たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 少し長くなりそうなんで、二つに分けることにしました。


第四話 同行

 

 

「シイィィイイロオオオオオォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 限界まで引き絞られた弓矢のように、弓なりにしなる身体に蓄積された力が叫びと共に解き放たれる。白銀のメタルブーツを装備した右足が、風を引き裂く轟音を纏わせ無防備に立つ男の頭部へと迫り、瞬きする間もなく、ブーツは男の側頭部にめり込む。そして一瞬も停滞せずにそのまま足は振り抜かれ、莫大な威力のそれは男の頭部を跡形もなく完全に消滅させる。

 跡には無くなった頭部があった位置から、間欠泉の如く大量の血を吹き出す身体が―――。

 

「―――ッ!!?」

 

 そんな光景を幻視したレフィーヤが、悲鳴を上げようと息を吸うが、開いた口からは、

 

「は?」

 

 何故か間の抜けた疑問符が溢れただけであった。 

 レフィーヤの視線の先では、凄惨な首無し死体ではなく、何処ぞの軽業師のようにベートが宙で回っていた(・・・・・・・)

 風車のように、中空で見えない何かで身体の中心―――へそ辺りで射止められた状態で、ベートは頭が複数あるように見える程の速度でぐるぐると回転していた。実際には数秒程度だっただろが、レフィーヤにはその数倍にも感じる程の時間を宙で回っていたベートは、地面へと叩きつけられることでようやくその回転が止まった。地面を大きく削り、土を捲り上げたベートは、傍から見れば頭で倒立しているように見える。常人ならば頭部が潰れかねない勢いで、運悪く(・・・)顔面から地面に叩きつけられたベートは、しかし、直ぐさま両手で地面を殴りつけ、狭い範囲ながらも小規模な地震を起こしながらも、勢い良く立ち上がった。『神の恩恵(ファルナ)』のない、全くの一般人だけでなく、低レベルの冒険者であれば同じように絶命してもおかしくない衝撃を受けながらも、殆んどダメージを負っていないように見えるのは、流石一級冒険者と言わざるを得ないだろう。

 

「え? え? え?」

「……何が、起きた?」

 

 眼前で見ていたにもかかわらず、何が起きたか一切把握できなかったレフィーヤとフィルヴィスは、互いに口をポッカリと開けた姿で、今にも襲いかかりかねない様子のベートと、それを詰まらなそうな顔で見つめる双剣を腰に佩いた男の姿を見ていた。特にベートの殺気は明らかに先ほどよりも増大しており、灰色の頭頂部から、ポロポロと土くれを落としながらもいつもよりも三割程以上鋭い眼光をもって鞘に収めた剣の柄に手を置く男―――シロを睨みつけていた。

 しかし、先程の攻撃? を警戒しているのか、直ぐにでも襲いかかる様子は見られない。

 それでも、ベートはスッと腰を落とし、何時でも飛びかかれる姿を保っている。

 対してシロは、戦意がないことを示すかのように腰に刺した鞘に収めた剣の柄に片手を置き、眼光鋭く睨みつけてくるベートを、睨むでもなくただ淡々とした眼差しで見下ろしていた。

 

「……どういうつもりだ、ベート・ローガ。何時から狼人の挨拶がこうも過激なものになった?」

「ハンっ、テメェにだけ特別だ。あのまま、頭を殴らせてくれりゃぁ、少しは可愛げがあったんだがな」

「ほう、あれがお前なりの挨拶か。確かに勢い良く挨拶(・・・・・・)してくれたな、ご丁寧に何度も頭を下げて(・・・・・・・)

「ッ、テメェ……」

「何だ、どうした?」

 

 ギリッ、と歯を鳴らしながら、睨みつけてくるベート。握り締められた拳には幾筋もの血管が浮かび上がっており、その手に込められた力の程がうかがい知れた。

 牙を擦り合わせながら威嚇のように唸り声を上げるベートは、子供が迂闊に見れば夜の夢に何度も出かけかねない破壊力があったが、対するシロは涼しい顔をしたまま。それどころか、小さく鼻で笑う始末である。

 

「―――はぁ、まあいい。少しばかり急いでいてな、貴様と遊んでいる暇などない。行かせてもらうぞ」

「行かせると思ってんのかぁあッ!!」

「ちっ」

 

 さっさと背を向け立ち去ろうとするシロの背中へと、躊躇なく襲いかかるベート。流石の速さであり、所詮Lv.3程度のレフィーヤたちでは止める事も諌める事すら出来ない程の速さであった。既にシロは完全にベートに背中を向けており、前後左右に避けることも、それ以前に攻撃に気付くことすら出来るのか怪しい状態である。

 しかし、それは先程も同じこと。

 

「貴様、学習能力がないのか? 狼というよりも猪だな」

「―――ッく、あああああぁぁ??!!」

 

 レフィーヤたちの前で、先程の焼き増しのような光景が現れた。

 シロの背中を蹴ったかと思った時には、何故かベートがぐるぐると回転しているといった有様だ。今回は以前よりも回転の勢いが弱かったのか、ベートは身体を無理矢理捻る事で強引に回転を止め、地面に足から着地してみせた。

 

「テメェっ、さっきから一体何をしやがったっ!?」

「貴様と付き合っている暇はないと言った筈だ。次、邪魔をすれば―――」

「―――オラァアアッ!!!」

 

 シロが言い切る前に、ベートは今度は真正面から殴りかかった。拳は握らず、開かれた掌の先は鋭い爪が獲物を求めるかのようにギラついている。空気を引き裂きながら迫る爪。凶狼の爪は正確にシロの喉元を狙っており、当たれば確実に首が吹き飛ばされる威力があった。

 凶悪な怒号に凶悪な攻撃。

 しかし、シロの目は冷ややかにベートの挙動を注視していた。

 

「―――容赦はせん」

「っ、ゴ、はぁ、ッ?!」

 

 ベートの腹部の中心―――鳩尾にシロが持つ剣の柄が突き刺さる。

 シロは接触の瞬間、後ろに逃げるでも、左右に避けるでもなく、前へと進んだ。前へと進みながら腰の剣の一振りを抜き、そのままベートの横をすり抜けるようにして攻撃を避けながら、同時に鳩尾へと剣の柄を叩き込んだのだ。

 流石のベートも、自身のトップスピードに合わせて急所に攻撃を加えられればたまったものがないのか、くぐもった悲鳴を上げるとそのまま崩れ落ちるように地面へと膝を着いた。

 

「っ、こ、のッやろ―――」

 

 強制的に肺から酸素を吐き出され、一瞬呼吸困難に陥る。頭痛が意思をぐらつかせ、視界が狭まり薄闇が視線を遮るが、驚異的な意志力と耐久力で即座に立ち上がろうとするベート。

 だが―――

 

「―――容赦はせんと、言った筈だ」

「―――」

 

 シロは剣の一振りで、その意識を断絶させた。

 何時の間に抜いたのか、シロの空いていた片方の手には何時の間にか剣が引き抜かれていた。

 風を切る音さえ感じさせない、一見すれば緩やかにも見える無駄を省かれた剣筋でもって振るわれた剣先は、まるで定められたかのようにベートの顎先を掠める軌道を描き。強制的にベートの頭部を意識の外から揺らした。巨人の豪腕も、竜の息吹も、どれだけ絶大な痛みを伴う攻撃であっても耐えられる者がいたとしても、意識の外からの攻撃は耐えることは出来ない。

 何時、攻撃されたか分からないのだ、耐える(・・・)という考えすら思い浮かばないだろう。

 つまり、何時かの再現のように、ベートは今度こそ意識を消失させ地面へと倒れ伏した。

 少しばかり地面へと転がったベートを見下ろしていたシロだったが、動く様子が見られないのを確認すると双剣を腰の鞘に戻すと、目の前でLv.5がLv.1にあっさりと倒されるという(ありえない)光景を目撃し、言葉もなく立ち尽くすレフィーヤたちを捨て置き、言葉少なにその場を立ち去ろうとする。

 

「こいつの事は頼んだぞ」

 

 が、最近色々と常識外の光景を目にすることが多かったレフィーヤは、フィルヴィスよりも早く正気に変えると、立ち去ろうとするシロの背中へと向けて声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

「……はぁ、お前もかレフィーヤ。さっきから急いでいると言っているだろうが」

 

 レフィーヤの呼び止めに足を止めたシロだが、その声には多分に苛立ちが混ざり始めていた。

 立ち止まるが、振り返ることもなくシロは言葉だけをレフィーヤへと返す。

 

「っ、それは、アイズさんたちを追うから、ですか?」

「―――どういう事だ?」

 

 若干荒立ちが見えていた声色が一瞬で平坦となる。すっ、と空気が張り詰めた気がしたレフィーヤは、無意識に喉を鳴らしながら、慎重に言葉を続けた。

 

「私も―――私たちも、アイズさんを追っているんです」

「……それは、『ファミリア』の意志か? それとも『依頼』か?」

「ロキからの指示です、けど」

「…………」

 

 急に黙り込んだシロの様子に、慌ててレフィーヤが言い募り始めた。

 

「わ、私たちとシロさんの目的は同じです。ど、どうでしょうか、一緒に……」

「先程の惨状を見ての意見か、それは?」

「そ、それは……」

 

 シロの頭が動き、視線が倒れたままピクリとも動かないベートに向けられる。同じようにベートを見つめるレフィーヤは、勝手に襲いかかりながら簡単に倒されてしまった仲間の姿に、怒ればいいのか驚けばいいのか、悲しめばいいのか分からず結局顔を泣き笑いのような奇妙な形に歪ませた。

 

「まあ、答えは最初から決まっているがな」

「え?」

 

 はっと顔を上げたレフィーヤは、何時の間にか自分の方へと身体を向けていたシロと向き合う形となった。

 

「断る。同じ依頼を受けたというのなら話は別だが、ロキの指示で動いているというのならば、こちらに同行する必要性が感じられない」

「で、でもっ」

 

 予感はしてはいたが、それでも動揺は隠すことはできない。声を震わせながらも、何とか説得しようと言葉を続けようとするレフィーヤをバッサリとシロは切り捨てる。

 

「時間の無駄だ」

「あっ、待っ―――」

 

 背中を向けようとするシロへと手を伸ばすレフィーヤ。

 伸ばされた指先は、しかし別の者の背中へと触れることになる。

 

「待て」

「え? フィルヴィス、さん?」

 

 何時の間に、レフィーヤの前へと移動したフィルヴィスが、しっかりと顔を上げてシロを呼び止めていた。

 

「………………今度は何だ」

 

 既に苛立ちも過ぎ去ったのか、今は呆れが多く混じった溜め息を吐きながらシロが振り返る。

 

「お前はさっき、同行する必要性が感じられないと言ったな」

「確かに言ったが」

 

 フィルヴィスの赤い瞳とシロの琥珀色の瞳が向かい合う。互いに何を考えているのかをさぐり合うかのように、互いの瞳を深く見つめ合っていた。

 シロの瞳から自身を引き剥がすように背筋を伸ばしながら顔を上げたフィルヴィスが、倒れ伏したベートを横目に見る。

 

「お前は……確かに強いようだが、これから先、何が待ち受けているか分かっているわけでは無いだろう」

「……それで」

 

 続きを促すシロに、フィルヴィスは僅かに顎を引くように頷き続ける。

 

「私と彼女は『魔法使い』だ。お前が何故アイズ・ヴァレンシュタインを追っているのかは知らないが、この先何が起きたとしても、『魔法』という手は役に立つ筈だ」

「―――ッ、ッ!!」

「………………」

 

 フィルヴィスの言葉を補強するかのように、レフィーヤが何度も勢いよく頷いている。

 黙したまま、じっと自分を見つめるシロに、畳み掛けるように言葉を吐く。

 

「それにお前が例えここで断ったとしても、どちらにせよ目的地は同じ、結局は同じことだと思うが」

「…………はぁ、だが、こいつはどうする?」

「……置いていけばいい」

 

 口の端を微かに歪ませたシロが、レフィーヤとフィルヴィスを見た後誘導するように視線をベートへと向ける。フィルヴィスは数瞬考えこむが、直ぐに答えが出たのかハッキリとベートの処置について意見を上げた。

 

「ちょっ!? だ、駄目ですよっ!!」

「当たり前だ」

「わかっている」

 

 直ぐさまレフィーヤが反対の声を上げると、シロはピクリとも笑っていない顔でつまらなさそうに頷いた。

 フィルヴィスも無表情のまま淡々とした様子で頷いてみせる。

 その二人の様子に若干不安が募るレフィーヤを置いて、シロはさっさとベートの下まで歩いていくと、その襟首を掴みそのまま荷物のように背中に背負った。

 

「何をしている? 置いていくぞ」

「あ、ま、待ってくださいっ!」

「っ、早い」

 

 そのまま駆け出したシロの後を、レフィーヤたちは慌てて追いかけはじめた。

 フィルヴィスは何とか付いて行けるが、レフィーヤは少しずつシロたちとの距離が開いていくのを何とか必死に食らいついている。懸命に手足を動かし追いかけてくるレフィーヤの姿を、顔だけ振り返ったフィルヴィスがどことなく心配気な様子で見つめていた。

 足を動かす度に揺れる、夜の闇を溶かし込んだかのような艶やかな黒髪と、レフィーヤを見つめる紅い瞳をチラリと確認したシロは、ベートを背中に背負いながら二人が付いてこられるギリギリの速度を維持しながらポツリと呟いた。

 

 

 

 

「―――黒髪に赤い瞳……それに『フィルヴィス』……か」

 

 

 




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