ月前にここ(オラリオ)に現れ、恩恵もなしに冒険者を叩きのめした後、神ヘスティアのファミリアになった―――新人(ルーキー)です」

 

 断定するレフィーヤの言葉に、フィルヴィスは痛みを堪えるかのように片手で頭を押さえた。

 

「いくら考えても、どうやったらそんな事が可能になるとは思えないな。ベート・ローガは酒の飲みすぎで泥酔でもしていたのか?」

「確かに、少しお酒を飲みすぎていてはいましたけど、動きに支障が出るほどには飲んでいなかった筈です」

「そうか。ああいや、そもそもLv.1の攻撃でLv.5の冒険者が気絶することは有り得ないはずだ」

「その有り得ない出来事が起きたんです」

 

 眉間に刻まれた皺を更に深くしながらフィルヴィスが唸り声を上げている。レフィーヤは杖に寄りかかるように体重を預けながら、ダンジョンの薄暗い天井を見上げた。

 フィルヴィスの言うことは確かに最もであった。

 『神の恩恵(ファルナ)』の力は凄まじいの一言である。刻まれるだけで、ただの子供が大の大人でも敵わないモンスターと渡り合うことが可能となるその力は、Lv,が上がる毎に他とは隔絶した力を所有者に与える。それは単純な敵を倒す力だけでなく、その身を守る力にも現れる。例えば、『神の恩恵(ファルナ)』を授かっていない一般人が、棍棒で頭を殴られれば、下手をすれば死んでしまうが、『神の恩恵(ファルナ)』を授かった冒険者ならば、例えLv.が1であったとしても、棍棒を振るう者が一般人であるならば、精々が瘤を作る程度でしかダメージを与えることはできない。

 それ程までに、『神の恩恵(ファルナ)』とは人に隔絶した力を与えるものなのである。

 まるで、存在そのものが違うものへと変わっているかのように……。

 そして力の差は、同じ冒険者のあいだでも同じだ。

 同じ神の恩恵(ファルナ)を授けられた冒険者同士であっても、Lv.の差が一つでもあれば、その差は圧倒的だ。それが4つも違えば、それは最早、世界の理で決められていると言っても過言ではない程に、Lv.の差とは決定的なもの。

 Lv.が上がれば上がるほど、冒険者は強くなる。

 その強さはまさに次元が違う強さ。

 相対すればわかる。

 格が違う、いや―――言葉通り次元が違うと言えばいいのか……。

 立っているステージが違う。

 そう、それ程までに第一級と呼ばれる高Lv.の冒険者とは強く、他の者とは隔絶しているのだ。

 その筈なのに。

 彼は、それをあっさりと覆してしまう。

 ベート・ローガとの一件だけではない。

 モンスターフィリアの一件や、冒険者の街で起きた一件もそうだ。どれもがLv.1では考えられない力を見せた。冒険者の街で起きた事件なんて、Lv.5のアイズを圧倒した敵を逆に圧倒した程だ。

 彼―――シロとの付き合いはそう長いものではない。

 長くとも一ヶ月程度。

 その程度でしかない。

 彼も自分の事を話すようなタイプではないため、良く知らない。

 精々彼のことで、自分がほかの人よりも知っていることなど―――。

 

「―――お父さんが大好きだった、ぐらいしか……」

「ん? 何か言ったか?」

「えっ? あ、いいえっ!? 何でもないですっ!! ええ本当に何でもありませんともっ!!!」

 

 知らずポツリと零した声の欠片を聞き取ったフィルヴィスが尋ねると、レフィーヤは一瞬で真っ赤にした顔を激しい勢いで左右に振り始めた。

 

「そ、そうか」

「その通りなんですっ!!」

 

 目を血ばらせた赤く染まった顔を間近にまで寄せてくるレフィーヤに、若干引きながら冷や汗をかいたフィルヴィスは頷いてみせる。

 

「大体、あの人の事をいくら考えたって意味なんてありませんっ!! あの人は色々とおかしいんですっ。私たちの常識でなんか測れない人なんですよっ! 団長たちだって規格外だって言ってますもんっ。ええそうですっ。シロさんなんて、こっちの言うことを何時ものらりくらりと躱して聞いているのかいないのか分からないくせに、あっちからは色々とちょっかいを掛けてきて。なのに最近は私だけじゃなく、リヴェリア様にも迷惑を掛けてっ!」

「わ、わかったから少し落ち着け」

 

 顔を真っ赤にしながら、目の焦点をぐるぐると回転させ何とも意味を読み取れない言葉を立て続けに吐き出し詰め寄るレフィーヤの両肩に手を置いて、これ以上の接近を防いだフィルヴィスは、何とか落ち着かせようとガクガクとその肩を強く揺さぶる。

 

「っ、あ、す、すみません」

「まあ、シロという男が、【ロキ・ファミリア】さえも気にする男だということはわかったが、そうか……だとすると、確かに厄介な事になるかもしれんな」

 

 正気に戻ったのかレフィーヤパチパチと瞬きを繰り返し、数度深呼吸をして落ち着きを見せ始める。そんなレフィーヤを警戒するように見つめながら、その両肩から手を離したフィルヴィスが、先程の話の内容を思い起こし顎に手を当てた。

 

「え? 何がですか?」

「何が、とは―――ベート・ローガとそのシロが出くわしたらの話だ」

 

 ほえ、と言うように口を微妙に開けた間の抜けた顔で首を傾げるレフィーヤに、フィルヴィスは呆れた声を向けた。

 

「あ、ああ。そうですね」

「しっかりしろ。あのベート・ローガがそんな屈辱を忘れるはずがない。もし、あの一件以来、一度もシロと出会えずじまいであれば、こんな所でばったりと出くわしてでも見ろ。いきなり襲いかかったとしてもおかしくはない」

「は、あはは……そんなこと……」

「ないと言い切れるか?」

 

 頭を掻きながら否定のため首を横に振ろうとしたレフィーヤだったが、逃げを許さないフィルヴィスの視線に込められた力に屈するかのように頭を垂らした。

 

「っ……十分にありえますね」

「実際にどうやったかはわからんが、やはり私にはベート・ローガがLv.1の男に負けるとは思えない。だが、実際に奴が負けていたとなると、もしもこんなところで出逢えば奴のことだ、屈辱を晴らさんと絶対に襲いかかるぞ。下手をすれば殺しかねん」

「それは―――」

 

 流石にそれはないだろうと、レフィーヤが否定の言葉を吐こうとするが、それは視線をダンジョンの奥へと突然向けたフィルヴィスの行動により未然に防がれた。話す内容が口から出る前に飲み込んだレフィーヤは、直ぐに同じようにフィルヴィスが視線を向ける方向に視線を向けると、その先には誰もいない。

 

「そう言えば奴は何処へ」

「あ、お、置いていかれちゃったっ!?」

 

 奴、という言葉に直ぐに誰がいなくなったか分かったレフィーヤは、あわあわと視線をあちらこちらに回して、その背中を探すが、何処にもその後ろ姿が見つかることはなかった。置いていかれたと直ぐに理解したレフィーヤは、頭を抱えてその場に座り込もうとするが、それよりも先にフィルヴィスの鋭い声が背中を叩き、丸まりそうだった背中をピンと真っすぐにさせられる。

 

「続きは後だ。今はまず奴に追いつく。急ぐぞっ!!」

「は、はい」

 

 フィルヴィスと共に走り出すレフィーヤ。その脳裏には、先程のフィルヴィスの言葉がずっと反芻されていた。確かに、あの一件直後のベートは団員の誰もが近づくことすら恐るほどに不機嫌なオーラを放出し続け、街に何度もシロを探しに出かけていた。問題を起こす前にと、直ぐに団長たちの説得で、シロを探しに行くのは辞めたが、その胸の内に燻っているものは確実にあるだろう。

 何かのきっかけがあれば、それは一気に燃え上がり、ベートの理性を燃やし尽くすのは間違いない。

 そのきっかけとなるものは、シロとの出会いであろうことは間違いないだろう。

 嫌な予感が、どんどんと積もっていく。

 シロの強さはレフィーヤは嫌というほど知っている。この目で何度も見たからだ。Lv.というモノの存在を嘲笑うかのように、その強さは圧倒的であり、特に対人戦であれば、アイズを打倒した謎の女すら軽く捻ってすら見せた。

 だから、ベートと争いとなったとしても、そう簡単にやられることはないはずだ。

 しかし、ベートは【ロキ・ファミリア】の中でも最速の男である。シロを見つけたベートが瞬間的に沸騰、理性を外して襲いかかったとしたら。最速の不意の一撃を、いくらシロでも防ぎ切れるとは思えない。

 それならば、ベートがシロを見つける前に、何としてでも、シロを見つけ―――。

 そう、思った時。

 

「シイィィイイロオオオオオォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 ダンジョンに怒りに満ちた咆哮が轟いた。

 その怒号に背を押されるように、更に走る速度を早めたレフィーヤとフィルヴィスは、直ぐに声が聞こえてきた場所へと辿り着く。

 そこには、つい先程モンスターを倒し終えたのだろう。下げた両手に剣を持った男の後ろ姿が見えた。そして、その男の背中へと襲いかかるベートの後ろ姿も。既に双剣を持った男とベートの距離は零に近い。男はベートの咆哮は聞こえているのだろうが、余りにも突然の事に反応することが出来ないでいるのか、振り向こうとすらしていない。

 ベートは、そんな男の頭部へと向け、ギリギリと筋肉の軋む音がするほど力を溜めた足を今にも解き放とうとしている。

 

 

「「ッッ!!!??」」

 

 

 二人共悲鳴も、警告のための声も上げることができないでいた。

 ただ、見ているしかできない。

 そして、次の瞬間―――。

 

 




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