たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第八話 合流

「っ、ぁーーー」

 

 祝福を受ける敬虔な信者のような恍惚とした笑みと、狂信者の如き哄笑を上げる死んだ筈の男―――オリヴァス・アクト(白髪鬼)を前にし、レフィーヤは死んだ筈のモノがいるという恐怖ではなく、言い様のない不快感を強く感じていた。

 それは男が誇らしげに見せつけるように張った胸に埋め込まれた極彩色の魔石。それに加え、改めて男を見た時に気付いた破れた服に隠されていた下半身が人のものではないということ。

 人ともモンスターとも違う―――異形。

 有り得ざるモノがあるという現実に、思考と視界の両方が歪み出す。

 どんな醜いモンスターにさえ感じなかった不快感を、レフィーヤは男に感じていた。

 それは彼女が自然を愛するエルフ故か、それとも人一倍感受性が強いからなのかは分からないが、しかし、その大小はあれど、その不快感はその場にいる全てのものが感じていたものであった。

 あの傍若無人なベートでさえも、吐き気を我慢するかのような不快げな顔をしている。

 オリヴァス・アクトの哄笑が響くだけの奇妙な時間が過ぎる中、最初に声を上げたのは、この場で唯一何時もと変わらない泰然自若な様子であったシロであった。

 

「―――それで、結局のところ貴様は何だ? 人か? モンスターか? それとも違う何かなのか?」

「人と、モンスターの力―――その両方を兼ね備えた至上の存在だっ!!」

 

 シロの疑問にオリヴァスは、誇るように今も目に見える速度で傷が癒えていく姿を見せつける。

 

「神々にすがって恩恵()を得なければ戦えない貴様等とは違うのだよっ!!」

 

 人の力とモンスターの力。

 人の知性とモンスターの暴力を合わせ持つこの男は、確かに脅威である。

 高レベルの冒険者と渡り合う技量に加え、致命傷ですらも瞬時に回復させる耐久性。それ以外にも、他のモンスターを利用する知能などを考えても、厄介という言葉だけでは足りない。

 人ともモンスターとも違う新たな脅威。

 言うなれば怪人(クリーチャー)だろうか。

 男の言葉から、各自の頭のなかで様々な考えが過る中、シロの淡々とした質問が続く。

 

「『オリヴァス・アクト』だったか―――確か噂で聞いたことがある。『27階層の悪夢』の首謀者だと聞いていたが……つまりお前たち闇派閥(イヴィルス)の残党と言うことか?」

「はっ! 私をあんな過去の残り滓と同じにするなっ! 私は神に踊らされる人形などではないッ!!」

 

 男の琴線に触れたのか、オリヴァスはその黄緑の虹彩を帯びた瞳を見開きながら否定する。

 その視線の先には、モンスターに食い千切られ、自爆し燃え残り身体の一部しか残っていない残骸となった白ローブの集団だったものが広がっていた。

 それを見下すように見る男からは、一切の憐憫の情どころか嘲りの感情しか読み取れない。

 到底仲間に向けるようなものではない様子から、あくまでも協力関係でしかないことを推察するのは何ら難しいものではなかった。

 

「神に踊らされる人形か……それで、そんな相手と組んでまで貴様はここで何をやっていた?」

 

 『彼女』とやらにいたく執心するオリヴァスに含んだような目線を向けた後、シロが男の背後にそびえる赤い大主柱とそれに巻き付いた巨大花。そしてその真下で不気味な輝きを放つ胎児の宝玉を見た。

 

「ここは苗花(プラント)だ」

苗花(プラント)?」

 

 シロの問いに、オリヴァスは何の躊躇いも見せず素直に返答を返した。

 男が口にした答えをアスフィが確かめるように口にし周囲を見回すと、同じくレフィーヤたちも周りを確認するように見回した。

 

「そう苗花(プラント)だ。食料庫(パントリー)巨大花(モンスター)を寄生させることで、食人花(ヴィオラス)を生産させるためのな。そして『深層』のモンスターをこの浅い階層で増殖させた後、地上へ運び出すための中継点でもある」

「っ、も、モンスターがモンスターを産むなんて……」

 

 自分で口にしたことが恐ろしいとでも言うように、口元を押さえるレフィーヤ。

 モンスターがモンスターを産むことなど、聞いたことなどない。

 確かに、遥か過去、ダンジョンから溢れたモンスターが地上に広がり、魔石を劣化させることを代償に増えたのは知っているが、この男の言うのはそういうことではない。

 ダンジョンからモンスターが生まれる。

 投げた石が地面に落ちるのと同じ、神が認める世界の理と同じくする前提―――それが崩れる。

 男の言葉は、そういうことだ。

 レフィーヤが自身の考えに戦いている間も、シロの男への質問は続いていた。

 

「『深層』のモンスターをここで増やし、それを地上へと運び出す……それで、結局その目的はなんだ? 貴様が言う『彼女』とやらの目的は」

「ふ、は―――ハハハハっ! 滅ぼすのだよっ! この迷宮都市(オラリオ)をっ!!」

「「「―――ッ!!!??」」」

 

 『彼女』という存在に奉仕することが出来る事への幸いに、耐えきれないとばかりに体を大きく揺らしながら笑う白髪鬼(オリヴァス・アクト)の姿。

 それを前に、その場にいる多くの者が愕然となり耳にした言葉を拒否するかのように体を石のごとく固めてしまう。

 そんな中、それが呼び起こす悲劇をその明晰な頭脳ゆえにありありと思い浮かべることができるアスフィの怯えが混じった非難がオリヴァスに向けられる。

 

「っ、自分が何を言っているのか分かっているのですかっ? 迷宮都市(オラリオ)という蓋を無くせば、ダンジョンからモンスターを止めるモノはなくなるっ! そんな事になれば―――人類と怪物(モンスター)との戦乱の世がまたーーー」

 

 先を見通すことが出来る優秀な頭脳とこれまで蓄積してきた知識から、もし男の話が実現してしまった際に引き起こされる事態に、目眩に似た動揺を感じながら、アスフィが非難の声を上げる。

 しかし、そんな弾劾の言葉にも、男の感情に何ら呼び起こすようなモノはなかった。 

 

「それが? それがどうした。そんな些細な事など十分理解している。分かって私は自らの意思をもってこの都市を滅ぼすのだっ! そうっ―――『彼女』の願いのためにっ!!」

「ね、願い?」

 

 迷宮都市(オラリオ)を滅ぼす。

 世界を地獄へと変えるということに等しい事を引き起こすほどの『願い』とは、一体どれ程のものなのか?

 それを思い、アスフィの喉が自然と緊張からごくりと鳴った。

 だが、そんな覚悟をもって待った男に言葉は、意外なものであった。

 

「そうだっ! 聞こえないのかお前たちには? 『彼女』の声が? 『彼女』は言っているっ! 空を見たいと―――ああ、『彼女』は空に焦がれているのだっ!!」

「―――なっ」

 

 アスフィ達が恐れを滲ませながら待った『彼女』という存在の願い―――それはただ「空を見たい」という他愛ないものであった。

 まるで外に遊びにいけない子供が外に遊びに行きたいというような無邪気な他愛のない―――いや、だからこそ恐ろしい。

 迷宮都市(オラリオ)が滅べばどうなるか。

 小さな子供でもある程度分別がつけば想像できるような事を、そんな他愛ない願いで望む存在がいる。

 アスフィの背中に、得体の知れない怖けがはしった。

 得体の知れない『彼女』という存在について、その自分達との考えの差なのか違和感に、言い様のない不安と不快感がアスフィ達の中に漂う中でも、オリヴァスの演説染みた話は続いていた。

 

「ああそうだっ! 『彼女』が空を望むというのならっ! 私は喜んで空を塞ぐ迷宮都市(オラリオ)を滅ぼそうっ!! そう―――『彼女』こそが私の全―――ッ!!??」

 

 感極まってか涙でも流しかねない勢いで話し続けていた男が、唐突に顔色を変えると大きく体勢を崩しながら飛んできた石を避けた。

 空気を切り裂いて飛んだ握り拳大の投石は、崩れるように避けたオリヴァスの顔面の横を通りすぎ、男の白い髪と頬の肉をこ削ぎ落として飛び去っていった。

 

「―――流石に避けるか」

「シロさんっ!?」

 

 突然の凶行にも感じる投石に、オリヴァスだけでなく味方の筈のレフィーヤ達からも驚愕の視線を向けられながら、シロは何ら気にする様子を見せることなく自分の攻撃の結果から得た情報を淡々と確かめていた。

 

「聞くことは聞いた。なら、後はさっさと終わらせよう」

「っ、貴様ぁっ!?」

 

 手についた石の欠片を払いながら、腰に差した双剣に手を掛けながら前出るシロに、オリヴァスの憤怒に満ちた視線が向けられる。

 レフィーヤたちが戸惑い迷うなか、一人状況を把握していたベートが同じくオリヴァスに向け前へ足を出した。

 

「ああ、そうだ御託はもう聞きあきた。どうせ時間稼ぎにべらべらしゃべってやがったのだろうが。いい加減てめぇは死ね」

 

 ベートの言葉にレフィーヤたちの視線が一斉にオリヴァスに向けられる。

 確かに、この状況であんな重要な情報をペラペラと喋るのは不自然であった。

 アスフィですら、男の話す内容に気を取られ過ぎて、オリヴァスの目的までに考えが至っていなかった。

 その事に恥を感じながらも、素早く立ち直したアスフィもシロ達を援護できるよう背後のファミリアたちと目配せをする。

 話は終わり戦いへと変化せんとする中、追い詰められた形のオリヴァスは、未だ回復が出来ず碌に動くことのできない手で頬から溢れ出る血を忌々しげに拭うと、隣に聳える大主柱へと目を向けた。

 

「……流石に見抜かれていたか。ああ、確かにこの身に加護を下さる『彼女』の力は未だ私には過ぎたもの……未だこの体は回復できずに碌に動くことはできん……私はな(・・・)―――」

 

 そう口にし、オリヴァスはその血に濡れた手で大主柱へと触れた。

 瞬間―――

 

「全員散れえぇぇぇええ!!」

 

 ―――シロは叫ぶと(オリヴァス)にではなく(味方)へと向かって走り出した。

 流石に歴戦の冒険者か、シロの切迫した声に誰一人そこに立ち竦むことなく全員が反射的にその場から離れ出す。

 何が起きたのかわからないまま、その場から飛び出したアスフィ達だったが、疑問が頭に浮かぶよりも早くその理由が目の前に現れ驚愕と共に悲鳴を上げた。

 

「ッッ!!!???」」」 

「嘘だろぉおお?!」

 

 大空洞の中、不意に差した影。

 唯一の光源である大主柱の赤光を遮ったのは、それに寄生していた三体の巨大花の内の一体。

 それがゆっくりとーーー否、巨大すぎるため感覚が狂いそうになるが、急激にシロたちへ向かって落ちて(・・・)きた。

 最早オリヴァスなど相手にしている状況ではなかった。レフィーヤたちは自然と迫り来る影を挟むように大きく二手に別れて走り出していた。

 そんな中、シロは【ヘルメス・ファミリア】の元へと向かうと、負傷して動きの鈍くなった者たちを有無を言わせず抱え込みそのまま脱出を図った。

 そして―――

 

「「「―――ッッッ!!!???」」」

 

 上げた悲鳴さえ軽く飲み込む轟音と衝撃が大空洞を揺らした。

 たった一体のモンスターが倒れるというだけの動作ひとつで、大空洞の固い岩盤が抉れ、一つの巨大な峡谷が生まれた。

 何とかモンスターの攻撃をかわしたシロと【ヘルメス・ファミリア】達だったが、攻撃の余波だけで宙を舞い、そのまま出来たばかりの峡谷の中へと落ちてしまっていた。

 各自が地面に叩きつけられ土埃が舞う中、倒れたまま顔を上げた先には、視界に入りきらない程の大きさの巨大な花の姿が。

 

「っ―――あ……」

「蹴散らせ」

 

 スケールの違いに動きが止まった【ヘルメス・ファミリア】へ、オリヴァスの命令が静かに告げられた。

 巨大花はその指示を即座に行動に移す。

 自身の作り上げた峡谷を更に深く削りながら、【ヘルメス・ファミリア】へと襲い行く。

 巨大な壁そのものが迫るかのような光景を前に、

 

「止まるなっ―――こっちだっ!!」

 

 この男が動いた。

 即座に負傷者の身体を掴むと、後ろにではなく、迫るモンスターから向かって右側へと駆け出していた。

 何かの確信を持った動きに、アスフィ達も瞬時にその後ろを追う。

 巨大花が造り上げた峡谷は、ぴったりとそのモンスターの大きさに合っている。例え一番端までたどり着いたとしても、この峡谷()から逃げ出せなければ意味がない。

 そんな彼らの疑問は―――

 

「―――オオぉオオオラああああっ!?」

 

 ―――狼の咆哮と共に解消された。

 シロ達が向かう側の峡谷の上から飛び出した影が、そのモンスターに比べれば余りにも小さすぎる身でありながら、強力無比な蹴撃をもって巨大花の進行を妨げたのだ。

 

「ち―――ぃいッ!!??」

 

 ベートの全開の一撃は、確かにモンスターの突撃の勢いを遅らせその進行方向を変化させ巨大花に悲鳴を上げさせたが、それでも与えられたダメージは皆無に等しかった。

 それを理解し、ベートが忌々しげに舌打ちを放つ。

 大きい―――ただそれだけでそれ(質量)は致命的な武器となる。

 それに対抗するには、ただ単純な強さではなく、異能や魔法等ある種の能力が必要だった。

 代表的なのは魔法だろう。

 砲台とも口にされるように、身動きが取れなくなるが、詠唱による強力な魔法ならば、この巨大花(質量)を相手でも対処することは可能である。

 そしてこの場には、その任に応えられる者がいた。

 だが―――。

 

「―――ちぃっ!」

 

 苛立ちが舌打ちの強さに現れる。

 暴れる巨大花が、その肝心の人物が魔法を発動させるだけの詠唱時間を与えない。

 この場における最大の攻撃力を誇るベートの攻撃さえ大したダメージを与える事が出来ていないのだ。

 一瞬も動きを止めることなく巨大花へ攻撃を仕掛けるベートの頭の中も同時に高速で回転するが、答えがでない。

 そんな中、本人が自覚することのないまま、ベートの視線は時折ある一点に向けられていた。

 目につく度に舌打ちを鳴らしながらも、やはり無視することは出来ない。

 そんな自分自身に苛立ちが募りながらも、時間稼ぎしか出来ていないことを自覚しながらベートはただひたすらに巨大花の相手をするしかなかった。

 

 

 

 

「オリヴァス・アクトッ!!」

 

 成すすべなく逃げるしかないシロ達の姿をオリヴァスが笑いながら眺めていると、その背後に杖を突きつけ猛るフィルヴィスが立っていた。彼女はその秀麗な美貌を憤怒で歪ませ、男に向けた杖の先はその怒りの大きさを表すかのように震えている。

 

「貴様は―――貴様という奴はっ、あれだけの事を引き起こしておきながら、今日までのうのうと生きて―――っ、お前のせいでっ! 仲間は―――っ、私はっ!!?」

 

 激情に崩れた言葉を吐くフィルヴィスの憎しみを向けられるオリヴァスは、少し首を傾げると何かに思い至ったかのように小さく口許に笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうか。お前も『27階層の悪夢』の生き残りか」

「ッッ!! よくもぬけぬけと―――」

 

 今にも魔法が発動しかねない杖を向けられながらも、オリヴァスはその顔から愉悦の笑みを崩すことなく、ゆっくりとその身体をフィルヴィスへと向けた。

 荒々しい傷跡が残っていた筈の体は、既に表面的には何の傷跡も見られない。

 僅かに先程シロの投石によって抉られた頬に傷が残っている程度だったが、それも目に見える速度で塞がっていた。

 それを前に、憎々しげな顔に僅かな焦りを浮かべたフィルヴィスが、杖を握る手に力を込めると、オリヴァスは片手をつきだしその行動を抑制するかのようにゆっくりと左右に振った。

 

「いや、いや―――まてまて。確かにあの計画を画策したのは私だが、同時に被害者でもあるのだよ。まあ、一度死に果て『彼女』と出会ったことで神の悪夢から醒めることができたが……ここはどうだ。痛み分けということにしないか」

「ふ―――ふざけるなっ!! お前、お前だけは―――」

 

 全く心にもないことを口にしているのが、端から見ても明らかであった。

 フィルヴィスの怒りが頂点に達し、衝動のまま唱えようとした詠唱が―――。

 

「ほう、それでいいのか? まあ、相手をしてやってもいいが……いいのか? また仲間を見捨てても?」

「―――ッッ!!!!」

 

 オリヴァスの声にそのまま喉奥へと押し込まれた。

 歯を食い縛るフィルヴィスの視線は、巨大花が暴れる戦場の一角に目を向けたオリヴァスの視線の先へと向けられていた。

 そこには一人のエルフが仲間とはぐれたまま、一人で襲いかかってくる食人花を相手にしていた。

 迷宮都市(オラリオ)のトップギルドに所属している冒険者であり、これまで様々な修羅場を潜ってきた経験もある彼女であっても、そのポジションは基本後衛。前後左右息も着かせぬモンスターの襲撃を何時までもかわせるわけはない。

 限界は近い。

 それを、フィルヴィスは分かってしまう。

 

「~~~っあああ!!」

 

 一瞬の瞬巡。

 仲間の(過去)か仲間の危機(現在)か。

 怒り、焦り、悲しみ、憎しみ―――様々な感情が知らず口から吐き出しながら、彼女の足は駆け出していた。

 向かう先には―――オリヴァス・アクト。

 そして―――

 

「ハハハハハハハハっ―――そうだっ! 走れ走れっ! 今度は守れるかもしれないなぁっ! いや無理か? なぁどう思う【死妖精(バンシー)】っ?」

 

 ―――その横を駆け抜けモンスターが暴れる戦場の中へと飛び込んでいった。

 背後からオリヴァス・アクト()の笑い声を浴びせられながら。

 

 

 

 ―――【死妖精(バンシー)】。

 

 ……ああ、そうだ。

 

 そうだとも。

 

 その言葉を―――私は否定することはできない。

 

 事実、私は「汚れ」ている。

 

 人に言われずとも―――自分がそれを一番知っている。

 

 だから別に……つらくはなかった。

 

 同胞(エルフ)から恥さらしと呼ばれ。

 

 訳知り顔の冒険者から【死妖精(バンシー)】と忌み嫌われようと。 

 

 心が痛むことはなかったし、何か心が揺れることさえなかった――――――なのにっ!

 

 『貴女は汚れてなんかいない!!』―――それは本心ではない。

 

 それはわかっている。

 

 衝動的に口にした、何も考えた末に出した言葉じゃない―――それはわかっている。

 

 なのに―――何故か彼女のその言葉に―――あの方に言われた時と同じく救われた自分がいた。

 

 なぜ?

 

 何故だっ!?

 

 なぜ貴女の言葉はこんなにも私の心を揺らすっ!

 

 『フィルヴィスさんは優しいですね』―――違うっ!!

 

 優しいのはお前だっ!!

 

 『貴女は私なんかよりずっと綺麗です』―――そんな筈はないっ!!

 

 綺麗なのは貴女の方だっ!!

 

 私は―――私は『穢れ』ているんだっ!!

 

 『穢れ』ている私なんて―――生きている意味なんて――――――

 

 なら―――ならせめてっ―――せめてお前だけでもっ!!

 

 手を伸ばす。

 

 後ろから迫るモンスターに彼女は気付いていない。

 

 まだ遠い。

 

 一歩一歩走る速度が気が狂いそうになるほど遅く感じる。

 

 後ろからの脅威に気付き振り返った彼女。

 

 逃げられないっ!

 

 足を―――手を伸ばす。

 

 杖を持った手を必死に伸ばし―――背後から彼女(レフィーヤ)へ襲いかかろうとする食人花との間に割り込む。

 

 ―――間にっ――――――あったっ!! 

 

「ウィリディスっ! 集中しろっ! 後ろは私に任せてお前は前だけを見ていろっ!!」

 

「っ―――はい!!」 

 

 食人花の襲撃を防いだフィルヴィスを前に目を見開いて驚きに固まっていたレフィーヤが、彼女のその言葉に笑みと共に応えた。

 それを見たフィルヴィスの口許にも、知らず自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 辛くも巨大花が造り上げた峡谷から脱出したシロと【ヘルメス・ファミリア】一行であったが、逃れた先には壁や天井から生まれ落ちた食人花が無数に待ち受けていた。

 息つく暇もない程の襲撃の連続に、咄嗟に【ヘルメス・ファミリア】は負傷者を中心にして円陣を組むことで何とか凌ぐ。

 しかし、これまでの戦闘により、魔力も武器もそして体力すら彼らは既に至っていた。

 それでも何とか円陣を崩さずにいられるのは、縦横無尽に駆け回り、巧みに【ヘルメス・ファミリア】のフォローを行うシロの動きがあってのものであった。

 絶え間なく襲いかかる食人花の対処に思考と身体を限界まで酷使するアスフィが焼ききれそうな脳をフル回転させる中、いつの間にかその近くに立っていたシロがモンスターの相手をしながらベートが相手をする巨大花に目を向けた。

 

「さて、これからどうするか」

「そんな悠長に言っている場合ですかっ!」

 

 シロの独白めいた呟きに、出口が見えない戦いに苛立っていたアスフィが思わず声を上げてしまう。

 

「一番確実なのはレフィーヤに魔法を撃ってもらうことだが―――」

「っ―――この状況では肝心な時間が稼げませんねっ」

 

 二人は食人花へ対処したり、仲間へ矢継ぎ早に指示しながらも、何とかこの窮地を切り抜けるための相談を行う。

 混沌渦巻き血風舞う戦場の中、それでも周囲と仲間の状況を正確に把握し思考するが、二人が辿り着いた結論は同じ。

 

「食人花だけならば兎も角、あれ(巨大花)がいてはな」

「っっ!! じゃあっ! どうすればいいって言うのさっ!!?」

 

 シロのため息混じりの声に、それを耳にしたルルネの苛立ちと疲労に満ちた悲鳴が上がる。

 怒声混じりの話し合いの中、シロが口を開き飛びかかる食人花の中に見えた魔石を正確に砕きながら呟く。

 

「『魔石』を狙うしかないな」

「そんな事はわかっていますっ! 問題は―――」

「それが何処にあって、そして壊せる場所にあるか、か」

 

 アスフィの言葉に、シロが巨大すぎる巨大花の全身を見て眉根を寄せた。

 

「何か手が?」

「ない、が……それしかないだろう」

「では―――」

 

 溜め息混じりのシロの言葉に、不安気なアスフィの声が被る。

 それを横目で見たシロは、峡谷の反対側でフィルヴィスと合流して奮闘するレフィーヤの姿を確認すると、覚悟を決めるかのように双剣を持つ手を握り直した。

 

「何とかする。まずお前たちはレフィーヤたちと合流しろ」

「何とかって―――わかりました」

 

 この窮地にあっても変わらない声音で、何でもないことのように決死の決意を告げるシロに、思わず引き留めようとする声を無理矢理背中を向ける事で何とか振り切ったアスフィは、円陣の中心でサポーターの少女の足元で、未だ目を覚まさないキークスを見つめると、小さく誰ともなしに呟いた。 

 

「……死なないでくださいね。あなたにまだ何も―――っ!?」

 

 しかしそれは、告げるべき相手どころか自分にすら届くことはなかった。

 思わず呟いたアスフィの願いが言い切られる寸前、食料庫(パントリー)の壁の一角が、轟音と衝撃と共に吹き飛んだからだ。

 内側へ吹き飛んでくる緑肉と瓦礫に混じり、放たれた矢のように飛び込んできた一つの影がそのままの勢いでもって地面に叩きつけられた。

 全く意識していなかった一角で起きた爆音に、食料庫(パントリー)内にいた者達の視線が一斉に向けられる。

 もうもうと立ち込める砂埃の中、壁に空いた穴から姿を見せる者がいた。

 困惑と疑問の声が上がる中、長剣を片手に穴から姿を見せた者の正体にいち早く気付いたレフィーヤが、喜色を帯びた声を上げた。

 

 

   

「―――アイズさんっ!!」

 

 

 




 
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