たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第六話 応えるもの

 地獄とは、まさにここ、ここのことだろう。

 目の前の死を前に、自然とそんな言葉が頭に浮かぶ。

 うつ伏せに倒れ付し、喉奥から溢れる血塊を唸り声を上げ押し込めつつ地面を舐めながら顔を上げた先には、一つの地獄が広がっていた。

 自ら死を選ぶ狂人の集団が気狂いのように叫んでは自爆を行い、焼け焦げたナニかを辺りに散らばらせ。

 長大な蛇のような植物のモンスターが、あちらこちらに現れ敵も味方も関係なく襲いかかり。

 この惨劇の主である白骨の鎧兜を被った白装束の男が、自らが造り上げた地獄を前に笑っている。

 腹に響く鈍痛を冷たい鋼の感触におぞけを感じながら、冷えていく身体と共に冷めた思考の中、ふと、どうしてこうなったのかを考えてしまう。

 何が、間違いだったのだろう。

 何処から、間違ってしまったのだろう。

 白い男にたった一人で挑んだ時か?

 剣姫とはぐれてしまった時か?

 それとも、この依頼を受けた時だろうか?

 答えのない問いを、混濁する中何度も自問自答する。

 そんな無駄なことを考えている暇などないはずなのに。

 そうだ―――そんな事を考えている暇などない。

 なんとかこの事態を打開する手を打たなければならない。

 これまでも、絶望的な状況に陥った事は幾度となくあった。今と同じように生死の狭間を感じた危機も珍しくはない。

 その度に、自身の頭脳で道筋を見つけ、仲間と力を合わせくぐり抜けて来た。

 だが、しかし、これは―――。

 ……無理かも、しれない。

 絶望という闇が目の前を塞いでいくのを自覚しながらも、それでもと、眼前に迫る死から仲間を守るために必死に頭を回す最中、走馬灯のようにこんな時に一番頼りになるはずだった【剣姫(アイズ)】と分断された時の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 ―――それは、ここに着く直前、分かれ道において食人花の集団に取り囲まれた時であった。

 

「っ、これは」

「どうやら囲まれてしまったようですね」

「勘弁してぇ」

 左右に開けた岐路でアイズ達一行が立ち止まったのを見計らったかのように、進む先だけでなく後ろからも食人花のモンスターがずるずると蛇のように這いより出してきた。

 迫り来るうねる身体を頭を抱えながら見つめるルルネを後ろに、素早く周囲を見渡し退路が完全に断たれたことを理解したアイズは、同行する【ヘルメス・ファミリア】の団長であるアスフィに視線を向けた。

 

「……片方をお願いしても」

「わかりました」

 

 最小限の言葉で打ち合わせを済ませた二人は、アスフィの号令と共に、【剣姫(アイズ)】と【ヘルメス・ファミリア】の二手に分かれ、それぞれの眼前に迫るモンスターへと駆け出した。

 剣姫が地を蹴りつけ敵へと向かう際に生じた風圧を背中に受けつつ走るアスフィは、駆ける先の幾つもの花開いた毒花を睨みつけ、先行する仲間へと指示を告げようとした瞬間であった。

 

「―――っ!?」

 

 背後が爆音とともに崩壊したのは。

 前触れもなく天井が崩れ、幾柱もの巨大な緑色の柱が岩や土くれとともに降ってくる。状況を確認しようと後ろへ振り返ったアスフィは、天井から発射される無数の緑色の柱を、地面や壁、時には天井を蹴りつけながらも避け続けるアイズの姿を見た。

 明らかに意思を持って襲い掛かる緑色の柱を回避し続けるアイズの姿を確認した瞬間、アスフィは敵の目的に気がついた。

 

「しまったッ!?」

 

 そう言葉にしたその瞬間に、敵の目的は決していた。

 

「っ分断、された」

 

 幾柱もの柱は、既に柱ではなく緑色の壁となっていた。

 血を吐くような心地で言葉を吐き捨てたアスフィは、激しい迎撃戦を強いられる仲間を見るとともに気持ちを切り替えた。

 

「剣姫と分断されました。この場での合流はほぼ不可能です。私たちはこのまま道を確保しだい先へ進みますっ!」

「見捨てるっていうのかよ!?」

 

 ルルネの非難混じりの目と声に対し、襲いかかるモンスターへ対処しながらアスフィは言葉を返す。

 

「彼女は【剣姫】ですっ! むしろ危険なのはこちらですよッ!!」

 

 アスフィの叫びに、ルルネは「確かに」と直ぐに納得し口元を歪めた。

 小さなやり取りをする内にも、状況は目まぐるしく変わっていく。天井や壁、地面からとお構いなしに湧き出る食人花への対処を仲間へと矢継ぎ早に指示を飛ばすアスフィは、周囲へ囮となる『魔石』をばら撒くと共にこの場からの離脱を叫んだ。

 

「前へっ!」

 

 ばらまかれた『魔石』へと食らいつく食人花を尻目に駆け出す仲間の最後尾についたアスフィは、爆炸薬(バースト・オイル)を『魔石』に群がるモンスターへと投げつけた。

 投げつけた爆炸薬(バースト・オイル)は、オラリオ屈指の魔道具作成者(アイテムメーカー)であるアスフィが手ずから生成した液状の爆薬。その緋色の爆弾は、空気に触れる事で爆発する。その威力は、中層のモンスターさえ一撃で絶命させる。

 

「魔剣をっ!」

 

 阿吽の呼吸で、サポーターのヒューマンの少女が、懐から取り出した短剣型の『魔剣』を走りながら後ろへと振り抜いた。

 

「全員っ、衝撃に備え―――」

 

 アスフィの警告が言い切られる直前、『魔剣』から迸る炎の切っ先が爆炸薬(バースト・オイル)を入れた容器を破壊―――大爆発を起こした。

 

「「「―――っ!!?」」」

 

 巨人に背中を蹴飛ばされたかのような衝撃に歯を食いしばり耐えつつも、声なき悲鳴を上げながら何とか誰一人転けることなく全員が走り続けることが出来た。

 しかし、状況は未だ危機を脱してはいなかった。

 

「前からめちゃくちゃ来てるぞっ!?」

 

 警告の声を上げると共に、ルルネはさらに走る速度を上げそのまま食人花へと斬りかかった。巨大な食人花が密集する中、僅かに空いた隙間に体を滑り込ませると共に、所構わず斬りつける。僅かにモンスターの勢いが落ちた隙に合わせ、後続の仲間が大型武器を振り抜き食人花の顔面へと叩き込んだ。

 

(―――数が多い……)

 

 群がる敵の圧力が一段と強まっているのを敏感に感じ取ったアスフィは、この先に『何か』があると確信した。元より前へ進むしか他に道は無し。アスフィは途切れなく襲いかかる食人花を前に、己の確信に背中を押されながら更に進行速度を上げた。

 

 

 

 ―――そして、辿り着いた。 

 

 

 

「ここって……」

食料庫(パントリー)、なのか?」

 

 数えるのをとっくに放棄した程の襲撃を潜り抜け、辿り着いた先には、血の色のような赤い光で包まれた大空洞が広がっていた。

 そこは、ダンジョンへと潜ってそれなりの経験をしてきたと自負する【ヘルメス・ファミリア】の一行をしても初めて見る景色。

 赤色の光に満たされたそこには、これまでの道行きの中広がっていたのと同じ脈動する緑色の肉壁に包まれている。違うのは、肉壁のあちらこちらから大小様々な蕾が垂れ下がり、そこから新たに食人花が生まれているところだろうか。

 これまで感じていた何かの化物の臓腑の中といった様子が更に強まっている。そんな大空洞の中、アスフィ達一行の視線と意識は、その異変の中心と思われる異形へと向けられていた。

 大空洞の中心。

 そこには食料庫(パントリー)の由来となったモンスターの栄養源を生み出す水晶の大主柱と―――それに寄生する巨大なモンスターの姿があった。

 

「宿り木……?」

 

 大主柱に巻き付く三体の食人花によく似たモンスター。

 しかし、大きさが決定的に違った。

 三十Mはあるだろう赤水晶の大主柱に絡みつくそのモンスターの全長は、少なくとも百Mはあるだろう。それに比例し、幹もまた桁違いに太い。

 そんな毒々しい極彩色の花を咲かせた三体の超大型のモンスターは、体中から発生した蔦状の触手を大主柱の表面を覆うように行き渡らせたまま微動だにしていない。

 ただ、時折触手が脈動するように蠢いているだけ。

 その様子に、アスフィが呆然と呟く。

 

「養分を……吸っている?」

 

 その言葉に応えるように、ドクンッ、と何かを吸い上げる音と共に触手が蠢いた。

 見ればモンスターの触手は水晶だけでなく周囲の壁や天井、地面にも伸びており、それは大空洞だけではなくその先へとも伸びていた。二十四階層の食料庫一帯が変異した元凶は、間違いなくこれだとアスフィ達は理解した。

 宿り木のように大主柱に寄生した巨大なモンスターは、ダンジョンから溢れ出る無限の養分を際限なく吸収しては、その身体を広げ続け。その結果として、この現状の怪異な迷宮を形成することになったのだろう。

 

「おい、あそこっ」

 

 ふと、大主柱から視線を移動させた虎人の男が、大空洞の一角に集う謎の集団を見つけ声を上げた。

 謎の集団は、白いローブで頭の先からつま先まで隠す異様な格好で統一されていた。

 目元だけしか露出していないその姿からは、男女の性別すらも曖昧で、徹底的に素性を隠そうとする様子が見られた。

 その集団も【ヘルメス・ファミリア】に気付いたのか、騒然とした様子で何やら大声で警戒の声を上げていた。

 剣呑な雰囲気が周囲に満ちていく中、ただ一人ルルネの視線と意識だけは未だ赤色の大主柱へと向けられたままであった。

 いや、正確には三体の巨大花が巻き付いた石柱の根元―――そこに取り付いた(おんな)の胎児を内包した緑色の球体の姿を。

 

「あの、時の……『宝玉』ッ!!?」

 

 それを見つけた瞬間、未だ薄まらないあの事件の恐怖が蘇ったルルネが、悲鳴混じりの震えた声を上げるのと同時に、謎の集団から鬨の声が上がった。

 『侵入者どもを殺せぇッ!!?』との怒号が響くと共に各々獲物を掲げた一団が、アスフィ達目掛けて押し寄せてきた。指揮を出すヒューマンと思われるただ一人色違いのローブを着た頭目だろう男の声に従う謎の一団には隊列も何もなく、ただ数を頼りにとばかりに我先へと駆けてくる。

 だが、集団の数と彼らから感じる狂気と勢いは、アスフィ達に危機を感じさせるには十分なものであった。

 

「―――応戦します」

 

 押し寄せる白色の集団から感じる異様な圧力を受け流しつつ、アスフィは冷静に団員たちに告げた。

 次から次へと新しい情報が突きつけられる中、冷静さを保ち、広く視界を保っていたアスフィの目は、謎の集団や緑色の宝玉に大主柱に巻き付く巨大なモンスターの他にも、黒い檻に閉じ込められたとぐろを巻いた食人花の姿も捉えていた。

 

「彼らからは色々と聞き出さないといけないようですね」

 

 小さくそう己に告げるように呟いたアスフィは、後ろを振り向くと各々武器の準備を始めていた団員たちに指示を出し始めた。

 前衛後衛、そして中衛。それぞれへ敵への対応と今後の方針を告げる。

 そして一通りの指示を終えたアスフィに、シルクハットを被った何処かの誰かの格好に似せた姿をしたエルフの青年が近づいて来た。

 

「中衛の指揮はオレに任せてくれない? ほら、キークスもアスフィはうちの要って言っていただろう。それに、君に何かあったらヘルメス様に何を言ったらいいか」

 

 おどけながらも、その目は笑わずに強固な意志を示していた。

 

「それに相手は謎だらけ。出来れば君には全体を見据えて指示を出して欲しいしね」

 

 その言葉を受け、瞬時にその可否について考えを巡らせると、アスフィは小さく首肯した。

 

「わかりました。セイン、お願いします」

 

 口元に笑みを浮かべて了承を示したシルクハットを被ったエルフの青年―――セインは中衛を指揮するため歩き出す。その背中へ、呆れが混じったアスフィの声が向けられる。

 

「それはそれとして、その格好いい加減やめてもらえませんか? 格好もそうですが、わざわざ声まで真似て……聞いているだけで疲れてくるんですよ」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の主神であるヘルメスに似せた格好をするエルフの男に、苦情じみた言葉をかけるが、返事はなく、ただ軽く肩を竦めて見せた後、セインはそのまま歩き去ってしまった。

 その後ろ姿に、ますますヘルメスの姿を見たアスフィは、何処か気の抜けたようなため息を吐くと共に微かな笑みを口元に浮かべ。

 

「かかりなさいっ!!」

 

 顔を上げると同時に団員たちへと号令をかけた。

 

「殺せぇ!!」

 

 アスフィの指示に従い、前衛の巨大なタワーシールドを二つも持った巨体を誇る筋肉質なヒューマンの女が、敵の集団が放った弓矢を弾きながら一瞬も足を止めずに前へと駆け続ける。両者の距離は一気に近づき、間もなく接敵する瞬間、中衛を任された者たちが、前衛の背中や肩を蹴りつけ中空へと躍り出た。空中に飛び上がった一団に気を取られた敵へと、一番槍とばかりに飛び掛った前衛の虎人の男が大剣を振るう。集団がまとめて吹き飛ぶ中、飛び出した中衛の一団は、手に持つ鞭や短剣を使い、落下地点の安全を確保すると共に危う気なく着地を決めた。

 

「なっ?!」

 

 地面に降り立ったルルネを含む三人の中衛の間には、一人の白ローブの姿があった。

 一瞬で取り囲まれ動揺する男に、不敵な笑みを浮かべたセインが近付いていく。

 

「さて、悪いけど逃がすことはできないね」

「舐めるなぁっ!」

 

 武器を持たず無造作に近付いてくるエルフの姿に、苛立たしげに短剣を振りかぶり襲い掛かる。

 

「甘いね」

 

 セインは短剣を首を傾けることで軽く避けると、そのまま間合いを更に詰め、その襟首と空振りし行き過ぎた男の腕をつかみ―――。

 

「―――ッ、が?!」

 

 勢いそのまま地面へと叩きつけた。

 

「うちの主神様がさる武神を怒らせた時に頂戴した技だけど、結構効くだろう?」

 

 背中から勢いよく叩きつけられ、その衝撃に息も出来ず地面に微動だにせず苦しむ男の肩を掴むと、セインはごろりと転がし俯せにした。

 

「ルルネ『開錠薬(ステイタス・シーフ)』の準備を」

「へへっ、中々ゲスいこと決めるねこのエルフは」

 

 そう言いながらも嬉々とした様子で懐から透明感のある真紅の液体と結晶が浮かぶ小瓶を取り出したルルネは、見せつけるようにローブから目だけを覗かせる男の前で、それをゆらゆらと揺らした。

 

「……」

 

 恐怖するように目の前で揺れる小瓶を見つめていた男は、そこでふっ、と視線を何処か遠くへと向けたかと思うと、悟ったような穏やかな声で呟いた。

 

「神よ、盟約に沿って捧げます……」

 

 頭巾によって塞がれた口元からくぐもった声が漏れた瞬間、男を押さえつけていたセインが不意に湧き上がった寒気と直感に従って、目の前のルルネの身体を全力で突き飛ばした。

 

「この命イリスのモトにィ―――ッ?!!?」

 

 直後―――爆音と共に爆炎が男を中心に周囲を吹き飛ばした。

 突き飛ばされ転がるルルネは、その身体に発生した爆風で焼かれながらさらに勢いよく転がり、ようやく止まった体から感じる痛みに顰めた顔を上げると、そこには小さなクレーターが出来ていた。クレーターの直ぐそばには、人間だった残骸が辛うじて形を残していた。最早そこから何かの情報を手に入れることは誰にも出来はしないだろう。

 情報漏洩防止のために、爆死した。

 それを理解し、呆然となるも、ルルネは直ぐに気を取り直す。

 爆発の直前、自分を突き飛ばしたセインは何処に―――。

 慌てて周囲を見渡すと、直ぐにルルネはその姿を見つけた。クレーターから少しばかり離れたところに、それは転がっていた。幸いにか四肢が残ってはいるが、その全身は明らかに重度の火傷を負っている。

 

「―――ッッ!?? セインっ!?」

「マジかよこいつらっ!?」

 

 ルルネの悲鳴を背中に受けながら、周囲を警戒していた中衛のサル顔のヒューマンの男―――ルークスが自分たちを取り囲む集団が被るローブの隙間から覗いたモノを目にし、呻き声を上げた。

 

「か、『火炎石』っ」

 

 それは、深層域に生息するモンスターである『フレイムロック』から入手できる『ドロップアイテム』。強い発火性と爆発性を併せ持つ極めて危険なそれを、白ローブの集団は数珠繋ぎでもって体に巻きつけていた。

 

「正気かぁっ?! こいつらぁ!!?」

 

 仲間がやられた怒りと苛立ち。

 それと同量の得体の知れない恐怖が混じった声を上げる。

 

「お、愚かなるこの身に祝福をおおぉぉおお!!?」

 

 様々な感情が入り混じった割れた絶叫を上げながら、ローブの集団が一斉に駆け出してくる。

 近付く彼らの手の片方はローブの中。発火装置と思しき小箱から伸びる紐が握られていた。

 

「こいつら死兵だっ!!??」

 

 ルークスが警告の声を上げた時には、次の爆発が起きていた。

 『許して』『祝福を』『清算を』と人の名前と共に願いを口にしながらローブの者達は次々に自爆を始めた。

 そこからはもはや戦闘どころではなかった。

 味方を巻き込むこともお構いなしに決行される自爆攻撃から少しでも離れようと、敵と最も接近していた前衛と中衛を務めていた【ヘルメス・ファミリア】の団員達は逃げ惑う。

 しかし、そんな混乱の中であっても、後衛に控えていたアスフィは的確に指示を下していた。

 

「セインはまだ間に合いますっ! ありったけのポーションを使って治療を! メリルはドドンとポーションが切れた団員への回復を!!」

 

 アスフィの指示に団員達は浮つく心を必死に抑えながらも応えていく。逃げる仲間の応援に向かう団員を視界の端に捉えながら、アスフィは必死に頭を巡らせる。

 

(叫んでいるのは神の―――いや人名っ! 主神の神意? 死をもって忠誠を示している? 駄目だッ!?? 私たちの理解を超えているッ!!?)

 

 背中にひやりとした汗が流れるのを感じながら、アスフィは無言のまま絶叫する。

 

(―――私達は一体何と戦っているのですッ!??)

 

 刹那、意識が己から浮かんだ疑問に向けられた瞬間、大空洞の空気が轟音と共に揺らいだ。

 

「―――ッッ?!?!」

 

 今まで微動だにしなかった緑壁から生まれ落ちていたモンスターや黒檻の中のモンスターが、一斉に鎌首を持ち上げ動き出したのだ。

 進先や阻むモノを破壊しながら、突如沈黙を破り動き出した大空洞中のモンスターが目指す先には、敵味方入り乱れる戦場が。

 

「モンスターが来ますっ!!」

 

 咄嗟の呼びかけに反応したのは、信頼と経験、そして運も含まれていた。

 

「ッっ、おぉおおお??!」

「―――ぐぅおお?!」

 

 固まって敵へと対処していた前衛の一団の背後から牙を向いて襲いかかってきた食人花の奇襲を、彼らは何とか迎え撃つことができた。

 

「あ、危なかっ―――」

「まだだっ!」

 

 手に持つ大剣でもって逸した食人花が、勢いそのままローブの集団に激突する姿を見ていた虎人の男の耳に、隣に立つヒューマンの男の警告が響く。

 

「めちゃくちゃだぁあっ!?」

 

 モンスターの突撃をしのいだのも束の間、先程の襲撃に倍する数の食人花が襲いかかってきていた。モンスターは、【ヘルメス・ファミリア】だけでなく、彼らを囲んでいたローブの集団へもお構いなしに襲いかかっていた。

 更に混乱と混沌が増す中、ローブの集団はそれでも執拗に【ヘルメス・ファミリア】へと向かっていた。彼らは、モンスターに引き裂かれ、噛み付かれながらも、【ヘルメス・ファミリア】が近くにいると気付くや否や体に巻きつけた『火炎石』を爆破させた。

 そんな彼らの理解を超える狂的な行動を見て、未だ何とかだが拮抗を続けていた【ヘルメス・ファミリア】の団員達だが、その身に募る恐怖と混乱は時と共に増大するばかりであった。

 そしてそれが破裂し、戦線が崩壊するのも時間の問題なのは、誰の目をもってしても明らかであった。

 際立った頭脳を持つ彼女ならば言うまでもない。

 

(不味い―――っ!?)

 

 混乱を増すばかりの戦場を駆けながら、アスフィは思考を回し続ける。

 

(謎の集団の自爆攻撃だけでなく、モンスターの無差別な強襲―――最早立て直すどころの話ではないっ。指示すら覚束無い現状、不用意に撤退すれば全滅は必須っ!)

 

 悲観的な考えばかりが浮かぶ中、それでも彼女の頭は冷静にここからの解決方法を導き出す。

 

(―――あの男)

 

 味方への指示と敵への対処を行いながら、血飛沫と土煙、敵味方入り乱れる中、アスフィの目は遠方にてこの混乱をただ一人悠然と眺め立つ男の姿を捉えていた。

 ねじくれた角を持った獣の白い頭蓋状の鎧兜を被った悪趣味な白い男。

 

(モンスターが動き出す直前、確かに妙な動きを見せていた)

 

 ほんの僅かに視界の隅にひっかかっただけの姿。モンスターが動き出す直前に男が見せた不審な動きを、アスフィは確かに見ていた。

 

(間違いない―――調教師(テイマー)ッ!)

 

 僅かな情報から導き出した解答を、アスフィは直感と共に正解だと確信した。

 大量―――それも大型も含んだモンスターを調教する等―――常識的に考えれば有り得ない。人に言われても簡単には信じられないものではあるが、現実に目の前で起きており、これまでの状況からそれ以外は考えられなかった。

 ならばやる事は決まった。

 この行き詰まった現状を打破できる唯一の(正解)

 やるべき事を決めると同時に覚悟を決め。

 アスフィは一人前へ出た。

 

「ファルガーっ! 指揮をッ! 全員かき集めて持ちこたえなさいっ!?」

 

 虎人へと呼びかけながら前へ。

 後方から微かに応答する声を聞き、地面を蹴りつけ更に加速すると同時に、持てるだけの爆炸薬を敵が固まる一角へと投げつけた。

 火炎石に引火し大爆発が起きる中、アスフィは自作のマントで全身を包み煙と炎の中を突っ切った。

 火炎石の連鎖爆破から発生した爆風に背中を押され、更なる加速を果たす。

 ただ前へ。

 戦場を一直線にただ駆け抜ける彼女を止められる者はいなかった。

 いやー――一人、その背を追う男がいた。

 

「アスフィさんっ! 援護させて―――いやっ、しますッ!!」

 

 中衛を任されていたキークスが、アスフィの後ろを追って走っていた。

 走る中、チラリと視線だけを背後に向けた彼女は、キークスの覚悟が定まった顔を見た。

 

「頼みます」

「っ―――はいッ!!!」

 

 アスフィの短いながらも信頼を預けた言葉に、キークスの心臓が疲労からではない衝撃に大きく跳ねた。

 産毛が逆立ち浮き足立ちそうな気持ちを返事と共に、更に覚悟を固めたキークスは、一足早く敵の集団を抜け目指す先―――白ローブの集団を指揮する色違いのローブを纏った男の前へと躍り出たアスフィの援護をするため地面を蹴りつけ飛び上がった。

 

「迎え撃てぇっ!!?」

 

 死兵とモンスターの壁を突破してきたアスフィの姿に驚愕しながらも、迎撃を指示する頭目の男だったが、迎え撃とうとする白ローブの集団へキークスの投石による援護が襲いかかった。

 上空からの攻撃と接近する(アスフィ)の姿に、どちらに対処するか白ローブの集団に一瞬の思考の空白が出来たのを見逃す彼女ではなかった。

 身を屈め、地面を舐めるように駆ける彼女は、そのままの勢いでもって頭目の男の横を通り過ぎると同時に、その身体を手に持った短剣でもって切り裂いた。

 正確に首の頚動脈を切り裂いた彼女は、立ち止まる事なくその先に立つ調教師の男の下へと向かう。

 

食人花(ヴィオラス)にそのまま食われておればいいものを」

 

 高速で詰め寄るアスフィの姿に欠片も動揺する姿を見せず、白ずくめの男は大主柱の下から離れるように歩き出すと、何かを指示するように手を軽く振るった。

 

「―――やれ」

 

 男の言葉に応えるように、目の前まで迫った男へと飛び掛ろうとしていたアスフィの足元から夥しい緑槍が飛び出してきた。弾丸のように飛び出してきた緑槍の切っ先を、咄嗟に横に飛び退いて避ける。

 あと一手まで追い詰めながらも取り逃がしたことに口元を歪ませながら、地面から生えた大量の触手に囲まれ防御の体勢を見せる男の姿を忌々しげに睨みつけた。

 

「いい動きをする……流石は【万能者(ペルセウス)】か」

「ッ」

 

 嘲笑を含んだ男の言葉に、アスフィの眉間に皺が寄る。

 

「だが、ここまでだ」

 

 ほの暗い喜悦が混じった冷たい声音と共に、周囲に集まっていた食人花らが一斉に牙を向いて襲いかかってきた。

 花頭の大顎だけでなく、無数の触手の鞭が振り回される。前後左右全てを隙間なく囲まれ。息つく間もない攻撃が雨霰と乱れ打たれる。

 

「―――死ね」

 

 避けきれぬ触手の一撃をマントで受けた体が地面から離れた瞬間を見逃さず、男の手が中空で身動きが取れなくなったアスフィを指差す。それに応え周囲を取り囲む食人花が一斉にアスフィへと牙を突き立てんとした。

 その刹那―――。

 

「『タラリア』」

 

 アスフィの指先が足に装着した(サンダル)を撫で―――同時に緑がアスフィがいた空間を埋め尽くした。

 地面が砕け、何かが潰れる音が周囲に響き、白ずくめの男が無残な姿となったアスフィを幻視した時―――頭上から羽ばたきの音が響いた。

 

「なにっ!?」

 

 驚愕の声と共に頭上を振り仰いだ男の視線の先には、遥か高きにある天井の真下を浮遊する翼を持つ何かがいた。

 

「空、中に……?」

「飛んで、る」

 

 頭目がやられた後もお構いなしに暴れていた白ローブの集団さえも、目の前で起きている『神秘』を前に、意識を持っていかれ立ち尽くしていた。

 飛翔靴(タラリア)

 それは、【万能者(ペルセウス)】が生み出した魔道具の中でも天外の能力を持った神秘の結晶。

 二翼一対、左右合わせて四枚の翼を持つその靴は、装着者に飛行能力を与える常識を超えた魔道具。厳重に秘匿していた取って置きの中の取っておきをもってして、死の檻から文字通り飛び出した彼女は、見上げてくる白ローブの集団やモンスターらを、眼鏡を押し上げながら見下ろした。

 

飛翔靴(これ)まで使わせたんです。完璧に仕留めさせてもらいます」

 

 そう言うと、彼女はマント下のホルスターから手持ちの爆炸薬を全て取り出し―――それを一気に眼下へとバラまいた。

 空中から放り出されたそれは、先程まで彼女がいた位置に密集していた食人花を中心に落ち―――

 

「っっやべぇ!!?」

 

 ―――大爆発を起こした。

 アスフィが上空に逃げたのを確認するや否や逃げ出していたルークスが、空から落ちてくる危険物に目を見開くと、慌てて頭を抱え地面に伏せた。と同時に、その下げた頭の先を爆炎と爆風が通り過ぎていく。

 大魔法にも匹敵する広範囲かつ高威力の爆撃が、周囲を染め上げていた緑肉を吹き飛ばす。モンスターの断末魔も吹き飛ばす食人花の散華を、アスフィは顔色を変えず見下ろしていた。

 

「ちぃっ」

 

 苛立たし気に舌打ちをする白ずくめの男は、身を守護する触手の盾だけでは足りないと、近くにいた食人花を片っ端から集めると、自身への肉の盾へと変えたが、アスフィの全てを賭けた爆炸薬の雨は、それさえも破壊しつくした。

 断末魔と共に、白ずくめの男の盾となっていた食人花の最後の一体が倒れるのと同時、アスフィは短剣を構え直すと上空から獲物を狙う鷹のように急降下を始めた。

 飛翔靴を自在に使いこなし、巧みに地面から煙る土煙に自分の体を隠しながら白ずくめの男に接近する。

 白ずくめの男は何かが高速で飛ぶ音にアスフィの接近に気付くが、その時には既にその背後へと急迫していた。

 

(―――遅いっ!)

 

 遥か上空からの落下速度に飛翔靴そのものの推進力を加え、脇に構えた短剣を自身の体ごとぶつける。

 不意を突いたそれは、上級冒険者すら一撃で打倒しうる威力を秘めていた。

 間近に迫った白ずくめの男の意識は、こちらに向いているが対応するには余りにも時間も距離もない。

 

 ―――もらった! 

 

 確信と共に放った起死回生の一撃は―――

 

「―――ッッ??!」

 

 ―――刀身を素手で掴まれて止められるという、予想の外の対処でもって防がれた。

 

「そん、な―――」

 

 呆然とつく言葉の中でも、咄嗟に短剣を引き戻そうとするが、剣身はピクリとも動かない。

 まるで短剣と男の腕が一体になったかのような錯覚は、男の手から僅かに流れる血の色に、単純に力で止められたという事実をアスフィに突き付けた。

 信じがたいこの事実を前に、しかし身体は思考よりも早く判断を下していた。

 この男から離れようと、短剣から手を放す。

 だが、数秒にも満たないその間は、余りにも致命的であった。

 

「ぬんッ」

「ッが?!」

 

 胸倉を掴まれたかと思うと、アスフィの身体は既に地面に叩きつけられていた。背中を強打し、その衝撃に意識が強制的に止められる中、体は地面を削る勢いでもって転がり続ける。

 

「こ、の」

 

 意識がハッキリしてくると、アスフィは転がる勢いを利用し起き上がった。

 

「っ、どこに」

 

 顔を上げ、土が舞い上がり、周囲が煙る中を、アスフィは動揺を押し殺し男を探す。

 

「―――どこを見ている」

 

 そう、耳元で聞こえ―――体の内から、ぐしゃりと何かが捩じ込まれる音が響いた。

 

「っ、ぁ」

 

 自分の意志ではなく、強制的に吐き出された呼気には、粘ついた赤いものが混じっている。

 

 音―――腹部。

 

 衝撃―――内臓。

 

 痛み―――重症。

 

 熱―――出血。

 

 一瞬のうちに余りにも多くの情報が叩き込まれた脳に空白が生まれるが、直ぐにアスフィは何が起きたかを理解する。

 戦闘衣を突き破り、見る間に広がる赤い染みの中心に、見覚えのある白銀の剣身の切っ先が覗いていた。

 震える身体で背後を見れば、そこには想像通りに自分が落とした短剣を使い、腹部を貫く白髪の男の姿があった。

 男は腹部を刺し貫かれながらも、気丈にも自分を未だ睨みつけるアスフィに、口元を歪ませると、手に持つ短剣の柄をぐるりと捻り回した。

 

「アスフィッ!?」

「団長ッ!??」

「あああああああぁぁぁああっッ!??!」

 

 白ずくめの男にくし刺しにされた団長の姿を見た団員たちの悲鳴に、アスフィの断末魔の如き悲鳴が混じる。

 男は【ヘルメス・ファミリア】の悲鳴を目を細め心地よさそうに耳をそばだてると、虫を払うように腕を振るい短剣に貫かれていたアスフィの身体を地面へと投げ捨てた。

 

「しぶとい冒険者とはいえ、これでそう簡単には回復はしないだろう」

 

 痙攣するように体を震わせ、その度に口から血塊を吐き出すアスフィへと男は近づいていく。

 その様子は、アスフィ(団長)の指示に従い、一つに固まって敵を迎撃していた団員達の目にも映っていた。何とか助け出そうと、彼らはアスフィへと何度も接近しようとするも、未だ白ローブの集団は多く、モンスターもまた同様。遅々として縮まらない距離に、彼らの顔が最悪の未来に歪み切る。

 そしてアスフィもまた、地面に這い蹲りながらも、少しずつ歩み寄ってくる白ずくめの男()を前にして焦燥を募らせていた。しかし、逃げようにも内蔵が焼け付くような痛みに、身体は言う事を聞かず、思考も一向に纏まらない。

 打つ手がない。

 感覚が遠のいていく中、間近に立つ男が、飛翔靴の翼を割り砕く音が微かに聞こえ。

 奥の手を破壊しつくした男が、最後にその手を自分の首に向け伸ばす。

 

 ―――これで、終わり、ですか……

 

 そう、思った時―――。

 

「アスフィさんに―――汚い手で触んじゃねぇッ!!!」

 

 怒りに割れた怒号と共に、手を伸ばす白ずくめの男の顔面に何かが投げつけられた。

 男は咄嗟に投げつけられたものを払いのけるが、それは簡単に割ると周囲一帯に煙幕が広がった。

 その声を呼び水に、微かに乱れていた意識を纏めることに成功したアスフィの目に、煙幕に紛れるようにして、空中でこちらに向けて何かを投げつけようとするキークスの姿が飛び込んできた。

 

「アスフィさんっ、これを―――!!」

 

 そう叫び振りかぶるキークスの手の中には、ここに来る途中で彼に渡した【万能者(ペルセウス)】謹製の改良型ハイポーションが。

 それを目にし、彼女の前にか細い道が生まれた。

 

 ―――まだ、まだですッ!!?

 

 応えるように、彼女の震える手がキークスへと伸ばされる。

 あとはそれを、彼女が受け取れば、まだ―――。

 

「―――食人花(ヴィオラス)

 

 その瞬間を、十五の団員達は見た。

 打開となるそれが投げられるその寸前、舞い上がる土煙を割って現れた触手が、キークスの腹を突き破るのを。

 

「「「キーーークスッ!!??」」」

「いやああぁあぁあああああああっ!??!」

 

 悲鳴が上がる中、キークスは一瞬で力をなくした体に戸惑うように呆けた顔を浮かべたが、腹から生えたソレに気付くと、痛みでも恐怖でもなく、悔しさにその顔色を歪ませた。

 

「っく―――そ、ぁ」

 

 せめてと、残る力を振り絞り、手に持つそれを投げようとするも、キークスの腹部を割り裂いた触手は、無感情にその身を振るい突き刺さったものを投げ捨てた。

 濡れた水袋を地面に叩きつけたような鈍く湿った音を立て地面へと転がるキークスの腹には、成人男性の腕も軽々と入るだろう穴が広がっており、そこから大量の血が流れだし、瞬く間に地面に泥濘を作り上げていく。

 

「ヅぅ―――」

 

 だが、彼はまだ生きていた。

 死をその身に纏わせながら、腕を伸ばし、体を前へと引きづり始める。

 逃げるため?

 いや、その視線の先には、ああ…似合わないことに涙を流しキークス(自分)の名を呼ぶ団長(アスフィ)の姿が。

 その姿に、こんな状況のはずなのに何処か心が沸き立つのを彼は感じていた。

 

 ―――そんなに、呼ばなくても、ちゃんと聞こえてますよ。

 

「きー、くす」

 

 ―――だから、そんなに必死に呼ばなくても、ちゃんと、わかってますよ。

 

「き、くす」

 

 ―――あなたが、何を言おうとしているのかも。

 

「あな―――が、」

 

 ―――でも、それは聞けないんですよ。

 

「それ、を」

 

 ―――だってね。みんなにはわるいけど、オレには冒険なんてほんとはどうでもよくて……

 

「いま、なら」

 

 ―――ただ……あんたのそばにいたかっただけで。

 

「あな、た―――だけ、でも」

 

 ―――まあ、それもけっきょくつたえられなかったけど。

 

「きー、く」

 

 ―――なら、せめて、これを。

 

「っ――ぁあ―――っだ、め―――やめ―――」

 

 

 

 

 

 ―――ああ、地獄とは、まさにここ、ここのことだろう。

 動くこともできず、ただ倒れ伏すだけの私の目に映る光景には、死が溢れていた。

 モンスターが叫び、人が燃え吹き飛び、血と臓物がばら撒かれる緑色の地獄の光景。

 モンスターも人も関係なく。

 風に撒かれる塵のように軽く命が消えていく。

 そして、そんな地獄の中で、また一つ、私の目の前で命が消えようとしている。

 自分の大切な仲間―――【ヘルメス・ファミリア(家族)】の命が。

 もう、これは覆せない。

 そう、自分の中の冷たい理性が告げる。

 わかっている。

 そんな事は、言われずともいやと言うほどに理解している。

 別に初めてではないのだ。

 仲間を失うのは。

 ああ……そして聞こえる。

 悲痛に叫ぶ自分と仲間の声を聞きながら、私の中の冷徹なナニかが彼がここで終わってしまう事を切っ掛けにして、状況の打開を狙えないかと考える醜い自分の声が。

 あれだけ自分を慕ってくれる仲間の死さえ利用しようとする自分が、嫌で嫌で仕方ないのに―――確かに耳を傾けている自分がいる。

 彼が手に持つそれ―――私が渡したハイポーションを彼が自分に使えば、あるいは彼の命は助かるかもしれない―――だけど、彼はきっと使わない。

 あんな顔で―――目で―――少しでも近づこうとしている。

 そんな力があるはずもないのに。

 確かに近づいている。

 そんな力があれば、直ぐに自分に使えるのに。

 どうして、彼は自分に使わないのか……。

 ―――ああ、しかし意味はないか。

 例え彼が自分にそれを使ったとしても、あの男がいる限り死ぬのが少し遅くなるだけだろう。

 頼みになる筈だった剣姫も、あれだけ鮮やかに分断されたのだ。

 敵も易々と合流はさせないだろうから、間に合うとは思えない。

 ……全く、趣味が悪いにも程がある。

 私に見せつけるように、殊更ゆっくりと歩いていた男が、動く筈のない体を引き摺らせながら、少しでも近づこうとしていたキークスの前までたどり着いてしまった。

 止めようにも。

 もう、声もうまくでない。

 せめてと伸ばした手も、上げることも出来ず無様に地面に転がったまま。

 自分の無力と沸き上がる絶望に、目の前が陰っていく。

 間も無く終わりを迎えるだろう自分の目に映る最後の光景が、段々と色を失い、白と黒に塗り分けられる中―――ふと、主神(ヘルメス)の言葉を思い出す。

 

 ―――まさかアスフィは、命の価値がみんな同じとか思っていないか?

 

 面倒事を押し付ける本神が、面倒事は他の団員に任せれば良いと言ってきたから、「団長として皆を平等に扱い、一番適した人材を選んでいる。そしてその中には、もちろん自分も含まれている」そう言い返すと返ってきた言葉。

 その時は、別に何か考えがあって言った言葉ではなかった。

 自然と口にした言葉。

 しかしそれは、確かに自分の本心であった。

 平等―――公平―――それは確かに自分で心掛けていたこと。

 一見すればとても綺麗な言葉だ。

 しかし、その言葉の裏は―――どうだろうか。

 平等、公平―――それは、一人と二人、どちらしか助けられない時、より多く救える方を選ぶと言うこと。

 人の命を、数で表す事を意味する。

 なら、同じ数―――どちらか一方だけしか助けられない時は……。

 その時は、両方の持つ能力を考え、より優れた方を選ぶだけ。

 才能、年齢、性別―――そんな情報から足したり引いたりしてより優れた方を選ぶ。

 つまり結局のところ。

 

 ―――命の価値がみんな同じなわけがない。

 

 それを、主神に言われず自分はわかっていた。

 ―――なぜ、今さらこんな事を思い出しているのか……。

 それは―――ああ、そうか。

 ……なら、彼は、どうなのだろう。

 自分へと降り下ろされんとする断命の足に見向きもせずに、ただひたすら前へ。

 たどり着く筈のない私の下まで向かおうとする彼は。

 自分も、周りのこともまったく見ずに、ただ真っ直ぐに私だけを見つめる彼は。

 ぁぁ―――きっと、考えていないのだろう。

 命の価値とか、平等とか……。

 そんなものを―――。

 ただ、助けたいから―――救いたいから……。

 そんな想いだけで動いている。

 短絡的で、考えなしで、先の事など全く考えていない……。

 愚かしいまでに愚直に、ただひたすら前へ。

 前へと進む彼が―――私にはとても眩しく見えて。

 でも、それも消えてしまう。

 もう、何もかも遅い。

 私は、何処で間違ってしまったのだろうか……。

 答えの見つからない後悔に苛まれ、何の思考も定まらない中―――最後の最後に、自分の内からこぼれたのは―――

 

 

 

「―――たすけ、て」   ―――キークス()

 

 

 

 意味のない―――応える者がいる筈がない言葉だった―――…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「―――ああ、了解した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 ダンまち3期に間に合うかな?
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