たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第七話 白髪鬼 

「―――ガっ?!」

 

 今まさにキークスの頭蓋を踏み潰さんと降り下ろした足に、何処からか飛んできた短剣が突き刺さる。

 混沌渦巻く戦場を貫き、正確に男の足を射抜いた短剣は、容易ならざる肉体を持つ筈の男の肉を穿ち。その勢いでもってキークスの傍からその体を引き剥がした。

 足を上げた片足立ちの不安定な姿勢の間に、足を射ぬかれた男は、耐える事も出来ず足を掬われ無様に地面に転がっている。

 

「―――ぁ、ぁ」

 

 今まさに自分の命が救われた事もわかっていないのだろう。

 朦朧とした声を上げながら、今だ前へと這いずるキークスの傍に、白い髪の、しかし白ずくめの男とは違う、赤い服を纏った男が立っていた。

 

「それはお前が使え」

「っ」

 

 赤い服を着た男―――シロはキークスが手に持つのがポーションである事に気付き、それに手を伸ばす。しかし、最早死に体と言っていい筈の状態であるにも関わらず、キークスの手は予想外の力でもってポーションを握りしめていた。

 

「……安心しろ。彼女には代わりのものを既に使ってきた」

 

 ポーションを握りしめた手から指を一本ずつ引き剥がしながらシロがそうキークスに伝えると、僅かにその手に籠る力が緩んだ。その隙を逃さず、シロは一気にポーションを引き剥がすと、それを直ぐにキークスの腹部に空いた穴に注ぎ込んだ。

 

「ッ―――が、ぁ!!?」

 

 大量の煙と共に、肉を捏ね繰り回すような奇妙な音がキークスの体から響き始めた。

 予想以上の効果に、シロは僅かに目元に皺を寄せ怪訝な顔を見せたが、チラリと後ろを見て、自分が渡したポーションを使用し、窮地から脱したアスフィの姿に合点がいったように小さく頷いた。

 

「流石はオラリオ切っての魔道具制作者(アイテムメーカー)と言ったところか。これならば助かる芽はある」

 

 未だ予断は許されないが、最悪の状態から脱したのを確認すると、シロはキークスの襟首を掴むと一息に後ろへと飛んだ。

 

「っ、キークスっ!?」

 

 アスフィの隣に戻ったシロはその傍らにキークスを寝かせる。アスフィは直ぐにキークスに声を掛けるが、返事をするどころかピクリともその体は動かない。微かに胸が動いていなければ、死んだものとしか思えないだろう。

 

「傷は塞いだが、血を流しすぎた。同じポーションはあるか?」

 

 キークスにすがり付き、必死に声をかける彼女にシロが訪ねるが、アスフィは反射的にマント下のポーチに手を伸ばすが、そこには空の感触しか帰ってこなかった。

 

「手持ちはありません―――っですが」

 

 悔しげに口元を噛み締め、首を軽く横に振るったアスフィだが、直ぐに仲間がまだ予備を持っている筈だと気付く。

 

「なら行け―――奴は私が押さえる」

「っそれは―――、く」

 

 アスフィの視線の先を確認し、何が言いたいのか理解したシロは、腰から双剣を取り出すと、仮面で顔を隠しているにも関わらず、はっきりと怒気を示しているのがわかる男へと対峙した。白ずくめの男は、足に刺さった短剣を引き抜いて握り砕いた手を震わせながら、シロを睨み付ける。

 シロを睨み付ける白ずくめの男の放つ眼光は、最早それだけで人を殺傷しかねない狂気に満ちていた。

 直接それを向けれていないアスフィでさえ体の震えが止められないそれを浴びながら、シロは何の気負いを感じさせていない。

 

「っ、頼みます」

「ああ」

 

 その姿に否定の言葉を苦しげに飲み込んだアスフィに、シロは短く頷くと何ら逡巡せずに白ずくめの男へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「シィッ!!」

「舐めるなぁ!!」

 

 鋭い呼気と共に上下から挟み込むような斬撃を、白ずくめの男は前進を持って受け止めた。男はそのままの勢いでもってシロの顔面へ向け拳を振り抜く。が、シロはそれを顔を背け避けるとそのまま男の横を駆け抜けた。

 

「―――っ?」

「ちょろちょろと―――っ!?」

 

 男の横を通りすぎる際、舐めるように双剣の一つで男の脇腹を斬りつけていたシロだったが、手に伝わる感触に訝しむように目を細め。そして、怒り狂った獣のように大振りで殴りかかろうとする男を改めてみた。

 

「冒険者風情がぁああっ!!」

 

 噛み付かんばかりの勢いでシロへと接近した男は、己の感情を表すように空気を抉るような拳の乱打を放つ。空気が弾ける異様な音を纏った拳が空間ごと叩き潰さんと何十発と繰り出される―――が、シロはその中から、自分に当たるものだけを見分け、両手にもった双剣で受け流し続ける。

 数秒にも満たない相対。

 しかし、男が繰り出した拳は100にも迫る。

 それを全て受けきった―――いや、それだけではない。

 それに気付き、怒りに満ちて沸きだっていた男の思考が一気に冷えた。

 

(―――受け、流されたっ!!??)

 

「ッォオオ!!」

「が―――ッグ?!」

 

 受け止められたのではなく、受け流されたことに気付き、男が自分の相手をするシロの技量に驚き一呼吸もない戸惑いが生まれ。

 そしてそれを見逃す男ではなかった。

 男の気が逸れたのと同時、地面を割り砕く勢いで踏みしめ降り下ろした両手に持つ剣が男の中心で交差させる。急所の一角―――鳩尾で交わされた双剣が放った衝撃は、モンスターの外皮さえ凌ぐ肉体を確かに貫いた。

 内蔵を押し込まれ、強制的に吐き出された息の中に赤いものが確かに混じっていた。

 耐える暇もなく吹き飛ばされた男は、そのまま十数M離れた位置まで転がっていく。

 

「あんだぁ―――もう終わっちまったのかよ」

 

 地面に蹲ったまま動かない男を油断なく見るシロの横に、舌打ち混じりの声を上げるベートの姿があった。シロは隣に立つベートにではなく、未だ構えを解いていない僅かに血で汚れた双剣に視線を向けた。

 

「―――いや、まだだ」

「あん?」

「少しばかり面倒な相手のようだ」

 

 シロは手に持つ双剣の状態を把握すると、不快げに鼻元に皺を寄せているベートに警戒の声を向けた。

 

「―――貴様、何者だ?」

 

 先程までピクリとも動いていなかった男が、ゆっくりと地面から起き上がると、先程までの怒りに満ちた様子は全くなく。困惑を感じさせる声でシロに問いかけてきた。

 

「なに、ただの冒険者だ」

ただ(・・)の、だと? 馬鹿な、それほどの力……いや、技量。上級冒険者にもそういない筈だ。だが……お前のような男の話など聞いたこともない」

「ほう……赤髪のお仲間から聞いてはいないのか?」 

「何だと? レヴィスが―――ッ!?」

 

 自然と自分の同類の名を口にした瞬間、男はシロの嘲笑の笑いを確かに聞いた。

 

「そうか、あの女は『レヴィス』と言うのか」

「貴様ぁっ!?」

「やはり、奴と同類か……」

 

 自分が嵌められたと気付いた男が、再度怒りの咆哮を上げるのを聞きながら、シロは周囲の状況を改めて把握する。

 白ローブの集団。

 食人花のモンスター。

 大主柱に巻き付く巨大花とその根本にある宝玉。

 ダンジョン街を襲った赤髪の女の同類の男。

 未だ一つも十全な情報がないなか、ハッキリしているのはこの白ずくめの男が敵であること。

 そして、アスフィ等【ヘルメス・ファミリア】の危機が未だ脱していないこと。

 幾つもの情報と思考が交差し―――結論を下す。

 

「ベート・ローガ、協力しろ。奴を始末して【ヘルメス・ファミリア】の救援へ向かう」

「ぁ、アア!!? 何でテメェに合わせなきゃいけねぇんだぁ!? あんな雑魚一人で十ぶ―――」

「そうか、なら任せた」

「は?」

 

 ベートの口が間抜けな形でぽかんと開いた様に目を向けることなく、言うや否やシロはさっと後ろを向くと、レフィーヤたちと合流するも苦戦を強いられている【ヘルメス・ファミリア】の下へと走り出していた。

 虚をつかれたのは味方のベートだけではなく、先程まで戦っていた白ずくめの男もそうであった。

 何の躊躇いもなく自分に背を向け走り去っていくシロの姿に、男の冷静になりかけていた思考が再度沸騰した。

 男の目は【ヘルメス・ファミリア】の下へと向かうシロだけしか映っておらず、周囲に目を向けることなくその後ろ姿を追うため駆け出した。

 

「このっ、逃がすかぁ―――ぐっ」

 

 走り去るシロの後ろ姿を思わず追いかけていたベートであったが、流石に自分を無視して横を通りすぎようとしていた男を見逃す筈もなかった。

 銀色のメタルブーツを履いた足を打ち込み、男の体を吹き飛ばした。

 

「っ、クソッタレがぁッ!! どいつもこいつも舐めやがってッ!!? オラぁ!! さっさとコイやぁ! ぶっ殺してやるッ!!」

「ッッ!? オノレェッ!! 何処まで馬鹿にするつもりだぁッ!!? 邪魔だッそこをどけェ!!」

 

 咄嗟にベートの脚撃を腕でガードするも吹き飛ばされた男は、しかしその目は未だシロへと向けられていた。視線の先、シロへと向かう間に立つベートに声を荒げる。

 対するベートも、シロに良いように使われていると感じながらも、この場の重要人物と思われる男を見逃せる理由もなく。上手く使われていると自覚しながら、その苛立ちと怒りをぶつけるように男へと吼えかけた。  

 

「うるせぇ!! ぶち殺すッ!!!」 

 

 

 

 

 

「さて、あちらは任せて問題はないだろうが、こちらは―――ギリギリか」

 

 白ずくめの男の対処をベートに任せ(押し付け)たシロは、レフィーヤたちと合流して白ローブの集団とモンスターの対処にあたっている【ヘルメス・ファミリア】の下へと急ぐ。

 白ローブの集団は自爆やモンスターの無差別攻撃により大分数を減らしてはいたが、それでもまだその数は、味方の被害を考えない自爆もあって未だ十分な脅威であった。

 だが何より問題なのは、食人花のモンスターだ。

 弱点や習性等が判明してはいるが、中層上位レベルの耐久性を持つこのモンスターが一体二体ならともかく、この数では、疲弊した【ヘルメス・ファミリア】では対処は難しい。現状では合流したレフィーヤとフィルヴィスの二人しかまともに相手にできない状況であった。

 混沌渦巻く戦場を、シロがレフィーヤたちと合流しようと急ぐなか、しかし、唐突にシロは顔色を変えた。

 

「っ!? しま―――」

 

 無意識の内にブレーキを掛けようとした脚を無理矢理動かし、逆に速度を上げたシロは、ただ真っ直ぐにレフィーヤ等の下へと駆ける。

 シロの背中を押したもの。

 それは味方の声援でもなければ、危機でもなく。

 ただの―――。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 味方からの攻撃であった。

 

「ッッ!!? あの馬鹿がっ!?」

 

 全方位からの敵からの攻撃。

 それに対抗するための最大火力を持つ魔導師による全方位への砲撃魔法。

 それは良い―――確かにこの場合における対応としては間違ってはいない。

 しかしそれは、その攻撃範囲の中に味方がいないことを前提としなければいけない。

 

「ちぃッ!」

 

 全周囲敵の中を単騎突破。

 それに加え頭上からは味方からの無差別爆撃。

 最悪なのは、白ローブの集団は兎も角、モンスターはレフィーヤの攻撃に逃げ惑うことなく構わず攻撃を仕掛けてくる所だ。

 食人花の襲撃に加え、レフィーヤの援護(無差別爆撃)

 最早避けようのないそんな中を、シロはわき目も振らずただひたすらに駆ける。

 

「―――おおおおおおおおおおおぉぉぉぉおお!!?」

「……へ?」

 

 悲鳴にも聞こえる声と共に、シロは爆撃の衝撃に巻き上がる砂ぼこりの中から飛び出した。

 そして何とか(味方からの)危機から脱出したシロの目に最初に飛び込んだのは、全力砲撃を行い息を切らすレフィーヤの姿。

 間の抜けたぽかんと口を開けた姿に苛つきながらも、シロはちょっとしたパニックを起こしているレフィーヤをおいて同じく目を開いて固まっている【ヘルメス・ファミリア】の下へと向かった。

 

「あな、たは」

「自己紹介する暇はない。応援に来た一人だ。大まかで良い、これまでの経緯と今後の指示を出せ」

「っ―――はい」

 

 レフィーヤの砲撃魔法に驚愕する中、その火中から飛び出した命の恩人の姿に更に混乱していたアスフィであったが、シロの言葉に拳で自身の頭を叩き無理矢理思考の再起動をかけた。

 そしてシロの言葉通り、大まかにこれまでの経緯と状況を伝えると、最後に伺うようにこれからの指示を口に出した。

 

「それで、これからですが……」

 

 そう言ってアスフィは後ろを向いて自身の仲間の状況を確認した。

 サポーターも含め、全員が疲労困憊状態。武器はまだ何とか予備はあるが、回復薬などはもう底をついているものもある。

 だが、何より―――。

 

「―――持つか?」

「まだ何とか。しかし、このままでは危険です」

 

 シロの言葉に、唇を噛みながらサポーターの少女の横で横になっている男の姿を見つめるアスフィ。

 キークスと共に何とか【ヘルメス・ファミリア】の下まで辿り着き、出来るだけの処置はしたが、それでも傷は深く、意識は戻っていない。

 撤退も儘ならない現状がこのまま続けば、何とか死の淵で堪えているキークスに限界が来るのは予想するのに容易い。

 

「問題は奴か」

「はい。あの男さえ何とかすれば、ここから脱出することは可能です、が―――」

 

 それが容易いことではないことを、相対したアスフィ自身が良くわかっていた。しかし、それでもそうしなければ先はなく、そして、先ほどまでその男を相手にしていたシロならばとの期待もあった。

 

「いや、それだけわかれば十分だ」

「っ、どうするつもりですか?」

 

 躊躇いながらも提案した言葉に簡単に応えたシロ。涼しい顔をしているが、あの白ずくめの男の厄介さは分かっている筈でのこの安請け合いにアスフィが戸惑っていると、シロは気にする様子を見せることなく背を向けレフィーヤの方へと歩き出した。

 

「似たような相手を知っている。対処方法も幾つかある。さっさと終わらせるだけだ」

 

 

 

 

 

「レフィーヤっ!」

「ひゃいっ?!」

 

 全体砲撃により周囲の敵を一掃し、一時的に余裕が生まれた中でありながら、何かに怯える様子を見せていたレフィーヤは、背後からかけられた声に飛び上がって驚いて見せた。

 

「あ、あのシロさ―――」

 

 慌てて後ろを振り返り、その相手を怯えた様子で見上げるレフィーヤに、シロは吐き出しそうになった溜め息を飲み込むと、段々と頭を下げはじめていく頭を軽く叩いた。

 

「……気にするなとは言い難いが、今は気にするな。あの状況であれは間違いとは言いきれまい。まあ、今度はもう少し周囲に目を配れ。あと、これからだが、」

 

 それだけ口にしてそのままレフィーヤの横を通りすぎる際にこれからの指示を出し、最後に確認をとるようにその隣で様子を伺っていたフィルヴィスに視線を向けた。

 

「お前はフィルヴィス・シャリアと共に【ヘルメス・ファミリア】の援護に集中しろ。あの男は私とベートが相手をする。問題は―――ないな」

「……ふん」

「は、はいっ!」

「……任せたぞ」

 

 鼻を鳴らして応えたフィルヴィスと両手を拳に変え気合いを見せるレフィーヤの対照的な姿に、知らず口許が軽く緩まってしまっていた。直すように口許を双剣を握ったまま擦るシロの背中へ、おずおずとレフィーヤが声を向ける。

 その視線の先には、再度集まり始めたモンスターと、同じく砲撃が落ち着いたのを知り近づいて来る白ローブの集団の姿があった。

 

「あ、え、援護を」

「いらん。【ヘルメス・ファミリア】にだけ気を払っておけ」

「っ……わかりました」

 

 短い拒否の言葉に、自分の力の至らなさを思い落ち込むレフィーヤに、しかし何かを思い直したのか立ち止まったシロが振り返ると―――。

 

「ああ、そうだ―――」

 

 

 

 

 

 

 ベートと白ずくめの男との戦いは一進一退を繰り広げていた。

 速度と手数に上回るベートと、耐久性と一発の力に勝る白ずくめの男との戦いは、互いに決め手に欠けており、その戦況はそう簡単には変わらないように見えた。

 しかし、ベートにレフィーヤ等(味方)がいるように、男にも味方(手駒)があった。

 

食人花(ヴィオラス)ッ!」

「ちぃっ!!?」

 

 呼ぼうにも高レベルの冒険者との高速戦闘では、食人花を参戦させようとしてもタイミングが掴めなかった男ではあったが、一瞬の隙をつき食人花を呼ぶ。

 しかしそれは攻撃の為ではない。

 一瞬の隙―――一撃を入れることさえ出来れば戦況が大きく自分へと傾くことを理解していた男は、ベートの動きを阻害させる位置に食人花を移動させていた。

 ベートの進行方向、その眼前に天井から数体の食人花が落ちてくる。ベートの視界一杯に広がる緑の蛇体。反射的に蹴り飛ばすが、直ぐに失策に気付く。

 食人花の影に隠れベートの背後を取った男が、ギリギリと軋ませる力を持って握り込んだ拳を振り抜こうとしていた。

 

「死ね―――ッ?!」

 

 必殺の思いと共に繰り出された拳は、しかし、背後からの首へと刻まれる一撃を持って止められた。

 首筋へと感じたヒヤリとした寒気を敏感に感じとり、咄嗟に傾けた首の皮一枚を削ぎ落とされながらも背後からの一撃をかわしてのけた男は、気配も感じず接近してきた存在に驚きつつ振り返った先―――回転しながら迫りくる双剣に再度驚愕する。

 しかし、男は体勢を崩しながらも眼前まで迫った双剣を飛び退いてかわしてのけると、襲撃者を睨み付け憤怒の咆哮を上げた。 

 

「っ―――貴様ぁっ!?」

「ベート・ローガっ!! さっさと決めろっ!」

 

 ベートと挟み込むようにして白ずくめの男へと接近する。

 と、同時に食人花を蹴り殺したベートに声を向ける。

 

「ッッ!! 二人がかりなら殺れると思ったかぁッ!! 食人花(ヴィオラス)!!」

 

 シロの言葉に男が一瞬焦るようにベートの方へ意識を向けるが、直ぐに食人花に命令を下した。白ずくめの男の声に含まれていた危機感に応じてか、先程よりも多く十体を越える食人花がベートへと襲いかかった。

 二人の間を分断するように集まった食人花は、一つの塊となってベートへ襲いかかる。

 十数体の食人花。

 白ずくめの男の背後で緑色の蛇体に消えていったベートの姿。

 高レベルの冒険者相手では不足な相手ではあるが、時間稼ぎには十分である。

 先程の強襲。

 必殺の狙いだったろう双剣を使った投擲をかわした今、シロの手には武器はない筈。

 

「貴様なぞ数秒あれば―――?」

 

 屈辱を晴らせる確信に勢いずく男の目に―――困惑が浮かぶ。

 男の纏う雰囲気に躊躇いが浮かぶのに目を細めたシロは、皮肉げな笑みを向けた。

 

「ふ―――そう言いながら合流はさせないと」

「ッッ!!」

 

 厄介な男だと認識していたが、それも武器あってのこと。双剣を投げつけた今、無手の貴様程度と勢いづいた男であったが、何故かシロの腰にある双剣の姿に逡巡が生まれたが、それもシロの言葉で瞬時に消えた。

 一気に激昂し襲いかかってくる白ずくめの男に、既に目的を遂げていた(・・・・・・・・・)シロは腰に差していた双剣に手をやることなく素手をもって男に相対した。

 

「―――それは、こちらの台詞だな」

「なっ? ゴっ?!」

 

 あれだけの剣捌きをみせながら腰に差した剣を抜かず素手のまま構えたシロの姿に、思わず男が何を企んでいるのかと勢いを緩めてしまい―――結果、知らず繰り出した最初の拳の勢いがなくなっていた。

 男の拳打の嵐を凌ぎきったシロにとって、それに合わせるのは造作もないものであった。

 ぶつかるように男の懐に入り、その無防備な鳩尾に拳を叩き込む。

 撃ち抜く―――ではなく落としこむようにして打ち込まれた独特の衝撃は、男の体の内側に深刻な損傷を与えた。内蔵を破裂させられるという衝撃に、男の足がふらつきながら後ろにたたらを踏んで下がる。

 その目には痛みや驚きよりも強く困惑が浮かんでいた。

 剣―――拳―――魔法―――爆薬―――牙や爪―――その他にも様々な手段による攻撃を受けた経験を持つ中、初めて受けた衝撃と痛み。

 男の思考が痛みと困惑に乱れる。

 だが、男の戦士としての本能が無理矢理それを押しとどめた。

 喉元までせり上がった血塊を飲み込み、くず折れそうになる足を叱咤すると、シロに向かって吠えた。

 

「? ?? ぐ、っ、まだだぁ―――」

「いや、終わりだ」

 

 震える足に力を込め飛び出そうとする男に、シロの言葉が待ったをかけた。

 そして、その声に応じるようにベートがモンスターの絶叫と共に飛び出してきた。

 

「くそったれがぁああああ!!!」

 

 魔石を砕かれ大量の灰となったモンスターの残骸の中から飛び出してきたベートが、誰に対するものかは分からない罵声をあげながら、その手に持った双剣(・・・・・・・・・)を白ずくめの男へと降り下ろした。

 

「そのてい―――」 

 

 咄嗟に飛び退こうとするも、男の足は急な進行方向の変更に従える程に回復していなかった。

 舌打ちしながらも、男は直ぐにベートが降り下ろす双剣に対抗するために片手を盾のように掲げた。

 ベートの双剣による攻撃で肉は切られるが骨までは断ち切れないと判断していた男の意識は、既にシロへと向けられていた。

 ―――確かに男の判断は間違ってはいない。

 例えオラリオの最高級の武器でさえ、男の肉体を切断することは容易ではないだろう。

 武器と技量。

 その二つをもってしてやっと男の異様の肉を断ち、骨を砕く事ができる。

 そして先ほどまでベートの相手をしていた男は、【凶狼(ヴァルナガンド)】が技量の重きをおいているのが無手での戦闘で、剣の技量はそこまでではないとの確信があった。

 いや、確信までには至ってはいなかったが、男のこれまでの経験から本能的に判断したものであった。

 瞬きもない間での判断。

 反射的な行動であったが、男にとってそれは熟考を重ねた結論にも等しいものであった―――筈だった。

 

「―――ギ、が、ぁあああ?!!!」

 

 再度男の口から驚愕と痛みによる悲鳴が上がる。

 盾として構えていた男の腕が切り飛ばされ、モンスターの灰が渦巻く中空の中に消えていく。

 現実と己の認識に大きなずれが生まれた事からの衝撃は、百戦錬磨の男をもってしても埋めがたく、ただ困惑と痛みによる絶叫しかあげることしか出来なかった。

 男の絶叫が響く中、シロは今だ油断なく男へと警戒を向けながら男の中に浮かんでいるだろう疑問に内心で応える。

 

(確かに貴様の肉体は下手な盾よりも余程頑丈だ。しかし、それはただ頑丈なだけ。ならば答えは簡単な話だ)

 

「―――それを超える武器を用意すれば良い」

「っおおオラあああああ!!」

 

 小さく結論を口に出すと同時、限界までの強化(・・・・・・・)と全力の降り下ろしにより剣身が砕けるも、見事腕を切り飛ばしたベートがそのままの勢いでもって全力の蹴撃を白ずくめの男の身体に打ち込んだ。

 

「―――ッ!!!」

 

 

 

 

 

「上出来だ」

「うるせぇ! それよりもてめぇ俺の剣に何しやがった!?」

「何の話だ?」

 

 吹き飛ばされた白ずくめの男が、魔石を砕かれ山となった灰の固まりに突っ込んだことで周囲一帯が濃霧に満たされたかのような状態の中、ベートがシロへ砕けて柄だけになった双剣の残骸を投げ捨てながら詰め寄っていく。

 もうもうと舞い上がる灰の一点に注視したままのシロの前まで来たベートは、掴み掛からんばかりの勢いでもって顔を寄せていた。

 

「しらばっくれてんじゃねぇっ。気付かないとでも思ってんのかぁ!?」

「……気にするな。少しばかり手を加えただけだ」

「少しだぁ? アレが―――」

 

 脅しにも似た詰問に何でもないことのように答えたシロに、ベートは不快げに眉間に刻まれた皺を深くする。

 予備武器としてだが、何度も使用したことがあるからこそわかる。

 双剣(アレ)は自分が用意したモノだが、別物であると。

 姿形だけでなく、重さも剣の重心、握り心地まで同じだが、最も重要な部分が違った。

 ―――切れ味。

 その一点だけが、自分の知るそれとの違い。

 研いだとか研いでいないとかのレベルではなかった。

 完全な別物。

 元々最上位には届かないまでも、一級の冒険者が振るうものとして問題のなかったレベルの剣であったが、先程使用した剣の切れ味は、オラリオの最上位―――いや、それすらも越えていたかもしれない。

 先程使った剣が、自分の知らないものだったら特に気にはしなかっただろうがたった一つを除き、全てが自分の知るものであった。

 それぞれの武器が持つ癖すら一切変えることなく、ただ切れ味のみを強化する―――そんな真似が少し手を加えただけ?

 何もかも不明な男が見せた僅かな姿に、思わずベートがその先へと進もうとしたが、それは灰を払いながらレフィーヤを伴って現れたフィルヴィスによって遮られた。

 

「やったのか?」

「いや、難しいだろうな。かなり削っただろうが、致命傷までには至ってはいない筈だ」

「ちっ」

 

 フィルヴィスに目をやった後、その後ろに続く【ヘルメス・ファミリア】の姿を確認すると、再度前へ顔を向けて問いかけに答えた。

 シロの答えに、直接攻撃を加えたベートも反論することなく舌打ちをもって同意を示した。

 そして、それを肯定するように、薄まり始めた灰による濃霧が薄れ始める中浮かび上がる影が応える。

 

「……ああ、確かに惜しかった。だが、残念だったな。この『彼女』に愛された体が、この程度で朽ちる筈がない!」

「やはり、か」

「は―――上等だ」

 

 誇らしげに響く男の声に、シロは驚きのない声で頷く。

 ベートも同じく予想していたのか、好戦的に顔を歪ませると、舌舐めずりするように指の関節を鳴らしながら構えをとった。

 遠目ではあるが、腕を切り飛ばされた上にあの【凶狼(ヴァルナガンド)】の一撃を受けたのを目撃したレフィーヤたちは、それでも立ち上がって見せた敵に対し恐れを滲ませながらも同じく各々が持つ武器を構え始めた。

 そんな中、舞い上がった灰が全て地面に落ち、明らかになったそこに、白ずくめの男は確かに立っていた。

 盾代わりにした左腕は肘より少し上の辺りで確かに断ち切られているが、それでも男は二本の足でもってしっかりと立っていた。

 しかし、やはり受けたダメージは大きかったのだろう。

 最後にベートの蹴撃を受けた胸部は大きく裂けており、顔面を覆っていた獣の頭蓋状の鎧兜は砕けていた。

 始めて露になった男の顔に、その場にいる全員の視線が集まるなか、最も強く反応したのは二人。

 

「な―――まさか、そんな……」

「馬鹿、な―――」

「え? ふぃ、フィルヴィス、さん?」

 

 顔面を蒼白にし、いる筈のない者を見るような顔をしている。

 まるで死人を目撃したかのよう。

 いや、様ではない。

 確かにそうなのだ。

 

「何故、だ……何故ッ! どうして貴様がッ!!? 貴様が生きてそこにいるッ!!!」

 

 アスフィとフィルヴィスは男の顔を知っていた。

 だがそれは有り得ない。

 何故ならその男は遠の昔に既に死んでいる筈であった。

 推定レベル3―――【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名を付けられた賞金首。

 悪名高き闇派閥の使徒であり―――フィルヴィスの【ファミリア(仲間)】を奪った『27階層の悪夢』の首謀者。

 

「【白髪鬼(オリヴァス・アクト)】ッ!!?」

 

 胸を引き裂くような怒りと悲しみが混ざった悲鳴染みた声に、ちらりと視線だけを向けた白ずくめの男―――オリヴァスはゆっくりと口許を笑みの形にすると、欠けた腕に対する痛みを見せることなく。それどころか、何処か恍惚な表情を浮かべながら両手を広げると、誇らしげに胸を張った。

 

「―――いや、確かに死んだ。死んで、そして蘇ったのだ」

 

 誇らしげに胸を張るそこには、ベートの一撃により刻り抉られた傷跡が。

 しかし、それはシロたちが見つめるなか瞬く間に塞がっていく。

 そしてそこに、アスフィたちを更に驚愕せしめる有り得ないモノの姿があった。

 

「「「―――ッッッ!!??」」」

 

 魔法による治癒―――それを越える自己治癒能力に加え、それ以上のモノを目にし、ここに至って現れた衝撃の事実の連続に身動きが取れないアスフィたちに対し、オリヴァスの神の名を告げる神官の如き厳かな声が届く。

 

「そう―――他ならない『彼女』の手によって!!」

 

 うっすらと蒸気のように魔力の残光を纏いながら、そう歓喜に満ちた声で告げるオリヴァスの治癒が進む抉れた胸―――アスフィ等が声を上げることも出来ず見つめるそこには、極彩色に輝く魔石の姿があった。 

 

 

 

 

 

 

 

 




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